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第2章-2 アイドル強制誕生

 廊下を引きずられ、階段を下る際はしばらくの間空中浮遊となりながら、私が連れてこられたのは本舍とは別の建物、主に体育系の施設が並ぶ一角にある第二控室というところ。

「お待たせ‼」

 少しばかし息を切らせたクリスさんが私を掴んでいない手でその扉を開く。扉が壊れるのではないかと心配になるほどの勢いで。

「おぉ、やけに遅かったやないか。一番意気込んでおったのにどないした?」

 それに対し、独特の訛り声で誰かが問い返す。未だに襟元を掴まれているために部屋の内部が見えない。というか強く引っ張られ首が絞まりそうな状態で引きずられたので息が。

「もしかしますと……最後のメンバーが見つからなくて今まで探し回っていたのですか?」

「嘘やろ⁉ まさか見つからなかったとかあらへんよな? 一回戦で不戦敗は流石に話にならへんで!」

「タダ働きだけは困るぞ?」

 三つの声がそれぞれの心配事をクリスに問う。それに対してクリスは一言「大丈夫!」と自信満々に答えると同時に私の視線が一気に回転。

 そして私の前に三人の少女の姿が映った。

「この子が最後のメンバーでメリアスって言うの。職は魔道士、それもかなりの実力者よ!」

 頭の上から多少荒い息が吹きかかる中、目新しい面々の視線が私へと降り注ぐ。

「魔道士⁉ 魔道士なんかいな! ほとんど名のある部隊に引っ込まれたと思うとったけど、まだのこっとったんやな!」

 部屋に入るや否や真っ先に口走った子がここでも先陣を切った。身長は私よりもまだ低く、両サイドで三つ編みにされたブラウンヘアーが肩から後ろへと垂れ下がっている。見た目同様に声のノリも行動も子供っぽく、猫の目のような橙色の眼を輝かせながら、私の顔を間近でじろじろと調べ上げる。

「もう、ディーナさんったら。初対面の人をまじまじと見るのは失礼ですよ。申し遅れました。私カトリナ・ダニエルと申します。以後闘技大会や騎士団演習、遠征などで度々お世話になりますが、どうぞよろしくお願いします」

 小さな子を窘めるようにして、礼儀正しく自己紹介したのは――うげっ、聖職者……。

 肩と胸元に十字架の金糸があしらわれた黒い修道着を身に着け、腰まで伸びた金髪をしたカトリナという人を一言で表すならまさしく『慈母』である。しかしそれは世間一般的な見解であって、ネクロマンサーとしては忌々しき神々しさがそこら中から放たれ、できることならお近づきにはなりたくない存在である。

「おう、せやった。うちはディーナ。見た目だけじゃわからんかもしらんがれっきとしたドワーフやで。かといって力仕事が主なわけやないから。うちの担当は知恵やからな」

 遅れて自己紹介をするディーナと言う少女。自分がドワーフであること言う説明に納得が行く。そうか、洞窟など天井が低い場所に生活するドワーフなら私よりも低身長であって当然か。この学校には人間以外――そもそも人間以外の人間たちにとって人間自身も亜人種という種族ではあるが――の種族も通っているから珍しいことではない。

 となると。

 私は自己紹介の終えた二人から目を反らし、先ほどから無言で目の前のある物を弄っている人物に目線を送る。

 長い筒状が大半を占め、その手元にある握り手の部分を少女は無表情のまま弄る。弄っている物はどう見ても長銃であり、私の身長ほどはある。それでも高身長でスタイル抜群な彼女にとってそれはちょうどいい大きさなのだろうか、手入れをする辺りよっぽどの愛着があるようだ。

 だが、私が気にしているのはそこではない。首筋辺りで結んで腰くらいまで伸びた銀髪に全体が隠れていない耳。従来の人間であれば隠せるだろう髪質なのにそうできないのは、彼女の耳が鋭利で長いからである。あれは森にすむ種族、エルフ特有の耳であるからして、彼女はエルフなのだろう。

