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第3章-10 アイドルの戸惑い

「除霊よ」

「この子もですか⁉」

 私の問いに首が縦に動いた。

「これも元はかの者の死霊。盗みを働いた悪霊。ならばやらなければならない」

 だから消すというのか。それはいくらなんでも。

「駄目です!」

 限界に近い体を動かし、すかさずむっちゃんを庇う。呪符はネクロマンサーに対する害はない。それも聖水とは違い、体調不良を起こすことも無い。

「どいてください」

 けど、少し高い位置から見下ろす視線は威圧感に満ちて、今にも膝をつきそうになる。それにそもそもの素体自体違いすぎる。方や運動有能者、方や運動音痴の夜更かし。

 押さえつける訳にも組手をするわけにもいかない。絶対に勝てない。誰かに助けを求めようにも、死霊を庇護する義務は皆にない。なら、私にできることをやるしかない。

「あなたは私が何をしてきたかわかりますか?」

 突拍子もない質問だったと思う。レイハさんは固まってしまった。

「……私はあなたのことをよく知らない。あなたがここに来る前に何をしていたのかはよくわからない」

「来る前じゃありません。来てからです。何らかの問題がありましたか?」

「――闘技大会の暴動、へんなビラ配り、自らの下着を売却――」

「それ以上言わないでください! そもそもそれは全部私が奨んでやったことではありません!」

 もしそれが問題だとすれば悪の根源はディーナさんです!

「私はできる限り死霊の召喚を控えています! 最近は時々出しちゃったりしてますが、周りに悪影響は及ぼしていません!」

「メリアスさん。王宮の人たちが現場の調査したいらしいんだけど、変な面が落ちてて近寄りがたいって喚いてるけど、あれってメリアスさんの」

「滅!」

 返却。レイハさん、そんな目で見ないでください。見ちゃいけません。ミクシェ、今はお取込み中なのでできれば黙ってもらえませんか。

「ネクロマンサーだからって悪いことだけをしている訳ではありません。事情があってひっそり暮らしている私、一般人として生きようと努力していた数年前討伐されてしまったネクロマンサーだって何一つ悪いことをしていなかったはずです。今回、先生は自らを隠すことに対する不満が爆発してしまったけど、それがなければ今でも良き先生として暮らしていたかもしれません」

 ネクロマンサーが完全に悪。というのは世の中の語弊。テリトリーはネクロマンサーが原因で作られたというけど、そもそも敷地内から出られない魔物たちはそこまで脅威ではないというのは以前ミクシェから聞いた話である。

「それに人だって過ちを犯す人は少なからずいます! 私はここに来てまで一年近くですが、いろいろな事件が起きたことを知っています! 街中で警備兵が足早にどこかへ向かっていくとこにすれ違ったことだってあります!」

 ヘイワ街の創建者の宿敵であるネクロマンサーを素通りに食い逃げ犯を追いかける警備兵は、今考えるとすごい滑稽なものに思える。

「つまり」

 今まで黙っていたレイハさんが口を挟む。

「そこにいる悪霊もまた」

「死霊です!」

 言い切る前に、私が申した。そこに彼女の過ちがあるから。

「死霊を悪に見ること自体が間違っているんです! 全てに善があり、悪があるんです!

 私の家には余生をある一家に仕え続けた老師が私をサポートしてくれています。その人がいなければ私は自立した生活を送れてなかったと思います」

 ブラムハムは親御と離れて暮らす私に親身になって生活のあれやこれやを見てくれた。生前身に着け、死後も蓄え続けた知識はまさに生き字引と言える。生きてないけど。

「私の家にはめんどくさがり屋だけど、料理人もいます! ぶっちゃけ手抜きもちょくちょくありますけど、それでも私を気遣い、尚且つ人を避けていた一期生の頃は一番身近な存在でした」

 この土地に来て初の誕生日。ヨミガエルにいたころは大人たちが祝ってくれたけど、一人になって、尚且つヘイボンで誰にも気にされずに暮らしてきた私を祝ってくれる人などいなかった。そんなとき、火傷どころでは済まされない状態になりながらもケーキを焼いてくれたフロースの心意気が嬉しかった。

「死霊がただ悪さをするだけの存在ではありません。これは私がネクロマンサーだから従っているだけというわけではありません。世の中にはちゃんとした善霊もいます! そして、この子が悪霊であるとは私は思いません!」

