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第3章-2 アイドルの戸惑い

 一限目の授業がいつの間にか終わり、休み時間には美少女部の人間が何人か来て何かを置いていった気がする。無意識の内に話を終えて、どこかに閉まっていたのだろう。そうして二限、三限と過ぎていき、四限が終わった。寂しい昼が始まろうとした時だ。

「メリアス。ちょっといい?」

 不意に呼ばれて前を見るとそこにはクリスさんがいた。

「気晴らしに外で昼食でも取らない?」

「え? わ、私は」

 戸惑う私はある一点で目が留まった。何気なく置かれているであろう左手の人差し指だけが伸びていた。その先には私の鞄。

 そういうことですか。

「そうですね……。ミクシェさんもいませんから」

 クリスさんの思惑に乗っかり、先ほどまでの感情を出来る限り変えないように鞄を持って教室を出る。

 人通りの少ない場所の花壇を囲んである煉瓦の上に座って弁当を広げる。クリスさんはサンドイッチ。私は昨日むっちゃんが食べられないことを知らずにフロースが作りすぎた料理の残りの詰め合わせ。

「で、何かわかった?」

 咀嚼していたサンドイッチを一気に飲み込んだクリスさんが尋ねてきた。

「ごめんなさい。何も……」

「そう。まぁ事情が事情だからね」

 察してくれたクリスさんが宥めてくれた。

「クリスさんは?」

「さっぱりよ。そもそも犯人が見えない相手を使ってきた以上、あたしたちの打てる手は限られているわ。痕跡無し、目撃者はメリアスのみ。どうしようもないわね」

「そう……ですか」

 クリスさんですらお手あげの状況。私には何ができるのだろうか。昔の私だったら真っ先に逃げる方法を考えていたはずなのに、以前の闘技大会同様ここでもその考えは掻き消された。

 やっぱり逃げられない。一期生からの友の為にも。

「メリアス。今日届いた手紙見せてもらえない?」

「あ、うん」

 例の脅迫状をクリスさんに渡す。するとそれを近づけたり、遠ざけたり、ある一定の場所で止めたりしだした。

「あの……何を?」

「インクリボンの種類とタイプライターの型がわからないかなって」

「え?」

 確かにこれは手書きではなくタイプライターで打たれたものである。けど、書かれた文字はどう見ても一般的なタイプライターのものにしか見えない。インクだって黒としか言いようがないんだけど。

「ディーナに聞いたことがあるの。ヘイワ都市に普及しているものはだいたいゴールドバーク家の商業ギルドから各商店へと行き渡っているんだけど、使っているインクリボンは主に四種。タイプライターに至ってはメーカーが二種しかないの。その区分がわかればどこで使われているかだいたい把握できるの」

「そ、そんなことできるんですか?」

「タイプライターを自家用で持ってる人なんてそうそういないでしょ? 値段高いし、維持費もばかにならないわ。そこで公共の物を使うなら学校か、図書館の主に二カ所に絞られるわ。もし学校の物だったら職員室に置いてある教職員用を使える先生か、或るいはナンデモ学園新聞を出している新聞部に限られることになるわ」

「おぉ……」

 恐らく犯人は筆跡鑑定を避けてタイプライターを利用してきたのだろうと思う。けど、それすらも見抜こうとする人がいるのだからすごいことだ。もしヘイワ街の人がこんな人ばかりだったらネクロマンサーとして忍び暮らし続けるのは無理だったかもしれない。

「そ、それでどうなんですか⁉ これはどこの物を使っているものなんですか⁉」

 未だに解答は出ていないようで、私の問いかけに対する応えはない。片目を閉じ、太陽にも負けない赤の瞳を便箋越しに対立させる。

 綴られた文字を一文字一文字射抜くように見続ける。最後まで読み終えたであろうところでクリスさんの視線は脅迫状から逸れる。そして、

「だめね。あたしにはディーナみたいな目利きの能力は無いみたい。ごめんね。でしゃばっておきながら役に立てなくて」

「いえ、そんなことはありませんよ。私なんて解決する方法さえ思いつきませんでしたから」

「うん。そう言って貰えるとありがたいんだけど、あたしとしては不本意ね」

「何でもできたら一人で生きていけます。それが出来ないから頼るんですよ」

「メリアス最近まで一人で生きてきてたのよね?」

「一人じゃないですよ。場所は言えませんけど、遠くには多くの支えてくれる人がいます」

 ヨミガエルは支えあわないと生きていくことさえ困難な土地。だからこそ、皆の結束は強く、その力の中で私はここに生きている。

「それに人じゃないですけど、私の周りにも仲間はいっぱいいます。例えばこの子とか」

 目の前に手を伸ばした瞬間、私とクリスさんの距離が大人三人分位開いた。

「いたの⁉ いつから⁉」

「最初からですよ? 証拠に見せましょうか?」

「二言は無用!」

 むっちゃんしょんぼり。※憶測。

「そこまで拒絶するものですか……」

「嫌なものは嫌なの! メリアスだって苦手なものあるでしょ⁉」

「苦手なものですか……」

 考えてみる。食べ物関連、食うに厳しいヨミガエル出身のせいか食に対するこだわりはとくに無かったりする。人物、聖職者。確かに苦手だけどあれは自らの身分、職業柄とでも言うのかな。物理的な物、クリスさんでいう死霊的な存在。――とくにはない。

