第3章-5 アイドルの戸惑い
「く、く、く……」
暗闇の中、わずかなガラス窓から入る光に照らせる紅蓮。
「クリスさん⁉」
見間違うこともない。今日昼まで語り合っていた人物が向かって右手の備え付けられた椅子に座っていた。
「え、え、えっ⁉」
余りの出来事に言葉が出ない。これは一体。
まず考えられるのは、
「まさかクリスさんも私の手伝いをしたと思われて罪に――」
「ないない。あたしは元よりここにいたから」
「元より?」
ますますわからない。何が元なのか、どこからが元なのか。
「詰まるとこな、始めから仕組まれたことやったんや」
また新たな声。それも中からではない。上がってくる。
「ディ、ディーナさん?」
上がってくる茶色のおさげを見てこれがどういうことなのか真意を確かめようと試みる。
が、その背後を見た瞬間全てがわからなくなった。
「イ、イシュタル王女⁉」
どう見ても場違いな人物が囚人用護送馬車に上がってきた。
「こ、これはどういうことですか⁉」
遂にわからなくなった。そりゃ、始めからわかってはいなかったけど、この展開はどこをどう解釈していいのか、一からやるにしてもどこから手を付けていいのかすらわからない。
「私だってこのような薄汚い場所にネクロマンサーと相席なんて嫌ですわ! でも、これはイリス・ヘイワの子孫である私が為すべきこと。ですから」
イシュタル王女の顔が近づく。いつものようにネクロマンサーを嫌う冷酷な顔に鋭い瞳。でも、普段とはどこか違う。その理由をすぐに知ることが出来た。
「今回ばかりは協力ですわ。私の目下で何年も堂々と生きてきて、犯罪にすら手を染めたネクロマンサーを捕えますわよ」
意思表明は聞いた。けど、まだ理解はできていない。ネクロマンサー。確かに私はネクロマンサー、けど。
何年。私は一年のみしかヘイワ都市に過ごしてない。
協力。と言ってもイシュタル王女と協力などした……。
「きょ、協力ぅー⁉」
「わ、う、うるさいですわね、ネクロマンサー‼ アグロス! このネクロマンサーの口を黙らせなさい!」
「おらんでー。今も暴徒と化した美少女部の対処に追われとるんやろ」
「ならあなたが説明すれば!」
「あほぉ。大人数に知れ渡ったら、それだけばれるリスクが高いんや。少人数で行くって打ち合わせはしたやろ?」
「ぐっ。これも憎きネクロマンサーを捕える為。後で覚えておきなさいよディーナ!」
打ち合わせ? 何の? またディーナさんの悪巧み?
「ねぇ。そろそろメリアスに打ち明けましょう。今回ある意味要になるのはメリアスよ?」
そこへ何かを話そうと切り出したクリスさん。
「ん。まだ気づいてない様子かいな?」
「そもそもこんな状況で気づける人はほとんどいないわよ」
「せかな……。まぁわからんなら説明するまでか」
ディーナさんが空いている一席に座る。イシュタル王女もそれに呼応するように――恐らく足が疲れただけだろうけど――席に着く。私もクリスさんの手招きに応じ、クリスさんの隣の席に着いた。
「まぁまず言わなあかんことはな」
「はい」
「今までの、全部演技やねん」
「はぃぃぃ⁉」
軽く流してはいけないことをあっさりと、言ってのけた!
「じゃ、じゃあ今までの盗難劇やら人質事件も全てディーナさんの」
「んなわけないわ! うちが言うとるのはあんさんを犯人にしたてあげるとこまでや!」
「犯人に――てことは私を貶めようとした犯人は貴方ですか⁉」
「だからなんでそうなるんや! あんさんの脳みそ膿わいとるんやないか!」
「なにぉ⁉」
「やるか⁉」
「やめなさい」
後頭部を掴まれる感覚。その後前頭部に強烈な痛みが襲う!
