第2章-1 アイドル島に行く
〝拝啓 父上、母上へ
鉄が浮いています〟
「な、何ですかこれは?」
私の目の前には海が広がっていた。
それは私の想像を遥かに超え、このまま奥に進めば空にいけるのではないかと言うほどに、空と海の境界がない。
けど、それ以上に驚いたのはその海に浮かぶ大きな鉄。
そもそも鉄が浮かぶのか自体も疑問であるが、何分その大きさが大きさである。馬車→教室→館……いや館より小さいかな? いやでも家くらいはあるのかな? とにかく大きな黒い塊が浮いている。
「何って、船やで?」
そんな私の疑問をあっさり答えてくれる一名。
「ふねぇえ⁉」
「な、何やうるさいな!」
私の声にたじろぐディーナ。けど私は目の前の巨大船にたじろぐ。
「こ、この、鉄の、塊が、船……」
「いや、確かにでかいけど、普通じゃないの?」
私の視界に赤いポニーテールが映る。
「あたしも何度か船に乗せてもらったことあるけど、こんな大きいのは始めてかな」
闘技大会で私をパーティーに無理やり引き込んだ大元であり、尚且つ私を一番心配してくれている騎士、クリスが上を見上げ溜息をつく。普段みたいな制服や鎧じゃなく、動きやすそうなハーフズボンとキャミソールと女性でありながらも若干男性っぽい服装に身を包んでいる。
「いや、でかさとかそうじゃなくて」
「じゃなくて?」
「普通は木で出来てるんじゃないんでしょうか?」
船と言えば木製であるのが基本。そもそも再三疑問に思っていることだが、何故鉄が浮くのかわからなくて仕方がない。この陸地の突起に括りつけられたロープを取ってしまったら沈んでしまうのではないのか?
今まであらゆる不思議道具をディーナが見せつけてきたけど、これは想像以上に不思議で仕方がない。皆も同様な疑問を抱いているだろう。そう思っていた。
が、返事がない。何事かとクリスの方を見ると何故か固まっている。
「おぉーい」
何となく声をかけてみる。すると、
「ぷっ」
含み笑いを浮かべた。
「ははははっ。それはないわよ!」
「えっ? 何でですか⁉」
「ぶひゃひゃ! あんさん何時代の人やねん!」
「えぇ⁉」
ディーナも笑い出した。私の発言おかしかったですか⁉
「木で作られた船は普通にあるが、それは普通手漕ぎの物が主じゃないのか? これだけ大きな運搬船や遊覧船はこれが普通じゃないのか?」
木と触れ合う機会が多そうなアーチェにも言われた!
「そもそもこれはどうやって動くんですか! 帆がないじゃないですか!」
「今の時代に帆かいな!」
今の時代ってなんですか! 帆がなくちゃ風を受けれらないじゃないですか!
「これは外輪で動くのよ、メリアス」
「へ?」
「恐らくメリアスの言っているのは木造船でしょうけど、これは今主流になっている蒸気船よ。中で燃料を燃やして、そこから出た蒸気で外輪を回すのよ。その外輪がこれ」
クリスの指し示す方向には大きな風車のようなものが見える。
「こ、こんなのが動くんですか?」
「当たり前や。おまけにうちのは出力が抜群やで。島までは結構な距離があるけど半日も経たんうちに着ける代物や」
どれほどの距離を移動するのか把握してないんだけど、一日以内で航海が終わるのはすごいことだ。ブラムハムが言うに、私が思い浮かべていた木造船は最低でも一週間は覚悟し、動けない日や全く別の土地に着くことも少なくは無かったという。しかし、以前の闘技大会で見たような幼着とは真逆のでかでかとした自信には揺るぎないものがディーナには見える。
「メリアスさんは歴史事に博識何ですね。偉い偉い」
と後ろから優しい声をかけられ、頭を撫でられるも余り嬉しくは無い。相手が聖職者であったり、私に異常な愛情をかけるからと言う理由で無く、単純に悔しいからである。
それにしても、と言葉を繋げたカトリナは麦わら帽子が落ちないように右手を添え、船体の上方を望む。
「こんなに大きいのは見たことはありませんね。一体何人乗るんですか?」
「九人や。うちら以外は全員船員で、その船員も含めて一人ずつ部屋あるんやで。メリアスはんが言ってたような木造やないから火が使える調理スペースもあるし、奥には小さいけど数人で入れる風呂場も備わってるで」
「ひ、一人一部屋ですか⁉」
その事実にカトリナが驚愕する。海からの風に牧場娘をイメージしたような緑のワンピースが揺れる。
「船だから、部屋数少なそうだから、ベッドがすくなそうだから、同じ部屋で添い寝が出来ると思っていたのに……」
「部屋が一緒でもベッドまで一緒な訳はないと思うんやけどな……」
そもそも何故添い寝をしたいのか。とりあえず寝るときは気を付けよ。
「ディーナ。船首から誰か手を振っているぞ」
船の説明と、よくわからない就寝時のやり取りが繰り広げられる中で、長いズボンに、へそ上までの白いシャツでこれぞできる大人の女性という恰好をしているアーチェがディーナを呼ぶ。
