第1章-1 アイドルの旅立ち
「あっづー……」
海へ行くという話を聞いてから数日後。私は海に行くにあたって重要な技術を取得するために動いた。
ヨミガエルでは叶うわけも無いその鍛錬は、疎かにすると最悪命を落とすとすら言われている。死霊の扱いには慣れていても死霊になることには流石に慣れているわけもなく、何としても阻止した。故に今回の任務は重大だ。
「それでもこんなに早くプール開きしてくれてよかったよね。ここ数ヶ月いろんないざこざがあったから業務体制の見直しとかで遅れるんじゃないかなって心配してたし」
まぁ単なら体育の授業なんだけど。
「まぁ色々あったけど。と言うかミクシェさん。その目は何?」
普段向かう体育館や運動場とは別の廊下、プールが設置されている場所に向かう最中で私の一期生からの親友であるミクシェが独り言のように呟いていると同時に、もうじき盛りを迎える蒲公英のような色の瞳で私に物言いたげな視線を送ってきた。
「何って。その中心人物ってだいたいメリアスさんだったじゃん。という訳で、帰りにキンキン堂のかき氷奢り決定」
「どういう訳で⁉」
確かに私が何か中心に居たような気がしますけど、どちらかと言うと私は被害者ですよ⁉ 窃盗事件の際何か犯人にされたし!
「冗談、冗談。財布戻ってきたんだからかき氷くらい買えるって。ディーナ様々のおかげで投写水晶機も買えたんだし」
嬉々した顔で冗談と言い切るミクシェ。気のせいか栗色のアホ毛もいつもより元気よくそそり立っているように見える。
ミクシェは前回の窃盗事件で財布を盗まれた揚句誘拐されるという外れくじを引かされた。かなりのトラウマになるのかと思いきや、そんなことは特になく、財布が戻ってきてからはいつも通りのミクシェに戻っていた。本人曰く、危険な目に合うのは情報屋の宿命。これで自分も立派な情報屋なんだと。ナンデモ学園新聞の一面、『被害者は見た! 犯人の実態!』の記事を見てその逞しさを実感せざるを得なかった。
それと繋がりのある話でこの事件で同じく財布を盗まれたディーナとは被害者同士の不思議な絆が生まれたという。その証拠に普段は六桁行くようなものすごく高い投写水晶機を何と十分の一の値段でミクシェに売ってくれたという。それも新品を。
「いやーやっぱ接点って大事よね。それが例えネクロマンサーだろうと魔物だろうと爆薬だろうと」
「そこまで危険視されますか私⁉」
爆弾クラスですか私は!
「いいじゃないですか。無実も証明され、自由に慣れた訳だし。その勢いでプール楽しんじゃおう!」
「うん。そうだね」
そこで現実に戻される。そう次の授業は体育でプール。
「で、気になったんだけど。メリアスさんって一期生の頃一回もプールの授業受けてないよね? 私泳ぐの好きだから全部出てたけど一度も見たこと無かったし。もしかしてメリアスさんカナヅチ?」
「うっ」
同じことをディーナやクリスからも言われた。始めは何それって言い返してしまったが、説明を受けた後、それがどれだけ不名誉な称号なのかすぐに思い知らされることとなった。
「ふむ。ネクロマンサーは水が苦手。川に突き出せば一撃と」
「誤解を生むような記事はやめてよね⁉」
私が全ネクロマンサーの恥を生むことは絶対に嫌!
