第2章ー3 アイドルと盗難事件
………………………………………………………………は?
静寂と舞い散るビラが辺りを包んだ。
「な、な、な、何でですか⁉」
唐突な発言にまず出た言葉はこれだった。そりゃそうです。私はやってないのだから。
「なら言いましょうか? 先ほども言った通りに透明化は非日常的な行為です。それを思い浮かべる人なんてそうそういないでしょうね。でも、それを簡単に想像できる人間は一人います。それを行使した、もしくは行使できる配下がいる人間。つまりあなたですわ!」
右人差し指を私に向ける。右手をあげた勢いでまた舞ったビラの隙間から見えるイシュタル王女の瞳には悪意が込められていた。
「それをさぞ、自分が名推理をしたとして犯人枠から完全に逃れようとしたんでしょうね。でも、私の目は欺けませんわ!」
「待ていや!」
明らかな捏造に横やりが入る。先ほどまでの喧騒が打って変わって、互いに同じ方向を向きあう二人の内一人だった。
「そのやり方は横暴や! 透明化を知っているからそいつが犯人や? んなあほなことがあるかい。犯行の手口が今回は巧妙だっただけでそれに気づける人間が犯人と断定するには強引すぎるで」
「ディーナさん……」
私もそれについては考えていた。が、ディーナさんみたいに言葉をすぐに紡ぐことができなかった私は反論する口実を作る前にイシュタル王女の言葉攻めを受け続けた。けど、今回は逆に近い。
「なら言いますわよ! 透明化を知っている、透明化できる人間は限られ」
「あぁ、限られるわな。でもな、それは一ちゃう。二以上あればそれは複数人や。一でない以上断定はできへん。殺人事件でも犯人が剣を使った言うなら、犯人に成り得る人間は剣を握れる大多数になる。そん中から剣の形、大きさ、斬り方或いは突き方からの身長差などで犯人を突き止めるんや。透明化も手段がわからんだけで原理は一緒や。せやからそれだけで犯人を断定することはできん!」
イシュタル王女の口数がめっきり減る、と言うよりもほぼ沈黙に近い。
「後な、王室から口煩く言われとるやろ? 変な騒ぎ起こしてまた王の怒りを買ったら今度こそ何起こるかわからんで? シルバーロードのあほうもおらんし、今日はもう帰りー」
「果たして、そうだろうか?」
意表を突かれた。それも明らかに違う方向から。
アグロスさんか、とも思ったけど、声は違う。女性の物だった。
「何やあんさんがこんな訳わからんことに首突っ込むなんて、変なもんで食ったか? レイハはんよ」
ディーナさんはその声に聞き覚えがあったらしく後ろを振り向く。
つられて私も後ろを振り向くと、そこには昨日体力測定で見事な跳躍を見せた黒髪の女性がいた。
「で、何のおふざけや? あんさんが何らかの取っ組み合いに首突っ込むんは見たことないで? そうまでしてメリアスはんを犯人に陥れたい何らかの因縁でもあるんか?」
その挑発に私は昨日の事を思い出した。普段は顔色一つ変えないと説明を受けた矢先に、自分の顔を見て苦虫を噛んだような苦悶、あるいは怒りの表情を見せたあの時を。
「証拠は?」
「はっ?」
「やってない、証拠は?」
「また大雑把なとこに出寄ったな。んなら説明するで。大まかなことしか知らんが、昨日は午前と午後、両方に被害があったんや。午前の説明はうちができる。午前中は体力測定でずっとうちとおったんや。何なら、そこの姫さんにも聞いたらどうや? 同じ答えが返ってくるで」
ディーナさんが不敵な笑みで流し目を送る。これについてはイシュタル王女も反論できないだろう。アイドル勝負に転換したのはディーナさんであるが、その根本を計画したのはイシュタル王女――或いはアグロスさん――なのだから。
