第2章ー1 アイドルと盗難事件
財布を紛失した生徒は、その日のうちに十八人にも及んだ。
被害者の学年層は一期生のAから三期生のDまでと幅広く、犯人の目途を立てることすらままならなかった。
「被害時間は不明ですけど、半数以上が昼食時購買で何らかの物を購入した形跡があるために午後に被害にあったとされる。なお、被害者たちに共通した移動経路及び使用教室、施設は購買以外なく、購買退室時に財布を確認した生徒がいるので購買で同時に盗んだとは考えにくいです。
故に被害者が一人になった時間、もしくは目を逸らした時間に犯行が行われたと考えられますが、半数以上が午後の被害である上に多数の目がある授業中に犯行が行えるとは思えません。休み時間のみを狙うとしても、全学年に被害者がいる以上、短時間しかない休み時間のみで犯行を行うのは不可能かと」
クリスさんが生徒会に呼ばれ、ついでにミクシェも被害報告をするために連いて行ったのを、更に私が連いていく形となったのだが、現状で私ができることはほぼなく、先ほど以上に空気と化していた。一期生の頃はこれが当たり前だったというのに。
「――今のところわかる範囲はここまでとなります」
う~ん……。
生徒会室には既に何人かの生徒――恐らく三期生――が集まっており、ミクシェが買って出た情報整理を聞いてますます困惑した様子だった。
その中でクリスさんが挙手した。
「ねぇ、それなんだけど。午前中は二期生のみ狙われていたってことはないの? 午前中のみなら二期生は体力測定で教室はもぬけの殻よね? そこを狙ったら」
……え?
「……あれ?」
クリスさんの困惑する声。
「あのー、アレキサンダーさん? 体力測定時は教室が長時間がら空きになるため貴重物を全員回収して職員室に預けるのが決まりのはずですが……」
「アレキサンダーさん。確か2―Aのクラス委員長は二期生代表でもある君では?」
「あ、ぁあのぉ! こ、これは確認ですよ、確認! あたし別に忘れたわけでは!」
クリスさんの発言の際に感じた冷めた視線は、皆これを理解していた上にクリスさんが2―Aの代表であることを理解していたからなのか。それにしてもこんな場面、一度見たような……あ、そうだカトリナさんに責められていた時だ。
「そのことは後で聞きます。原則として体力測定時は」
「あれ?」
恐らく生徒会の代表的存在の男性が結論を出そうとした時、ミクシェが声をあげた。
「どうしましたか、アヴァロンさん?」
「はい。実は二期生の中にも二名ほど、正午購買に行く時に紛失していることに気付いたと職員室に連絡されている方がいらっしゃるのですが」
「それは本当ですか? しかし、そうなると職員室にも忍んだことに……」
「そうよ! そういうこともあるかもしれないから敢えてあたしは」
「アレキサンダーさん。反省文は後程」
「……はい」
言い逃れはできないようです。
けども、職員室にまで盗みに行くのは度胸があるよね。職員室は行くことこそ少なかったけれども職員室の前を何度か警戒しながら通ったことはある。もちろん王宮関連の人がいるかもしれないからが理由だけど、その際見た職員室に人がいなかったことは一度も無かった。
つまりその人たちの目を避けて何とか忍び込んで、各クラスの貴重品を纏められている袋の中から素早く財布を抜き取ったという訳になる――でもそもそも忍び込むこと自体難しいよね?