ネタ帳にすらすら書き込むミクシェを制止し、本来の理由について語ることにする。
「ちゃんとした理由があるの。これよこれ」
と言いながら私は顔の前で両手を虚空に在る何かを三本の指で摘むような動作をする。ジェスチャーゲームではかなり難易度の高いお題かもしれないが、共に過ごした時間が長いミクシェはそれにすぐさま気づいた。
「あぁ! そっか眼鏡か。人から感心を持たれなくなる眼鏡だっけ?」
「そうそう。プールに入る際眼鏡着用不可って書かれてたから、どうしてもいけなかったのよ」
今でこそ何もつけていないが、一期生の頃からつい最近まで私は眼鏡をかけていた。
けど、実際には私の視力はそこまで悪くない。寧ろいい方である。では何故つけていたのかと言うと、単純に人除けの為だった。
呪具『ヘイボン』それをかけた者は他人からの印象が薄くなり、ほとんど記憶に残らないようになる。ネクロマンサーであり、身分を隠すにあたってこれは重要なアイテムだった。
が、闘技大会の日の朝。偶然出会ったクリスに強引にナンデモ学園に連れて行かれた際、ヘイボンの着用を忘れ、尚且つその存在をディーナに知られてしまったのが運の尽き。現在はディーナの元にあり、そもそもそれが無事なのかすらわからない。
「てなわけでプールに入ったことはないし、生まれてこの方泳いだこと無かったのよね。今日できれば泳げるになれればいいなと」
「うーん。一日で泳げるようにはまた厳しいような……。んでも行けるか……な?」
「何で疑問文何ですか? 確かに私は運動音痴ですけど、頑張ればどうにかなるかもしれないじゃないですか?」
「いやいや、頑張るも何も。軍曹の前で頑張らないと何されるかわからないよ?」
「……聞くんじゃなかった」
この学園の体育教師であり、そのスパルタ的な指導から大半の生徒、いや恐らく全生徒から嫌われている軍曹が教える水泳。嫌な予感しかしない。泳ぎたいとか泳げない云々関係なしで泳がされそう。かなりの距離を。
「でも泳げないなら頑張らないといけないよ。だってプールって夏休み前までずっとあるわけだし。言い訳できない以上頑張るしか」
「噂は本当だったようですわね、ネクロマンサー!」
若干落ち込み気味の項垂れ頭に聞き覚えのある声がぶつかる。と言うよりもこの学園で私をネクロマンサーと呼ぶ人間など数知れている。
諦観し顔をあげると、そこにはゴージャスな制服を着た見たことのある金髪ロールがいた。
「それはそうです! このアグロスが盗み聞きした情報は確実な物! この地獄耳は例え二室離れていようともお嬢様に重要な単語を聞き逃しません!」
そしてもう一人。前に飛び出た灰色の髪にオクラでも突き刺してやりたくなるようなやらしい顔つきの男。
イシュタル王女とアグロスは今ここにいないもう一人の大男と共に私の討伐に名乗りを上げている一派。前回の窃盗事件では共闘することとなったが、以前ほどではないが私をまだつけ狙ってくる。
「プールの授業中であれば事故を装ってネクロマンサーの討伐、水死を狙える。実に素晴らしい策だ! 何と知的な脳をしているんだ俺は!」
「知的ならまず策をばらさないと思うんですけど」
普通に練習しづらくなるからやめてほしい。
「と言うかBのクラスの授業にAのクラスの人がいたら怪しまれませんか?」
「はっ。これだから無知なネクロマンサーはげふっ! プールはがはっ! 合同授業だ!」
早速ネタ晴らししたことにイシュタル王女の怒りを買ったアグロスが蹴られながら返答する。
プールって合同なんだ。自然と以前行われた体力測定を彷彿させられる。
「え? でも」
ここで私たちのやり取りを傍観していたミクシェが割って入った。
「プールの授業の合同って2―Aは2―Cと、2―Bは2―Dと一緒だったような気がするんですけど」
重要事項が飛び出す。それは二人の策略を完全に無効化するものだった。
「アグロス……!」
「ひっ! これは、その」
どうやらその情報もアグロスの物だったらしい。こればかりは言い逃れようがない。
