第2章ー2 アイドルと盗難事件
「犯人逮捕へのご協力をお願いしま~す……」
翌日。登校するや否や問答無用のビラ配りが始まった。
「もうちょい声張るんや! 今回はいつものファン連中相手ちゃうねん。印象残さな貰ってくれへんで?」
当事者は我が友、かと思いきや何と我がプロデューサーだった件。被害者でもないはずの彼女が何故ここまでやる気なのかと言うと。
「探偵アイドル。こりゃまた金の匂いがするでぇ、ぐへへ」
と言うことらしい。何でもいつもの稼ぎどころである美少女部の面々が未だに軍曹の元から大多数が帰ってきていないらしい。このままでは仕事にならないと悩んだディーナさんが新たな客層を見出そうと、本当に最近の出来事に乗っかったという訳。
初夏と言う暑い中でチェック柄のコートを羽織り、キャスケットを被らされてビラ配りをするのは過酷その物である。下だけミニスカと夏仕様なのは何らかの意図なのだろうか?
行きかう人々は私のビラを受け取る人もいれば、受け取らない人もいる。ただ、皆この事件自体には興味がある、と言うよりも意識しなければならないようでそこかしこで恐怖を感じたり、話のタネにしたり、中には自分なりの推理をしてみたりする声が聞こえる。
「浮かれないだけいいんでしょうかね……」
「何やその目は?」
どう見ても浮かれてるからですよーだ。困っている人もいるのにそれをお金稼ぎに結び付けるのは如何ほどに。
「あんな……。うちがたんに銭ほしいだけでこんなことしとるおもうたか?」
「はい」
「正直やなー! 泣けてきたで!」
地面に手をつき、四つん這いになって項垂れるほどのショックだったらしい。既に出来上がってしまった人間像なので、こればかりは仕方がないかと。
「一応言うておくで、うちはな、人様の金盗む奴が世の中で一番大っ嫌いやねん」
が、すぐに復帰するや否や自らの理念を訴えた。
「動いてなんぼ、語ってなんぼ、信頼あってなんぼや。相手様の希望に答えて初めて相手様からお金をもらうことができるんや。それを端から疎通? んなもん知らんと盗りに行くやつらは人間の恥や」
何とも商人らしい一言を語ってきた。商売のやり方云々に多少問題はあるが。
けど、その言葉には共感できる部分がある。元々私も商売の基礎を担っていたからだろう。
ネクロマンサーは元を辿れば人類に反旗を翻した者たちの血筋を引いている。だからと言って今も悪いように生きている訳ではない。大まかなことは隠さなくてはいけないけど、魔物から作られた呪具は決して悪いものばかりではない。それを裏付けるかのようにヨミガエルの人たちはそこから得た資金を使って、不毛な大地でも生き抜くことが出来ている。
簡単に人の善悪を決めつけることはできない。
「この度の盗難事件で大勢の方が被害を受けられました。もし、犯人に関するお心当たりがある方は是非職員並びに王宮審問官へご一報をお願いいたします。本の小さなことでも構いません。皆様からのご一報お待ちしております」
ただ、最善と呼ばれるものは何となくわかってしまう。
「意外です。カトリナさんがディーナさんの手伝いをするなんて」
私の横、私とディーナさんが放談している間も、通行人にビラを配り続けていた聖職者。語りかける口元、群青色の瞳、かけている眼鏡も含めて大らかな表情を作るパーツが完璧に整った母性が溢れ出ているかのような容姿は、まるで同い年には見えない。
普段から慣れているのだろうか、語らい方、接し方も私とは段違いで、既にビラの枚数が残りわずかとなっている。太陽と月と言う言葉を人間で表すなら、恐らくここだろうと思えてしまう。聖職者とネクロマンサーなのだから当たりと言えば当たりなんだけど。
アイドル業って本来はこんな明るい人がしないといけないのに、何で私が強要されてるんだろうな。思わず出た溜息に人の波が治まった所のカトリナさんが気づいた。
「あら。メリアスさんいっぱい余っていますね。私が手伝ってあげますよ!」
「え? あっ」
言うが早いか、私のビラの束が一瞬で無くなった。時々あるのだが何故かカトリナさんは聖職者なのにネクロマンサーである私に優しい。ミクシェ説によると百合と呼ばれる身体、精神的に若干やばいものらしいので職業柄を差し置いて危険を感じざるを得ない。
「こぅら! 何さぼろうとしてんねん! あんさんが配らな宣伝にならんやろいや!」
横から怒号、とともに目の前にビラの束が! さっきの倍以上あるんですけど⁉
「もぅ、ディーナさん! メリアスさんをいじめるのはやめてください! こんなに配らせていたら一限目にも間に合わなくなっちゃいますよ! そもそももう大抵の生徒が登校を終えた時間帯なのにこれだけの枚数を配り終えるのは無理があります!」
「全く目立つようなことが無かった相応の罰や! あとな、教会側でも今回の事件に協力したいから何か呼びかけるもんは無いかって言われたからカトリナはんにそのビラ譲ったんうちやで? 紙もタダやないんやで?」
あ、だからカトリナさんも配っていたのね。教会の人が営利目的でやっている訳はないか。
「教会に物をせびる気ですか⁉」
「せびる言うな! これはれっきとした商売や!」
