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第2章-6 アイドルと盗難事件

 契約が完了した。

 と、同時にぼとっという音が聞こえた。

「あ」

 先ほどまで宙に浮いていた財布が地面に落ちていた。そうか、私は存続し続ける魔力を供給しただけで、財布を盗んで取り込む魔力は何も与えていない。なら落ちても仕方ないか。

「ってこれ届けないと!」

 この子と話している間に結構時間が経ってしまっていた。その間先生は財布を探し回っているかもしれない。それがここにあっては不都合極まりない! 急いで届けないと。

 霊視解除!

 辺りを再びいつもの風景に戻して財布を拾い上げる。その横には死霊の子がいた。何事もなく配下になったようで、私が霊視することもなくこの子の姿を見ることができる。

 安堵も幾何、すぐさま購買に入っていくとご老体な先生は探すのもゆっくりのようで未だにあらゆるポケットを探っていた。

「あのー。お探しなのはこちらでしょうか?」

 怪しまれないようにゆっくりと近づいて声をかける。自然体、自然体。

「ぉ? ぉぉー。そうじゃ、これじゃ、これじゃ。すまんのぉ。最近とんと体の感覚が鈍ってのぉ。どこで落としたかもわからんかったわぃ」

「いえいえ、よくあることですよ。財布は落としてもそこまで大きな音を鳴らしてくれませんから」

「ほほ。そうじゃのぉ。どうじゃ。お礼に何か買ってあげよう」

「ぁ。お気になさらずに! 私この後用事がありますので!」

「ぉ、ぉぉそうか。そうか。わざわざすまんのぉ」

「では、失礼しましゅ」

 噛んだぁー‼ 思いがけない長話に発展しそうなところでテンパったぁ!

 後ろを向いて走っていく中で自らの失態に顔を赤める。バレテないよね? バレテないよね?

 購買を出た、と思わせて入口付近で少しだけ顔を出して確かめると、先生は何事もなかったように購買の店員に向き直っていた。

「はぁ。セーフ……」

 どっと疲れた。その姿を見た死霊は体を前に倒した。はい、ではなさそう。お礼かな?

「ううん。気にしなくていいよ。配下の後始末やることには慣れてるから」

 フロース然り、カムシン然り、鬼般若然り。私の所帯厄介者多すぎない?

「さて、こっちの方は終わったし。後は犯人逮捕よね。今なら強力な助っ人がいるから、何とか」

 カンカンカンカンカン。

 何かを叩く音に、悪夢を感じた。これは先ほど同様の階段を下る音。しかも先ほどの先生みたいにゆっくりじゃない。何かに急かされているようなテンポの速い足音。

「本当にこちらにいらしたのですね、アグロス!」

「間違いありませんお嬢様! 先ほどネクロマンサーが金髪の聖職者と一緒に行動をしていました! あれは何かを企んでいるに違いありません!」

 げぇぇぇぇ‼ 更に厄介なのが下りてきた!

 危険を察し、今日三度目の階段下に潜り込んだ。三回目となると潜り込みかたも慣れたものよ!

「はぁはぁ。どこにいらっしゃいますのよ! アグロス!」

「確かこの辺です! まだどこかに隠れているかもしれません!」

 くぅ……。裏手には壁、表にはイシュタル王女とアグロスさん。これじゃ逃げようもないよ。

「ちょっとそこのあなた!」

「ほほ。どうしたのかのぉ?」

 先ほどの先生を呼び止めたみたい。かなりの年配にあなたってどうよ。私も名前知らなかったけど!

「ここでネクロマンサーを見ませんでした?」

「ほほ。ネクロマンサーとな。ネクロマンサーは前ヘイワ歴――」

「お嬢様が急いでるんだ老いぼれ! 早く居場所を言え!」

 先生を老いぼれ扱いですか! 王女はともかくあなたが言う資格はないかと!

「ネクロマンサーは、とんと見ておらんのぉ」

「ちっ。これ以上は無駄ですお嬢様。先を急ぎましょう」

「儂が見たんは。さっき財布を届けてくれた。竜胆色の髪をしたかわいい女子くらいじゃなぁ」

「なんだと!」

「なんですって!」

 なんですとぉー!

 何でそこだけピンポイントで出てくるんですか⁉

「財布を届けたとなると間違いありませんよお嬢様! ネクロマンサーはこの老人の財布を盗んで、中身だけを引き抜いて財布だけ戻す新手に出たと見られます!」

 本人に確認とりなよ! そんな勝手に犯人扱いにして!

