第1章-6 アイドルの苦悩
「何よ、あの意地悪な言い方!」
全ての授業が終わり、HRも終わり、残すは帰宅のみとなった今となっても、我が友ことミクシェがご立腹のようだ。
「仕方ないよ。私が目立ってなかったわけだし」
「でも、でもさ! 最近は色々目立つことしてるし、それに以前の闘技大会はほぼ全員の参席だったのよ? そこで堂々とネクロマンサーである証拠見せつけたんだから知らないじゃ済まされないわよ!」
ごもっともである。私はネクロマンサーだ、それがどうした! と血迷って発言したあの時に堂々と出しましたよ。死霊を。
「けど、先生っていざ怪我人が出たり、まだ来ていない来賓の方を待ったり、事情によってはそういった催し物をじっくりと見学できない時ってあったりしないの?」
「うーん、そう言われたら元も子も無いけど」
「だからさ、あの」
「……」
「……」
「……名前出てこないの?」
「よくお分かりで」
先生の名前などいちいち覚えていないのだから仕方がない。軍曹だって今日初めて名前を知った。いや、あれは名前と言うわけではないかな? ニックネーム?
「ジェファーソン先生。歴史学はロード・ジェファーソン先生が受け持っているの」
「流石は情報通ですね」
「馬鹿にしてるの?」
「してないしてない! 私本当に知らなかったんだから!」
自然と出た言葉が情報屋の名を傷つけてしまい、急いで訂正する。
「一般生徒なら普通わかること何だけど――っていつも寝ていた人には仕方がないか。夜中に一体どんな家業しているの?」
「それは秘密」
魔物の一部取っていますとか言える訳がない。例えそれが親友だとしても。
「うーん……。なら仕方ないか」
諦めてくれて何よりである。
「やっぱりこういうのは調べるしかないよね!」
別の方向性を見出した⁉ やばい! 情報屋侮ってた!
今まで自分の素性をそこまで気にしてなかった親友が遂に動き出そうとしている!
「そ、そうだ! 調べると言えば、この街について色々調べたかったんだよねー! 今からどこかいこ! ね、ね!」
「え、あ、ちょっちょ」
調査に引っ掛けて半ば強引に話を切り替えにかかる。ミクシェの腕をぐいぐい引きながら教室を出ようと試みる。私の腕力で引っ張れる訳もないが。
「この街って。もう一年住んでるんだから色々知ってるんじゃないの?」
ごもっともな回答が返ってきた。が、考えてみると意外と言い分は揃っていた。
「うん。でも、私ネクロマンサーだから下手に出歩くことができなかったの。学校のある日はもちろん、休日も昼間の人が多いときはばれることを警戒して外に出歩かないようにしてたから。ぶっちゃけちゃうと、ミクシェさん以外とは私的公的に話す機会はほとんど無かったから」
「メリアスさん……」
「あまりいい気持ちじゃないかもしれないけど、ここ最近までミクシェさんと会話している時も聞き流してばかりだったの。あの眼鏡、呪具のおかげで」
あれ? 揃っているどころか、若干シリアスに仕上がってきてるし。
「だから、色々吹っ切れた今、もっと色んな物を見てみたいな、もっと色んなことを知りたいな、もっと一六歳の少女やりたいな――って」
私詩人の才能あり? とか錯覚しかける位口から出るわ出るわのアドリブ。
「あ、もちろんミクシェさんがよければの話だから! 今までずっと無視し続けたと思うし。何か誘ってくれた時も冷たくあしらってたと思うし。それでも……ミクシェさん?」
語らいも大詰めに差し掛かった頃、ミクシェの反応が一切消えたことに気づく。虚空に物語デッサンしていた目線を下に向ける。そこにあった顔は今にも涙が溢れそうになっていた。
「わかった。わかったよ! メリアスさんはネクロマンサーである以前に一人の少女だったね‼」
教室に残っていた数人が振り返るほどの声量。そしてその勢いのまま、私に抱き着いてきた。
「ごめんねぇ! 色々疑うようなことしちゃって! 情報屋としてあなたをぉ立派な少女にぃしてあげるからぁ!」
話を逸らすために振った話なのに涙声でわんわん言われてしまい心がとてつもなく痛む。後、私が少女っぽくないように言われているようですっごい傷つく。
「まずはそのノーメイクな肌! 最新の化粧道具に香水が揃う磨きをかげる店『メイクアップ』で基礎から女子力アップ。次に服! 闘技大会の時も見たけどシンプル通り越して無地もさらに通り越し地味も通り越してダサかった! それを『ドレス工房』さんのスペシャルスタイリストマダムさんに頼んで明日から晴れる姿へと大変貌させるのよ! 最後に小物関連! アクセサリーはいらないとか言うけど、塵も積もれば山となるように一つ一つの輝きが小さくても集まりさえすればダイヤにも負けない輝きを放つのよ! 特にメリアスさんみたいに暗すぎる人には一つだけでも大きな効果が生まれるわ!」
「そろそろキレてもいいかな?」
おどれ今まで私のことをそこまで蔑ろにしていたのか。
今までのシリアスムードを陥落させるには十分な威力を誇った私の見定めは、周りの生徒たちの含み笑いすら発生させてしまう副産物を与えた。チキショー。
「私別段ファッション関係中心でこの街を知りたいとは一言も言ってないんですけど」
「え? じゃあ食べ物?」
「いつの間に私は食いしん坊キャラがついたの⁉」
