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第4章-6 アイドルとしての戦い

「諸君! アイドルの戦いは遂に伝統すらも塗り替えた! 今期闘技大会は今回が事実上の決勝戦であるといっても過言ではない!」

 闘技場のど真ん中に立つや否やアナウンスが闘技場全体に轟く。が、それよりも気になることがある。何故タナカ?

「ちょっと! 何であなたが勝手に進めているのですかジョン・タナカ! これは私の仕事ですよ!」

「タナカではない! Mr.プロデューサーだ! 今回の対決は闘技大会でありながら闘技大会ではない! アイドルは一人で十分。この発言が生んだ戦いはもはや伝統をも飲み込んだのだ! そしてアイドル対決に必要な試合中継の知識を持っているのは私ことMr.プロディーサーだ! 筋肉好き女は去るがよい!」

 その妄想設定まだ続いていたのですか。というわけでタナカが公認なわけもなく、勝手に司会の座を奪って喋り倒す。

 そのマイク越しから奇怪音が聞こえだす。何か硬質な物が折れるポキポキという音。

「えぇ、そうよ。私は格闘好きの女の子よ。最近は自分の筋力を鍛えることにも目覚めちゃってね。ちょっと試させてもらってもいいかな?」

「おおっと。それは大胆発言! 僕に何を試させようというのかぼべらげぇ!」

 前回騒動のあったアナウンサー席から飛び出してきた人影約一名。人影は引力に抗うこともできず、地面へと落下し、かなり離れたこの位置にまで鈍い音が聞こえた。

「改めまして回闘技大会第二回戦を始めさせて頂きます。今回の対戦カードは第一試合を勝ち抜いたクリス部隊とシード枠のネクロマンサー討伐部隊です!」

 お、ぉぉぉぅ……。

 歓声が若干どよめき立っている。そりゃそうだろ。目の前で人身事故が起きたのだから。

 そのアナウンサー席下では数人の救護班が落下者を救助し、担架で救護班専用の控室へと運んでいく。

「それでは闘技場のゴミが取り除かれたところで試合開始と参りたいと思います」

「おっほほほ。尻尾を巻いて逃げださずに来ましたわね、ネクロマンサー!」

 騒動が一段落ついたところで目の前でどこから持ってきたかわからない豪華な装飾のついた椅子に座っているイシュタル王女が話しかける。白を基調にした煌びやかなドレスを身に纏い、さほど大きくもない胸を強調するかのように胸元をあけた衣装は、妖艶――と言えるのだろうか? 黒一色の私とは正反対である。対抗意識だろうか。

「闘技場のど真ん中で椅子に座るとは足腰鍛えとらんさかいやで。お年寄りは困ったもんやな」

「誰が年寄ですって⁉ あなたたちと同い年ですわ!」

 ディーナさんの一言に怒りを覚えたのか、椅子から立ち上がり抗議する。

「その通りだぞ! お嬢様は確かに腕力、脚力総じて0! 50メートル走ですらすぐにへばるものの、内から染み出るカリスマ性はぐほぉ!」

「お黙りなさい、アグロス!」

 余計なことを言ったアグロスさんが叩きのめされる。しかし腕力無し、脚力無し、50メートル走でへばる。何となく親近感が湧いてくる。

 地面に這いつくばるアグロスさんは白を基調にしたぶとう違いの舞踏会にでも行くような姿であったが、さっそく砂で汚れてしまった。

 イシュタル王女の後ろ、通常の人間の何倍もある図体を誇るゼノさんは森に溶け込めそうな、緑色の鎧のようなタンクトップと長ズボンを身に着けている。さながら腕と脚は大木のようだ。

 そして残り二人。長髪をクリスさんとは違い付け根と先で縛った黒く細長い尻尾のような髪型をした槍使いと青い短髪の剣士。どうやらこの二人が元騎士道のメンバーであり、今回残る二枠に抜粋された二人なのだろう。高飛車なイシュタル王女、愛想笑いのアグロスさん、無表情のゼノさんと比べると真剣な表情をしていて、武人面と呼ぶに等しい顔立ちである。

「4,3,2」

 始まっていたカウントダウンが途切れようとしている。

「頑張りましょう、皆」

 クリスさんの静かな声援で、皆の気が引き締まる。

「0!」

 オォォォ!

