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第1章-1 アイドルの苦悩

 見渡す限りの青い世界に唯一光り輝く球体。あれがとにかく憎かった。

 あなたがそこに腰かけていいと誰が決めたのですか? ただひたすらに地を這う者たちに苦痛を与えるだけのあなたを、誰が歓迎しますか?

 あなたとは正反対の良いお方もいるのですよ。這う者たちに安らぎを与え、穏やかな光で照らし続ける。おまけにそのお方の周りには同じく輝き続ける従者がたくさんいるではないですか。あなたは嫌われているからそのような者がいないのです。少しは身の程を弁えてはいかがでしょうか?

「それに今の時期はあなたが出しゃばっているせいであの方は」

「いい加減に定位置につけや!」

「ぃだっ⁉」

 スパンッ、と良い音のなる何かで思いっきり後頭部を殴られた。

「何するんですか⁉」

「何するも何も、さっきからあんさんが太陽に文句垂れるだけでスタート位置につかんからやろ!」

 え? さっきの抗議全部口から出ていたの⁉

 何故か顔が赤くなるのは、先ほどまで抗議していた太陽の熱にやられたからであって、恥ずかしいわけではない。断じて。

 その様子を見て、比較的小柄な私よりも更に背の低いドワーフ少女はハリセンを肩に置き溜息を吐いた。

「四の五の言っても結果はかわらんのや。時間もあるんやからはよせい」

 言われるがままに、ディーナさんはドワーフであることを見せつけるかのような力で私を背中から押す。足を地面に刺すように体重をかけ密かな抵抗をするも、グラウンドに新たな線を生み出すだけで止まろうとはしない。

 成す術も無く、私は白線の引かれたスタート位置まで追いやられた。

 私立ナンデモ学園のグラウンドは今、新学期開始恒例の体力測定の真っ最中であり、私が在籍する二期生の皆が午前の時間全てを使って好きな順に測定を行っている。

 午前の時間全てがこの体力測定に使われているため、空いている測定にうまいこと滑り込めば11時までに全ての測定を終わらせ、優雅な昼休みを満喫することもできる。が、そういう生徒もいれば、長蛇の列にはまり、時間内に終わらない生徒もいる。

 そして私に関しては――もう暑いのが駄目。

 そりゃ晴れていなければグラウンドは使えないけど、もうすぐ六月の炎天下で授業をするのは私にとって酷である。だって夜行性何だもん。

 まぁそんな言い訳が通用するわけも無い。今の私はネクロマンサーではなく、強制アイドルなんだ。

 私がネクロマンサーであるという弱みを握られたあの闘技大会での一連。それ以降、私は彗星のごとく現れたアイドルとしていたしかたがなく働いている。

 そして、この体力測定も、今は完全なアイドル活動になりつつある。

「やっと来ましたわねネクロマンサー……!」

 強引に立たされたスタートライン、そこには既にもう一人の走者がいた。

「貴様。お嬢様を炎天下の元で待たせるとは何事だ!」

 真っ赤な顔をして玉の汗をかきながら立ち尽くすイシュタル王女と、その横で大きな扇を仰ぐ従者アグロスさんが敵のように私を睨む。いや、敵で合っているのか。

 この二人と出会ったのも闘技大会の最中。本来ネクロマンサーは始祖ルバヌス・アリカードと一緒に魔物側についた一族であり、それを討伐したヘイワ一族――今目の前で荒く息をしているイシュタル王女の祖先――が築き上げた世界に居てはならない存在とされている。

 それがのうのうとお城直属のナンデモ学園に、それもアイドル活動と言う表舞台で活躍しているのだから、目の敵にするのは当然のことと言えば当然なんだろう。闘技大会の時も強引に対戦パーティーに潜り込み、私たちのパーティーのリーダーであるクリスさんを脅迫し、私に危害を加えようとしていたのだから。

 ちなみにその闘技大会はと言うと、イシュタル王女の暴動、及びナンデモ学園美少女部の部長でありメガネのタナカの暴走が来賓の客をさぞご立腹にさせたそうで、「神聖な行事を何だと思っているんだ!」と激昂して帰ってしまったことによりやむを得ず中止となった。競技とはいえ、下手をすると命の危険に晒されるかもしれないので私としては嬉しいのだけど。

 もちろんこのことは王室にも知られることとなり、現王が娘に変わって謝罪したというのは一面の記事になるほどの大事件だった。

 で、その娘はと言うと、その後も懲りずに今日は何故か体力測定で勝負を申し出たという。アグロスさん曰く、力を見せつけることによって相手を怖気させる狙いだそうだ。

 作戦を物の見事にばらしてしまったアグロスさんだが、非を咎めない所から見てイシュタル王女はかなり自信があるのだろう。けど、これだけは言いたい。両者魔法が主体なのにこれをやって意味があるのだろうか?

