第3章-6 アイドルの戸惑い
その階段は奈落へ続く道ではないのかと思うほど暗かった。照明は人が持つ火灯台の火のみ。石畳の上を叩く靴の音が暗闇へと響き消えてゆく。
が、意外にも早く石段は尽き、目の前には岩のような鈍色をした鉄扉が現れた。
扉をゆっくりと開け放つと、地下特有の冷えきった空気が足元を掠める。
冷えた空気が示すかのように中は無骨な石壁で囲まれ、火灯台の灯も虚しく栄える色を伺うことなど叶わない。
が、そこに一点淡く輝いた薄茶色の光沢。その持ち主は見るからに疲労しており髪の隙間から見える顔色はこの空間を現すように青い。
足音が響いたことに反応を示す。その瞳はまだ光沢を帯び、闖入者を睨みつける。
「何をしにきたのですか? 日光を浴びていないから体内のバイオリズムがずれている可能性はありますが、まだ二日は経ってないと思いますよ?」
「確かにまだ一日目、それも夕刻間際だね」
不快な目で見られたにも関わらず丁寧な返事だ。
「お腹が空いていると思ったらもうそんな時間でしたか。なら客人はもてなすべきではありませんか? 気の利かない人ですね――っ!」
饒舌に喋っていた客人が息を呑む。
感じ取ったのだろう。二人しか居ないこの部屋に在るものに。
「忠実、というよりも些か短期なものですね。私はあまり気にしていないというのに、全く好戦的な配下ですよ」
決まった。その言い回し、配下という在るもの。
この屋敷の主はネクロマンサーだ。
「でもそれももう終わりです。例のネクロマンサーは自分自身が犯人であると自白しましたよ」
さも、そうなるであろうと予測していたかのような軽い口調に怖気づいた客人の目の色が変わる。
「犯人はあなたじゃないですか! 私を捕えて、それを口実に脅して!」
文字通り息を吹き返したかの如く怒声をあげる。両手を後ろに縛られ、自由に身動きが出来ない身にも関わらず、屋敷の主に食って掛かる。
「嘘が真実になり、真実が嘘になることがよくある。強者の弾圧、多数の妄言、そして威厳者の一声。イシュタル王女がそうであると断言した以上、これは決定事項になる」
「させない! 私が真実を告げる! 例え王側を敵に回したとしても、あなたが犯人であると証明してみせる!」
言い放った宣言はどこしれぬ暗闇の中に吸い込まれて消えた。が、その威圧感は未だにその場に居座り続ける。
在るものもこの行動には慄いたようで、何らかの反応を示さない。
しかし、当の館の主は、何一つ顔色を変えない。
数刻。主は口を開いた。
「どうやってだね?」
不敵な笑みで。
「ど、どうやってて。今話したことを皆に伝えて」
「どうやって外の皆に伝えるのかね?」
「それは。まさか私を解放しないわけ⁉ 話が違うじゃない!」
「人質の命はないとは確かに書いた。が、人質を釈放するとまでは書いていない。安心すると言い。約束通り殺しはしない。君にはこの館でずっと暮らしてもらうよ。――そうだね」
主は客人――いや、完全な捕虜に近づき、華奢な顎に手を添え、自らの顔をまだ幼さの残る顔へと近づける。
「ほとぼりが冷めたら君を配下として迎え入れよう。大丈夫だ。それまでには充分君を調教し尽くして忠誠心を植え付けられるだろう」
化けの皮は剥がれた。これが本性なんだ。
「だから彼女、メリアス・シダのことは忘れるんだ。ミクシェ・アヴァロン」
「あなたがそんな人間だとは思いませんでした……ロード・ジェファーソン!」
けど。そうはさせない!
「そこまでよ‼」
「な⁉」
不意打ちは完璧なまでに成功した。突如ありえない方向から突撃を食らったロード・ジェ……えーっと。ここの主は体勢を崩してミクシェさんから離れた。
「メリ、アスさん?」
「ごめん、遅くなって」
低い体勢で突進したがために目線はちょうど真向い。そこにあったのは呆気に取られた顔だった。
「もう。遅いんだから」
けど、その顔はすぐさま綻び、目から雫が一滴零れ落ちた。
「どういうからくりだ……何故お前がここに!」
不意打ちを食らった上に床は石畳、どこかを打ったらしいここの主はよろめき立ち上がるとこちらを睨みつけた。
「それはこの子のおかげよ!」
私の呼びかけに私たちの隠れ蓑となってくれた者が正体を現す。
「お前は!」
自らが捨てたペットが今目の前に現れた。
「あなたの扱いが粗悪過ぎたのよ! この子はとーーーってもお利口で、有能なのよ! 姿を消すだけじゃなくて、ある程度の気配すら消すこともできるんだからね! そう、魔力とかも!」
私がこの地下に何かいることに気づいたように、ネクロマンサーは死霊をある程度探知できる能力を保持している。
故に普通に姿見を隠していただけであれば、相手がネクロマンサーならすぐにばれていた。が、むっちゃんの驚くべき能力は魔力の使用量次第ではあらゆるものを次々と消していく、そして、
「待たせたな。今解いてやるで!」
「よくもこのヘイワの地で悪事を働き、更には私をも偽善者に陥れようとしてくれましたわね!」
「…………」
大人数の姿を隠すこともできる!