 観客の歓声が再び戻ると同時に全員がそれぞれの方向へと踏み込む。

 予想通り、イシュタル王女の部隊は王女以外が全員前へ。それに対してこちらは3人も後ろに下がってしまった。

 まずぶつかったのはアグロスさんとディーナさん。予想通りの衝突が起きる。

 ディーナさんがハンマーを両手に持ち、背から頭を超え、アグロスさんの頭めがけて振り下ろす。が、それをアグロスさんが自らの得物で防ぐ。普通に見れば素晴らしい攻防戦なのだが。

「何やその棍棒は! 単に銀メッキ張っただけやないのか? そんなうちがはがしたるで!」

「はん! そんな訳が無かろう。正真正銘銀で作られた銀棍だ! お前の使う味気のない装飾のみのハンマーなどではないわ!」

「銀は銀やないかい! うちの装飾についてる宝玉合わせたらそんな銀の棒なんぞゴミ箱にしか使えへんわ!」

「何だと⁉」

 明らかに戦う方向性が違う。互いに装備の自慢をしながらの対決は見て気が抜ける。ので他。

 クリスさんはゼノさんと対立している。その場面は始めて遭ったときのグリズリーと対立する姿と似ていた。ゼノさんの武器は己の拳。鉄か何かでできたグローブで大剣を弾くは防御で構えた大剣ごとクリスさんを吹き飛ばすはの規格外の攻撃を繰り出す。

 となると……。

「行くぞ、ネクロマンサー!」

「王女様の命。覚悟!」

 残された槍使いと剣士が私に向かってくる。アーチェさんは銃身が長いこともあり、近づくことはままならない。

「メリアスさん危ないです! ここは私が!」

 カトリナさんが飛び出そうとするが、その前に氷柱が何本か落ちてくる。

「私もお忘れなくてよ!」

 イシュタル王女である。魔道が使えるのはハッタリではなかったようで、カトリナさんを足止めする。となると、残った二人は私目がけてくると言うことになる。

「まぁ予測はしていたからね。頑張ろうか?」

 私はため息をひとつつき、前へと進む。

「メリアス⁉ 何を!」

 クリスさんが視線を向けた瞬間に私が飛び出したのだろう。悲鳴とも聞こえる大声が私の耳元に聞こえる。

「攻めてくると?」

「自決か! ならば、散れ!」

 剣士の方は少し速度を落とし、私と距離を作る。が、槍使いの方は尚も接近。リーチの長さを活かした必殺の域へと侵入する。そして槍を頭上で一回し。私のもとへと矛先を突き刺す。

 狙いは私のデコ部分、突き抜ければ脳内か。虚無の間合いに取ったとばかりに口を歪ませる槍使い。そう見えるのは普通である。けど、見る者が違えば見える者も違う。


 私の前にはいくつもの障害が蠢いているのが、私には見える。


 硬質な音と共に槍が弾き返される。

「なにぃ⁉」

 突然岩のような硬い物質に当たったかのように槍が戻り、その反動を抑えきれず槍使いがよろめく。

「やはり罠か、なら!」

 剣士の方は前へ踏み込むと、姿勢を低くして私の足首目がけて剣を振るう。が、

「ぬ! 何かいるのか」

 剣士の方もご自慢の得物が例外なく弾かれるとすぐさま後ろに後退る。洞察力の鋭い剣士の方は少しやっかいかもしれない。それでも心配する必要性は無いだろう。洞察力が高くても見えなければ意味がない。

 少しばかし間を空けて二人と対峙する。私の周りにいた幽霊たちが一斉に主の敵を見る。

 これこそが謎の障害の正体であり、私がミクシェに漏らしたズルである。それぞれがナイフのような小型の剣を持っており、相手が振りかざした刃をそれらで防いでいる。

 この戦いは皆、イシュタル王女たち、そして観客席全員にもフェアなものに見えている。けど、実際は全然フェアなんかじゃない。

 なんせこの戦いは()()()()()でできている。

 五十体ものスピリットゴーストを警戒の念も込めてクリスさんに会う前から護衛として付きまとわせている。とりあえずその時は面倒にならなくて済んだが。いや、一応窒息死寸前から救ってもらったか。

 これだけいれば相手の攻撃を避わすことは他愛もない。相手はどこに隙間があるのか一切見えないのだから。

 けど、この見えない壁、問題点が無いというわけではない。このスピリットゴースト、数は多いものの個々の魔力は非常に弱い。

 よって私から少しでも離れると消滅してしまう。というわけで相手に攻め込むとなるとかなり接近しないといけない。それはもう密接するくらいに。なので私にできることは、

「くそっ! これならどうだ!」

 冷静さがない熱血系の槍使いの防御相手をするのみである。

 剣士の方は先ほどから観察するように一手一手を加えていく。不可思議な壁をどう攻略するか、悩んでいるのだろう。ついでに言うとアーチェさんの援護射撃を捌いているのもこの剣士。時折私の横を過ぎ去る高速の銃弾を一体どうやって見切っているのだろうか?