「そいじゃ両者着いた訳やから始めさせてもらうで! アイドル対決第一戦は徒競走や!」

 うぉぉぉぉぉぉぉぉー‼

 ディーナさんの宣言によってギャラリーの男たちの熱気がヒートアーップ! やめてー! これ以上暑くするのはやめてー!

「えぇーい! 静まれ! 静まらんか男共! お嬢様が暑がられているではないか!」

「手を休めるでないアグロス!」

 向こうもそれは同じなようで、この唸るような暑さに汗をまき散らしながら盛り上がる男たちを明らかに嫌悪していた。

「そもそも私はアイドル対決など申し込んだ覚えは一切ありませんわ! これはヘイワ一族の末裔である使命! そんな戯言に付き合っている暇はありません!」

 ネクロマンサー討伐の為に体力測定で己の力量を見せつける。何とも締まりのない使命である。

「んなこと言ったって、もう公然にはアイドル対決って決まっとるんや。一度は戦った仲なんやから、ここは正々堂々やりましょうや?」

「私はアイドルになったなど一度も公言したことはありませんわ! それに前回のオーディション大会も元はと言えばディーナ! あなたの陰謀ではありませんか!」

「我がプロダクションのアイドル、メリアス・シダに知名度で負けるのを恐れてすぐに申し出を受けいれたのはどこのどなたさんやったろうかねぇ?」

 不敵な笑みでディーナさんが左手に持ったハリセンでイシュタル王女の左肩をぽんぽんと叩く。

「ちなみに私もアイドルになったと一度も公言したことはありません」

「それに。あんさんはお父様からこういった面倒事は金輪際止めるよう言われとるんやなかったんかな? 無害なネクロマンサー退治をまだしているという噂が広まれば、かのイシュタル様どころか、王宮の名に傷をつけることになるやろうな?」

「無視しましたね」

 都合の悪いことだけは完全に聞き流すこの能力。商人はとてつもなく恐い。

「そんなことお前の口から出まかせの可能性だってあるだろうが! そもそも豪商とはいえ、一市民のお前如きの声に王族が耳を貸すとでも!」

「ほぅ? じゃあ王族直属の商人の言うことならどうじゃ?」

 そういって残った左手でディーナさんが取り出したのは小さな穴の開いたガラス玉。その穴を指で弄ると。

『いいかネクロマンサー! お嬢様はお前みたいな死霊にしか頼れないひ弱な人間ではないことをここで証明してお前を追いやって――』

 録音石(カセット)の中からアグロスさんの失言が物の見事に再生された。

「お前いつの間に、へぶっ!」

「アグロス……あなたはどうしてそんなへまを!」

 抗議するアグロスさんの鼻っ面にイシュタル王女の拳が直撃する。先ほどは全く咎めなかったのに、自分の身の危機に関わるとものすごい変わりようである。

「もぅ! わかりましたわ! その勝負乗ってあげますわ! そして勝ってそこのネクロマンサーに私の実力を見せつけてあげますわ!」

 イシュタル王女がディーナさんのハリセンを払いのけ勝負を許諾した。

「よく言いました」

 ディーナさんがニヒルな笑みで返した。

「よっしゃー! 野郎ども! まずは恒例の徒競走や!」

「「いつから恒例になったん(の)ですか‼」」

 私と王女の声がこの時ばかりは共通の敵の耳を射抜いた。

「な、なんや。たんなる定番文句やないかい。場を盛り上げるなら多少大袈裟にするのが普通やと思わんか? なぁ、タナカ?」

「そうとも! 例えそれが偽りであろうと、互いに譲らぬ意思のぶつかりあいが、いずれこの戦いを伝説へと昇華させるだろう! そして僕の名前はタナカではない! Mr.プロデューサーだ!」

「「「「「Yes! Mr.プロデューサー!」」」」」

 ディーナさんのいちゃもんに体操着の上から燕尾服を羽織るというこれぞまさしく熱血バカ? と言う出で立ちのタナカが毎度の如く話をでっち上げ、周囲を沸かす。馬鹿が熱を更に上げ、立ちくらみすらしてきた。