「午後についてはうちが関与できる部分はほぼない。が、証言できる人間は二人おる。授業中は2―Bのミクシェ・アヴァロン、放課後は2―Aのクリス・アレキサンダーや。それに後となると生徒会室の面々もメリアスはんとは同席してはずや。これだけおれば証言になるやろ?」
確かにそうだ。あの二人とはトイレに行く以外は結構な時間を同行していた。どちらか二人を招集すればこれにて証明と見なせるはずである。
私の完璧なアリバイをディーナさんが並べてくれた。が、当のレイハさんはディーナさんが体力測定時に語ってくれたように何一つ表情を変えていない。私に見せたのあの表情でもない。
しばらくすると、目を塞ぎ再び口を開いた。
「証拠」
「あっ? さっき言ったやろ、聞いとらんかったんか?」
「そっちは聞いた。もう一つ」
漆黒の瞳が現れる。
「配下の証拠は?」
……どういうこと? この人は一体何を。
「配下? どういうわけや?」
「ネクロマンサーは死霊を操れる。透明になれるものもいる。現に前の闘技大会の二回戦でそれらしきものを感知した者がいた。その死霊の動向、証拠は?」
顔色は何一つ変わっていない。けど、なんだろう。この圧迫感は。しかし、なぜこの人はスピリットたちのことを知っているのだろう。
……いや、あの時だ。青い髪の男剣士が聖水にてこちらのスピリットたちを把握した瞬間。恐らくあれを観客席から見て、予測することはできる。もっと簡潔に言えばあの時対峙した男剣士の人とレイハさんが知り合いだった場合、知るのは容易である。
けどこちらにも言えることはある。スピリットたちは数こそ多いけどそれぞれが微弱な存在。故に魔力の放出源である私から離れて行動することは無茶であり、自滅行為でもある。それに、以前の戦いでかなり弱ったスピリットたちを今呼び出すことなど私にはできない。
それを説明すれば。
――――え? どうやって?
見えない物を「これがそうです!」って説明するのは無理がある。それに説明したところでその配下たちが昨日どのような行動をしていたか説明できるのは私とその配下のみ。その配下を見せられない以上は証言者が当人のみとなる。
……これは、どう考えてもそうとしか思えない。
ハメられている。
「何か言い返せることないんか」
小声でディーナさんが語りかける。まずい。ディーナさんも打つ手なしみたい。
「見えない物を証明するなんて無理ですよ! 霊視できる人以外は見えないんです!」
「ならどうするねん!」
「どうする言われても!」
「ほっほほ! 打つ手無しのようねネクロマンサー。それにしても素晴らしい名回答ねあなた。どうです? よければ私のところに来ませんか? あなたならアグロス以上の名参謀に」
「面倒」
「何ですって⁉」
考える時間はない、かと思われたが意外なところで小競り合いが始まってくれた。けど、そんな時間で解決策ができるわけもない。
もっと私のことを理解できる。そんな存在、ブラムハム? フロース? いやもっと、もっと……。
「お困りのようですね!」
天からの声。とでも言っていい程の高度からの声がナンデモ学園校門、いや恐らく全域に響いただろう。
だけど、本当に神の声というわけもなく、恐らく人、それも男の声であるとすぐに理解する。
「その声、まさか!」
ディーナさんはその声の主に気づいたようだ。
いや、待てよ。この声――何故か耳にこびりついて離れようとしない。毎度うざい程聞いて、尚且つ毎回問題ごとを起こしかねない、不穏な風を呼び起すこの声は。
「タナカ!」
「Noooo! Mr.プロデューサァァー! とぉ!」
ナンデモ学園玄関口、他の棟と比べて低く設計されたその屋上から飛び降りてきたのは、朝日が眼鏡に反射して直視できないほどうざったらしい、あの姿はまさしくジョン・タナカである。って玄関口の屋上と言っても二階建なんですけど⁉