「ぉ。艦長やなありゃ。何か用か?」
何やら白い服を着た遠目から見ても恰幅のいいおじさんがこちらに手を振っている。それを見たディーナがその人を艦長と呼んでいたことから、この船はあの人の指揮で動くことになるようだ。
船から陸地に渡す橋をディーナが軽快な音を立てながら上がる。
「どうせもうすぐ出発の時間だし、あたしたちも乗る?」
「そうだな。室内であれば日光も遮断されて少しは涼しいだろう」
「うぅ……メリアスさんと二人で」
残された四人のうち二人が船に搭乗することを薦めてきた。残り一名については回答不可能と判断し、私も二人に答えを合わせ、頷く。
意外と揺れる橋に恐れながら、初めての船に乗る。
「何か不思議ですね。地面が揺れてるみたいで」
「船酔いには気を付けてね。メリアス初めて乗るみたいだし」
「善処します……」
これも言われたことの一つ。泳げないのなら船にも乗ったことは無いのだろうと船酔いするのじゃないかと疑われていた。船酔いについての事前知識はブラムハムより習っているが、これについては慣れる云々の手段がなかったのでぶっつけ本番となった。
「ぉ。乗ってきたんか」
「外で立ち話も流石にきついわよ」
「なら良かったわ。今さっき船長にそろそろ出発する言われたからちょうど呼びに行くとこやったんや。中には皆が集まれる食事スペース兼、談話室もあるわけやし、暑い中で話すよりそこで話した方が効率的やな。」
ついてきいや、とディーナに手招きされるがままに船の真ん中に備わったドアを開ける。中身も予想通り鉄でできた部分が多く、歩くたびに足元から硬質な音が響く。が、それも階段を下りるまでで、下りた先には木製の扉が待ち構えていた。
「まずここが談話室や」
扉を開けた先には普通の部屋があった。恐らく船の幅いっぱいまで使った一室には中央に木製の丸テーブルと椅子が五つ。両手に多くの窓が備え付けられていて、片方には一面海が見える。他にも食器棚や火灯台、高そうな絵画まで飾ってある。
「部屋ですね……」
「まぁそうやな。元々はコストがかかるからさっき降りてきた階段みたいに鉄製で頑丈だけ考えた船やったんやけど、寝泊りするんやったらやっぱ居心地ええのがいいやろ?」
経緯を語るディーナが奥にある扉開く。そこは人二人ほどが並んでも余裕で通れる通路になっていて両壁には扉が連なっている。
「ここがさっき言ってた個室や。二階層八部屋のうち五部屋がうちらの部屋や。ちなみに他の船員は整備室や倉庫がある一階層にある個室におるから多くは接しないようにしてあるで」
「多くはって……せっかくお世話してくださるんですから、接点を作っても良かったのではないのでしょうか? 食事の席とか」
私の提案にディーナが人差し指を振る。
「料理店では皆が食事してるとき、コックやウェイトレスは食事してないやろ? 演劇で演じる人やないから言うて小道具や裏方が演劇に見入るだけやないやろ? それと一緒で船が何の問題もなく動いとるから言うて、船乗りが客人気取りはできへんよ」
「そ、それは確かにそうですけど。となるとディーナさんも今回は?」
「うちは出資者や。言わばこの船のオーナーや」
どうやら自分が働く気はさらさらないようで。まぁ島につけば自分が働かされる立場になるのだけど。
部屋割は事前に決まっていたみたいで、一名ほど『メリアスさんと隣じゃない!』と嘆いていたけど、そこは無視して自分の部屋に入っていく。
部屋はこじんまりとしていて、ベッドと鏡付の簡単な化粧机が備わっていただけだが、船の中だと思えば十分な設備だ。部屋の見学というまでもいかない見回しを終え、談話室に戻った時だった。
「うわっと」
一瞬だけ船が揺れる。
「な、何かあったんですか⁉」
まさかトラブルが、と思ったが状況は違ったようで、
「違うわよ。外見て」
先に荷物を置いて戻ってきていたクリスがやんわり否定する。そして私に手招きをする。近寄りクリスのいる窓から外を望む。
「うわぁぁ」
陸が離れていく。船が、帆もない船が海へと進んでいく。
「不思議な気分ですね」
「初めての人はそうよね。ここからはしばらくあの地面ともお別れよ。その代り、四方が青い世界が待っているわ」
四方が青い世界。四方が黒く包まれた世界で生き、そこで皆のために尽くして骨を埋めるだろうと思われていた私が、今は海の上にいる。
〝拝啓 父上、母上へ
人生とは本当に何があるかわからないものですね〟
本当に何が、
「うぉぇっぷ」
「ちょ! メリアス早すぎるでしょ⁉」
あれなんだこれ、なんか頭がぐわんぐわんする。気持ちが悪い。風邪ひいたのかな? でも熱なかったよね? というか風邪ってこんな突発的じゃないよね? でも気持ち悪い。なんでだろな、なんでだろな……。




