第3章-1 アイドルの戸惑い
朝礼を知らせるチャイムが鳴った。けど、私たちはそこを動かない、いや動けない。もう遅刻がどうのこうのという問題はとうに過ぎ去っていた。
筆跡がわからないようにタイプライターで打たれたファンレターならぬ脅迫状には以下のことが書いてあった。
・全校生徒、もしくは大多数の生徒が集まる中で自分自身が窃盗犯であることを自白しろ。
・他者にばらすようなことはするな。もしそのような事態があれば人質の命は無い。
・期限は明日の夕刻までとする。
二番目は協力者を集うことを妨げるためのもので、三番目は恐らく二日後の休日前までに決着をつけたいという魂胆なのだろう。
そして、相手の核心を知ることができるのは一番目。
「メリアスを犯人に仕立て上げようって訳ねっ!」
クリスさんの歯軋りの音が聞こえた。脅迫状の内容に憤怒しているみたい。
「あたしがもっとしっかりしていれば!」
これは先ほど聞いた話なのだが、クリスさんは探索中に突然意識を失って、意識が戻った時には一緒にいたミクシェがいなくなっていたという。
「そ、それは仕方ないことですよ。相手が悪かったんですから」
「相手って何よ。メリアスまさか犯人を!」
「わっ。待ってください! 話そうにもこれが」
クリスさんが勢いで押し通そうとしたところを脅迫状のある一文に指を添うことによって押し止める。
「他者に――。でも、この内容自体もうあたしにはばれてるわけでしょ? これは明らかに事故じゃない?」
「そ、そういわれても」
「どっちみち、あたしもマークされることは確定よ。メリアスが脅されているって事実を知っている時点でいくらでも応援を要請できるんだし」
「う。ごめんなさい。こんな形で巻き込んで」
「気にしないわよ。それにこれはあたしの不始末。そのまま放置するような無様なことはできないわ」
心強い言葉だった。もし脅迫状の開封がもう少し早ければ、私は孤立していたに違いない。
「で、話は戻るけど、メリアスは犯人を知ってるの?」
「犯人は私と同じネクロマンサーです。犯人が誰かわかっているのに濁すわけじゃなくて本当に誰だかは未だにわからなくて」
「ネクロマンサー。私はそいつの死霊に不意打ちされたのね」
「いえ、恐らく堂々と出られたのかと……」
そして防衛本能が発動して意識と記憶が吹っ飛んだと。そう考えると三組の中ではここが一番犯人としては狙いやすかったのだろう。
「でも、メリアスはどうしてネクロマンサーが犯人だってわかったの? 直接犯行現場でもみたの?」
「実はそのまさかでして」
クリスさんに昨日あったことを話した。一通り聞いたクリスさんが納得する。
「その自ら透過できる死霊が、盗んだ財布ごと透過させていたわけね。まさかそんな死霊が学園にいたなんて」
「まぁそもそも見えませんからね」
「でも、その死霊、今はメリアスの元にいるのよね?」
「えぇ。私の元にいます。というよりも――」
「というよりも?」
はて、困った。けど、このままだと余計厄介なことになりそうだし。
「そこにいるんですけど」
「!?!?!?!?」
目の前を剣筋の如きポニーテールが通り過ぎて行った。
「えっ! どこ! どこなの⁉ ねぇ! どこ⁉」
勢いよく後ろに振り返ったクリスさんが挙動不審に陥る。まぁ自分の天敵が姿を消して近くにいるんだから仕方ないですよね。でも、言わなくちゃいけない理由があって。
「ひっ⁉ な、なんで⁉ なんで髪が持ち上がってるの⁉ やっ! いやぁぁぁ‼」
むっちゃんがクリスさんのポニーテールに反応しちゃってるのよね。
「ポニーテールが気になったようです。犯人宅にはポニーテールの人がいなかったのでしょうか」
「そんな冷静に解析してる場合じゃないでしょぉぉぉ! 早く何とかしてぇぇぇ!」
「話が続きませんからね。むっちゃん。やめてあげてー」
私の呼びかけに反応したむっちゃんが名残惜し気に離すと、ポニーテールは重力に従いゆっくりと地面へと向かっていった。
「ぜぇはぁぜぇはぁ……」
二期生最強の騎士と呼ばれているクリスさんをここまで疲弊させた者がはたしているだろうか? 天敵恐るべし。
「こちらがむっちゃん、私が命名しました。犯人に無理やりな契約を結ばされてこき使われていました」
私が右手を向けて紹介をするとむっちゃんが体を前に倒してお辞儀をする。
「そ、そこに今いるの⁉」
「はい、いますよ? ファンシーな姿見してますけど、見ますか?」
「いい! いいわよ!」
断固拒否するクリスさんを見てむっちゃんがしょんぼり――したような気がする。実際は体が少し前に傾いただけなんだけど。まぁここまで否定されるとさすがに落ち込むよね。たぶん。
「ただ、喋ることができない上に文字を書くことができないから犯人に繋がる情報を得ることができませんでした。そこで今日は一緒に同伴して犯人を捜してもらおうと思いまして」
「そ、そうなの。でも、犯人が人質を取っているなら、犯人も人質と一緒にいる可能性は高いわよね」
「そうとも限りませんよ。人質は死霊に任せて犯人自体は今も学園にいるかもしれませんし」
それに、昨日むっちゃんから聞いた限りだと透明化できるのはむっちゃんくらいで、姿を消して私たちを監視することは難しいと思う。ただ、ここまで教えると脅迫文事項二に当てはまるかもしれないから言わないけど。
「結局、今のところできるのはあたしたちをつける怪しい人物がいないか注意しながら調べることしかないわね」
「そうですね……」
私たちはこうやって平然と話し合っているけど、こうしている間にも、ミクシェは縄に縛られて犯人、或いは死霊を前に死の淵を漂っているのだろうか。
絶対に触れ合うこともない呪具を使いながらも、一期生からの仲となり、それが原因で今ミクシェは危険な存在と仲の良い存在となってしまった。
もし、あの時私がもっと拒否をしていたら。そうすれば一瞬拒否された痛みを受けたとしても、ヘイボンのおかげですぐに忘れられ、私以外の子ともっともっと仲良くなれていたかもしれない。
私たちが会わなければ、私が拒否すれば、私が欲を持たなければ。
「メリアス」
我に返る。そこには真剣な眼をしたクリスさんが私を見ていた。
「早まっちゃだめよ。期限は二日あるの。絶対にいい手は見つかるから」
それを伝えたクリスさんは足早にその場を去る。周りを見ると朝礼が終わったのか、特別室で行われる授業に向かうのであろう生徒が歩いていた。
「ミクシェさん……」
誰にも聞き取れないように呟いた私は脅迫状を鞄に押し込み、2―Bに向かった。
久々の遅刻で2―Bに入った私。席に着いたがいつもの声は聞こえない。隣を見ても、そこは空席だった。
「アヴァロンさん欠席してるんだってさ。ゴールドバークさんも様子おかしかったし、あーぁ。窃盗犯なんてことしてくれるんだよ!」
私のクラスにいる美少女部の男子一人が嘆いていた。そんな中で昨日の午後放課で楽しんでいたであろう生徒たちの声も聞こえる。各々が自由な会話をしている中、私は一人だった。この感覚には慣れている。数週間前まではこれが普通だった。のに。
寂しい。