私の心配ももはや手遅れ、既に宙にいたタナカが重力に導かれて落下。両足の屈伸運動で和らげるように地面へと着地、何故か右手のひらで顔を覆うようにし、左手を大きく後ろに反らせる謎のポーズで決めてきた。
「足首挫いたぁー‼」
が、すぐに転がる。足首を押さえて悶え苦しんでいる。
「きゅ、急患です! 急患です!」
その様子を見ていたであろうカトリナさんと、別の場所でビラを配っていた聖職者たちが駆け寄り懸命な回復魔法が施される。
「ふぅ。僕としたことがこのようなミスを犯して、尚且つ天使のような皆様方に手厚い介護をしてもらうとは――未だに軍曹の手から逃れられない皆に申し訳ないな」
復活したタナカは立ち上がるや否やお礼なのかよくわからないことを語り出し、聖職者たちを遠ざけさせた――正確には聖職者たちが遠ざかった――。
「話は聞かせてもらった! 我がアイドル様が盗みを働いた可能性があるという話だな。ならばその日、学園外の事実を証明できる人間がいればよいのだな、麗しの君よ!」
「いいから話せ」
オペラの真似事でもしたのかな、左手を胸に右手をレイハさんの元へと誘うように伸ばしたタナカをレイハさんは一撃で沈めた。
「ふぅ。閑話はいらずすぐに本題へと入る直球的なスタイルもまた斬新か。いいでしょう。そこまでいうのであればこのMr.プロデューサーがあなたのその心意気を認め今から、あ、ちょっとやめて、石飛ばさないで」
タナカの行動に初めて呆れたような表情へと変貌したレイハさんが地面にあった小石たちを蹴り出し、タナカの顔に次々とヒットさせていく。
「そこまで急かすなら言おう、昨日のアイドル様の動向!」
眼鏡の傷を気にしながらどこから出したのか、初めて出会った時に他の男の人が持っていた分厚い資料を取り出し、どこかしらのページを開いた。そして語りだす。
「昨日のアイドル様は生徒会室から出ると先にどこかへ行ってしまった親友と代わりクリス・アレキサンダーと校門まで連れ添い、その後は寄り道もせずに自宅へと戻る。自宅では体力測定の関係で昼食が取れなかったしせいか、一般男児の掌サイズはあろうかと言うクロワッサンを五個も平らげアイドル様御用達の料理人を呆れさせていた。けど、やはりアイドル様も乙女。入浴する際に自らの脇腹を摘んで溜息をついている姿は悩み多き女子! アイドル様の悩みを一ファンとして少しでも解決できたらと思う、そんな夜だった……」
……………………。
思い当たる節はある。いや、思い当たらなければならない。何度頭の中で反芻しても昨日の出来事そのものである。レイハさんの求める証拠に十分匹敵した。嘘でっち上げの可能性を考えるかもしれないが、ここまで精確なものを言えたのだからそれ相応の物があるに違いない。
私の――勝ち、
…………なんだけど。
「ふぇ」
こみあげる。
これは、恐らく。
「うわぁぁぁぁぁン‼」
羞恥の涙!
何で私のプライベートがここまで暴かれなくちゃならないの⁉ と言うよりも食事風景はともかく浴室での一連って各自に覗きですよね!
こんなの、こんなの。
「あんまりだぁぁぁぁああああー‼」
「ディーナさん、お借りします」
「ぉ、ぉぉどうしたんや、そんな殺気たてて」
「これでどうですか! アイドル様の一日は、この美少女部部長であるMr.プロデューサー及び部員一同の血と涙の結晶をまだ疑いますか? もし疑うのであれば更なる詳細をみっちり小一時間位語って、おや、これはこれは先ほどの慈母様。どうなされたのですか、そのような怖い顔をなされて、それにその右手に持つ大きな槌はうぼぉぉぉぉぉぁぁぁぁぁー……」
「ふ、うぇ、うぐ、ぇぐ」
「怖かったでしょうね、メリアスさん。でも大丈夫です。悪魔は私が天罰を下しました」
「う、ぅぅ」
〝は、はぃけぅぇぃ ちちぅぇ~ ははうぇ~
わたぃという、そんじゃぃは、どぉこまで、けぎゃしゃれなければ、なぁ、なぁ、ならなぃぃのでずがぁぁぁぁぁ〟




