第1章-7 アイドルの苦悩
放課後のナンデモ学園報道部。以前ミクシェから聞いた話の通り週末にスクープを持ち寄る以外はこれといった部活動は無いらしく、誰もいない。
そこへミクシェが報道部全員に配られている合鍵を利用し入り、大量の書類が積まれたテーブルの上を散らかすように探る。が、
「ここにも……ない……」
ミクシェの首が項垂れる。
「そ……そう……なの」
私の足が笑う。
我が子を探す母のように限界を知らないフットワークで走るミクシェを、午前の地獄を思う存分味わった私が追いかけることは困難を極めた。
何度も見失いかけ、何度もこけそうになり、いや実際にこけて何とか追いかけること20分位。今の私は壁無しでは直立して生きていけないほどに変わり果ててしまった。
「誰かが、拾ったかも、しれませんから、明日まで、待ってみてはどうですか?」
息も絶え絶えに推論を述べる。これだけ探しても見つからないのであればその可能性が一番しっくりくる。その後は恐らく先生に届けてくれているかもしれないし。
「それこそ大問題よ! 誰かが持って行った時点で戻ってこないじゃん!」
私の言っていることは間違いではないはず、がそれを悪い方向に発展してしまったミクシェは癇癪を起した。
「こうなったら、私が知る限りの情報を駆使して全生徒の家を張り込んでやる。この際盗聴、盗撮何でもござれ、徹底的に洗い出してやるわ!」
「ストーップストーーーップ! 犯罪臭が漂ってうげっ!」
友人がタナカみたいなことを言い出し慌てて食い止めようとした矢先、ずっと支えてくれていた命綱を手放してしまい、ド派手に倒れてしまった。
幸い一人しかいない個室。前に倒れたことによってスカートの中が見られることは一名以外に叶わない。その一名も私のことを気にすることなく、助けることなく、戸棚からよくわからない機具を大量に取り出している。親友なら助けてよ。
「そ、そんなに慌てる必要は、ないと思いますよ? この学園、そんな悪いことする人ばかりとは思え」
もう少しで親友が完全な犯罪者になるところで食い止めようとした私だが、その言葉は最後まで告げられなかった。
ミクシェから聞こえてはならない「ブチッ」と言う破砕音が聞こえたからだ。
「その悪い人間ばかりを相手しているあんたが言えることかぁぁぁー‼」
地面に倒れていた私をミクシェが起こした。起してくれたではない。起しただ。
「あんな奴らがいるから心配なのよ! あいつらあんだけのお金使って、そのお金どこから出てくるのか不思議だとは思わないの⁉ 軍曹と同じ学園の七不思議クラスよ⁉ それに私の財布の中には投写水晶機を買うためにこつこつ貯めた小遣いがあるのよ! 肉の切れ端が転がっているのならともかく、目の前に高級サータベロイン牛のローストビーフが置いてあるなら我慢できるわけないっしょ! それがあの変態連中なら尚更よ! 私が持ってないのにあいつらが投写水晶機持ってるのずるいわよ!」
「さ、最後は愚痴になってぶわわわわわわわわわわわわわ」
私の肩をがっちりホールディングしたミクシェが私を前後に揺らす。く、首が、首がぶれるぅぅぅ。け、景色が、景色がゆらぐぅぅぅ。
「だ・か・ら! あいつらの家には真っ先に探りを入れる必要性があるの! そして見つけた証にはあいつらが窃盗した罪を王宮審問官に訴えて報酬金貰って投写水晶機買うんだから!」
「その前に。それをどうやって知ったのか聞かれたらどうするつもりなの? 盗聴しましたって素直に言える?」
私とミクシェだけだった部屋に第三者の声が響いた。その声に気づいたミクシェが動きを止め、手を放し、私は再び地に落ちる。
「あ、アレキサンダーさん⁉ ど、どうしてここに⁉」
ミクシェの驚く声で、声の主が我らのパーティー部隊長であるクリスさんであることが分かった。
「どうもこうも、外まで丸聞こえだったわよ? 盗聴やら、盗撮やら危なっかしいこと喚く声と、ヒッポスの欠伸みたいな声が」
「誰がカバの魔物みたいな欠伸ですか……」
虫どころか小動物ですら気絶させる酷い唸り声をしていましたか、私は!