 視線に気づいたのか、彼女は手の動作を止め翡翠色の瞳をこちらに向ける。

「アーチェだ。クリスの紹介なら聞くまでもない」

 と意味深な一言を残すと、アーチェさんは再び銃を弄り始めた。

「はい。それじゃ最後に、メリアス自己紹介」

「ふえっ⁉」

 背中に軽い衝撃を受けると共に突然の振りに困惑する。

「メ、メリアスです……。あの、クリスさん……ですよね?」

「ですよねって何もあたしは今朝から――って自己紹介してなかったっけ?」

「はい。それと何故連れてこられたかも」

 話は途中だったが、ここで会話が途切れた。私の肩に乗っていたクリスさんの手を強引に除けたのはカトリナさんだった。

「クリスさん?」

「は、……はい」

 私の物とは形が違う楕円形の細い眼鏡の奥から青い眼差しが、赤い眼を貫く。

「言いましたよね! 強引に連れてくるのはやめてくださいって! 時間が無くてもせめて話合いをして納得して頂いてから来てもらうようあれだけ口酸っぱく言いましたよね⁉」

「い、いや……そ、それだともう時間が無くて……その」

「言い訳は無用!」

「はいっ‼」

 怒鳴られると同時にクリスさんが姿勢を正す。クリスさんの性格は猪突猛進で決まりかな?

「またかいな……。とりあえず前みたいに他のパーティーメンバーじゃないか一旦調べんと二重申請で他にも迷惑かけなあらへんで?」

 呆れたのか、ディーナさんが深い溜息をついて助言する。

「そこは大丈夫! もう申請が通ったからダブルブッキングは無いわ!」

「良くありません‼」

 クリスさんがガッツポーズするも、カトリナさんが叫ぶと同時にその硬い拳は脆くも崩れ去った。

「つまりはもうこの子は出場資格を得てしまっているわけですよね! 制限はあるものの、下手をすれば命の危険すらある大会に同意なしで参加させるのは如何なものですか⁉」

 カトリナさんが先ほどより更に熱を加えて抗議する。……えっ? 今、命の危険って。

「そ、そこは魔道士なんだからみんなで守るように陣を組めば」

「戦闘の問題ではありません! 秩序の問題です! こんな小さくてかわいい子を強引に争いの場に連れ込むのは許しがたいことです! 寧ろ私が連れて帰りたいです!」

「お~い。話がずれとるで~」

 二人の争いにディーナさんが口を突っ込むも、それで止まる余地もなかった。

「……すまん。うちが説明する」

 申し訳なさそうな顔をしてディーナさんが名乗り出た。

「あんな、あんさんも名前くらいは今期最初のホームルーム辺りで聞いとるとは思うんやけど、毎年二期生以降には資格や名声を手に入れる際優位になれる『パーティー』を組む権利があるんや。そして今日はそのパーティーで行われる最初の恒例行事、闘技大会と言うわけや。んでもってうちらはその一部隊やねん」

 ディーナさんの説明を聞いて私もようやく思い当たる出来事に辿りつくことができた。

 あれは一年前。ちょうど一期生として私立ナンデモ学園に入学した時だった。騎士のお手本として、戦いに身を置く心構えとして、コロシアムと言う円状の闘技場で男女混じった闘士達の闘気やら、男たちの歓声、女の子の黄色い声だので溢れかえっていたような気がする。