「「ぬおぉぉぉぉぉ……」」
「今は喧嘩している場合じゃないの。痛い目に遭いたくないなら刺激し合わないこと。わかった?」
「い、痛い目に遭わせてからいう言葉じゃないと思うんですけど……」
久々にクリスさんの先行っぷりを肌身で感じた。
「とりあえず簡潔に言うわね。演技が入ったのはあたしと昼食取った頃から。メリアスが下駄箱で見つけたあの脅迫状からよ」
「脅迫状……。あれって犯人からのものじゃないんですか⁉」
クリスさんとの昼食が終わり、ディーナさんと玄関先で出会った時のことだ。私の下駄箱の中にまた脅迫状が届いていた。内容は『第三者の協力が確認された。今日中に自首しなければ人質に命はない』という端的なものだった。
「うちが打ったもんや。メリアスはんが信じ込んだってことは型番もインクリボンのタイプも合致したようやな」
「た、確かに似ていました……」
今手元には無いが、犯人のものと見比べたら恐らく文字の形、大きさ、色は合致していたと思う。
「じゃあ脅迫状を渡したあの時、クリスさん本当は全部わかっていたんですか?」
「わかってなかったわよ。そもそもあの時はメリアスとずっと一緒だったでしょ? 別れた後の数分じゃそこまで用意できないわよ」
あ、そういえばそうか。それに私だけではなく、偶然脅迫状を目撃したクリスさんも監視されている可能性は高かったはず。クリスさん自身迂闊な行動は取れなかったはず。
「だから協力者を募ったのよ。極秘裏で」
「協力者?」
「アーチェよ」
予想外の名前が出てきた。
「昼の時に屋上から手紙を覗き込んでもらったのよ。私が脅迫状の鑑識に乗り出したのはアーチェに見やすくするため。その後の談話は単純に時間稼ぎね」
「んでその後はうちや。クリスはんはうまいこと身動きが取れんでも、アーチェはんは特に制限がなかったからな。で、教えてもらった文字と濃さを判断材料に、シルバーロードの坊主も巻き込んで調べ上げたんや。ついでにそん時『ネクロマンサーを捕まえる好機や』ってイシュタル王女にも協力してもらうようにアグロスに頼んだんや」
「始めは何かの冗談かと思いましたわよ」
私が知らない中でこんなことが起きていたなんて。それもこれも犯人にばれないためなのだろうけど、どことなく寂しくもある。
「で、後はメリアスはんが自白してもらう場を作って、目標が達成されたように相手を信じ込ませる。これが第一段階や」
「第一段階。ということは今からが第二段階ってことですね」
「ぉ、わかってきよったやないか」
「騙されていたことが癪ですけど」
少し意地悪に答えるとディーナさんがはにかんだ。クリスさんも笑みを浮かべ、唯一イシュタル王女だけは居心地悪そうにする。
「せや、これからこの囚人用護送馬車で牢獄へ行く、と見せかけて犯人宅へ行くんや。そしてミクシェはんを救出する。そうすれば人質を失った犯人を逮捕するんわ容易や」
なるほど。この囚人用護送馬車は囮で、これを使って犯人に近づく手筈なのか。確かにこれなら中を伺うことは難しい。後は隠密にミクシェがいる犯人宅に。
犯人宅?
「ちょっと待ってください。犯人宅にミクシェさんがいるとは限らないんじゃないんですか? そもそもタイプライターの型番とインクリボンの種類はわかったって言ってましたけど、犯人の特定はそれでできたのですか?」
タイプライターが高いのは確か。けど、高いからと言って一台しか出ているわけではない。型番と種類が理解できても、複数人の購入者がいれば犯人を断言することはできなくなる。仮に購入者全ての家を回ることになるのであれば、時間はかかるし尚且つ怪しまれ兼ねない。そんな手をディーナさんやクリスさんが使うとは思えない。そう思いたい。
「…………」
「…………」
そう思いたかった。
「まさか断定されていないとか⁉」
嘘ですよね⁉ ここまでしっかりとしていたのに、何で二人とも押し黙ってしまうんですか⁉
「うんや。犯人はわかっとんねん。そこにミクシェはんもいるってことはわかっとるんや」
「な、何ですか。てっきりわかってないかと」
「けど、敗北感はたっぷりなのよね」
「へ?」
「まさかネクロマンサーどころかこんな奴の手も借りなければならないとは――」
「え? え? え?」
な、何がどうなってるの? 何でイシュタル王女まで悔しがってるの?
「それについては心配いらないさ」
「だ、誰ですか⁉」
今まで無かった第三者の声。
「彼女は、ミクシェ・アヴァロンは今犯人宅にいる。全てを見てきた僕が保証するよ」
暗い囚人用護送馬車の中、その最奥で光る何かが答えた。