「で、一体何があったの? 部屋は散らかってるし、ミクシェは慌ててみるみたいだし、メリアスは生まれたての仔ヤギみたいになってるし」
「す、好きでこうなってる、わけではありません、から」
「あとメリアス、見えてるよ」
バッ!
ドサァァァ!
クリスさんの一言に思わず右手でスカートを押さえる。そして体重を支えられなくなった左腕が陥落。三度地へと落ちた。
「は、謀りましたね」
「謀ってない、謀ってない。単純にメリアスの身体能力が計れなかっただけ」
溜息をついたクリスさんが部室の椅子を一つずらすと、私の身体を子供が抱くテディベアよろしく、担ぎ上げ椅子へと持って行った。流石です隊長。
そして自らは私の隣に座り、ミクシェにも座るよう促した。
「ところでクリスさんはどうしてここに?」
ここは部室棟と呼ばれる、学園から公認された部――非公認は言うまでもなくナンデモ学園美少女部――がそれぞれに割り当てられた部室が集まる一帯である。そして部室棟にも二種類があり、運動場、体育館、闘技場などが近くに存在する運動部棟と資料室や大ホールが近くに存在する文化部棟である。今私たちがいるのはミクシェが所属する報道部が存在する文化部棟。クリスさんとは、言ってはなんだが無縁そうな場所である。
「どうしてって言われたら、ヘルパー?」
が、クリスさんは何食わぬ顔でそう言いのけた。
「え? アレキサンダーさん文化部にも所属されていたのですか⁉」
ミクシェは咄嗟に近場にあった紙とペンを手繰り寄せた。人生のどん底モードから一転記者モードに早変わりする辺り、情報屋魂は奥深い所に根付いているようだ。
「所属しているわけじゃないわよ。ヘルパーだし」
「ヘルパーと言いましても、ナンデモ学園の文化部はプロ、アマチュアに負けず劣らずのレベルなはずですよ! ブラスバンド部は王宮式典で王宮管弦団に混じって演奏してますし、美術部の作品は何度か王宮美術館に展示されるような逸品ですし。そこに御呼ばれされるアレキサンダーさんはさぞかしの」
「あ、そうじゃないの」
出るは出るはの賛美をクリスさんが右手で制す。
「ブラスバンド部には行ったけど、バイオリンの絃張りの手伝いをしてきたの。あれ結構固いのよ? 後はピアノなどの大道具の移動。掃除がしたかったんだって。あ、そういえば美術部にも行ったっけ。絵の具の蓋が開かなくなったから開けてほしいってクラスメイトに頼まれちゃって」
少し照れた様子で髪の毛がちょうど束になる辺りを掻き、クリスさんが笑う。
「え……っと。あ、うん……」
「……」
〝拝啓 父上、母上へ
筋肉とはとても便利な物であると再認識されました〟
「それ、ヘルパーじゃなくて便利屋だよね……」
俯くミクシェの小言が聞こえた。が、クリスさんはそれを聞いてか聞かずか、話を本題に戻す。
「で、話が逸れちゃったけど、さっきは何をしていたの?」
途端、有名な王宮騎士の娘が便利屋として扱われていることを知りショックを受けたミクシェさんの影が更に鳴りを潜めた。
「えっと、その……」
代わりに私が話を打ち出す。
「ミクシェさんの財布が無くなっていたんですよ。どこを探しても――探したのはミクシェさんですけど、それでも無かったので落としたのではないかと疑ってここまで探していたんですけど」
「それでも無かったのね」
先を読んだクリスさんが結論を出したので相槌を打った。
「で、それがどうして盗撮、盗聴に行きついた訳?」
予想通りの質問が来る。私も数分前、こんなことに行きつくだろうとは思いもしなかった。
「最終的に誰かが拾ったのだろうと予測したのですが、私は落し物として届けてくれたと思ったのですが」
「甘いわよ!」
ミクシェの怒号が飛んだ。
「あんな奴らがいるのよ⁉ 女の子の為ならどんな犯罪でも犯すあいつらよ! はっ。もしかしたらあいつらの目当てはお金じゃなくて私の私物⁉」
顔を両手で挟み、この世の終わりのような表情をしたミクシェの髪が左右に揺れる。
「と言うわけです」
「はぁ。よくわかったわ」
クリスさんが右人差し指と中指をおでこに当て唸る。そういえばこの人もあの人たちに色々と迷惑を被られていたような。つい先日のことなのだが、もうかなり昔の事にも思える。