 その頃の私は学園行事などに一切興味が無く、無論今回の闘技大会のことも一切頭には入っておらず、前回同様客席で惰眠を貪っていたのに違いない。

 そして繋がった一つの可能性。メンバー、五人、パーティー。

 クリス。ディーナ。カトリナ。アーチェ。そして――。

「私⁉」

「ようやく気付きはったか。申請とかパーティーとかで察してくれているとは思ってたんやけどな。そもそも、察していたなら既に逃げとるか?」

 ディーナさんが更に呆れて説明する。えー、そうですね。察していませんでした。もし察していたなら私は既に逃げていたでしょう。

 何故なら私は魔道士ではなくネクロマンサー。争いごととなっても死霊召喚しない限りはただのでぐの棒かマスコットかそこら辺の岩。もちろん召喚などすれば一瞬にしてネクロマンサーであるとばれてしまう。

 それならば何もせずにいればいいのかと言えばそうでもない。クリスさんの説明によって私は魔道士扱いされている以上何もしなければ怪しまれる。それに闘技大会となれば先ほどカトリナさんが言ったように命の危険性がある。流石に自分は死霊になりたくはない。

「まぁ、ここまで来たらしゃーないやろ。旅は道連れ、世は情け。腹括ろうやないかい」

 ディーナさんが小振りな私よりも更に低い位置から手を伸ばして肩を叩く。いやいやいや。

「私そんなに強くありませんよ⁉ そもそも団体戦も初めてですし」

 死霊を使っている時点で既に個人戦ではないが、それとは話が別。意志ある第三者と一緒には無理がある。そもそも死霊なしじゃ何もできない。

「あんさんの気持ちもわかる。突然連れてこられていきなり戦えなんぞ訳が分からないことやとは思う」

「ですよね。なら――」

「でもな、うちらも後には引けんのや」

 先の二人のせいで落ちたトーンを更に落とす。訛りはそのままに言葉にも真剣みが混じっている。

「今回の大会、何が何でも成績を残さなかんのや。『パーティー』はいわゆる将来の資格みたなもんや。ここでいい成績を残せば色々な所から有望視される。けど、逆やったら悪評しか残らへん。出だしで少し遅れてもうたが、それでも何とかこれだけ集まってくれはった。けどな、後一人、後一人ってところで時間だけが過ぎてってな。不戦敗だけは避けなあかんと思いながらも、もう残された時間はあらへんいうときに現れてくれたんが――あんさんなんや」

 昔話を語るように話しかけるディーナさんの視線を前に口出しできず硬直する。

「規定人数に達するのは闘技大会の規則中の規則や。それを守れん時点で出場資格は剥奪される。それだけはどうしても避けねばならぬのや。そうせんとな……そうせんとな」

「ディーナさん……」

 ディーナさんのうちにある不安が何なのか私に知る術はなかった。

 しかし、感極まるディーナさんの説明には何かしらの不安が見え隠れしていた。

 昨夜の変わろうとする意志のせいか。自分の不注意が生んだ展開が思わぬ方向に動こうとしているにも関わらず、内心何とかしたいと思う自分がいた。

「――明らかに赤字やねん」

 ――この時までは。

「は?」

 思わず疑問の声をあげ聞き返そうとするも、その前にディーナさんの口が開いた。

「かのアレクサンダー家の娘が闘技大会に参戦するや! その容姿端麗さから男子にはもちろん、強さを兼ね備えたカッコよさで女性陣にも人気の高いクリスはんが闘技大会で活躍すれば今期新入生という新たな顧客層もわっさわっさや! 実際ナンデモ学園美女部のデータによるとクリスはんの人気は全学年中二位と実証済みや! 応援グッズのうちわに鉢巻、はっぴはもちろんのこと、ノートまで作ってこっちは用意周到なんや! なのに……なのに……このまま不戦勝で終わったら明らかに在庫の山や! 赤字確定や! だから絶対に出場はしなきゃあらへんねん! わかってくれんか⁉」

「どうでもいいですけど⁉」

 本当にどうでも良かった。

 どう見ても私益云々の問題であって、闘技大会と言う枠組みから完全に外れているようにさえ見える。そもそもクリスさんはこの条件を飲んでいるのだろうか?