 母が子を包むように、むっちゃんを抱く。

「見方によって人の考えが変わるのはわかります。あなたにとってこの子は先生の元配下の死霊で、盗みを働いた悪霊。けど、私にとっては先生を裏切り、事件の真相を教え、ミクシェさんが捕らえられていた場所まで連れ行ってくれた善霊。そして――私の新しい家族」

 先生は配下、手下、そう思っていたに違いない。けど、私は皆を下に見ない。一緒にいる存在なんだ。

「じゃあ。その死霊がもし、悪さをしたらどうするつもり」

 疑いの目で見るレイハさんが問う。悪霊という言葉を言い換えてくれた辺り、話が全然通じない人ではなさそうだ。

「決まっています」

 そんな人だからこそ、こういえばいいとすぐにわかった。

「怒ります」

「……え?」

 またレイハさんが固まった。答えとしては合っている、と思うけど流石にこの答えは単純すぎただろうか?

「悪霊には成仏。私も昨日まではそういう答えがありました。けど、理由がある、または無知でやっている死霊もいます。誰もが悪意でやっているとは限りません。だからこそ怒るんです。理由を問いただすかそれは悪いことだと叱ってやれば、もうそんなことはしなくなります。そうすれば悪霊は善霊、なれなくても聞き分けのできる子になります」

 六歳児位が限度となる、子供に言い聞かせるような簡単なお授業。単純明快ではあるが、先ほども言った通りにこれが通じるのは幼児卒業までである。それ以降は「だってそうしたかった」などと自分の欲望を貫いたり、「他の子もやっている」と他人と比較していちゃもんをつけるなど一筋縄ではいかなくなる。それを諭してやれる大人っていうのはかっこいい。

「それは、なれるの? 先生はなれなかったのに、その配下が、なれるの?」

 けれども、それを更に上回る大人もいる。先生はその一線を越えてしまった。ここからは説法云々の世界ではない。悪意を重さで表し、歴史が作り上げた法と言う分銅を使いながら天秤を水平にする。先生の向かいにはかなりの年数、最悪命の分銅が乗せられることになるだろう。

 ではこの子はどうか。言わば共犯者的な立ち位置にいるむっちゃんではあるが、その存在を知っている王宮の者は恐らく一人。ネクロマンサーと討伐者(おんみょうじ)と言う対立の中で私に敵対することなく、今も私たちの成り行きをただ見守ってくれている王女位である。

 王女の一言によっては不問になるかもしれない。けど、悪霊を浄化させることを生業とするレイハさんにとっては別問題になる。悪い物は悪い。だからこそ消さなければならない。ただ、それを許せる私でもない。私は見た。もはや奴隷だったこの子を。

「解放されてまだ一日です。けど、私はこの子が悪意に満ちた行動を起こしたとこを見ていません。好奇心旺盛な子供みたいにやんちゃな行為はありましたけど、それも無知故の行動と見なせます」

「その行動が、やがて大きな問題を起こすようになることは?」

「ありません。させません。だから」

 過去のネクロマンサーは死霊を操り、魔物を狩り、魔物の部位で呪具を作ることによって生きてきた。昔は万能だった呪具も、今や魔法と高度技術によって廃った。そもそもネクロマンサーが魔物を庇い敵対した時点でネクロマンサーの立ち位置は無くなった。

 そんな立ち位置を失ったネクロマンサーが今何をできるか。それを今決めた。

「一年ください!」

「……え?」

「一年間この子が何も起こさなかったら、その時はこの子を見逃してください」

 身勝手な発言ではあるが、一年つまり私が二期生でいる期間に何も起こさないように見張るのは結構な時間である。悪霊の大半が貪欲であるが故にこの一年が思いのほか長いことを陰陽師であるレイハさんはきっと理解しているはず。

「もし、その間にこの子が何かとんでもないことを仕出かしたのならば」

 一旦呼吸を落ち着かせる。流れのままに思いついてしまったことだけど、時間を置いて怪しまれる訳にもいかない。


「私はネクロマンサーを辞めます」


「え?」

「何やと⁉」

「ネクロマンサー! あなた何を⁉」

 傍観するだけだった周囲から驚嘆が飛び交う。

「ネクロマンサーを辞める。死霊は?」

「全員元いた冥界に戻します。その後の私は死霊と一切触れあわずに一般人として暮らしていきます。もし目障りであれば、この土地からも離れる気です」

 視線は自然とイシュタル王女に向いてしまい、目が合う。例え辞めたとしても種を変える訳には行かず、ネクロマンサーはネクロマンサーのままである。それを善しとしないのであれば退くもまた定めである。

