プロローグ
〝拝啓 父上、母上へ
常夜続くヨミガエルにもやんわりとした暖かな風が吹き込んでいると思いますが、いかがお過ごしでしょうか? こちらはもう本格的な夏に近づいております。そして昨年に続き、今年もやかましい鳴き声が辺りに木霊しています〟
「あづぃぃぃ~あぁづぅぃぃ~。もしもし夏よ、夏さんよぉぉ、どうしてお前は、ここでも全力、疾走さぁ~。わしわさぁ~、セミの如き一週間の燃え尽きる魂なんざもとらへん。一週間で果てて俺の屍超えてけってかぁ~? 残す弟子も子孫もいないんさささささじじじじじじみぃーん」
「あーっ! もぅ! うるさいわね!」
まだ一枚目、それも五分の一も書いてない所で癇癪を起す。
去年悩まされた唸り声は、今年もまた、それも度合いを増して館に響き渡っていた。
「そんなに暑いなら一旦冥界戻ったらどうよ!」
苛立つ視線の先、たらいの中に氷水がいっぱい入っているにも関わらず、その中で冷たさではなく暑さに顔をしかめる死霊の少女に訴えかける。
「冥界って四季の移り変わりがないからいつも生ぬるいのよ! あぁーん。皇帝ペンギンが恋しいよぅ」
どこの王様だ。と疑問に思うも、どうせいつもの妄言癖だろうと横に流すことにする。
「てか暑いからって魔力の過剰使用はしないでよね。去年の夏なんかフロースダントツだったんだから」
私の陰口に真っ白い肌に水滴、ではなく玉の汗を流すフロースが噛みついた。
「夏場だからこそよ! クーラーは夏に活躍するからなんぼ。だからこそ消費電気量も多いのよ!」
だから何よそのくーらーって。まぁあれかな。暑いからこそかき氷とかアイスがおいしく感じられるっていうのと同じなのかな。てことでクーラーは食べ物と。
「それならさっさと作業終わらせてよ! フロースの部屋を返して!」
フロースが簡潔な解決策を打ち出す。フロースの部屋、ではなく冷凍室は今現在多くの人が出入りしている。本来は食材を新鮮な状態に保つために飲食店がよく備えている一室ではあるが、私の館の場合入っているのは生物であっても食用ではない。入っているのは魔物の体の一部。
これを極秘裏に業者と提携し、父上や母上が待つ私の故郷に送り届けるのが本来の私の、ネクロマンサーの仕事。
今は諸事情によって別の仕事をしているけど。
というわけで今は月に数回の運搬作業中。フロースは邪魔になるのでお退場というわけなんだけど、とにかく暑い暑いとうるさい。まぁそれだけで済めばいいのだけど、実際はそれだけで済んでいない。
現在フロースは水風呂ならぬ氷風呂に入っているわけだけど、フロースが普段着ている白いワンピのまま入浴している。そしてその服が普通に透けているのだ。
見た目真っ白で、死霊で、幼女だけど女は女。運搬業者さんの目の毒である。普段はこんな痴女じゃないんだけど、よっぽどの熱さで頭がまいっているのだろうか。
「ふぅ。これで全部の積み込み作業終了です」
フロースが唸ること20分近く。積み込みが終わったようで代表者が報告に来る。
普段ならここで私が帳面にサインをして、代金を支払うことで取引が成立する。けど、今は事情が違う。
「ほいよ、ご苦労さん。んじゃいつも通りにやで」
代わりに返事をしたのは私とは机を挟んで真向いに位置する席に座っている少女。茶目っ気のある三つ編みスタイルに服や小物至る所におしゃれ――というよりもかわいさを重視した見た目からも女の子って感じな幼子。
実はこの方社長です。
それもこの運搬業者の社長だけではなく、今現在私が強制労働、もとい活動させてもらっているアイドルグループのオーナーである。グループとか言ってるけど、実際は私一人。
「で、メリアスはんは書き終えたんかいな?」
「ディーナさん。わざと言ってますよね」
目の前で私とフロースのやり取りを見ていたのだからペンが進んでいないの位わかって当然である。そもそも普段ならとっくに書き終えているであろう手紙も、学校生活はともかくアイドル活動の日々が原因と考えてもおかしくない。書く時間を奪われているのはどう考えてもディーナが悪い。
「んじゃ手紙はまた次や。行ってええで」
「は、はい。それでは」
そんな考えなど露知らず、知った所で私の正体を盾にいなされるに違いないディーナは私の恒例行事を一刀両断し、運搬業者に出発するよう促した。私が、そして私の両親がこの文通をどれだけ楽しみにしているか熟知している業者さんは私に申し訳なさそうにお辞儀をして外に出て行った。ごめんなさい。私のせいで買収されて、更には変なのが社長の席に着いちゃって。
「はぁ……手紙出すのに何でここまで苦労しなくちゃいけないの……」
「当たり前や。そう簡単に外部とパイプ繋げさせるうちやないで。まだ一ヶ月しか働いてないんに逃げられる訳にはいかんのや」
「だからと言って五枚以上書いた手紙が一枚に集約されるのはおかしいですよ! あの文章のどこにおかしな点がありましたか⁉ お日柄どうですか的なことくらい書いてもいいですよね⁉」