 考えてみて強いて出た答えは、

「朝」

 うん、弱い。深夜業務が無くなった今でも弱い。朝に立ったまま寝る。常套行為ですね。

「それは正そうよ……」

「嫌なものは嫌なの」

「……まぁ嫌なものは嫌よね」

「…………」

「…………」

「んっ」

「ぷっ」

「「あはははは」」

 魔物側につき、人類に仇なしたネクロマンサーの末裔。王宮の中でも最上の元名門騎士の娘。特異すぎる私たちが普通の女子となった時だった。

 その後も最近のミクシェさんと話すような他愛もない話が続いた。学園のこと、子供のころのこと、他パーティーメンバーの話で出てくる愚痴が九割ディーナさんで占めていたことには本人には申し訳ないけど本当に笑った。

 クリスさんとの話は昼休み時間終了まで続いた。その間、大人三人分の距離は縮まることがなかったのが唯一の心残りだったりする。

「もうこんな時間ね。そろそろ教室に戻らないと」

 クリスさんがポケットから出したのは銀色の懐中時計。王宮の始祖であり、ヘイワ宗教の信仰すべき神であるイリス・ヘイワが裏面に掘られていることから、王宮から功績が認められ勲章として得られたものなのだろう。

「それじゃ、わかってると思うけど」

「くれぐれも早まるな、ですよね?」

「わかってるじゃない」

 陽気な声で片目を一瞬閉じる。ウィンク姿がさまになってますね。

「とりあえずこの脅迫状はメリアスが持っていた方がいいわね。私が持っていると犯人が確実に警戒しそうだし」

「被害者以外が証拠を持っていることになりますからね」

「恐らくさっきの推理も聞かれちゃってるだろうし」

 そうだった。楽しい会話で忘れていたけど、脅迫状の第二項によって私たちは常に監視されている可能性が極めて高かったんだ。クリスさんが始めの方で件の話から降りたのはこれを警戒していたのかもしれない。狙われているのは私なのに、警戒を怠っていたのが歯がゆい。

 と、ここでクリスさんが先ほどまで開けていた距離を詰めて小声で話しだす。

「とりあえず学園内で普段通りに今日はやりすごしましょう。幸い今日は全校集会も無いわけだから犯人の思惑通りの展開は起こりえないわ。後は下校後ね。二カ所に分断したあたしたちを両方監視することは物理的に不可能に近いわ。最大限に注意して相手の監視がないとわかったら行動する。これに限るわね」

「でも、クリスさんが監視される可能性は薄いのでは? 監視対象なら私の方が」

「じゃあメリアスが出来ることは何?」

「私に、ですか?」

 考えてみる。が、先ほどの談話で出てきた苦手なもの以上に何も出ない。

「あたしには伝手があるわ。王宮に直接呼びかけるか、或いはディーナの家に直接赴いてタイプライターの販売ルートを洗いざらい調べるか、手段は多種多様よ」

「コ、コネクションの差を感じます……」

「家柄よ。その分食事会、式典なんかで自由な生活って結構少ないからね」

 私もネクロマンサーという身分からして自由と言う物は少ないのだけど、クリスさんは別の意味で大変なんだと知らされる。

「メリアスも下校後できることを考えておいてね。ただし、無理のない範囲でね」

 最後だけ語調を強めて言われた。

 全て言い切ったのか、クリスさんは距離を離し立ち上がった。

「じゃ。午後の授業は寝ないように頑張るのよ」

「ご、午後は寝ませんよ!」

 時々寝ますけど。

 さて教室に戻ろうと思ったところでクリスさんの進行方向に気が付く。

「クリスさん? 玄関は向こうですけど?」

「うん。2―Aは次特別教室だから。こっちの方が近道なの。用意も周到よ?」

 と言うと鞄の中から内履きを出して見せた。外履きも中に入れちゃうのだろうか?

「だからここで一旦お別れ。放課後になったらまた教室に行くから」

 そう言い残すとクリスさんは右手を軽く振り正面玄関とは全く別の方向へと歩いて行った。今別行動をし始めたことを理解した犯人はどちらについていくのだろうか?

 狙いである私?

 不確定要素をたくさん抱えているクリスさん?