 イシュタル王女の瞳は憤怒に満ちていた。ネクロマンサー討伐の意志を継ぐ者として獲物が勝手なことを言いだしたからなのか、自らこの土地を離れると言い出したからなのか、もしくは別の事象が働いているのか。

「それがあなたの意志なんですか?」

「はい」

「一年間私の監視を受けることをあなたは甘んじるというのですね」

「はい」

「……」

 トウハさんが押し黙る。選別されているような視線をただただ受けながらその時を待つ。周りの皆も答えを待つ。ディーナさんもミクシェも、イシュタル王女さえも固唾を呑んで見守っている。

「……わかりました」

 答えが出た。それは待ち望んでいた答えだったが、同時に信じられない答えでもあった。

「い、いいんですか?」

「何故あなたが動揺するのですか?」

「だって。あなたは陰陽師であって、死霊とか魔物を退治する役目では?」

「本国で言うあやかしと呼ばれる類。確かに私たちは払うのも仕事です。ですが、本来は悪意を持たせないことが大事になるのはあなた達と一緒です」

「そうなんですか⁉」

「それらは式神と呼ばれます」

 聞いたことはあるが、いまいち思い出せない。幼少の頃に聞いたことだった気はするのだけど。

「私が払うことに執着していたのは、この土地では事態が既に末期だった故に。反旗を翻し、縄張りを作り上げた時点で魔物も、あなた達が傀儡する死霊もまた手に負えない状態だと考えていました。元来はこの国の王宮からの要請であった派遣も、今では危惧すべき存在と自ら向かう者も多い」

「レイハさんはどちらなのですか?」

「後者です。縄張りから出られないとはいえ、魔物の巣窟から都市までは目と鼻の先。この状況で呑気な事をやっているのはおかしいと思いました。しかし」

 一拍置いた後、微かにだが強張った顔が綻んだように見えた。

「あなたを見て本国を思い出しました。分かち合えるなら合え、更正できるなら正せと。あなたのやり方は私が教えられた死霊術師とは別物。まるで基礎が違うようにも見えました」

 その言葉で思い出す。やはり式神のことを教わったのは幼少の頃だった。その教訓が今のブラムハムやフロースとの関係に繋がっていることを今さらながら痛感する。

「あなたならできる。そう感じました。けど、私にも気質(かたぎ)はあります。あなたの行いにもし、不審があれば」

「……覚悟はしておきます」

 けど、やはり元感じた気迫と言うのは簡単に抜けるわけも無く、蛇に睨まれた蛙の如く、委縮してしまう。

 私の頼りない返事を聞いて、今ここに至るまで手放さなかった呪符をしまった。呪符から漏れる念すら感じなくなったことで、むっちゃんの怯えもようやく収まった。

「はぁっ……全く。ひやひやさせんなや」

「好き勝手して。これだからネクロマンサーは」

 各々に感じたことを漏らしながら二人して近づいてくる。先ほどまでの精神的、肉体的疲れとはまた別の疲れであることは見てすぐにわかった。無論私が原因であることも。

「ごめんなさい。色々と」

「まぁええんやそのことはうちが関わってええことやないしな」

「私はよくありませんわよ⁉」

「別段討伐しようが出て行こうがいなくなるから一緒やろうが。無論うちも一緒のことや。どっちになってもらっても困るんやけどな」

 異口同音で困ることになると告げられる。一年前だったら誰にも気づかれることなくいなくなっていたのにすっかり変わってしまった。

「そりゃ困りますよ!」

 けど、唯一変わらなそうなとこはここだろうか。

「ミクシェさん……」

「記事の塊なんですからいなくなられたら困ります!」

「そこ⁉」

 いや、変わっていた。昔とは違い、今は利用されていた!

「嘘ですよ。10%は」

「結構が本音ぇぇ⁉」

 聞きたくなかった事実まで公開。あれ、涙?

「それだけ楽しいんですよ。今回は危険なことに巻き込まれちゃったけど、記者になるにはこれくらい覚悟がいるって気づけましたからね」

 嬉しいことなんだけど何故だろう、利用されている感は未だに拭えない。

 やっぱり涙? と思いかけた時、私の腕の中で動く何かが不意に腕の中から抜け出た。

「むっちゃん?」

 いつの間にか皆にも姿が見えるような状態に戻っていたむっちゃんが私の前にいた。無表情、そもそも表情があるのかどうか疑問すら出てくる顔で私を見つめるむっちゃん。何がしたいのか、聞くにも返答がもらえない以上聞いても意味がないのだけど、どうしたのか。