「どうでもいいやとー⁉ おどれは金を何や思うてんねん! 一世一代の大勝負の場! 貯めるなら、貯めて見せよう、金の山! 決勝戦が終わった暁には下着姿のクリスはんが納まった投写水晶(フィルム)オークションをかいさぐほげぇ!」

 目の前にいたディーナさんが突如消えた、かと思ったら目の前に特大のハンマーが現れた。

「参加してくれる代わりに応援グッズは許したけど、その投写水晶(フィルム)ってのは許してないのよね。ところで下着姿のあたしなんかどこで撮ったのかしら?」

 ハンマーの柄をがっちりと握るクリスさんが笑う。

 笑っているが、明らかに怒っている。

「かわいい子を連れますのもいけませんが――不埒なことをして悪巧みを考えている子はもっといけませんわね」

 先ほどまでクリスさんと口喧嘩していたカトリナさんも、今はクリスさんの味方となってディーナさんに女神の怒号――もとい微笑を浮かべる。

「ははは……冗談やがな、お嬢様がた」

 ハンマーが上下に揺れながら話しかける。先ほどまでの饒舌が嘘だったようには到底思えないのだが、オークションについてはこの時点で白紙になっただろう。

 ……と呑気なことを考えている場合ではない。

 仲がいいのか悪いのか、互いの意見、目的が食い違いまくっているある意味パーティーとして問題山積みの三人が言い争っている。逃げるのなら今のうちなのだろう。

 大きなハンマーを揺すり、ゴマ擂りの要領でディーナさんから抱き枕の場所を白状させようとするクリスさんとカトリナさんの後ろを、こっそりこっそりと入ってきた入口へと向かって突き進む。

 そして引き戸に手をかけゆっくりゆっくりと――。

「クリス」

 そこまで来て後ろから声。

 声の主は連れまわし問題にも下着問題にも一切関わることなく黙々と銃を弄っていたアーチェさん。

 ばれた⁉

 逃げている所をクリスさんに知らせたのかと思ったが、実際はそうではなかった。

「時間」

 銃から手を離すことなく、顎で壁にかかった時計を指す。時刻は9時前。HRに出席することもなくここまで連れてこられて早30分近く経とうとしていた。

 それを見て驚いたのはクリスさん、そしてハンマー――の下のディーナさんだった。

「やばっ! 早く着替えないと!」

「待機時間三分前が原則やで! 遅刻で敗北とかある意味ネタになるけどそれとこれとは話が別や!」

「もう、誰のせいでこうなったと思っていますか? 少しは反省してくださいよ?」

「うっ。ごめん……」

「せやで、計画無くして利益は無いんや」

「ディーナさんはもう少し倫理的に事を進めてもらえないでしょうか?」

 カトリナさんがハンマーを回す。下の方でぐぇ~と言う摩擦音が鳴る。

「それとだ。メリアスが逃走を謀ってるぞ」

「「何ぃ⁉」」

 ばれてたー!

 半開きの扉を一気に開放し外へ逃げようとする。が、それも叶わず肩と足それぞれを掴まれる。

「ここまで来たらもう引くには引けんのや。堪忍せいや」

「今さらになって何だけど、ごめんね。その代わりもう少し付き合ってくれないかな?」

 クリスさんが優しく語りかけるも、明らかに信用しきってないのが肩を掴む右手の握力で理解できる。

 そして足もハンマーもろとも移動してきたディーナさんの右腕ががっちりと捕らえて離さない。基礎体力乏しい私に片や戦士、片やドワーフに取り押さえられては動くに動けない。

