第3章-3 アイドルの戸惑い
時は流れた。
その中で私は授業と言う授業を始めて受けたような気がした。
内容はおおよそ上京前の呪具補正によって身についていた事ばかりだったけど、先生たちが理解できない生徒たちにより理解できるように工夫していた。
五限目の数学の先生は身近な売買を基本に。
六限目の魔物生物学の先生は昔の体験談を語りに。
私が受けようともしなかった授業には多くの発見が隠されていた。余談ではあるが、魔物生物学の体験談は同じことを何度も繰り返し話していたため、とにかく長かった。その中で机に突っ伏す生徒たちがいて、寝ている生徒は私だけかと思っていたけど、そうでもなかったことを知ることが出来た。
避け続けたものの中には多くの発見があった。
それに気づいたのは今となってだった。
遅かった。
「丸二日間開催が無かったんや。あいつらもたいそしんどかったやろうに。やからこそ、今のあんさんには発言力があるんや。ビシッと、応援頼むで!」
体育館の檀上袖にてディーナさんが私に声をかける。ディーナさんの期待がもはや別の声に聞こえてしまうほど、私の心の中には覚悟が出来上がっていた。
「他の皆さんは?」
「他って、なんや?」
「クリスさんとかアーチェさんとかカトリナさんは?」
無理な問いかけだと言い終わる前から思っていた。アーチェさんは給与関連で手伝いに来ることは多かったけど、クリスさんやカトリナさんはそもそもこういう場を良しと思ってない方になるから来るわけも無い。
「ん……あぁ……。アーチェはんは今回は手伝えないって事前に言うとったな。クリスはんは元々来るような人やないし。カトリナはんは――まだ正常な判断ができんのやと」
「そうですか……」
カトリナさんには本格的に謝りたかったな。もちろん、他の人にもだけど。
「……なんやそんな顔して。気負いせんでも大丈夫やて。皆メリアスはんがまだまだ初心者何は理解してくれとるんやから、本格的な物を要求してきたりはせん。寧ろ初々しさがほしいんや」
いつから用意してあったのかはわからないアイドル用の服。青と黒を基調にした衣装で白のシャツの上から羽織っているベストはストライプ、丈の短いスカートはチェック柄と全く違う模様でありながらも、なんとなくマッチングしているように見えるのはディーナさんの研究結果なのだろう。その努力を知ると心が痛い。
「よし。そろそろ」
「また何をしでかしているのですか!」
と、そこへ掟破りの檀上側から登場する人物が二名。
「あほかぁ! アイドル様の聖域から土足で裏方入ってくるとは何事や!」
「お嬢様に対して何たる無礼な! それにここはアイドルの舞台とやらではない! 体育館であり、ナンデモ学園であり、王宮が納める場である! つまりはお嬢様の場所でもあるのだぞ!」
「録音石があったら今の発言そっくりそのまま王宮に出しとったわ! おどれの発言の無さは死なんと治らんのか!」
「何だと⁉」
「やるか⁉」
「お黙りなさい! 私が話そうとしている所によくもずけずけと!」
あいも変わらずうるさい光景ではあるが、今となっては親しみすら感じてしまう。それにしても、本当に都合のいいところだけは揃ってしまう。
「第一、今こうしている間にも犯人に逃げられてしまいますわよ!」
「ぬわっ。ぉ、ぉぃ待ていや! そこ」
「そ、そうだったな! おい! ネクロマンサー! 前回は逃がしたが、今回はそうもいかんぞ!」
「そ、そうですわ! 私としたことがうっかり忘れていましたわ! 今日こそネクロマンサー、あなたを捕えます!」
この感じも一週間しか経っていないのに懐かしささえある。どれだけ話が逸れても、喧嘩腰になっても、と言うよりも既に子供の口喧嘩みたいになっていても、最終的にはネクロマンサーを許さない、古風的なヘイワ家思想の持ち主だった。
「んなことさせるかい! そもそもメリアスはんは犯人ちゃうで! うちらのアイドルがそんな稚拙なことするわけがないんや!」
「ありがとうございます。ディーナさん」
「んな礼を言われること無いで。ホンマの事言ってるだけや」
「はい。でも、もう大丈夫です」
「そうや。もう大丈夫――なんやと?」
「もう舞台は出来ているんですよね? 行ってきますね」
「ちょ、ちょい待て! どうしたんや一体!」
「な、逃げるのですか、ネクロマンサー!」
「逃げるわけではありません。けじめです」
振り向き際に語る。その言葉に誰一人として何の返事もしてくれなかった。
袖から舞台へと出る。こういう場合ディーナさんやタナカによる何らかの紹介などがあってからの登場になる。が、今回は私の独断。予想外の登場だったのか、男性陣の歓声が少しばかし遅れて発生する。
こうして見るとただ一人で生きてきた私にとってはもったいないほどの人たちが集まってくれた。人の内容にもよるけれども。
気のせいか少し痩せた――というよりもやつれた人たちの目立つ客席。けど、そんなことお構いなしに盛り上がってくれている。その心遣いを断ち切らねばならない。
「すみません。勝手に出てきてしまって」
謝罪文句なのに会場は何故か盛り上がる。泣くことが唯一の感情表現な赤ちゃんみたいにただ盛り上がる。
この人たち――実際はその一部――との出会いもまた衝撃的だった。
ひょんなことで初めて迎える通常時間の登校。そこに現れた投写水晶機を持った集団。そしてその集団を率いた眼鏡ことタナカ。
異常な変質者っぷりで引かされまくり、揚句には操の危機にまで発展したという明らかに危ない人たち。興味がなかった、知らなかったとはいえこれほどの人たちが学園にいたのに気付かなかった私も結構異常なのかもしれない。
異常者、そして異端者。理から離された二組がこうしているのも何らかの縁だったのかも知れない。
「初めに皆さんもご存知かもしれませんが、今このナンデモ学園では窃盗事件が多発しています。その件で多くの人が被害を受けてしまいました」
しんみりしたトーンで開始すると若干ではあるが歓声の勢いが弱まる。舞台袖からはディーナさんがカンペと呼ばれる用紙に『まずは歌え!』と乱雑に書いて私に突き出すように見せつける。が、私はそれを無視する。
「だから、だからこそ伝えなければならないことがあります」
犯人逮捕の為に私たちに協力していただけないでしょうか。
これが用意されていたはずの一言。私を慕ってくれている皆だからこそ通じるであろうとディーナさんが考えた口説き文句。ディーナさんの資産と犯人逮捕への大きな足掛かり、ついでに私の支持率という一挙両得を実現させるのが、今回の目的。
けど、今の私の発言は見えない刃を持っている。
そして私の前には一本の草臥れたロープ。
そんな心許ない物に繋げられた衰弱した少女。
少女は見つめる。――友達だよね?――。言葉が伝わる。
どこか遠い場所で歓声と何か紙でできた材質の物を叩く音が微かに聞こえる。
けど、そこに戻ってはいけない気がした。
戻ることは自分勝手な自分を選び、その自分勝手な私を支えてくれた者を廃棄することを選ぶことになる。そのような気がしてならなかった。
『早まっちゃだめ』
また別の所から声。今度は凛としたもの。
今日幾度となく耳にした私を自制してくれる命綱。
その綱のおかげで、私は最善でありながらも最悪である手を取らずにいることができた。
けど、時は猶予を与えなかった。
私は――その刃の向きを変え、自らを繋いでくれた命綱に向けた。
「犯人は…………わ、たしです…………」




