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第2章-1 アイドル強制誕生

 夜が明けそうです。まさか徹夜になってまで目を覚まさないのは相当な驚きです。

 先ほどの騎士さんは洋間のソファーの上にブランケットをかぶせて寝かせているのですが、未だに目を覚まさない。よっぽど疲労したのだろうか?

 熱でもあるのだろうかと、騎士さんのおでこに触れようとした際、右手が腕に触れる。芯がしっかりしていそうな腕で、重ね合せてみると私の方が若干太い。


 〝拝啓父上、母上へ

 筋肉とはどこにつくのでしょうか?〟


 余計な詮索をやめ、私は熱を測る。そこまで高くはない。だとしたら原因は何だろう?

 とりあえず今日学園へ行くのは中止になるかな。この人が目を覚まさないといろいろ面倒事が増えそうだし、何より眠い。

 二期生となって気持ちを切り替えると決めた矢先の頓挫。一日坊主も甚だしい。もうすぐ生徒たちが続々と登校する時間だというのに。

 そういえばこの騎士さんは私と似たような年齢みたいだけれども、学生なのだろうか?

「ふわぁっ……」

 それを考えると眠気が更に増した。いつもならこの時間帯は眠りの絶頂期であり、とてもお眠な時間です。眠気覚ましの為に、コーヒーを一口。

「うっ、苦……」

 ブラムハムが持ってきてくれた物だが、先日糖分の摂りすぎを指摘され、今回は砂糖無しで飲んでみたが、案の定苦い。2時間も経つのに未だにほとんど飲めていない。

 件のブラムハムは今いない。見た目は普通の初老男のブラムハムだが、顔の色が病気レベルではないので下手をすると死霊であるとばれてしまいかねない。なので、ブラムハムはもちろん、普段は屋敷にいる死霊にも顔を出さないように命じている。

 朝の陽ざしがカーテン越しに暗い室内へと入り込む。

 うわーあったかい。うわーねむい。

 頭を振ってコーヒーを一口。やっぱり苦い。流石にこのやり取りにも飽きてきたころだった。

「うっ……」

 日差しが顔に当たったことで、体に変化があった。

「あれ……? 私……?」

 騎士さんが目を覚ました。

 そのことを待ち望んでいたのに私はドキッとする。ここからが本番なのだから。

 自分がネクロマンサーであることを隠しながらこの屋敷のこと、そして昨日のことなどを誤魔化しながら話さなければならない。そこさえ乗り越えれば、後の手は考えてある。

「お気づきになりました?」

 普通ですよ、私普通ですよ、という顔をしながら話しかける。

「えっとあなたは? ……ここは?」

「え? あぁ……夜のこと覚えていませんか?」

「夜? ……うーん」

 騎士さんが首を捻る。もしや記憶喪失か? だとすると楽なような面倒なような。とにかく色々と考えなくてはならないので面倒!

「あ! あの時いた魔道士? 一瞬わからなかったわよ」

 ようやく思い出したのか、手を叩いて騎士さんは答える。人の顔を覚えていないとか酷いことである。

「ここは私の家です。ヘイワ都市の郊外にあります」

「へえ。古い感じだけどかなり広い家に住んで――」

 騎士の話が途切れる。一点を見つめているようだ。

 目線の先を追うと、ソファーの上にかけて置いてある制服があった。

「あなた私立ナンデモ学園の学生さん⁉」

 騎士さんが体を一気に起こし、私の肩に掴みかかった。

「えっ? そ、そうですけど?」

「何期生?」

「二,二です……」

 迫りくるように質問してきたので、何の考えも無しに素直に答えた。

「二期生⁉ パーティー決まってる⁉ というよりもあなたほどの魔道士見つからなかったこと自体おかしいけど!」

「パ、パンティー?」

 何を言っているこの人は。と思ったがどうやら聞き違いのようで騎士さんは違うことを聞いているようだ。だが、聞き直そうとしたが、騎士さんはもはやそれどころではなかったようだ。