 もはやここまでか。何とか誤魔化して今日を過ごしたらすぐにでも帰省の準備だ。

「おーい。第二控室の部隊。早く待機室に移動しろ」

 と、そこに通路の奥から男の声が壁に反響しながらここまで届く。

「すみません! 今すぐ向かいます!」

 それに焦ったクリスさんが返答する。

 それから数秒後奥の方で扉の閉まる音が聞こえ、クリスさんは小さな溜息をつく。

「もう時間無いがないわ! ディーナも戦闘着に着替えなさい!」

「せやな!」

 私を強引に退き戻し部屋の扉を閉めると、用心深く扉に前に陣取ったクリスさんとディーナさんが制服を脱ぎ始める。

 互いにまだ幼さの残る体つきでありながら、しなやかで余分の無い肉体をまじまじと見せつける。そういえばカトリナさんとアーチェさんはここに来た時点で制服を着ていなかった。互いに修道着とエルフの民族衣装を身に纏っていた。

 そうか、この後戦闘が行われる以上、制服だとどうしても不便になるからか。

 ――あ。

 ここで一つの逃げ道が見つかる。これが最後の好機かもしれない。

「そうです。私戦闘着何か持ってきていませんよ。流石に制服のままで闘技大会に出る訳にもいきませんから、私はここでお暇しま」

「はい」

 もう一度部屋から出ようとした私の前にハーフプレートだけを身に着けたクリスさんが何か黒いものを突きだす。材質は布っぽくてクリスさんの右腕が肩まで見えないほど幅広い。そして見たことがある、なじみのあるような紺色。って。

「何で私のローブ持ってるんですか⁉」

「今朝あんたの着替えをしたときに取っておいたのよ」

「窃盗ですよね⁉」

「返したからいいじゃない」

「そういう問題ですか⁉ 寧ろ返さなくても結構ですが!」

 そういえば強引に着替えさせられた際にローブの行方を最後まで確認できてはいなかった。まさかここまで考えていたとは。

「ディーナ! 後は任せた!」

「ほいよー!」

 そのローブを私ではなく、私の左後方へと投げる。それをディーナさんが全身で覆いかぶさるように受け取る。ローブを両手で丸めたディーナさんは先ほどの制服ではなく戦闘着――戦闘着? もはや私服にしか見えない格好をしていた。

「うへー。まだこんな旧式ばったもん着とる奴おるんやな。最近の魔道士言うたらド派手かもう着てへんくらい際どい奴ばっかやと思っとったわ」

 ディーナさんが私のローブをまじまじと見ながら感嘆の声をあげる。確かに最近の魔道士と来たら防御云々関係なしの服を着ている。そもそも前線に立たないが故の凝った趣味を堂々と見せびらかしている。それに対して私はネクロマンサーであり、闇に隠れる者としてはこれが最適な戦闘服である。派手なネクロマンサーとか正直想像もつかない。

「――と言うわけですまへんがおとなしくしてもらおうかいな。大人しく着替えてくれへんやろうしな」

 ディーナさんが狭い部屋でじりじりと私に迫りくる。それは金の亡者と言うべきふらつきであり、妙な笑みを浮かべている。

 逃げようにもクリスさんが扉の前に立ちふさがる。

「カトリナさん何か不穏な空気が流れているのですが、何とかなりませんか⁉」

 ここはひとまず誰かに助けを求めるのが一番と、聖職者相手に頼んでみる。最初こそはディーナさんの口車に乗せられていたものの、今となってはもっとも信頼できる存在である。今回も強引に戦闘着着せられて闘技大会に押し出されることを抗議してくれるだろう。そう思った。

「……」

 が、既におかしかった。

「ローブ服ですか……。最近見かけなくなったと思いましたがまだこのような服を着ている子がいるとは。これはぜひ一度拝見を――」

 先ほどまでの知的はどこへやら。鼻息荒くローブと私を交互に見る姿は信頼とかそういう問題ではない。強いて言うならば危険。

「せやろ? ローブ服少女とか最近見ないさかいにな。さぞかし萌えるやろな」

 ここぞとばかりにディーナが同意を求める。それに対して否定することも無く、髪が波打つように頷いて返答した。駄目だ! この人もう駄目だ!