人が見ている中でばれないで忍び込む。ばれることがない。
「まるで、透明になったみたいですよね」
「ん?」
「え?」
「「「「「あ」」」」」
わずかにこぼした私の独り言が耳に入ったのか、皆の視線が私に集中した。アイドル業で大人数の視線が集中することには慣れているはずなのに、こういった狭い空間の中で皆の表情が分かる中で見られるのは何だか気後れする。
そのよくわかる表情なのだが、皆揃って口と目を開き、何か閃いたような表情をしている。
「そっか。姿を消せばばれずにやれるのね」
「でもそんな術使える人間は限られるのでは?」
「だからこそ絞りやすいのよ! そんな高等魔術使える人は学園内でも限られるし、魔術以外には隠蔽術を行使できる人くらいしか考えられないし」
「そういうことなら私の出番です。情報屋の技術を使えば、秘匿にしていても見破って見せますよ!」
「盗聴、盗撮はやめようね?」
私の一言が引き金になったのだろうか、姿を消す方法について話が進む。
「ねね。何で皆いきなり目を輝かしだしたの?」
私はすぐ横で分厚い資料らしきものを開き始めたミクシェの肩を叩く。
「何でって、メリアスさんが今事件の糸口を掴んだからでしょ」
「糸口?」
先ほどの発言の中に糸口。と言っても発した言葉の中に単語は一つしかない。
透明。
「もしかして。ネクロマンサーにとって透明化って稀なことじゃないの?」
あ、そうか。
「と言いますと。ここでは透明化ってかなり貴種の扱いですか?」
「もちろんよ。どんだけ知識を蓄え、鍛練を積んだ魔道師でもそうそうできるものじゃないし。さっきアレキサンダーさんが言った隠蔽術だって、手練れの密偵ならば気配を抹消することはできても、痕跡自体は完全に消すことが出来ないのよ? だからこそ私たちは何らかの手がかりがあるはずだって、さっきから探っていたのよ?」
そっか。ここヘイワ街では透明と言う原理は非日常的に考えられているのよね。死霊系の配下が多いヨミガエルでは普通に消えたり現れたりする死霊が珍しくなかったから、皆この手があるということに気づいていなかったんだ。
「つまり、メリアスさんのお手柄ってこと、かな?」
「私の大勝利ですね!」
「と言うか――メリアスいたのね?」
「わーたーしーは、さーきーほーどーかーらー‼」
何でヘイボン無しにしても私の影薄いの⁉ いや、別段それでもいいけど! それ使って逃げてもいいんだけど! 何でこれがあの強欲商人に効かないのかな⁉
「とりあえず話は纏まったな。――――この子が鍵となる発言をしてくれたおかげである程度犯人は絞れた。ここが王宮直属の学園である以上、魔道師の卵たちが数多くいることに迂闊にも気づかなかった。こちらについては教頭を通じ、教師全体及び王宮にも連絡がいくように僕自身が報告する。それと、王宮には都市全体の高位魔道師及び犯罪者についても調査をしてもらうようお願いするつもりでいる。透明化が犯行に使用された手段だとすれば校外からの犯行も考えられるからな」
解決策が見つかった生徒会室はつい先ほどとは打って変わっての速さで今後の予定がちゃくちゃくと決まっていった。……生徒会長さん。私の名前を絞り出すの、結局諦めましたよね?
「よし、そうと決まれば!」
隣から意気込む声が放たれた。
「まずは魔術関連に秀でている人間を調べないと。いや、これだけ大事を起こしたんだから秘匿している方が濃厚かな。血筋や経歴も調べる必要性あり。行くよメリアスさん!」
「は⁉ どこへ?」
「報道部の部室に決まってるでしょ! 今から生徒の情報整理するわよ! 今日付き合ってくれるって言ったわよね?」
「目的が変わってますけど⁉」
いつの間にか百八十度転換がもう半周回って元進む道に戻ってきてしまったー!
「一期から三期まで全部、合わせて約五百人一気に調べ上げるわよ!」
「あぁーん! おうちに帰らせてー‼」
がっちり襟元を掴まれアイドル業並みの過酷労働場へと連行される、と思われた。
「皆さん。話の途中ですみませんが」
「うわっとと」
扉を開け放とうとしたミクシェがよろめく。どうやら入口から開けてきた人とタイミングが重なってしまったようだ。
開けてきた相手は――っ。先ほどの歴史の授業の先生。名前は……。
「どうなさいましたか。ジェファーソン先生」
そうそうそんな名前。
「深刻な問題であるのはわかるのですが。もう下校の時間をとうに過ぎています。夏先とはいえ、もう既に夕日が沈みかけています。教師として暗くなる前の下校を推奨します」
今更ながら時計を見ると、既に放課後練習をする運動部が下校する時間をも過ぎていた。