「同じことです! 奉仕が仕事である教会に協力した以上はこれも奉仕です!」
「それは横暴やで‼」
「えっと、あ、あのその」
あぁ……ちょくちょくある事態が勃発してしまった。そもそもクリスさんはどうしてこの二人を一緒なパーティーとして選んでしまったのだろうか。うぅ、止めようにも両手が大量のビラで塞がってさらに二の腕がぷるぷる状態。
「そもそも今回の件を商売目的にする魂胆が私には理解できません! あなたは被害者たちの心情をどう思っているのですか⁉」
「別に商売目的ちゃうわ! うちとて人様の金を盗む奴は嫌いや! やからこうやってメリアスはんの力を借りて犯人逮捕への協力を皆に促して、尚且つメリアスはんの知名度を上げて今後のアイドル活動に拍車をかける。一石二鳥の策でやっとるわけや!」
「一つに絞ってください! そうやって利益利益と考えていればいつか揚げ足を取られますよ⁉ それによりによって犯人逮捕とメリアスさんを結び付けないでください! メリアスさんに何かあったら私が許しませんよ!」
「何かってなんや! そもそもあんさんとメリアスはんは関係あらへんやろ!」
「関係あります!」
「ない!」
「あります!」
「ない!」
「お黙りなさいませ!」
予期せぬ一喝が朝の登校時間と二人の討論に静寂を与えた。
「私が述べているにも関わらず無視をし続けるとは何事ですか!」
その一喝の主は顔を真っ赤にし、明らかに怒っているであろう表情をしているイシュタル王女であった。
「全く! 私がこの国の王女であることをお忘れなのですか⁉ 誰も聞き入ろうとしない、誰も騒然とした場を鎮めはしない。こんな時にアグロスはどこで油を売ってるのですか!」
最後の一言にいつもイシュタル王女の横でへこへこしている小うるさい男が隣にいないことに今更ながら気づいた。昨日軍曹荷車に最後の最後で乗車して以来見ていないが、未だに個別訓練でもしているのだろうか。
「ゼノ! あなたもアグロスほどとは言いませんが何か言ったらどうですか⁉」
ちなみにゼノさんの巨体は今日も健在でイシュタル王女に夏日が当たらないようにその体を盾にしている。いいな。
イシュタル王女の一言に一瞬だけ顔がイシュタル王女に向かれる。そして首を横に振った。否定ですね。イシュタル王女に八つ当たりの如く蹴られても何とも思わない辺り、この人大物なのかもしれない。体躯以外も。
「で、なんや王女様や! うちは今自分の信念をこの平和ボケに言い聞かせ取るとこなんや! お笑い劇すんならどっか別のとこでせい!」
「平和ボケですって! 平和で何が悪いのですか! ディーナさんみたいに悪銭ばかり稼いで不平不満を満ち溢れさせる人がいるからこうした犯罪が減らないのですわ!」
「おどれ。今なんていうた? うちの商売が悪銭稼ぎやとぉぉぉ⁉ それはうちだけやない! うちの祖先が代々気づきあげた地盤とヘイワ街の商売ルートを蔑ろにしたと同等や! ゴールドバーグ家を敵に回してタダで済むと思うなや!」
「それならヘイワ教会はヘイワ歴が誕生してから今日までです! それこそ例えヘイワ街の商会を牛耳るゴールドバーグ家に劣る余地がありません! ゴールドバーグ家末裔の審判を私が下してあげます!」
「だからお黙りなさいと言ってますでしょうが!」
うっわー……二人でも相当なところに三人目、それもかなりの大物が来ちゃったよ……。女三人寄れば姦しい――いや、この場合喧しいの方が正しいのだろうか。
――うん。こりゃ治まらないや。この際逃げよう。いいよね? そろそろ朝礼だし、遅刻はいけないよね。うんうん、私偉い。
一か月、いや数週間前の私では絶対に思いつかない理由で退却しようと試みる。
「もういいですわ! 元よりあなた方に用はありません! 用があるのは、そこのネクロマンサー!」
「はぃっ⁉」
予想外の出来事に振り返った瞬間バランスを崩しそうになるが、体の中央にあった重石――ビラの束――のおかげで何とか踏み留まった。
先ほどからの強面そのままで近寄るイシュタル王女。うっわー、悪い予感しかない。またネクロマンサーなのに目立つ行動をするな、などいちゃもん付けられるのだろうか。
「ネクロマンサー。あなた、昨日この事件に関して生徒会室で一役買ったようじゃありませんか。普段目立たない子が名推理をしただの王宮にも届いてましたわ」
目立たない子ですかい。それが私だとよくわかりましたね。
「透明化。でしたっけ、日常生活を送っている人にとっては非常識極まりない行為。普通なら誰も思い浮かばないことをあなたは平然と言ったそうではないですか?」
なんでしょ。普段のようにいきなり罵倒するわけではなく、淡々と昨日の出来事とその評価をしていくばかり。王女は一体何を言いたいのか、それを問いただそうにも話の内容とは全く別物な剣幕にタイミングが伺えない。
「王宮はその報告に敬意を払って早速調査を開始いたしましたわ。けど、その情報提供者を知る私だからこそ、騙されはしませんわ」
ビラの束の上に右手が押し付けられた。勢いを殺し切れず横からはみ出た数枚がバランスを崩し宙へ投げ出され、タイミングよく吹いた横風によって空へと舞った。
「犯人はあなたですね! ネクロマンサー!」