 理由はわからないけど更に敵を増やした自分は後退るしか道は無かった。

 けど、狭い部屋には限界があり、すぐに追い詰められる。

 ……あれ。と言っても狭いとは言うもののこんなにも早く壁にぶち当たるとは思ってもいなかった。そもそも壁にしては柔らかい感触が背中伝いに感じる。

 何があったのか顔を上に向けようとするが、その前に視線がぶつかる。首を少しだけ前に傾げるアーチェさんの姿がそこにはあった。私の顔一つ分以上あるのではないかと思う身長差によって、私を見下ろす。

 入室してから顔色一つ変えないまま、いつもの表情で私を見下ろしていたアーチェさんが左手の親指を立て、私の前、つまり頭上にぐっと出す。そして

「グッドラック」

 そう言って私を前に突き出した。

 つまりはこうだ。全員駄目ー!

 よろめく私の肩をカトリナさん、スカート部分をディーナさんが両手で掴む。もはや嫌な予感しかしなかった。

「おとなしくしいやー‼」

「あ~~~~~~~~れ~~~~~~~~」


 〝拝啓 父上、母上へ

 今日私。二回も剥かれました〟


 昼間にこの戦闘着を着たのは私立ナンデモ学園に入学してから初めてである。

「う~ん、この格好の子はやっぱり新鮮♪」

 ましてやこの姿を愛でられるのは人生で初めてかもしれない。

 先ほどの第二控室で強引に着替えさせられ先ほどよりもやや広い休憩室のようなスペースに連れてこられたのだが、その間こうやってカトリナさんにずっと撫でられ、頬ずりされ、愛でられている。まじめだと思っていた第一印象が崩壊するには十分な堕ちっぷりだった。

 ベンチのような長椅子に腰を下ろした時、当然のごとくカトリナさんも隣について以来こんな状況である。

「あっ。ちょっとそこは……」

 どさくさに紛れて胸を触らないで! と言おうとしたらその手は右に座るカトリナさんからのものではなく、反対側にいつの間にか座っていたディーナさんのものであった。

 先ほどの着替え以来何やら不機嫌である。って痛いです! 押し込むようにしないでください!

「本当に緊張感ないわねあんたたち。少しはしゃきっとしなさいよ」

 この状況を善しとしないクリスさんが一喝する。

「んなの一回戦なんやからクリスはんのみで十分やないか。なんせあのアレクサンダー家の娘で、実技は断とつのトップなんやからな。それよりうちは生意気にも出ているこっちを押さえるのに必死なんや……!」