「もう誰が何と言おうとかまいませんわ! やりますわよネクロマンサー。覚悟しなさい」

 その熱に自棄になってしまったか、イシュタル王女が駆けだす態勢に入った。やらなければならないのだろうか。

「正直しんどい……」

「諦めた方がいいよ、メリアスさん。勝負云々はともかく、時間内に終わらないと軍曹が怖いし」

 肩を落とす私に声をかけてきたのは一期生、私がネクロマンサーであることを隠してナンデモ学園に通っていた頃から親しくしてくれた友、ミクシェである。同じB組である彼女とは体力測定が始まった時は一緒に行動していたが、私が王女に付き纏われてからは別行動をしていた模様。友が面倒事に巻き込まれているのに酷いことである。

 それよりだ。

「軍曹ってそんな怖いの?」

「うわ。爆弾発言したよこの子」

 私の疑問にミクシェがギョッとする。

 軍曹。我が学園の体育を勤める男性教師である。その名の由来は昔とある国で傭兵をしていたことに始まり、そこから一人で千人を相手に負けなかっただの、一日で大海を泳ぎ切っただの、一国の兵全てを従え王すらも恐れる存在だったなど様々である。

 そのような逸話が数多く生まれる理由は一つ。皆軍曹の存在を恐れているからである。

 とは言うものの、私はその軍曹の恐さを知らない。

 なぜなら、私は一期生の間現在ディーナさんに取り上げられている呪具『ヘイボン』と言う眼鏡によって存在を希薄にしていた為、本来の目的であるネクロマンサーであることを隠蔽すること以外にも学校内で目立たない存在であるという特典が付いてしまったわけだ。毎日顔を合わせる担任ならともかく軍曹は週二~三しかない体育の授業でしか顔を合わせることは無い。そうなると軍曹にとって私はもはや面識がないくらいの存在でしかないと思われる。だからこそ、私は軍曹の恐ろしさを知らない。

「メリアスはん、それだけはきぃつけたほうがええで? これは単に『はよやれ』って促すんやなくて本当の警告や」

「早くやれって気持ちはあるんですね」

「対戦相手が鬼の形相で見とるかんな」

 目線を反対に向けると、今すぐにでも殺しにかかってきそうなイシュタル王女が赤鬼の如くこちらを睨んでいる。顔が真っ赤になるほど辛いのなら豪華に飾った体操服じゃなくて普通の体操服着てくださいよ。何枚もフリル重ねて暑いでしょうに。

「せやな。解りやすい方法やとなー……」

 ディーナさんが考える仕草を見せ、徐に観客――ナンデモ学園美少女部――に声をかけた。

「皆―! アイドル、メリアス・シダは好きか!」

 おぉぉぉー!

「い、いきなりなんですか!」

 そんな、好きとか言われたら恥ずかしいじゃないですか。

「メリアス・シダを応援してくれるかー!」

 おぉぉぉー!

「なら、メリアス・シダの代わりに軍曹の罰を受けてくれるか―?」

「「「「「それは断る‼」」」」」

「断られた―ぁ‼」


 〝拝啓父上、母上へ

 目障りな人たちでも、裏切られるととてつもなく切なくなります〟


 愛されていたはずなのにぃ!

「こんなわけや。誰もが軍曹の罰を回避することを一番として考えているんや」

「いや、流石にこれじゃメリアスさんもわからないかと……」

「そういうことなの……!」

「わかってるし⁉」

 ミクシェはよくわかっていないようだが、私にはわかってしまった。

「毎朝早く登校するようになった私よりも早く来ていて、休み時間と言うごく限られた時間に現れては消え、現れては消え。お昼の時間には自らの食費を削って、ディーナさんの法外的な入場料を支払ってまで私を見に来る人たちが、私の代わりをしてくれないなんて……」

 それほどまでに恐ろしいのか、軍曹の罰とは。

「やりましょう! この勝負、勝って軍曹の罰から逃れて見せます!」

「軍曹の罰を逃れるための勝負ではないですわ……」

 若干やる気を失せているようにも見えるイシュタル王女。私の意気込みを知ったから怖気づいたのだろう。

「駄目だ、この子何とかしないと……」

 ミクシェの憐れむ声が聞こえたような気がした。


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