「いえ、まだこれからです! 先にプールに忍び込んで、ネクロマンサーが入ったと同時に足を引っ張って底に沈みこませれば大丈夫です! それにこの空気入れ(ボンベ)さえあれば我らはいつまででも待つことが出来まゲッフゥゥ!」
「だからそれを先に言うんじゃありません!」
アグロスが見たことも無い器具を取り出し説明するが、ついでにその後の作戦すらばらしてしまい、踏んだり蹴ったりも甚だしい結果に呆れることしかできない。こんな人たちに付け狙われているのだから自分も悲しくなってきた。
「こうなったらやったもの勝ちですわ! 早く準備を!」
「あ」
「あ!」
私とミクシェの声が重なる。廊下の向こう側。プールへと行く方角で私たちは見てはいけない物を見てしまった。
「ま、待ってください! 今は!」
相手がイシュタル王女であっても思わず止めようとかかる。
「今更命乞いしても聞きませんわよ!」
イシュタル王女は私の叫びに聞く耳持たず。そのまま振り向きプールの方へ向かおうとする。けど、それを遂行することはできなかった。
イシュタル王女が振り返り走った瞬間、大きな壁に激突する。
「いったっ……。誰ですの! 私の前に立ち塞がっているのは!」
勢い余って床に尻もちをついたイシュタル王女は下からその顔を見上げ、硬直する。
「貴様ら。儂の授業で何をどうする気だと?」
そこには全身から魔物のような気迫を発する化け物の姿があった。
「「軍曹⁉」」
イシュタル王女とアグロスの悲鳴にも似た叫びが辺りに木霊した。
「ほう。こんなものを使ってインチキをする気だったのか?」
軍曹が持っていたのは先ほどアグロスからイシュタル王女に渡された空気入れ。衝突の際にイシュタル王女が手放してしまったものとみられる。
「こんなものがなければ貴様らは潜れんのか⁉」
イシュタル王女たちの新の主旨はばれていなかった。が、別の要因を示唆した。これは違う意味でやばいような気がする。
「貴様らみたいなへなちょこを見ると虫唾が走る! 儂自ら鍛えなおしてくれるわ!」
「ちょ、ちょっと待ちなさい! あなた私が誰だかわからないのですか⁉ ちょ、や、何を、どこを触って!」
言うが早いか軍曹はイシュタル王女を脇に抱える。
「待て貴様! お嬢様に対する無礼は許されごふっ!」
目の前に現れたアグロスの脳天に拳。ただの一撃でアグロスは朽ち果てた。
「よく見れば前のもやし野郎だな。貴様もついでに鍛えなおしだ!」
そのアグロスの頭を左手でがっちりホールドしボールのように軽々と持ち上げる。
「おい、お前ら!」
「ひぃ!」
「はい?」
唐突に呼ばれたので応える。何故かミクシェは泣きそうになっている。そんな二人の表情を比べたのか、私の方を向いて。
「プールはしばらく自習だと伝えろ! ウォーミングアップに最低300メートルは泳いでからだ!」
と足早に告げるとこちらも足早、イシュタル王女とアグロスを片手にとんでもない勢いでどこかに消えて行った。
「はっや」
「何でそんな落ち着いていられるの⁉」
「何か問題でも?」
「あるよ‼」
どこが? と思うもこのまま押し問答は疲れるので首を傾げるだけに留める。
「はぁ。耐性なのかな。まぁしばらく自習になったから嬉しいと言えば嬉しいんだけど……300mって。口から出まかせならともかく、軍曹なら自らの非を絶対認めないからやりかねないよね……」
走るのにしたら300mは――結構つらいけど、泳ぐのにしたらどうなるのだろう? 浮くし、確か水って押し出す何か、引力だっけ? が働いているから楽なのかな?
「とりあえず急ごうか。開始前に伝えとかないと私たち何されるかわからないし」
「そうなの⁉」
その一言を聞いて私もすぐに駆け出す。未知の世界に行くのは御免被りたい。未だとおまけにイシュタル王女とアグロスが付くのだから尚更である。
初参加のプール授業。それも一般的な体育と違い合同と来た。
2―Dか。クリスはイシュタル王女と同じAだし、ディーナはC、カトリナも同じCだったはず。後はこの前知り合ったトウハさんもC。
「ぁ」
となるとあの人か。