「イダダダダダ‼」

 力みが更に強まったことに耐えられず苦悶の声が漏れた。

「……止めときなさい。人にはそれぞれの見合った体型と言うものがあるのよ」

「ふ~ん。つうことはクリスはんが洗濯板なんは大剣振るう時に邪魔やから」

 ヒュン

 風切り音と共に何か目に見えない凶器が私とディーナさんの間をすり抜けた。紫と茶の髪が遅れてぱらぱらと舞う。

「確かに便利ね、この体型は。どこかのうるさい喉をすぐにでも掻っ切れるほどに便利よ」

「そ、そりゃよかったな……」

「もうやめてくださいよ。これから一緒に頑張るのですからもっと仲良くしましょう」

 そこでカトリナさんが二人の仲裁に入る。先ほどからあれな状態であったため忘れていたが、本来カトリナさんはこういった立ち位置なのであろう。

「私は緊張感より絶望感の方が……」

 これから向かう場所が先ほどの真空刃のような物が飛びかうような場所であれば、命がいくらあっても足りない気がする。

「大丈夫ですよ。怪我をしたら私が治療してあげます! メリアスさんを絶対に守ってあげますから!」

 その不安を一切拭うこともない、カトリナさんの抱擁が再び私を襲う。

「できれば前線に身を置くあたしを優先でお願いできないかな……」

「一応自然治癒力向上の薬は持ってきたで。一本5000マニーにまけとくさかいに後払いでな」

「仲間相手に商売しないで! そもそも戦闘中にそんなこと考えないで!」

 ディーナさんが肩にかけていたバッグから小さな小瓶に入った治癒の薬を出して、中の液体を揺らすようにチラつかせる。あー……不安しかない。

 カトリナさんに頬ずりされながら、ディーナさんが交渉に入ったことに猛抗議するクリスさん越しに壁に寄り添い瞑想するかのように静かに立つアーチェさんを見る。この人はどうしてこのパーティーを選んだのだろうか。普通が故にこの中では浮いているように見える。

 どこか神秘的な顔立ちに見とれているとその目がゆっくりと開眼する。森のような新緑色の瞳が見えたと同時に開口する。

「時間のようだ」

 その言葉が合図だったかのように、入り口とは逆の扉が開き、先ほど警告を促した先生の姿が現れる。

「開始5分前になった。各自武器防具の点検が終わり次第会場に移るように」

 手短に説明を終えると、先ほどまで口論していたクリスさんとディーナさんも落ち着きそれぞれ壁に備え付けられた武器かけに置いてあった大剣とハンマーを手に取る。あのハンマーってディーナさんの武器だったんだ。

 アーチェさんは立っている時も銃身を下に向けた長銃を杖のようにして傍に置いてあり、カトリナさんは服の内側から何か本を、げっ、聖書……。

 カトリナさんから離れるようにして不本意ながら私も武器を取りに行く。

 と言ってもローブはクリスさんによって無断で持ち出されていたものの、杖はなく「あなたくらいの魔力の持ち主ならこの位でも十分でしょ」と訓練用の杖を渡された。

 手に取ってみるが予想通り乏しい魔力。マリョクアルがバケツ一杯分だとすればこの杖に宿る魔力は雨の滴くらいしかない。

 まぁそんなことはこの際どうでもいい。問題はどう立ち回るかだ。

 ネクロマンサーであることがばれず、死霊召喚せず、怪しまれず、危険にさらされず――難題すぎる!

「それとクリス・アレクサンダーはいるか?」

「何でしょうか?」

 男子教員が尋ねると凛とした声でクリスさんが返答する。

「部隊名の欄が空白になっていたが、部隊ナンバーの十五番隊になるが、よいか?」

「はい。それで構いませんが」

「ないわ~」

 クリスさんの返答に待ったをかけたのはこれまたディーナさんであった。

「流石にそれは色ないわ。第何番隊って有名であればそれだけでも名は知れ渡るかも知れへんが、学園の闘技大会如きでそれはないわ~」

「じゃあ何かいい案でもあるわけ?」

「宣伝効果も兼ねてクリスの下着投写(フィ)

「何かいい案ない?」

「冗談! 冗談や! 名前覚えてもらうならクリス部隊でええやないんかな!」

 何かいいかけたディーナさんの首筋に大剣がぴたりと止まり、ディーナさんは焦り回答する。

 クリスさんは飽きれつつも大剣を持ち上げ「クリス部隊で仮登録をお願いします」先生に一言告げた。

「わかった。それと時間がないから早く頼むぞ」

 そう言って先生は元来た扉から退室した。

「うっしゃ! 一儲けのために張り切るで!」

「約束通り動く。その代り報酬も頼んだ」

「もう! 正式な舞台で疚しい取引はしないでください!」

 その扉とは別。外から陽光が降り注ぐ大きな扉を開いてディーナさん、アーチェさん、カトリナさんと順に外へと出て行った。

 それに続こうとしたクリスさんが不意に立ち止まり、私に振り返る。

「こんな所まで来てなんだけど、色々ごめんね。戦闘についてはできる限り私一人で何とかして見せるから、無理はしないでね」

 その時初めてクリスさんの優しさを感じた気がした。


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