 というのも。

「これで何とか今日の闘技大会には間に合うわ! さっそく申請……って今何時⁉」

 騎士さんが何かを思い出したように辺りを見回す。そして探していたものを見つけ驚愕する。

「8時⁉ やばい! 遅刻するじゃない! それにあいつらももう張ってる時間帯だし!」

 身を乗り出して叫喚する騎士さんの声に、思わず自分の耳を押さえる。

「それでも、今日の大会に出るには申請時間があるし――くっ背に腹は代えられぬ! 強硬突破よ!」

 騎士さんは何かを決めたようで席を立つ。そして何故か私の方を見る。

「貴方も早くしないと遅刻するわよ⁉ それ以前に今行ったら美少女部に絡まれるのは間違いないけど」

 騎士さんが急かしたてる。後半はわからなかったが、前半のことはよくわかった。だからこう答えた。

「あっいいですそれは。いつも遅刻しているので今更早く登校する必要性もないので、それでは寝ますので、お休みなさ――」

 がしっ。

 部屋を出ようとしたとき、私の着ているローブのフード部分を騎士の女に掴まれた。

「遅刻常習犯だからわからなかったのね! というよりも遅刻に開き直らないでよ! それでも騎士の出⁉」

「わ、私は騎士じゃなくてネク――魔道士の出なので……」

「同じよ! さあ早く着替える!」

「やぁ~ん」

 強引な力でソファーに倒されるとローブを下から上に引きあげられる。

「……」

「あ、あの……」

 ローブの下に何か羽織ることはなく、今の私は完全な下着姿なのだが、騎士さんはローブを脱がせた後動きを止める。

「意外とあるわね……」

 騎士さんは私の胸部に視線を送りながらなにやら呟く。

「あのー……寒いのでそれを返してもらって」

「何でまた着直そうとするのよ! さっさと制服に着替えて登校するわよ! 拒絶するなら下着姿で学園まで引っ張って行くわよ!」

「は、はいー!」

 脅しである。私は騎士さんに急かされるまま大急ぎで制服に着替える。

「よし、それじゃ行くわよ! あなたも覚悟くらいはしておきなさいよ!」

「あっ待って! とりあえず何か飲んでいった方が」

 私は騎士さんを呼び止め、奥の机の上に置いてあるコップを取りに行こうとする。これは呪具『モノワスレ』。見た目は普通の水だが、飲んだものの記憶を無くす効力がある。これを少し調整してカエラズの森と私の家の出来事を忘れさせようという魂胆であった。

 あった。

「そんなの飲んでる場合じゃないでしょ! 今すぐ行かないと間に合わないのよ!」

「あぁ~ん」

 私の意志など知る由も無く、騎士さんに腕を掴まれ強引に引っ張られていく。それもものすごいスピードで。

 今迄感じたことのない朝の陽ざし。遠くなる屋敷を眺めていると、ブラムハムが何やら慌てている姿が見受けられた。が、私は否応なしに騎士さんに引っ張られていった。


 ◇


 郊外を、そして市街地を全力疾走で引きずられるのは流石に恥ずかしいので自分から走ると言ったはいいものの、体力的にはそこらの魔道士並みの、いや、それ以下の私にとって、それは過酷でしかなかった。

 ひぃひぃ……はぁはぁ……言いながら懸命に走るが騎士さんはそれよりも更に先を急ぐ。制服を持っていなかったから未だにハーフプレートに大剣付なのだが、それでも鍛え方の違いを見せつけるような走りで学園に向け颯爽と走る。

 ようやく学園の近くに差し掛かった時だった。

「クリスちゃん今日の闘技大会の意気込みは?」

「クリスちゃん朝練からすぐに来たから戦闘着姿なの?」

「クリスちゃん‼」

「クリスちゃん今日のパンツ何色?」

「うっさい! 黙れ、女の敵たち! それと最後の変態男は消えろー‼」

 騎士さんの憤怒と共に人が空を飛んでいくのを見た。

 くるくる回って空へと舞い上がり、最後に何故か一度光ったのち見えなくなった。

 その光景を見ながらやっとこさ校門の前に行くと、先ほどの騎士さんの目の前に何人もの男がいて、投写水晶(フィルム)に風景を写し取る、投写水晶機(カメラ)と呼ばれる道具でパシャパシャと撮っている。行事ごとでお偉いさまやこちらの方に向かって先生が撮ってるのをよく見たけど、これ結構高かったような。最近の学生はお金持ちが多いのだろうか?