「暗号が含まれとるかもしれん」
「ありません‼」
とある事情でネクロマンサーであることがばれてから早一ヶ月。イシュタル王女との闘技大会、むっちゃんと出会った学園窃盗事件と、二つの山場を闘技大会で一緒なパーティーとして初めて会ったディーナと仲間たちで乗り越え、打ち解けあってきた。
けど、未だにこの点に関しては打ち解けた気がしない。ディーナは唯一私の、もっとも深い核心的な事情を知っている。
私がネクロマンサーの生計の枷としている呪具の材料を仕入れていること。そして、もっとも危惧すべきなのが私の故郷ヨミガエルの正確な位置。運搬業社を乗っ取った訳だから、資料を片っ端から調べ上げればそんなことくらい容易いに違いない。
ここは昔魔物側についたネクロマンサーの主導者を討伐したイリス・ヘイワの街。その子孫であるイシュタル王女は私のことを目の下のたんこぶとして常日頃煩わしく思っているのは火を見るよりも明らかである。その王女さえ巻き込むディーナなのだから下手に逆らうのが躊躇われてしまう。
「まぁそう怖い顔すんなや。本当に逃げる気無いようならある程度自由は効かせる気や。それにメリアスはんが思った以上に稼いでくれるようなら、いくらでも伸び白広げてやるで」
「ディーナさんの稼ぐの単位が途方もない気がしてならないんですが」
「せやな」
「少しくらい否定してください!」
私無事に残り二期で卒業できるんでしょうか⁉ 昨年とは違う意味で留年しそうなんですけど⁉
「やから次回はきっちり頑張るで。戻ってきたお金で結構でかい計画立てたんやからな!」
実は明日から前回の窃盗事件で失った財布――ディーナの私産にして私が汗水流して働いたお金――でまたとんでもないイベント事をすることとなっている。一度でいいからディーナの財布の中身を見てみたいものである。
「聞いた聞いた! 海行くんだって⁉」
その話を知っていたフロースが飛びついた。館を三日ほど留守にすることになるので主な在宅者であるブラムハムとフロースにはこのことを前もって伝えてあった。
「フロースも行きたい! ワイキキでウクレレ引きながらトロピカルな物飲みたい!」
「どんなモンスターよ?」
「ウクレレなら用意できるで。ジュースは何種の果物入れるんや?」
「通じてる⁉」
まさかの共感者出現! というか、というか、もしかして私が疎いだけ⁉
「まずは王道だけどバナナベースは外せない! それにリンゴとパパイアに、マンゴー何かも入れてみたい! もういっそのことこの世の全部をトロピカりたい!」
「ごめん……頭痛くなってきた」
頭の中にとろぴかるが縦横無尽で行き来して眩暈が起きそう。
「で、どうするんやこっちも連れてくんかいな?」
未だとろぴかってる頭に質問が届く。まぁ一人増える位でディーナは動じないだろう。けど、問題は他にあった。
「島着くまで保つのフロース?」
「もつって?」
「直射日光」
時期は現在初夏。部屋の中ですら唸る暑さなのだから、外は言うまでもない。
「そ、そこはほら冥界で待ってるからメリアスがしょーかーんで私を現地直送ビジネスしてくれれば」
「砂浜って暑いんだよね?」
「暑い言うても火傷するかも程度やで?」
「……OK。冷凍室で半年ROMってる」
よくわかんないけど諦めたようだ。
「うちはいくらでも歓迎するんやけどな。やろうと思えば前闘技大会に出とったでかい骸骨だって乗るで?」
「カムシンすら乗るんですかその船。とは言うけど、死霊の弱点って結構深刻だから、こればかりはどうしようもならないのよ」
フロースは熱、ブラムハムは光と、我が家の中心的死霊はどちらも昼間の外出に向かない。むっちゃんならどこにでも行けるけど、そもそもあれは人数の内に入らないと思う。浮いてるし。
「うぅ……南国の海、南国の海」
未練たらたらなのが見て、いや聞いてわかる振りをしながらフロースは夏場の自室、冷凍室へと引きこもった。何か土産でも持って帰った方がいいのかな。島にあればいいけど。
「んじゃ明日の朝6時に迎えに行くさかいに、しっかり起きて待っとるんやで」
「誰かさんのせいですっかり慣れましたよ」
その後眠いのは未だに慣れてないけど。座ったまま寝る? 常套手段です。
業務を終え、伝えたいことも伝えきったディーナは準備でもあるのか、来るときに乗ってきた馬車に乗り、騎手に出発するよう伝える。
「海かー……」
その後ろ姿を見ながら呟く。
「どんなとこなんだろ」
生まれた時からヨミガエルで暮らした自分にとって海は未開の地。川や湖すらなく、あっても沼くらいだったのだから、海のスケールなど想像できない。まさかこの年で、ナンデモ学園在籍中に海に行くなんて思ってもいなかった。
「よし。早いけど早速準備しよ!」
〝拝啓 父上、母上へ
私は明日。大海原へと旅立ちます〟




