第1章-2 アイドルの旅立ち
「で、王女が連れ去られて、訓練メニュー決定まで自習と」
「そういうことですね」
私の横私と同じ学校指定の水着を纏っているにも関わらず、すらりとした手足は陶磁器のように白く、見上げることでやっと見える顔つきはどれも整っている。その途中で見ざるを得ない胸も立派な物。同年代と聞いたら絶対落ち込むプロポーションを持つエルフと先ほど起きた事件の話をした。
アーチェは闘技大会で知り合ったメンバーであり、ドワーフであるディーナとは正反対の大人びたエルフ。基本的に隊の決定権はクリスにあるが、アーチェも知能面や有能面に至ってはクリスに引けを取らない。色んな意味で大人である。
「でも、よかったですよ2―Dクラスと一緒で」
「何故だ?」
「だって、2―Aだとイシュタル王女とその取り巻きがいてどうしても騒動が起きかねませんし、2―Cと一緒だとディーナさんがまた変な企画やりだして授業云々じゃなくなっちゃいますよ。その点2―Dは問題児がいませんから気楽かなっと」
例え軍曹の目があるとしてもあの二人なら途中で何か仕出かしそうな気がしてならない。特に今は泳ぎをマスターする重要な時期だから邪魔だけはいないでほしい。
「あぁ……いや、その。メリアスさん」
が、そこで私に似たり寄ったりの体型で若干見て落ち着くミクシェが口を挟む。
「いるぞ。メリアスの苦手なのが」
「え?」
そしてその続きになるであろう思われた台詞をアーチェが継いだ。
苦手なの? 誰だろう? そもそも後思いつく人物がほとんどいない。二期生で知り合いが両手で数えるくらいだからって悲しくは無いわよ! ほぼ二期生スタートだからこれが普通!
「恐らくもう来てるとは思うんだが……」
アーチェが周りを見回していた時だった。
「皆! 今年もまたこの時期が来たぞ!」
猛々しい声があがったのは意外と近場だった。プールの端に着いた1~5までの数字が打たれたお立ち台みたいなもの。その中心3番に足をかけて叫んでいたのは一人の男。
既に一度プールに入ったのか、水を得た黒髪はきらきらと輝き、切れ目の瞳は全体を見据えながら何かを訴えかけるような視線を送る。滴った水はがっちりとまではいかないが引き締まった肉体に曲線を描きながら地へと落ちる。
あれ? あんな人二期生にいたっけ? と言うか結構いい男。
「暑苦しい教室に埋もれて運悪く中央に陣取ってしまった者たちは風の支援すら受けられずに悶えなければならなかった! そんな奴らにとっては唯一の楽しみがこれだ!」
唯一なのかはわからないけど、その気持ちはよくわかる。
ほぼ日光と無縁だったヨミガエルはその影響で気温が著しく低かった。そのせいでここに来て初めての夏は特に大変だった。幸いにして窓際の席が多かった私だけど、風の援護がまるでない日は寝ようにも眠れなかった。暑すぎたせいで学校を休んだ日さえある。
「暑さを忘れて盛り上がるぞ!」
士気を高めるような一言に男たちの一部が歓声をあげる。なかなかの指導者っぷりを見せる男に感銘を受ける。こんな人がこの学園にもいたんだな。
けど、気になることが一つ。女性陣の反応があまりよろしくない。同じクラスであろうアーチェはともかく、ミクシェの視線も冷めている。
「そして今年は、更なる力も増えた! これだ!」
どこからか取り出したのは不思議な形をした眼鏡。それを彼はかけ――
「タ、タナカ」
そこには私のよく知る変人がいた。タナカはナンデモ学園美少女部と言う非公認の部の長であり、私が始めて素顔のまま登校した時以来の付き合いである。それも悪い付き合いで、今思えばタナカの『彼女は地下アイドルだ!』宣言がディーナのお眼鏡に叶ったのではないかと疑わざるを得ない。
「この眼鏡はただの眼鏡じゃない! ゴールドパーク家監修の元作られた水中眼鏡だ! これをつけていれば水の中で目を開けても視界良好。女の子の水着姿を存分に堪能できるぞ!」
うぉぉぉーと言う雄叫びの元、タナカが取り出した水中眼鏡と呼ばれる物が入っている箱に男たちが群がる。
「うわ。遂に水の中でも私たち視姦されちゃうの……」
ミクシェが身を捩り、体を抱く。そこで気づいたのだけど、今私は体にかなりフィットした水着を着用しているのみでありその下はもちろん何もない。その状況を見られていることに気づき、恥ずかしくなってきた。
「更にはこれだ!」
と群がる男たちに、と言うかもしかしたら私たち全体に呼びかけ見せつけたのはただの投写水晶機。けど、普段私がよく見る物より若干ごつい。
「この投写水晶機はゴールドバーク家の超最新機器。何と水中でも使えるんだ!」
「ナ、ナントォ―⁉」
ここで驚愕したのはまさかのミクシェだった。この反応からしてミクシェがディーナから貰った最新機は水中対応じゃなかったんだね。もしかしたら在庫?
