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第3章-8 アイドルの戸惑い

「こ、ここは⁉」

「わからん! けど、こんな部屋通ったことなかったで⁉」

 ディーナさんが否定した。これで自分の思い違いは無くなった。やっぱりこんな部屋無かった。

「そうだとも。この部屋は今作り上げたのだからな!」

 声が聞こえたのは上。吹き抜けとなった二階部分から現れたのは犯人である先生だった。

「作り上げた? それは一体どういう」

「どうもこうもありませんわ! ここであなたを捕えます!」

 私の言葉を遮り、言うが早いか氷の刃を複数展開したイシュタル王女が先生に向けてそれを放った。以前の闘技大会に比べ、詠唱速度が格段に上がっているのを見る限り、今回の事件解決に関しての心意気を感じる。

 降り注ぐ刃は先生を覆うように突き進む。見る限り狭い足場では避けることもままならない。そう思った。異変は起きた。

 足場が、動いた。

「「「「「え?」」」」」

 言葉が揃う。そしてしばしの沈黙。約束されていたかのような空気が生まれる。

 ただ足場が動くのならわかる。けど、その近くにあった窓、シャンデリア、さらには石壁の石一つ一つが動いてみせたのだ。更にいうと、先生がいた足場から下に下がれば下がるほど変化は少なく。私たちのいる一階部分に至っては全くの変化が見られなかった。言うなれば、足を固定したまま、上半身だけを捻って位置を変えたような。

 まさか⁉

 今迄ある程度の感覚だけで感じていたが、ここで始めて本格的に探ることにした。霊視。そして予想通りの答えが出た。

 壁、窓、床、足場、扉、シャンデリア、暖炉、カーペット。

 これら全て、死霊だ。ミクシェさんのときに感じた死霊はずっと見ていたんじゃない。ずっといた、いえ、ずっとその中にいたんだ。

「テリブルハウス⁉」

 驚愕した。こんな大型死霊がこんな身近にいたなんて。

「何やそれ! 新しい家か⁉」

「ねぇ! どうなってるの⁉ 何でこの家動いてるのよ⁉」

「落ち着いてください! 簡潔に言います! この家自体が死霊なんです!」

 動揺する皆に私は冷静に伝えた。

 けど、この時私も動揺していたのだと思う。判断ミスを犯した。

「……ふぅぅぅぅ……」

「どわぁ⁉ 何やっとるんや! 何クリスはんにとどめ刺しとるんや!」

「私のせいですか⁉ 説明しろと言ってきたのはディーナさんですよね!」

「煩いわ! クリスはんもおらんのにどうやって対抗するって言うんや⁉」

「痛い⁉ 痛い! ハンマーで殴らないでください! 寧ろそれだけの力があるならディーナさん自身が戦ってください!」

 私は悪くないはずなのに一方的に殴られる。理不尽だ!

 二人で押し問答を繰り広げていると、部屋がまた動き出した。その直後外から何かがぶつかった甲高い音が鳴り響いた。

「狙撃者か。異変に気づいて撃ってきたか」

「ちっ。アーチェはんも読まれよったか」

 ディーナさんの舌打ちで私も理解する。今の音は銃音と銃弾が壁に当たった音。アーチェさんは既にこちらに先回りして何かあった時の為に備えていたんだ。

「だが、ばれてしまった以上無意味!」

 壁が更に動く。窓の位置がどんどん上がり、天窓同様の高い位置にまで移動させられた。これでは空からでも撃たない限り中に貫通しない!

「もうこれ以上時間をかけるわけにはいかないな。お前たちはここで仲良く死ぬがよい!」

 死の宣告が轟音と共に鳴り響いた。それは迫る恐怖。

「か、壁が動いとるで⁉」

「こちらも動いてますわよ⁉」

 私たちのいる一階の両サイドの壁が迫ってくる!