「……」

「……」

 無言、疑問。静かな二人のにらめっ――こ? それを先に止めたのはむっちゃんだった。

 私、正確には私の頭の方に移動し始めたむっちゃん。何事かと上方を向くと何かが触れた。

 むっちゃんの手だった。

 今の状況を身近な物で表すとすれば、泣いた子の頭を母親が手で優しく撫でてあやす光景。

「そっか慰めてくれるんだ」

 どこでこのような行為を見たのか、もしくは前から知っていた行為なのか。これが何を意味するのか。本来の意味で私を慰めてくれているのか、或いは違った用途と履き違えているのか、いずれにしろ、この優しい撫で方は怒りや嘆きの用途ではないことがわかる。だからこそ言葉で分かり合えなくてもこう言える。

「ありがとう……」

 出会えた喜び、そしてこれからも、と言う意味の感謝の囁きが空へと舞い上がりそして、


 轟音に掻き消された。


「何の音?」

 どどどどどと言うよくわからないけど明らかにいい予感がしない音。更に言うと、その音、明らかに近づいてきている。

「誰か来る」

 今の今まで周囲を警戒していたからなのか、或いは元の視力の良さか、先に察知したのは遠巻きで何事にも関与してこなかったアーチェさんだった。

「な、何が来るんや!」

 もう面倒事は勘弁。と言いたげなディーナさんの叫びも更に音を増す轟音に消える。聴覚を狂わす異音。その元凶が遂に視覚にも訴えかけてきた。

 ありえないくらいに巻き上げる砂埃。いや、中心地から離れているとはいえ、そもそも舗装された石畳が多いこの土地でどうやったらそんなものが巻き起こるのか。そんな疑問を知るか知らぬか、砂埃の中心にいる人物は、陽光に照らされる髪を振り乱しながら近づいてくる。やがて、


「メリアスさぁぁぁーーーん」


 〝拝啓 父上、母上へ

 天使の囁き、ではなく悪魔の雄叫びが〟


「カトリナさん⁉」

「何じゃありゃぁぁ⁉」

 その正体は私たちがよく知る者であり、今回の作戦で唯一メンバーから外されていた人物。昨日むっちゃん捜索の際に邪魔――捜索に支障が出るために一芝居打って別れて以来となる。

 そのカトリナさんが、今私の名前を叫びながら、事の騒動が起きる前に行われた体力測定で新記録を出しそうな勢いで走ってくる。

 何故だろう。とてつもなく嫌な予感がする。と言うよりも嫌な予感しかしない。

 と思った矢先に私は砂埃に巻き込まれた。

 思わず目を閉じる。砂が当たる感じと共に何やら柔らかい物が顔に押し付けられていることに気が付き、恐る恐る目を開ける。

 目の前には血涙を流す聖職者の胸が押し付けられていた。

「メリアスさぁーん! 何で! 何でもっと早くお金が必要何だって言ってくださらなかったのですか! 言ってくだされば私は例え火の中水の中、王宮の中、商業ギルドの中どこからでもお金を用意してあげましたのに! どうして、どうして盗みなんかしたんですか⁉」

 やばい。話が完全に一場面遅れている。何とか誤解を解こうと試みるもできない。すごい腕力で胸に抱き寄せられているから言葉が発せない。と言うか息も苦しい!

「今明らかに問題発言をしましたわよね! お金ならそこの守銭奴の所から持っていけばいいじゃないですか!」

「うちのギルドに何するつもりなんや⁉ 盗むんなら税金いっぱい持っとる王宮から盗めばええやないか!」

 二人がカトリナさんの発言に反発した! そして相殺した!

「だ、だるぇか……」

 振り絞って出した声。と言うよりもこの状況は明らかに異変だと誰か気づいてください!

「ぉぉー……やっぱり百合報道は本物だったんだ!」

「クリス。ぉぉぃ。生きてるか?」

 気づいてない! いや、一人気づいてるけど、全く違う方向に解釈してる!

「志半ばで倒れる。これも因果か」

 お陀仏決定されたぁー! まだ生きてる! 生きてるよ! 生きてるけど苦しいんよ!

「も、もぅむり……」

 死霊を呼び出して助けてもらうことも考えた。けど、悪いことはしないと決めた以上危害を加える訳にはいかないよね。決して魔力がもうなかったからと言う情けない理由じゃないからね。

 ――――――この言い訳を思いついたのは家のベッドで目が覚めた時だった。

 窓から見えるオレンジ色の平原はすごく綺麗でした。


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