 普段は誰もいない時間帯に登校していたから知らなかったけど、この時間帯は男子生徒が大勢いて、大いに賑わっているのだと初めて知った。

「とりあえずここを通しなさい! 今すぐやらなければならないことがあるのよ!」

「何? 大?」

 そのうちの一人が何か尋ねたところで騎士さんは大剣を鞘ごとフルスイング。また人が空を飛びました。そして光った。

「とにかく! あんた達これ以上邪魔したら学園法第7条で訴えるわよ!」

 騎士さんが一喝する。確か学園法の第七条はえっと――あ、『学園行事、及び学業の妨げになる行為をした者を罰する』って書いてある。どうやら今目の前で行われていることは、何らかの嫌がらせであるらしい。

「学園法第一条。『己のやるべき道を突き進め』一番初めに書かれている校則に僕たちは従順に従っているだけにすぎないのだよ」

 それに対し答えたのは一人。大勢の男たちが左右に分かれ、真ん中に一本の道ができると、そこから何とも胡散臭い眼鏡の男が現れる。

「我らのやっている行為は信念! 騎士たる者、人を守るために日々鍛錬せよ! 魔道士たる者、新たなる境地を見つけるために日々精進せよ! それと同じように我らは美少女部たる者、常に美少女を追い続け日々研究せよ! に乗っ取っているだけだ! これは単なる嫌がらせではない! そう、三大欲求の一つを究明するための研究なのだ!」

「黙れ、タナカ」

 眼鏡の男が厚く語るのを、騎士さんは一蹴する。

「タナカではない! 僕の名はMr.プロデューサーだ!」

「「「「「Yes! Mr.プロデューサー‼」」」」」

 眼鏡の男が堂々とした自己紹介をすると共に、左右の男たちが隊長の号令よろしく、一斉に敬礼をする。その行動に騎士さんは頭を抱えた。

「時にクリス・アレクサンダー。噂に聞いたのだが、その真意を確かめさせて貰いたい」

「何?」

 眼鏡の男の質問に騎士――どうやらクリスと言うらしいが、クリスさんは何か思い当たる点があるらしく、眼鏡の男を睨みつけて問い返す。

「今日の闘技大会。実はまだメンバーが揃っていないようじゃないか? それなのにどうして君は鍛錬を続けている? もし、メンバーが足りないのであれば我が美少女部の誰かをお貸しよう! 美少女の頼みであればなんでも聞こう」

 眼鏡の男の疑問を聞いたクリスは少しだけ安堵の表情を浮かべる。

「誰がそんな誘いに乗ると思ってるの? 私たちのパーティーに変態男何か入れたら、それだけでパーティー内の雰囲気が崩壊よ」

 その一言の後、クリスさんは後ろを振り向き、立ち入る暇もなく立っていた私の手を取り強引に前に引っ張る。

「この子が私たちの最後のメンバーよ!」

 そう言って私の両肩を押さえて、眼鏡の男の前に突き出す。

 眼鏡の男も、そして周りの男も、何故か私のことをじろじろと嘗め回すように見回してくる。こ、これは一体何の儀式なのだろうか……。

 まさか私の正体を明かすための罠?

「おい……記録係」

 私が不安に思っている中、眼鏡の男が記録係と言う名の男を呼び出す。すると記録係は何やら図太い本をパラパラとすごい勢いで捲り何かを探る。

 一体何を調べているのだろうか。私の不安が最高潮に達し、逃げようにもクリスさんに肩をがっちり押さえられ、逃げられない中、ただただ何も起こらないよう、ネクロマンサーなのに神に祈るしかなかった。

「どうしたのよ、私が言うことじゃないけどあんた達何してるの?」

 本を捲る音以外何も聞こえない中、第一声を放ったのはクリスさんだった。それから数秒後、記録係が焦ったように言い放った。

「いません! この少女は『歴代私立ナンデモ学園美語録』にすら載っていません!」

「「「「「ナンダッテー!」」」」」

 記録係の言葉に周囲の男たちがガヤガヤ騒ぎ立てる。

「美少女部すら知らない? 私も気付かなかったけどあなたって……」

 クリスさんが疑問の声をあげ、私の方を見下す。目線が合う。頭一つ分背の高いクリスさんも難しい顔をしている。

 しかし、今日に限って何故私はこうも目立つのだろうか? 今日違うことと言えばクリスさんと一緒に登校したこと、いつもよりかなり早く登校したこと。それから――。

「静まれ諸君たち!」

 私の思考と、周りのガヤを掻き消したのは眼鏡の男の一声だった。

 シンと静まり返った校庭で眼鏡は咳払いをし、話し出す。

「君たちは何故美少女部に入っている。ただ単に美少女が見たいだけか? 話したいだけか? それなら彼女でも見つけろ。そっちの方が簡単であろう」

「いや、そんなわけないから」

 眼鏡の男の説明にクリスさんはツッコミを入れる。が、眼鏡の男はそれを聞いたか聞かないか話を進める。

「我らは私立ナンデモ学園美少女部である。その内容は先ほども言った通り、常に美少女を追い続け研究せよ、である。諸君らはもう忘れたのか? 一週間前の今期一期生の入学式。目まぐるしいほどの美少女を追い求め、研究し、尾行し、部屋に潜りこんだ日を!」