「甘党キャラはだいぶ前からよ」
「ぐっ」
は、反論できない。けど、学校の昼食以外で私と食事したことがないのに、私の食事事情を何故ミクシェが知っているのだろうか。そう考えるとやっぱり怖いな、情報屋。
「じゃあ何が知りたいの?」
「それはさ、例えば」
食事関連はフロースがだいたい揃えてくれているから問題ないし。買い食いもしたことがない。
「例えば……」
衣服関連はそもそも出かけるのが学校とテリトリー位だから制服、家着、戦闘服さえあればいらないし。てか、ここに移ってから一度も服を買いに行ったことがない。
「たと……」
小物系。もはや詮索する必要性すら皆無。買ったことない。
「わからないなら素直に色々知っている人に聞く!」
「ごめんなさい。この無知なネクロマンサーにこの街を教えて下しぃ」
下手に話が戻るよりかは観念した方が早いと思った私はすぐさま頭を下げた。それと本来の目的を見失いかけそうになっていた危うい、危うい。
「まっかせなさーい! でも大丈夫なの? 今日の仕事は」
自信満々で胸を張るミクシェが問いかけてくる。今日の仕事と言うのはネクロマンサーとしてではなくアイドルとしての事をさしているのだろう。
「仕事言わないでよ。いあ、一応仕事として雇用されているのか私」
強制労働ではあるけど。
「実際はあった。けど、顧客が未だに行方知れずだから売り上げが見込めない、ってディーナさんがちょっと前に伝えてきたから大丈夫かと。それにディーナさん張本人もよっぽど疲れたみたいだったし」
午前の授業が終わりを迎えるチャイムに見送られながら軍曹に連れ去られた男子生徒たちが、今どこにいるのかさっぱりわからない。その大多数――恐らく全員――がアイドル対決を見に来た美少女部及びファン勢であったがために、今日何かしらの催しを開いたところで来場者数はたかが知れていた。
売れないなら売れないでレッスンと呼ばれるアイドル活動をするための練習をするのも手の内だったが、そこまで脳が回らないほどに疲労は蓄積されていたようだ。
「じゃあ今日は自由行動できるのね! よぉし。思いっきり奢ってもらおう!」
「え、ちょ、私が奢るの⁉」
「そりゃ、アイドルさんは儲けていらっしゃるでしょうしね」
「全部プロデューサー行きだよ!」
がめつい守銭奴さんは、私の機密情報を人質に根こそぎ持っていきますよ。
「うそうそ。冗談だって! 私だって子供じゃないんだから自分の分位自分で出すよ!」
全くもって冗談がきつい。資産的には向こう(ヨミガエル)からある程度支援金が入ってきてるけど、それも一人分。あの大きな屋敷も冥府への行き来が難しい死霊たちや常に付き添ってくれる配下のためにあれだけ大きくしてあるだけで、実際の生活は意外と普通。それでも輸入にほとんどを頼っているヨミガエルと比べたら裕福なほうだ。
私の分も出してくれるのでは、と言い返してやろうかとも考えたその言葉が咽にかかった時点でそれをすべて飲み込んだ。
ミクシェの様子がおかしい。
「はれ? あれっ?」
教科書を机にぶち込んで以来、最近まで持ってくることさえ無くなった学園指定の手提げかばんを漁るミクシェが焦っている。
細い手を届くところまで入れて弄り、揚句には一度入れたはずの教科書や何かの資料の束を取出し机に積み始めた。
「ミクシェさん、どうしたの?」
非常事態とわかる行動に先ほどと比べたらかなり減ったクラスの皆が不安げに見つめる。
何が起きたのか把握できない私と皆に対し、遂にミクシェの動きが止まる。
そして一言、
「ない」
と告げた。
「私の、私の財布がない‼」
「えぇぇぇぇっ⁉」
怒気と悲しみと戸惑いがごちゃ混ぜになったミクシェの叫びに私も驚愕する。
「ないっていつから?」
「わかんないわよ!」
いつもの冷静さとおどけさを完全に欠いたミクシェは、我を忘れたようにもう探れそうにもない鞄を探る。
「アヴァロンさんの財布がないだって」
「どこか近くに落ちてないか?」
事態を知ったクラスメイトの中から数人が独自で調査を開始しだす。こんな時、一人じゃないっていいことだなって再実感させられる。っとそんなことを思っている場合じゃないか。
「落ち着いて、そだ。今日午前中体力測定だったから体操着の中に紛れこんでいない?」
短パンには小さなポケットがついている。その中に入れたまま忘れている可能性がある。後は体操着を入れる袋にも備え付けのポケットがあるかもしれない。
ミクシェが私の言葉を聞き入れてくれたようで体操着を入れている布袋を調べ始める。
が、結果は火を見るよりあきらかだった。消沈するミクシェの顔が多くを物語っている。
残された場所はどこか、思考を再度めぐらせようとした時、唐突にミクシェが教室の後ろ扉へと走って行った。
「ミクシェさん⁉ どこへ!」
「落ちてないか探してくる!」
最後に残されるのは恐らくそれだろう。が、平常心を失ったミクシェが正確に探れるとは思えなかった。それでもミクシェの勢いは止まらない。
「もぅ!」
飛び出していくミクシェを追いかけ、私も教室を後にしようとする。
「私先生に伝えてくるね!」
「ありがとう――――お願い!」
クラスメイトの一人が提案してくれる。が、誰だっけ?
名前は今度憶えよう。仲間という存在に感謝をしながら、私はミクシェの後を追った。




