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第1章-3 アイドルの苦悩

 一回で決着がつかなかったので二回戦目に突入しようとしたディーナさんに、軍曹ルールだけはやめてと懇願する私たち。観客のマンネリ化も懸念してなのか、ディーナさんはそれに渋々了承した。

 というわけで二回戦ハンドボール投げ対決。

 軍曹ルールに基づいて作られていたならば何球投げればいいのか想像もつかないのだが、実際は投げた飛距離を測るものである以上、いくら投げたって結果は変わらないどころか減少するかもしれないハンドボール投げはその魔の手から逃れることとなった。

「先ほどは不甲斐ない結果に終わりましたが、次は負けませんわよ、ネクロマンサー!」

 と、人差し指をこちらに向けて堂々と言い放つ。が、その指先はかなりブレブレで疲れているのが安易にわかる。かという私もかなり疲れているのだけど。

「残念だが今回こそ勝負はお嬢様にありだなネクロマンサー! 力量がさほど変わらないとはいえ、お嬢様の方が背丈は上、それに伴い手の長さも数段勝っている! お前みたいなちびっこ、屁でもない!」

 くっ。男子の中ではちびっこ部類がうるさいぞ! 一応150センチあったんだから! 去年より数ミリ伸びたんだから!

 とはいえ、アグロスさんと並ぶと若干程度しか背が変わらないイシュタル王女は私と比べるもなく背が高いのは事実である。

「せやけどな、背丈が高いからゆうて有利とは限らへんで。手が長い分重心がずれてコントロールが難しくなることだってあるんや。ましてやそれが貧弱お姫様なら、な!」

 私が責められている所にディーナさんが後ろから援護する。その口調は怒っているようにも聞こえるが、先ほどの話で琴線に触れることがあったのだろうか。

「それにな、背丈云々だけを自慢するようじゃ脳が足らんのや。筋力やバランス感覚、後はこの暑さに対する耐久力があるんかいな?」

「それについては私も無いんですけど」

 現に暑さでふらふらしています。が、そんなことお構いなしにディーナさんは話を続ける、と同時に何故か私の横に移動する。

「それにな、多少たっぱやからって自慢できることやないで、アイドルにはそれ以外に必要なものもあるんや」

 そう言って横にいたディーナさんが素早く私の背後に回ると。

「乳の大きさや!」

「ひゃぁぁぁぁ⁉」

 胸を下から鷲掴みにしてきた!

 白の体操着にしっかりとした丸みが浮かび上がるように巧みに持ち上げられ、ものすごく恥ずかしいんですけど!

「やめてください! 中が見えていないとはいえ恥ずかしいです!」

「アイドル様の丸み様が!」

「女神キター」

「おっぱぁぁぁーい!」

 そして男子たちのこの反応がもっと恥ずかしい! 下世話な人がいることに身の危険を感じる!

「恥ずかしいやと⁉ 恥ずかしいならなんでこんな恰好で生まれてきたんや! もうちょい加減をすること覚えいや!」

「好きでこうなったわけじゃありません!」

「図々しいぞネクロマンサー如きが! お嬢様ですら日々気にして毎朝牛乳をいっぱい飲んでらっしゃるというのに、いまだに貧相、あげほぇ!」

「余計なことを言わない! それと誰が貧相ですって⁉」

「メリアスさん……確かCはありましたよね? 私より3センチも背が低いのに。私よりチビなのに……」

「ミクシェさん⁉ なんでそんな個人情報を⁉ 盗んだんですね⁉ 身体測定の記録を盗んだんですね⁉」

「Cやと⁉ Bじゃ飽きたらずCやったんか⁉」

「いだだだだだ! だから押え込もうとする癖はやめてください!」

「Cの女神様―!」

「C様―!」

「Cィパイパーイ‼」

 私が変な風に呼ばれ始めた⁉ もはやそれは私を愛でているのではなく、私の胸を愛でていますよね⁉

「ぉーぃ。まだですかぁー?」

 そんな中で唯一輪に入りそびれていた計測係の人が間延び声で告げる。

「もぉぉぅぅ! いい加減にしてぇぇぇぇぇ‼」

 この日最大限の怒りで周囲の気温、および体温が今日最高潮に達した――気がした。


「いかん、いかん。つい我を忘れて暴走してもうた」

「後先考えずに行動するのはご遠慮くださいね?」

 ディーナさんの頭にたんこぶをプレゼントしてあげると、ようやく本調子に戻った。何ならカムシンでも呼んでげんこつさせてやろうかとも思ったが、先ほど無能面を呼んだばかりでこれ以上呼ぶのは流石に辛いものがあった。