「まだ近くにいるに違いありませんわ! 探りますわよ!」

 ままま、まずいよ! ここに隠れていると確実に怪しまれる! かといって今出ても通路のないところから現れたらおかしいし、そもそもあの二人ならどこから出てきても怪しむ気がする!

 えっと、この状況を打破するには、カムシンやリッチで正面突破? 駄目だ。人目がつくし、何より疚しいことがあると疑われるに違いない。鬼般若――使い道がない!

「ぁぁ。どうすれば!」

「ん? 今ネクロマンサーの声が」

「何ですって⁉ どこからです!」

 しまったぁー‼ うっかり喋ってしまったぁ!

 口を両手で塞ぐももう手遅れ。この辺で隠れられる場所は限られている。ここにたどり着くのも時間の問題かと。

 絶体絶命の中、先ほど絶体絶命だった死霊がこちらを見つめる。

「今まずいことになってるの」

 小言で告げる。まぁこの子は恐らく見えないタイプだろうからわざわざ出て行ってもばれないと思うんだけど。

 死霊の顔が階段の先にいるだろう二人組の方を向く。何を考えてるのかはわからないけど、状況は察してくれたのだろう?

 ?

 顔をもう一度戻した死霊階段の向こうに右手を伸ばす。その後右手を伸ばし、右手と左手をクロス――しようとしているんだけど、恐らく足りてないのだろう。ちょこっとだけ指先が出ている。

 ジェスチャーだろう。えっと、この場合。

「向こうの二人は駄目? あ、嫌なひと? って意味かな」

 若干間があったが頷いてくれた。80点と言ったところかな?

「うん。あの二人は私を捕まえようとしている。私が財布を盗んだ犯人じゃないかって疑っているの」

 それを聞いた死霊が驚いたように跳ね上がり、体を捻る。違うということを証明したいのだろう。

「ありがとう。でも、ここからじゃ逃げようが――へ?」

 異変は唐突に訪れた。若干の魔力の消耗が始まる。

「ふへへへへええええ⁉」

 死霊がでっかくなった⁉ ボールサイズしかなかった体が私の倍以上の大きさに膨れ上がる。と、同時に私の体が死霊に包み込まれた。

「今の声! アグロス!」

「階段下のようです!」

「げっ⁉」

 しまった! あまりの出来事に大声あげちゃったぁ! どうする? どうする? こうなったら正面突破しか。

「え?」

 死霊が少しばかし体を捻り顔が私の方を向くようにした。そして右手を自らの若干曲線の口元へと持ってくる。口と右手のクロス。これは、

「静かにってこと?」

「観念しなさいネクロマンサー!」

 わぁぁ! 推測してたらイシュタル王女がぁぁ! 終わったぁぁ!

「覚悟しろネクロマンサ――ぁ?」

 続いてアグロスさんも登場。若干絞られているようにも見えるのは気のせいだろうか? が、それ以上に気になることがある。お二人とも、私の方を向いて呆然としている。

「アグロス、どういうことですか! いないではありませんか!」

「そんなことはありません! お嬢様も先ほどネクロマンサーの声をお聞きになりましたでしょう⁉」

「それでもいないではありませんか!」

 いない? 私が? いやいや私はここにいますよ? 何で平常時なのにヘイボンつけてる時よりも私の存在感薄いのよ! と言うよりもこの場合薄いというよりも無い⁉

 余りの仕打ちに前に出て訴えかけてやろうか、そう思い足を前に出そうとした瞬間、死霊の手が私の前に現れた。右手と左手を私の前で横倒しにしている。これは、出るな?

 そういえば、先ほど見た一連の盗難劇。財布を抜き去り、自らの体の中に入れて持ち去っていた。けど、普段霊体が見えない人であっても浮いた財布くらいは見えるはず。と言うよりもそんな非日常的な事態が起これば噂になってもおかしくはない。

 もしかして、この子は中に入れたものを透過させる能力があるのだろうか?

「す、すごいよ! 自らを透過できても、他を」

「ん‼ ネクロマンサーの声が! やはりここら辺にいるのか⁉」

 やってしまったぁ‼ 配下が優秀でもご主人があんぽんたんでごめんなさぁい‼

 死霊も静かにするようジェスチャーするがこれはもはや手遅れその物。やばい、どうにかして逃げるタイミングを。

「どぉぉこぉぉでぇぇすぅぅかぁぁ‼」

 そんな思考を一瞬で吹っ飛ばす涙混じりの濁声。階段を壊すかの勢いで下ってくる足音。

「何ですか、今度は⁉」

「上からです!」

 いや、それくらいは王女様もわかっていると思うよ?