「そのせいで入学したその次の日に数人の女子新入生が泣きながら退学したわね。それと男子在学生が数人牢獄行き」

 退学だの牢獄だの、何かとんでもなく怖い話をしたように思えるが、まさかこの学園では何らかの事件が起きていたのだろうか? 退学は勿論、牢獄行きは怖いです。

「だから諸君たち! 今我々にするべきことは一つである!」

 その一言で男たちは何か気付かされたようで同じ行動を取った。私を見たのだ。

「えっ? な、何ですか?」

 私の疑問に対して、眼鏡の男は答えた。

「つまりは研究だ! 彼女のことを知れ! 見て、嗅いで、触って、揉んで、舐めて調べつくせ!」

 答えになっていない答えで。

「「「「「らじゃあぁぁぁぁぁー‼」」」」」

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ‼」


 〝拝啓父上、母上へ

 私の何かが汚されそうです‼〟


「やめろぉぉぉ、この犯罪者どもがぁぁぁぁぁ‼」

 一斉に飛び込んできた男たちをクリスさんが私を中心に周り、鞘付の大剣で回転切りをする。先ほどとは比べ物にならない男たちが空に舞い、光った。

「あたしのメンバーに何する気よ! そもそも触るは場所によるけど、揉む、舐めるは学園法どころか一般法律でもれっきとした犯罪よ‼」

 一瞬にして鳥肌が立った私を庇うようにクリスさんが立ってくれる。声を荒げ、グリズリーに対峙したような眼で眼鏡の男を睨む。どこからともなく殺気が漏れ出しているような錯覚に襲われる。

 回りの男たちが戦々恐々している中、校舎の方から気の抜けた音が流れる。この時間帯に来たことがないからわからないけど、朝礼のチャイムだろうか?

「やば! 遅れる!」

 クリスさんが嘆くと共に、私の制服の襟首を持って校舎の方へ走る。

「ちょっと待て、クリス。まだ研究……」

「黙れ、犯罪者の温床管理人がぁー‼」

 クリスさんが本日最大級の一撃を放ち、眼鏡の男は眼鏡だけを残し空の彼方へと消えた。

「「「「「Mr.プロディーサー‼」」」」」

 眼鏡の男が飛んで行った方向を向き男たちが涙する中、私は再び引きずられだした。


 ◇


「あなたの教室どこ⁉」

「2―Bです……」

 鬼気迫る顔で尋ねたクリスさんに何も考えずに答えた。

「なら先に行ってなさい! 後で迎えに来るから!」

 そう言って2―Bの教室後方扉をクリスさんが力強く開け。

「ふんっ‼」

 私を教室内へと投げた。


 〝拝啓父上、母上へ

 今日私――人の手で飛びました〟


「ふげっ⁉」

 しかし着地はしっかりしてほしかった。

 何の因果か自分の席へと顔面から着席した私は、しばらく反転倒立し、その後時間差でずり落ちる。

 顔を擦っているとそこかしこからざわつき声が聞こえる。朝も早々から珍行動をしたことに、普段目立つことが無い私は強打以外の原因で顔が真っ赤になる。

「えっと……」

 遠くからのざわつき声とは違い間近で、尚且つ私に向けての言葉だったため、私は平常心を保っていつも通りの接し方をする。

「あーごめん、ミクシェさん。ちょっと流行りの座り方今の、うん、ほんと」

 強引にもほどがあったか。普段通りどころか聞いた人がドン引きしそうな返答になってしまう。果て、今日は何かがおかしい。私は笑顔で答えながら、原因を探る。

「あの……どちらさまですか?」

「は?」

「えっと……ごめんなさい。どこかで見たような、そうでないような……」

 ミクシェが首を捻り唸り始める。いつも席が隣な上に昨日話をした相手なのに心外である。情報通の名が泣くよ?