「水を差すようなのですが、できる限り穏便にお願いできないでしょうか? 事が大きくなりますと、いつ軍曹にばれるかわかりませんので」

 計測係の人が私たちに囁いてきた。今回のアイドル対決の主催はディーナさんであるが、実際の校内体力測定を絶対的権力者から指示され、運営しているのはこの人たちなのだ。何か不始末があれば真っ先に責任を取られるのはこの人たちなのだから。

「穏便にやと? ライブ会場は騒いではしゃぐ、対決は見て盛り上がる。それが普通や! そんな黙々と見られるだけのアイドルに何の価値も見いだせんわ!」

 が、ディーナさんは真っ向から反論。そうだ、そうだとギャラリーからもブーイング。このままでは埒があかない。

「軍曹さーん。この人たちが体力測定を滅茶苦茶にしようとしている主犯むぐぅ」

「言うなぁー‼」

 ディーナさんに強引に口を閉ざされた。

「わかった! わかったからそれ以上は言うなぁ! うちとて長生きしたいんや!」

 十六歳からその言葉を聞くとは思わなかった。兎にも角にもこれで大丈夫そうだ。

「穏便にしてくれるそうです。もし、騒ぎがまた酷くなるようならこの人たちを差し出してください」

「はぁ……」

 少しばかし納得いっていない表情ではあるが、了承ってことでいいのだろう。

「あんさんな。そんな人使いしてたら嫌われるで?」

「その言葉、そっくりそのままお返しいたします」

 別にネクロマンサーは嫌われていてもいいんですよーだ。

「なら最初はメリアスはんや。はよなげぃ」

「雑⁉」

 そっちはそっちで人使い酷くないですか!

「そうですわ。早くお投げなさい……」

 隣からはイシュタル王女が死にかけの声で訴える。そんなに暑いならもうやめませんか?

「わかりましたよ、投げますよ、投げますよ」

 やるせないならやるせないで、こっちも適当な返事をしボールを手に取る。

 普段は感じない空気の重みを間接的に感じとる。こんなものを遥か高くに投げたり、打ち上げたりする人たちもいるんだよね。いつか見た体育の時間で活躍していた人のように、空高く、重力を忘れ、美しい白の軌跡を生む。そのようなイメージを浮かべて投げた一球。

 ぺちっ。

 現実は非情だった。

 予測した通りの結果。私の腕力は一期生とほぼ同じ――もしくはそれ以下――の結果しか生まなかった。だってネクロマンサーなんだもん。

「ぷあっははは! その程度か貴様は!」

 耳障りな声が否応なしに入ってくる。恐らく、というかたぶんそっちの姫様だって同じくらいだろうに。

「そんなわけはない! これはアイドル様のせいではない! 我々の熱意が足りなかったからだ!」

「「「「「申し訳ありません、Mr.プロデューサー!」」」」」

 その声を打ち消すように、今度は暑苦しい声たちが耳を貫いた。

「いくぞ! 今こそ練習の成果を見せる時だ! 美少女達の下半身を覆う神秘的なヴェールを開くために編み出した神風を巻き起こせ!」

「「「「「おぉぉう‼」」」」」

 そして始まったのが、

 フゥーー、フゥーー、フゥーー。

 地面にうつ伏せになり、幾人もの男子が一斉に息を前方に吹きかける奇行。これは――

「なに?」

「サィテェー……」

 首を傾げる私に対し、汚物を見るかのような冷め切った視線を送るミクシェ。我が親友は何故ここまで察しがいいのだろうか。情報屋は伊達じゃないことを改めて実感した。

「まだだぁ! まだ愛が足りん! それではアイドル様にも、神の与えし器官を覆う布地を拝むことさえもできんぞ! ゆけぇ! 風を巻き起こせー!」

「「「「「ィ……ウォッボッ! ォッホ! ィ、ィエッサー‼」」」」」

 この人たちはどうしてこのような男の言い分を素直に聞き入れているのだろう。それと、どうしてミクシェの視線が見たものを凍らせそうなほどに冷たいのだろう。

 疑問は晴れない。

 けど、今やっていることの意味がようやく理解できる変化が訪れた。

「見ろ! 我らの望みが通じたぞ! アイドル様の成果が今伸び始めたぞ!」

 地面に転がり完全に停止した、はずのボールがまた動き始めた。

 ゆったりと傾いたボールは円運動を徐々に再開し始める。始めこそは不安定な地面と砂の抵抗を受け、左右にブレながらの前進であった。が、それもやがて微細な存在と認識。堂々とした走行が始まった。

 およそ一メートル。

 ぜぇぜぇはぁはぁ。

 顔を真っ赤にした男たちが息も切れ切れ。モゥムリデス、モゥムリデスと何か召喚できそうな呪文の如く呟くその光景は、そういった類に慣れているはずのネクロマンサーですら思わず引くだろう光景である。現に私は引いた。