あの頃とはだいぶ印象が変わったよなー、などと感慨深くなっていると、ようやく頭の痛みが失せたのかクリスさんがこう切り出した。
「とりあえず、財布が無くなるまでの今日一日の行動、全て曝け出してもらえない? 自分では見落としがちなことでも、第三者にならわかるかもしれないわよ?」
「でも! もう落としたとしか!」
「単に見落としているって言ったわけじゃないわよ? もし本当に落としていたとしたら、そこからどのような経路を辿るかも予測できるでしょ?」
「そ、それはそうですけど」
「もし定時に来る定期馬車が来なかったら、普段のあなたならどう思う? 騎手がヘマをこいて事故を起こしたんだ! とか、寝坊したんだ! って最初に思う? 短気な性格で勝手に思い込むのは自由だけど、だからってそれが事実だと思い込んで下手な行動を取ることは薦められた行為じゃないと思うわ。突然具合の悪くなった乗客がいて急遽近くの病院へ回っていたとしたら、あなたは騎手を悪い人って言い切れる? 具合の悪くなった乗客を罵れる?」
「……」
おぉぉ。さっきまで喚いていたミクシェがどんどんおとなしくなっていく。
後先考えない人って思ったのは出会い頭の幾何かで、本当は頭の回転が速く、それでいてディーナさんみたいに悪い方向に動かさない、皆を引っ張るリーダー役としては打ってつけの人材であると、今なら胸を張って誇れる。
「わかりました。今考えたら、私冷静じゃなかったのかもしれない」
「誰だって焦るときはあるわよ。一週間前のあたしだってそうだったし、ね」
視線が合った。そしてウィンクされた。あぁ……あと一人のパーティーメンバーが見つからなかったクリスさんが先ほどのミクシェさん同様な状態だったわけですね。そしてその被害者がやはり自分。……損してるな私。
「なんだか落ち着けてきました。自分の問題だから自分でどうにかしなくちゃ! って一人先走っていましたけど、そのことでいっぱいいっぱいな頭よりかは第三者の頭の方が遥かに冴えていますからね」
「そういうこと」
話はまとまったようだ。これで先に進める。例えどこに落ちていようとも今のミクシェが伝える正確な今日の行動記録と、クリスさんの的確な推理力があればこの問題も解決されるに違いない。
ただ、納得できない箇所がある。
「あの、私もその第三者に入ると思うのですが?」
ミクシェが被害者だとすると落とした場合は加害者無し、拾って尚且つ持ち逃げされた場合加害者はその人。となると、ただ友人を追いかけてきた自分は明らかにクリスさんと同じ第三者なのではないだろうか? そもそもクリスさんより私の方が先にいたのだけど。
「「あぁ……」」
が、こちらに振り向いた2人は気づいた、と言うよりもそういえばと思い出した方がしっくり来る返事をしてきた。ちょっとその反応何よ! と言い出す前に互いに意見が述べられた。
「メリアスさんは……ちょっと……きつくない?」
「うーん……他人に触れ合う機会が少なかった――し? メリアスには重荷じゃない?」
「その取ってつけたような言い分は何ですか⁉」
明らかに私はお荷物的なことを言いたいんですよね!
「それならば見せてあげますよ! 私の実力――」
気合を入れ立ち上がろうとした瞬間だった。
「メリアスさん⁉」
「メリアス!」
身体に衝撃が走る。そのせいで私は床に崩れ落ちた。
「どうしたの! 何があったの⁉」
心配し声をかけるクリスさんと、先ほどは見捨てたけど、今となってはおろおろするばかりのミクシェ。
けど、二人に返事ができない。この感覚は、
「つ」
「つ?」
「ツッタァァァー! 脚ツッタァァァァァー‼」
声を荒げた瞬間にまた凍らされたような痛みが足から全身に響く! 凍らされたことないけど! 過度な運動の後に疎かな休息しか取っていないのに脚を思いっきり使ったのが仇となったぁ!
「……じゃあ状況整理しようか」
「そうですね。えっと今日は午前中体力測定で――」
そして何事も無かったかのように、寧ろ私がいなかったかのように話が進む! 助けてよ! これは本当に痛い! きついじゃなくていたい! もうこの際スカートが捲れようが何しようが関係ないから! だから、だから!
「少しはかまってよぉぉぉぉぉ‼」