「もう、メリアスだよ。昨日も朝話したじゃない!」

 二時限目の終わりだけどね。みんなとしてはもはや昼寄りではあったが、私にとっては朝である。それも早朝。

「え、ええええぇぇぇぇぇー!」

 そんなどうでもいい情報を頭に浮かべていると、ミクシェが驚愕した。それはもう耳が痛くなるほどに。

 それに呼応するかのように周囲のどよめきとざわつきがより一層増す。だからどうしてなの今日は? 何で皆様子がおかしいの?

「嘘! 本当⁉ 人間ってここまで変わるものなの?」

「早く来ただけで私の評価どれだけ変わるわけ⁉」

「わぁー。喋り方も愛嬌がある。本当に別人みたいですね」

 ミクシェが感心しながら私の頭を撫でる。少し背が高いからって子ども扱いするな!

 それを見ていた普段私とあまり関わりのない女子たちもキュンキュンさせながら近づいてくる。校庭に迷い込んだ子犬ですか私は。

「だぁー! 皆何なんですか! 今日に限って頭撫でたり、寄ってきたりして」

 ミクシェの手を払いのけ、抗議した。だが、その態度を見て「ツンデレなところもかわいい」と困った様子も、ましてや反省する様子など微塵すら感じさせず、私を愛でる。

「もう、自分からイメチェンしておいて、メリアスさん恥ずかしがり屋何ですね」

「イメチェン?」

 思わず聞き返す。私は昨日美容院とやらに言った覚えなどない。そもそも美容院に行ったことがない。散髪で充分である。

 その問いにミクシェが首を傾げ、逆に問い返す。

「え。だってメリアスさんいつも眼鏡でしたよね? もしかして伊達眼鏡? それにしてもここまで人って変わるんですね」

「だぁ! だから頭撫で禁止! 別段眼鏡をかけていないだけでそんなに……」

 え?

 今なんと。

 そこまで来て思い出したかのようにいつもの動作を行う。

 両手の中指と人差し指でこめかみの辺りを上へと持ち上げる。

 そこにいつもの重みはなかった。手が持ち上げたのは空気と髪だけだった。

「…………」


 〝拝啓 父上、母上へ

 しくりました。〟


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁー‼」

 呪具『ヘイボン』がないことに今更気づいた私は叫喚する。

 これにはミクシェはじめ、生徒全員が驚いたが、それどころではない。

 そういえば夜中、気を失ったクリスを屋敷に戻した際、いつもはこの後寝るのみだからヘイボンを外したのだった。そのまま朝へと連れ込み、クリスさんの手によって強引に学園へ。今朝ブラムハムが慌てていたのはこれが原因だったのだろうか?

 いや、それどころではない。ヘイボンがない以上、私の顔は否応なしに生徒に覚えられていく。そうなると、今後の採取活動に支障が出るのは目に見えている。それどころか学園に残れるかすら危うい。

 窮地に追い込まれた私は、自分でも驚くほどの速さで行動をとった。

「え? メリアスさんどこに?」

「忘れ物‼」

 それも重要な忘れ物である。

 机と椅子を押しのけ、先ほどまで走っていたとは思えないほどの走りで、私は教室の後部にある扉から外へ出ようとする。

「いる?」

 が、開けようとした扉が突然開いて思わぬ足止めを食らう。そしてそこに立っていたのは先ほどの鎧姿ではなく、私と同じ制服に袖を通したクリスさんだった。

「お、ちょうどいいところにいたわね。んじゃいくわよ」

「え、あぁ、あの。私忘れ物してきて今から屋敷に取りに……」

「何言ってるのよ! 今はそれどころじゃないのよ! もうすぐ一回戦始まるんだから!」

 激昂された。ただ家に戻ろうとしただけなのに、ここまで怒られるのは理不尽である。それより家でクリスさんが目を覚ました時から気になってはいたが、一体何を急いでいるのだろう。

「あの~。アレクサンダーさんは、メリアスさんとお知り合いですか?」

 後ろからミクシェの声が聞こえた。クリスさんはミクシェの問いに返答するわけでもなく、ただ納得をした。

「メリアスって名前だったのね。聞いてなかったわね。それじゃメリアス借りていくよ」

「え?」

「え?」

 ミクシェと私がシンクロした次の瞬間、

「ひょわぁぁー!」

 ミクシェが、教室が、離れていった。人智を超えた力によって。


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