「駄目! 扉が空かない!」

 ミクシェさんが先ほど来た地下道へ逃げ込もうと試みたが、びくともしない扉の前に呻いた。

「食らいなさい!」

 イシュタル王女が岩石クラスの氷を壁に打ち付ける。が、壊すことも、凹ますことも、ましてや動きを止めることもできなかった。

「このままやとぺしゃんこやで!」

「メリアスさん、何とかならないの⁉」

「な、何で私なの⁉」

「ネクロマンサーやろ! この前のごつい骸骨よべや!」

「魔力が足りないよ!」

 ステージ衣装で来たから『マリョクアル』は手元にない。自らの魔力も比較的低燃費とはいえむっちゃんに使ったため、こんなところで高燃費なカムシンを呼べるだけの魔力は残っていない。もし呼べたとして、果たしてこの壁を壊せるかも定かではない。

「まずいで! 壁がもう目と鼻の先や! このままじゃ横幅の広いメリアスはんから順番に潰れるで!」

「誰が横幅広いですか⁉ 前幅なら若干広い自身はありますけど!」

「「なん(やと)(ですって)‼」」

「こんなところで言い争っている場合じゃありませんわよ!」

 失礼なこと言ってきたから言い返してやったらミクシェにまで文句言われる始末は納得がいかない! だいたい私はそんな横幅なんて。

「そうか! 来たれ怒鬼面! 鬼般若!」

 幾何学文様から這いずり上がるように出てきたのは低燃費の強面の面。一般人が見れば確実に腰を抜かすような顔。しかし、今回は相手もネクロマンサー。こんな猫だまし食らうわけがない。だから、今回の目的は。

 迫りくる壁、それが鬼般若を捕えた。

 そして、つっかえた。

「そこで大人しくしてなさい!」

 役目:つっかえ棒。

「あんさん……扱い方酷ないか?」

「誰かさんのが移ったんですよ!」

 だから文句は言わせません!

「私の死霊の扱いが酷いとかいいながら、君もあまり変わらないじゃないか」

「こいつはいいの!」

 前科がいっぱいあるから!

「それよりも! あなたはどうして死霊たちを使って悪さなんかしたんですか! 特にあの子なんて最低限維持できる魔力しかあげずにこき使って。あなたは一体何をしようとし企んでるのですか!」

「何をだと? 簡単だ。ネクロマンサーとしてやることをやっただけだ」

「どこがよ! やったことはただ単に窃盗じゃないですか⁉」

「そうだ! 窃盗だ! 悪事だ! それの何が悪い!」

 先生が開き直り、全てを認めた。

「元よりネクロマンサーは人類に反旗を翻した一族なんだ! 今更窃盗の一つや二つやったって変わりはない。なのにネクロマンサーであることを隠しながら暮らす苦痛、君にならわかるはずだろ!」

 苦痛。その言葉に同意はできない。けど、違う意味では理解出来る。窮屈、孤独であった。

「そんな中で君はネクロマンサーであることを意図しない形で明かすこととなった。そして君はネクロマンサーであることを隠すことなくここにいることを決意した。ならばだ」

 鬼般若の角越しに見える先生の顔がひときわ険しくなった。

「ネクロマンサーであることを隠さなくて良い以上、こいつらに媚を請う必要性も自ら一歩下がる必要性も無いんだ! 実際に君はその腕でやって見せた! 騎士の卵、そしてイリス・ヘイワの末裔を意図も簡単に退かせた! こんな王家、生き残ったネクロマンサーが全て集まれば陥落も容易いんだよ!」

 先生の本音が爆発した。何年、いや何十年。自らの素性を隠し怯えてくれしてきたのかわからない。その鬱憤が今爆ぜる。ネクロマンサーと言う足枷を生まれつき持ったが故に強いられた生活が人をここまで変えた。

 もし私もヘイボンをかけたままで居続けたら、いつかはこのような感情を爆発していたのだろうか。いや、私の場合は単に世界を見向きもせずに淡々と業務に勤しみ、故郷に帰っていた気がする。その故郷すら、この人には無かったのだろうか?

「そのような事を思いながら、あの試合を見ていましたのですか⁉」

 繰り広げられる暴言。それにイシュタル王女が吠えた。目の前で自分、更には王家を侮辱されたのだから当たり前か。

「それはそうだ。リッチは確かに高位死霊。だが、高位にも上下はさらに分かれ、それ以上の死霊は幾千といる。それに本体にもよるが、死霊は魔力さえあれば数は無限大、仲間の死による士気の乱れも無い。数に限りがあり、心情に激しい人間どもとは格が違うんだよ! あの試合はそれの完全な再現でしかない!」