 既にかなり前に進んでいるクリスさんの思想から思わず連想してしまうが、結局のところ私にはそれ以上の進展は見られなさそうだ。

 今はただ普通の学園生活を送り、夜の行動を考える。それが最後に行きつく結論になってしまう。クリスさんの助言通りになる。

 下手な行動は反って危険を伴う。ここはおとなしく普通に居よう。

 玄関口に差し掛かり、今朝のように誰もいない静かな正面玄関口を通りすぎようとする。

「あ! やっと見つけたで!」

 が、そうもいかなかった。

 正面玄関の中から顔を出したのは、いつもの三つ編みおさげ、ディーナさんだった。

「どういう訳や! 昨日は周辺探索が終わったら一度集まる予定やったんに、あんさんはこん、カトリナはんは訳わからん発狂で王女追いかけるし、クリスはんとミクシェはんの組も現れんで、結局ほとんど進展つかずやったやないか!」

「ご、ごめんなさい!」

 私よりも低い位置からものすごい剣幕で押し寄せるディーナさんにとりあえず謝罪した。カトリナさんの分も含めて。

 自らの財産を盗まれているのもあるせいか、かなり不機嫌な目で迫ってくる。その目が至近距離に入ると一転。目を細め難しい顔をしだした。

「あんさん何かあったんか?」

 ぎくぅ。そ、それは突っ込まないでほしい。

「と、とくにはありませんですことよ?」

「どんな敬語やねん。変言えばクリスはんもおかしかったよな。今朝は慌ててたかと思えば、さっきからは妙によそよそしかったんよな」

 ぎくぅ。な、何でそんなにカンが鋭いんですか。

「カトリナはんに至っては昨日の奇行の後、強制的に聖職者宿舎の自室に戻されたようやけど、隣室の人が寝れんほどに呪詛ばりの祈りを捧げ続け取ったって話やしな……」

 うわぁ。そんな深刻な状態になっちゃったのね。やばいかも。次会った後何されるかわかんないよ、これ。

「財布盗まれたという訳やないにしろ、未だ見ないミクシェはん含めて何かされたんは一目瞭然や。何があったんや」

「えっと……」

「もし、犯人にあって何かされんなら今すぐ言えや。その犯人宅へゴールドバーク家が集った傭兵どもを全力で送り込むで」

「ちょ、それは頼もし、じゃなくて! 犯人には遭ってません! 遭えるものなら私も会って奪還したいです!」

 あ。やば。奪還言ってしまった!

「奪還したいのはうちも山々や! うちの財産なんやと思っとるんや!」

 あ。よかった違う意味で取ってくれたみたい。

「まぁあんさんらがどうなったかはこの際ええわ! 時間もないし単刀直入に言うで!」

 言いたいことを言いきれていないような言いぐさではあるが、ディーナさんは一気に話を変える。で言った一言が、

「クーデターを起こす!」

 …………。

 後が続かない。そもそもこの人は何を言ってるんですか? クーデターってあれですか? 反乱とかデモとかですか?

「という訳で今日の放課後体育館に集合や!」

「待ってください! という訳でに繋がるものが何もありません!」

 私に何をすれと⁉ ネクロマンサーとして犯人に翻せとも⁉

「簡単や協力者を得るんや! アイドル活動で犯人逮捕への協力者を募兵するんや!」

「協力者って⁉」

 まずい。意図せぬ形で第二項が強行されかかっている。

 この場合はどうなるんだろう。ディーナさんの呼びかけになるのか、アイドルとして自らの口で募兵する私の呼びかけになるのか。前者ならグレー、けど後者なら完全にアウトな気がする。

「美少女部の連中は普段から女子の尻ばっか追っかけとるんや。相手が女子やったらラッキー。男やったら、アイドル様の願いやと仕方なしにやってもらう。メリアスはんも知りたなかったけど、昨日その実力はわかったやろ?」

 ええ。嫌なほど思い知らされましたよ。

 そうか。昨日タナカとアグロスさんがいたし、今朝はそれどころじゃなくて気づかなかったけど、同じ教室の美少女部の人がいたのだから既に軍曹の強化訓練から逃れた人は結構いるに違いない。協力者を集うには今日がぴったしという訳ね。私にとっては最悪なタイミングなんだけど。

「てなわけやから頼むで! うちは今から宣伝の準備に向かうからそのつもりでいてくれや!」

 と言い残しディーナさんは準備と称し何と学園から出て行ってしまった。授業どうするんですかぁー。

 唐突な出来事に呆気に取られるが、すぐさま冷静にならざるを得なかった。

 これは恐らく、明日までと言う期限を守ることが出来ない。

 何とかディーナさんの提案を誤魔化し、発言しないようにするか、いっそのことバックれてしまうのも手か。

 けど、そうなると今度は犯人だけではなくディーナさんを相手取らないといけない事態に陥る危険性がある。向こうも向こうで私に対する脅迫状ならぬ強迫状を持っているからね。この状況を所謂八方ふさがりと言うのだろうか。

 クリスさんに何か手はないか今から聞きに行くのは――駄目だ。その行動自体怪しまれてしまう。そもそも2―Aが何の授業をどこで受けるのかもわからない。

 迷う私に答えてくれたのは午後の授業、五限目開始前昼休み終了のチャイムだった。

 となると、私に残された考える時間は放課後になるまでの五,六限の間。

 クリスさんが言っていたように焦りは禁物。何かいい方法があるはず。

 ミクシェを助けるいい方法が。

 ――――。

 そうやって考えを練っているように自分を錯覚させる。が、私の中では既に最善――とは言えない最短の解決策は出ていた。

 普段通りに過ごそう。

 教室に戻ろうと自らの下駄箱に手をかけた。

 全てが筋書通りに出来ている世の中だと実感させられた。


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