「……ふへ」
大人数……の?
「ふへへへ。たべられた~。たべられた~。あたしゆうれいにたべられた~」
あぁー! 本来入れちゃ駄目な人も入れていたこと忘れてた!
「落ち着いてくださいクリスさん! あなたは食べられてません! 消化も昇華もされていませんから‼」
「こんな時にそんなダジャレいっとる場合やないやろ!」
「洒落で言ったんじゃありませんよ!」
「素だと思いますよ。と言うよりも、その服は何なのですか?」
「あなたを早く助けるがためにこのままの姿で来たんでしょうが‼」
「煩いですわよあなた達‼」
先ほどまで陰湿だったお部屋が何故かこの時ばかりは華やかに彩られたような気がした。
「全く持って。いきなり不法侵入したと思えば騒音騒ぎと来たか。王女に富豪の娘はこうも質が悪いか」
「何やと‼」
「何ですって⁉」
あからさまな罵倒に、二人してここの主を睨みつけた。
「そもそもだ。何故ここに人質がいることがわかった。そもそも、ここは私の別宅であり、自宅ではない。それもどうやってわかった?」
「「「…………」」」
そうここは今目の前にいる先生の別宅。自宅ではない。先生が脅迫状に使ったタイプライターの届け先はもちろん自宅であった。故に初めは先生の自宅へ向かう予定ではあった。が、ここで果たして人質が自宅に監禁されているのかと言う話になった。
「自宅ではばれる可能性が高い。かといって共有地のどこかではいくらでもばれる可能性がある。ならば自らの保有する別の場所に監禁すればいい。そう思ったんでしょうね、先生」
返事をしたのは私でも、ディーナさんでも、イシュタル王女でも、ましてや未だに目が虚空を彷徨っているクリスさんでもない。
その声の持ち主は最後の協力者。
「だが、このMr.プロデューサーにわからない美少女の行動は何もなぁぁぁぁーぃ‼」
声高らかな宣言も、その残念すぎる内容が全てを台無しにした。
最後の協力者タナカ。
彼こそミクシェが捕えられていた場所を唯一知るものだった。
と言うよりも、
「そんな僕もまさか教師と生徒の禁断の恋と言ううらやま行為が、まさか誘拐だったとは想像もつかなかった!」
この男全てわかっていた。
つまり。
私とクリスさんが平然を装いながら学校生活を送りながら仲間を極秘裏で集う。
+
アーチェさんとディーナさんが裏で脅迫状から犯人を特定する。
≒
タナカに聞く。
〝拝啓 父上、母上へ
今あるこの感情が、屈辱と言うものなのでしょうか?〟
ちなみにイシュタル王女も先日の先生の行動を自らが雇った探偵に調べさせていたそうだが、結果が届く前にタナカが結論を出してしまったという。なので、この人もかなりの屈辱を味わった人物となる。
「だが、今思えば確かにおかしかった! こんな狭い地下牢みたいな部屋に愛すべき者を招く人などいない。けど、僕はそれすら気づくことはできなかった。何故なら」
何故なら?
「僕の目の前にあどけない寝顔を見せる美少女がいたからだ! それも長時間も!」
すごく不純な答えが返ってきた。と言うよりも寝顔ってここにこの男は入って来れた、という訳では?
「それに美少女が悶える姿と言うのもまた斬新だった! 長時間閉じ込められている上にこれだけ寒いのだから致し方ない! もちろんどう処理したかは口にしない! 紳士として」
「見た時点で紳士と言えるかぁぁぁー‼」
ミクシェが縄から解き放たれた手をタナカに向かって勢いよく振り切った。そこに一日以上捕えられていた疲れはどこにもない。元気な女の子です。
その場でうずくまり「もうお嫁にいけない‼」と嘆くミクシェ。
壁に激突しもたれかかるも、何故か幸せそうな顔をしているタナカ。
いつのまにか口喧嘩が勃発していたディーナさんとイシュタル王女。
なんだろ、この光景。犯人宅まで来て起こりえる光景なのだろうか。
犯人?
「あっ! いない!」