 しかし、今の声。どっかで。

「メェリィアァスゥさーーん‼」

 あぁ……そういえばすっかり忘れてた。

「何ごとだ眼鏡聖職者‼」

「はっ‼ あなた達は‼」

 どうやら鉢合わせしたようだ。ここで出て行ったら混沌しか見えない気がするので、ここは待機一択。

「メリアスさんが! メリアスさんがどこにもいないのです!」

「私たちだって探している所ですわ! あのネクロマンサーが遂に尻尾を出したのですからね!」

「そうとも! あのネクロマンサーが財布を盗んだ証拠しっかり掴んだんだ!」

 いや、だから先生からちゃんと話聞いてくださいよ。中身はちゃんとありますから。そもそも無かったら購買で何も買えませんから。

「……なんですって」

 カトリナさんはだいぶ走ってきたようで、息も枯れ枯れで男性のようなドスの効いた低音で聞き返している。

「あなたたちのお仲間のネクロマンサーが連続窃盗の犯人なのですわよ! さっさとわかりなさい!」

「今なんて?」

 ……あれ? 疲れ、からなる声には聞こえなくなってきた。気のせいか周りの空気がピリピリと痺れるような。

「お嬢様に何度も言わせるな! お前のところのネクロマンサーは生徒から財布を盗む極悪犯――ごふっ⁉」

「アグロスっ⁉」

 何か聞こえてはならない音がしたんですが⁉ それと同時にアグロスさんが飛んできて壁に直撃したんですけど⁉

「あなた何をひぃっ⁉」

 イシュタル王女が怯えた⁉ あの傲慢な王女が竦んだ⁉

「あなたたちは、あの子を何も知りません。無垢で、好奇心旺盛で、ちょっとドジな、可憐なる少女を。それをあなたたちは単なる敵意で犯人扱いをするのですか?」

「そ、そ、そ、それはもう証拠がしっかりあるのだから決まった出来事ですわ!」

「証拠一つで本当に決まるほど世の中は甘くないのです。それでどれだけの人が無実の罪を着せられ、苦しんでいるかわかるのですか?」

 な、何か説法っぽくなってきたよ。声も相まって叱りつける父親のようにすら思える。

「あ、あなたは仮にも聖職者でしょ! ヘイワ宗教の教えを聞いたものでしょ! ネクロマンサーをなんだと思っていますの⁉ ヘイワ宗教におけるネクロマンサーの存在は絶対的な悪! あなたはそれを無視してあいつを庇護しているのですよ!」

「そうです。私が信仰する祖、イリス・ヘイワはネクロマンサーを討ちし英雄にして絶対的な神。ネクロマンサーと言う脅威から民を守った神の意志を引き継がなければなりません。だから、神はあなたの行為を許すかもしれません。けど」

「けど?」

「その行為、神が許しても私が許しません!」

 とんでもないことを言いだしたー‼ 聖職者が絶対に口にしてはいけないことを言いだした‼

「ちょ、ちょっと! あなたは何を言い出すのですか‼ や、やめなさい! 王女であり、あなたの信仰する神の末裔である私になんてことを‼」

 階段下用具置き場にある箒を一本掴んだかと思えばそれをイシュタル王女に振り下しだす聖職者の光景はかなりシュールだった。後、箒を掴み取ろうとした瞬間私――と言うよりも死霊――の横を手が通り過ぎたのには、冷や汗した。

 喧騒な二人の声はどんどん遠ざかっていく。アグロスさんは未だに動かない。助けてあげたいのはやまやまだけど、今ここで現れる訳にはいかない。

 さて、どうしようか。

 この子がいれば犯人を特定することは可能。今は契約の束縛も無いから思う存分話してくれるはず。

 一度ディーナさんと合流すべきだろうか? いや、今向かうと下手するとカトリナさん、イシュタル王女とも鉢合わせする可能性がある。それはそれで話がややこしくなってしまう。

 ………………。

 帰るか。

 そうだ。それが一番だ。

 今は安定して魔力を行使しているが、先ほどまで無茶苦茶な維持をされ続けていたこの死霊がいつ異常事態に陥るかもわからない。家ならば誰にも干渉を受けることもないし、ブラムハムは知的だから、何らかの知恵をくれるかもしれない。

 とりあえずは学園を抜けるとこからかな。

「帰るわよ」

 小声で言うと死霊も体を前へ傾けた。

 アグロスさんは未だ寝ているけど、何らかの物音でも起きるかもしれないからできる限り音を立てないように抜き足、忍び足でゆっくりと進む。その行為が気に入ったのか、死霊も両手を前に垂れ下げて同じような格好を取る。いや、君足無いからさ。

「ほっほっほ。若いのはいいことですな」

 帰り際先生が一言、誰もいなくなった場を見て呟いた。


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