「これさえあれば一瞬のみの記憶だけでなく、その限りない時間を思い出として残すことが出来る! さあ皆! 俺と一緒に楽しい夏を過ごそうぜ!」
男たちの歓声が盛り上がる。対照的に女性陣の感性が萎える。
これならある意味2―A,2―Cと一緒だったほうが良かったかもしれない。と思わざるを得なかった。
が、予期せぬ形でそれは終幕へと向かう。
「ほう。それが貴様の答えか?」
後ろから突如現れた巨体。それに男性陣は皆怖気づき、タナカに至っては日光からではなく背後からの脅威に汗を流し始める。
「こんなもので水泳を楽しようとする奴は根性が足らん! 儂自ら鍛えなおしてくれるわ!」
「「「「「軍曹だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼」」」」」
男たちの悲鳴が響く。そして狩りが始まる。
まずは首謀者であるタナカが頭を鷲掴みにされ、そして空へと舞い上がる。プールを囲むように立てられている柵の横。そこにはいつか見たことがあったリヤカーが。
「ひぃぃ!」
「逃げろぉ!」
男たちは散り散りとなり逃げるも、前回の体力測定同様次々と捕まり投げ出されていく。
そんな中男たちが取った行動はプールに入る。いつも通りのアーミー服の軍曹は下手にプールの中に入ってこないだろうと推測したのだろう。
「甘いわ!」
が、軍曹動じない。取り出したのは柄の長い網。
「昔はこれで鮫だのワニだのを捕えて食ったもんだ! それに比べりゃ貴様らは金魚同然だ!」
と同時に網を豪快にプールの中に入れ、大きな水飛沫をあげ、掬い出す。すると男たちは何の抵抗もできないまま水中、空中、リヤカーの中へと移っていく。
「こ、これが噂の金魚掬い!」
「違います! 違いますからねメリアスさん!」
「え? 違うの?」
「もっと雅のあるものですからね、金魚掬いは! そもそも今飛んでいるのは金魚じゃなくて変態ですから!」
まぁそもそも金魚と言う物が何なのか知らないんですけどね。
そして一瞬にしてプールの中がもぬけの殻になると、軍曹は二メートル以上はあろうかと言う柵を軽々と飛び越え、リヤカーの持ち手に手をかける。
「今日は完全に自習だ! 儂はこいつらを鍛えなおしてきてやる!」
と言い残すと、リヤカーはとてつもない砂埃と「いやだー!」「死にたくないー!」「二回目はきついー!」と言う叫びを巻き上げながらどこかへと消えて行った。
「これで静かになった」
「やけに冷静ですね……」
この冷静さもアーチェの取り柄なんですけどね。
「後、ミクシェ。それは泥棒だぞ」
「うっ」
そして視野も広い。私が気づかないうちにミクシェは場所を移し、タナカがアピールしていた投写水晶機をこっそり持ち逃げしようとしているとこだった。水中に何の用があるのですかあなたは。
「さて、人も減った訳だ。結構広い範囲を利用できそうだな」
アーチェの言った通り従来いるはずの生徒が十人ほど減った。
「使える範囲も広いですから、カナヅチの特訓にはもってこいですね」
「カナヅチ言わないで!」
不名誉な称号を観衆の前で言われ、かなり恥ずかしい。
「なら見せてあげますとも! 私の運動神経がここで開花するのを!」
こんなのただの水。お風呂に入った感覚で適当に顔付けてぶくぶくぷはーで簡単よ!
「あ、メリアスさんちょっと待って!」
待てぬ! もう私は止まらない。
一期生の頃窓際から眺めていた皆のように、台の上からプールの中へ!
ざぶーん!
。
。
っ! っっ⁉
〝ごぼぼ ぼぼばば、ばばぼべ
ばばばぼぼべぼぼばぼべ〟
(略 拝啓 父上、母上へ 水の中は深く、息苦しかったです)