「後のことは私たち教師陣に任せてください。このような事件が起こってしまった以上、王宮からも応援が来てくれるはずです。事件が解決するのは時間の問題でしょう」
ジェファーソン先生はそういってほほ笑んだ。普段からこういう性格なのかな。余り複雑に考えず、温和に物事を進めていこうとする。そんな姿勢が見受けられる。
「ミクシェ。今日はもう帰った方がいいわよ。相手が単なる窃盗犯って決まったわけじゃない。いつ襲ってくるのかわからないのよ? ましてやミクシェは学園でも指折りの情報通で尚且つ被害者。事件解決の糸口を掴もうとしたところで襲われる可能性は十分あり得るのよ? ましてや、相手は透明になることができるのだから」
「透明、ですか?」
クリスさんが未だ強硬姿勢を見せるミクシェを宥める。その会話に出てきた『透明』と言う言葉にジェファーソン先生が疑問の声をあげる。
「実は今回の窃盗事件に関して、どうしても不可解な点がありまして。時間、場所、どれを考えてもごく一般的な窃盗事件ではありえないことばかりでして。何より午前中、体力測定が行われていた二期生の中に被害者がいたことが問題となりまして」
「体力測定時? その時は貴重品を各自クラス委員長が回収して職員室に預ける決まりのはずです。回収し忘れでもしない限りはありえない話ですが……」
引きつった顔で目を逸らす人若干一名。話は続く。
「体力測定時、一~四限の間に休憩時間含めて先生が不在になった時間は?」
「ありませんね。必ず二人は残るよう心がけています」
「そうですか」
予測していた通りの答えだったようで、生徒会長の声に変貌はない。もし教師陣の不注意だったのであれば、それはそれで問題ではあるけど。
「詳しい話を聞きたいところではありますが、流石にこれ以上学校に留まらせていたら、こちらの方が問題視されかねませんので、今日は皆さんお帰りください」
「わかりました。皆さん、ジェファーソン先生がおっしゃられたとおり、今日はこれにて解散と言う形にしたいと思います。緊急時にも関わらずお集まりいただきありがとうございました」
生徒会長が頭を下げた。と同時に皆頭を下げたので、私も遅れながら頭を下げた。
「うぅ……」
ミクシェはそんなこと考えている余裕もないのか、小さく唸るのみ。
「すぐに返ってくるから、落ち込まない」
何となく慰めてみるがあまり効き目は無かったようで、重い足取りのままとぼとぼと生徒会室を後にしていった。
その後ろをある人は両手を伸ばし背伸びをして、ある人は神妙な面持ちで、ある人は肩を回しながら出ていく。どれだけいたことになるのだろう、皆だいぶ疲労が貯まったように見える。
「おつかれ」
クリスさんに肩を叩かれた。そう言われて気づいたが、ある意味今日は疲れることばかりだった気がする。
「お疲れ様です。今日はこれでもう終わりなのでしょうか?」
「今日はも何も、始めからメリアスは部外者だったんだから明日から無理に来なくてもいいのよ? 恐らくミクシェは来るか、もしくは独自で調査を続けるかもしれないけどね」
苦笑する姿を見るに、この人はあまり疲れてはいないようだ。急務には慣れているのだろうか。
「まぁ、とかいうあたしも今日でお役御免かな? これは生徒が関与するには事件が大きすぎるわよね。下手に関わるよりも、大人しくしていた方がかえっていいかもしれないわ」
「そうなんですか? 王宮騎士の直系なら、何かしらの調査任務とか」
「一応あたしは学生だから。出るとこと出ないとこはきっちり弁えるわ。まぁ調査してくれって言われても、私そういうのは向いてないから断るかな」
ははっと笑うクリスさん。この意志の裏には恐らく。
「下手に関わって貴重品の件に関するぼろが出ないようにむぐぅ」
「言わないの。今は先生もいるんだから」
口を塞がれた。大正解だったようです。
「とにかく大変なのよAって。お姫様はいるし、わがままな子もいるし。結構気苦労しているのよ? あたし」
「あー……イシュタル王女は面倒そうですね……」
所属、性格こみで。
「わかったのならさっさと帰りましょ。あなたは一人暮らしだけど、あたしのとこは親いるし、遅くなると面倒だから」
「父上、母上が心配しているのですか?」
「親父のことは言わないで」
「ご、ごめんなさい」
ぴしゃりと止められた。そっか。クリスさんの家系はクリスさんの父上が原因で……。
「そのことは置いといて、帰りましょ」
若干機嫌を損ねてしまったようだけど、強く当たることも無く話を戻してきた。これ以上はあまり触れないほうがいいかも、今日はもう帰っちゃおう。
?
「どうかしたの?」
「……いえ」
視線?