「違う!」

 声を張り上げて否定した。明らかな間違いを正すために。

「違う? 何がだ。君はあの時勝てた――」

「勝てたのは私だけの力じゃないからです!」

 私はイシュタル王女を庇うように前へと出た。少し前までなら王女の前に堂々と背中を見せることなどできなかったけど、今はそれすらできる。

「私一人だけだったら王女たちに勝つことさえできませんでした!」

「ネクロマンサー……あなた何を?」

「そもそもその前の二人組にも勝てやしませんでした!」

 それを助けてくれたのは今動く家の前でどう戦うか悪戦苦闘しているだろう、アーチェさんだった。

「それにイシュタル王女には常に二人の護衛がついています! 一騎打ちになることはまずありえません!」

 そのうちの一人を軽くあしらってくれたのは、私の秘密を知り私欲のままに好き放題やりまくるだけでなく、私や仲間の危機となればできる限りのサポートをしてくれたディーナさんだった。

「そして、その闘いが始まる前から私の命運は既に左右されていたんです! 自らの運命と私の今後を秤に乗せられていた一人によって!」

 今は隣で情けなく気絶しているけど、強く、時には優しく、皆をまとめ上げ、自らの窮地すらも脱する私たちの最後の柱クリスさん。

「皆がいたからこそ勝てたんです! それぞれの役割を持つパーティーが揃ったからこそ成しえたこと! ネクロマンサーがただ揃っただけで、昔の出来事を繰り返すだけなんです!」

 クリスさん、ディーナさん、アーチェさん、カトリナさん。皆が揃ってこその出来事があの時の勝利だったと今は確信を持って言える。

「今はまだいざこざがあります! けど、ネクロマンサーであるから悪事を勤めると言う誤解を解くだけで、ネクロマンサーであっても未だにナンデモ学園に通うことができるのです!」

「せや! ネクロマンサーやから制限されとるんやない! ネクロマンサーと言う己をどう扱うかに戸惑っとるから悪いんや! それをメリアスはんはアイドルになることによって憎む対象から愛される対象に大変身したんや!」

「いえ、私自らなることを決意したわけじゃありませんから。そもそもあれは強制的で」

「あんさんはそれでもネクロマンサーを再び悪い方向に戻したいと思うんかいな⁉」

「無視するなー‼」

 決まらなかったじゃない! 何でオチに繋げるかなこの人は!

 そんな私の気持ちも知らないディーナさんが言い切ると、先生が押し黙る。罵詈雑言が消え、辺りには何か硬質的な物がミシミシと潰されそうな音のみが響く。うっさい。

 先生は今までどうやって先生を続けてきたかはわからない。私が無関心だったが故に先生の評価もわからない。けど、この前の生徒会室での出来事を見る限り悪いイメージは無い。内なる悪を完全に排出しない限りは良好な先生で居られる。ただ、それにどこまでネクロマンサーと言う部分を付け足せるか。付け足した時点で以前の先生は残っているのか。

 あらゆる自問を要する中、先生は口を再び開いた。

「ならば、この扱いもまた、ネクロマンサーとしての扱いではないのか⁉」

 館が揺れる! 一般人なら地震と見紛う揺れ。けど、これは館自身が大きく動いているのが先生からの魔力放出でわかる。今残っているほぼ全部の力をこの館に注いでいる。それが彼の答えだった。

「誰もが君のように生活を送れるとは限らないんだ! 自分の置かれた立ち位置の優遇さを理解しろ!」

 意味を述べているようでそれは単なる嫉妬でしかなかった。

 説得は振出か。そう思われた直後状況が一変する。

 目の前のつっかえ棒が、

「あぁっ‼ 何してんのあんたは⁉」

 動き出した。

 あろうことか、その身をよじらせて横になろうとし出した。鬼般若は面。当然奥行などないに等しい。

「壁がまた迫ってきたで⁉」

 となるとどうなるかは一目瞭然。悪夢の再来である。

「何か代わりの物――そうだ! ディーナさんのハンマーを代わりに!」

「うちの使う気かいな⁉ 壊れたらどないするんや⁉」

「また作ればいいじゃないですか!」

「500万やで! 終業三年延期やで!」

「ごめんなさい!」

「すぐに折れないでよ⁉」

 だって無理だもん! 二週間ですら辛いのに三年は無理だもん!

「そんなこと言ってる場合じゃありませんわよ! 壁がもう近くまで!」

 本当にそんなこと言ってる場合じゃなくなった! このままじゃ完璧に潰される! と言うかまずクリスさんの向き変えないとクリスさんの身体がおかしな方向に曲がる!

「終われ! 全て終わってしまえ! こんな暮らしも! こんな世界も!」

 狂気に満ちた叫びが館に木霊する。それが終末の一声。


「終わるは輪廻。愚かなる創造。急急如律令」


 にならなかった。

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