「お前たちでかしたぞ! 我らの想い、今ここにあり!」

 そんな中でただ一人、立ち謳うタナカ。その声に導かれるように地面に突っ伏しながらも右拳を高々と上げる男たち。オカルト宗教ですか、これは。

「さぁこれでどうだアイドルイシュタルよ。我らがファンに支えられしアイドル、シダ・メリアスの記録を抜くことができるか⁉」

「私はアイドルになった覚えなどありませんわ! それと呼び捨てにしましたわね⁉」

「ちなみに私も、ふぎっ。」

 便乗して手をあげようとしたらディーナさんに頭ごとハンマーで押さえつけられた。

「お嬢様、心配など無用です」

 それに反論したのはアグロスさん。「なにぃ~?」と呟いたタナカが睨む。それにアグロスさんが不敵な笑みで返す。女同士の戦いに男同士が睨み合う謎の光景であると同時に、互いが互いなだけに何とも締りのない光景でもある。

「お待ちなさい、アグロス。流石の私でもあれだけの距離は」

「構いません。同じことが出来る人間がいるのであれば同じことをすればよい。そう言っていたな、ディーナよ!」

 アグロスさんが勝利を確信した言い分でディーナさんを見やる。その言葉は以前アイドル対決第一弾――ディーナさん命名――でアグロスさんが使った反則をディーナさんが逆利用しようとした時に言い返した言葉である。それを先攻後攻が真逆の今回はアグロスさんが使うみたいだ。

 名指しされた張本人はというと、何の反論もなく、ただ溜息をつく。

「さぁお嬢様! 大船に乗った気持ちでお投げください!」

「どうなっても知りませんわよ⁉」

 不安いっぱいにイシュタル王女が振りかぶる。投擲。

 ぺちっ。

 デジャブー。

 私よりも背丈が高いイシュタル王女ではあるが、ボールの飛距離にはあまり活かせていなかったらしく、若干私よりも高度を保てたボールは悲しいような急降下で私のボールが落ちた付近に落下した。

「見ていろ、弱庶民共が! これが王族の最終兵器だ!」

 王族直属の商人家系のお坊ちゃまが前回の反省点を全く生かしていない愚弄を吐く。これが俗世間に出回ったら最後、王族への信頼は目も当てられないことになるだろうに。

 イシュタル王女が睨みを利かせる中、アグロスさんが向かった先にはゼノさん。ひょいひょいと岩山を登る猿のように肩まで登ったアグロスさんはどこから取り出したのか、大きな猫じゃらしみたいなものをゼノさんの鼻先で躍らせる。

 瞬間、轟音が響き渡る。風が起きた。

「ボールが飛んだ⁉」

 ついでにアグロスさんまで飛んだ⁉

 幾人もの男たちが一生懸命吹いてやっと動かしたボールが、たった一人の男によって浮き上がったことに驚くタナカ。が、私にとってはひょろいとはいえ、一般男子が空高く飛んだことに驚きを隠せなかった。

 しばらくしてトスっと言う着地音とズサッと言う落下音が同時に響く。

「よくぞ! よくぞやられましたわゼノ! 褒めてつかいますわ!」

 そんな物には目もくれず絶対的勝利を与えてくれたゼノさんの頭を撫でる(仕草、身長差がありすぎる)。手柄を完全に取られたアグロスさんが一瞬動いたように見えたが、気にしまい。

 それよりも、

「ディーナさん。この競技って」

「メリアスはんも知っとったのか」

 知っている、と言うよりも覚えていた、と言うのが正解になる。

「どうですかネクロマンサーとディーナ。これで勝負は決まりましたわ! 早く荷物を畳んで故郷に帰るといいですわ!」

「あんさん始めの約束とかなりズレとるで」

「単に軍曹の罰を逃れる為の勝負でしたよね?」

「あんさんもちゃう!」

「えぇ⁉」

 そうじゃなかったの⁉

「それはそうとやな。勝負はまだ決まっとらんで」

「何を言っていますの! アグロスの命を使ってまで飛ばしたあのボールを見ていなかったとは言わせませんわよ⁉」

 いえいえ、死んでませんから。今も死にかけの虫のようにピクピク動いてますから。

「ちゃう。うちが言いたいのはそういうことやない」

 ディーナさんが呆れた様子で首を振る。

「この競技は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()や。地面に着いた後の転がった距離や動いた距離なんか一切関係ないねん」

「へっ?」

「「「「「え?」」」」」

 間抜けな声を出すイシュタル王女。それに続くかのように声をあげた美少女部の面々。この人たちも気づいていなかったのね。まさか王女と同類とは。

「測定に入ります」

 動きを止めたイシュタル王女と、限界突破して消沈していく美少女部。そんな事お構いなしに係による計測が始まった。


 ・アイドル体力対決、二回戦結果計測外位置。両者5メートル以内。つまり引き分け。


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