 連撃を加える槍使いであるが、次第に疲労が溜まってきて、動きが鈍る。これならば接近されても攻撃速度が遅くて避わし切れるかもしれない。

 私は接近を開始する。

「そうか。相手はネクロマンサー。ならあの壁は。はっ!」

 剣士が何かを投げてきた。瓶? って!

「ひゃっ⁉」

 瓶の中から水が零れて私に降り注ぐ。濡れるじゃない! と怒りそうになるが、その前に周りで起きた出来事に驚く。

 スピリットゴーストが消滅していくのだ。

「おそらく先ほどの壁は死霊。それも透明な物による。ならば聖水をかけて浄化するのみ」

 やられた。まさかここまで推察力がある奴がいるとは思ってもいなかった。

「そして今後退ったことからして、図星のようだな」

「えっ?」

 しまったー! 心の中で思わず叫んだ。

「ならば次こそ仕留めてやる!」

「うわぁー!」

 槍使いが息を吹き返し攻め込んでくる。残ったスピリットゴーストに防戦を任せて後退する。だが、残った数はわずか。しかも消滅しかかっている。ジリ貧である。

「メリアス! そのまま戻れ!」

 後ろ向きで逃げていた私にアーチェさんの声が届いたので振り返ると、今回のために用意した銃のうちの一丁を構えていた。あれを使うのか。

 けど、今の応戦をしてわかったことがある。たぶん剣士の方には避けられる。どうにか悟られないようにできないものか。

「捉えたー!」

「ひゃぁぁ⁉」

 槍使いの一撃が私のローブを掠める。いつの間にか五十体もいたスピリットゴーストが指で数えられるほどに減っていた。こうなったら新しい壁が必要となる。できれば私を覆い隠せるくらいの。

 覆い隠す? そうだ!

「来たれ! 怒鬼面! 鬼般若」

 私はとっさに叫ぶ。すると地の底から召喚陣が浮かび上がる前に強面の面が飛び出す。いくら自業自得な行いのせいで自分の存在が危険に晒されているとはいえ、フライングも甚だしい。

「どぅわ‼」

「新手か⁉」

 鬼般若のせいで槍使いのほうは素っ頓狂な叫び声をあげ、剣士は至って冷静に分析する。無駄にでかい図体に邪魔をされる二人。

「…………」

「…………」

「…………動かぬ?」

 早速正解が出てしまった! この役立たず!

 剣士の方は振り向くだけしかできない鬼般若の横を跳躍によってすり抜ける。槍使いも少し足腰がぎこちなくなりながらも鬼般若を迂回する。本当に壁にしかならなかった。

 けど、そのおかげで私は少し距離を取ることに成功した。そして、

「「うわっ!」」

 同時に叫びをあげた二人に網が降り注ぐ。アーチェさんが用意した捕獲網の出る散弾銃である。ちなみに鬼般若も捕まったが、もうこの際どうでもいい。

「ちっ、小賢しい! こんなやつ!」

 槍使いは槍で何とか網を切ろうと頑張るが、如何せん突き専門の槍では切りづらい。

 だが、問題なのは冷静に切れ込みを入れていく剣士の方。この人本当に冷静すぎ。

 けど、こっちにも冷静な人物はいる。それも予測済みだったのか、新たな銃を構える。

 そして発砲。

 中から飛び出したのは一本のワイヤー。銃弾ではなく、弾速も遅い。けれども固定された網を外すことは万が一にもなく、ワイヤーが網目にぶつかると弾速を殺さぬまま、くるくると巻きつきはじめる。それを確認したアーチェは発砲する際に使ったトリガーとは別、ちょうど薬指が当てっている所にあるスイッチを押した。

「「アギャギャギャギャガ!」」

「うっわ…………」

 思わず声が漏れた。網自体に異変が起きたのはスイッチを押した瞬間。青白い光と耳を裂くような音が辺り一面に散らばる。それと同時に中にいた二人が異質な叫喚をする。どう考えても感電しているとしか思えなかった。

 ちなみに鬼般若も例外ではない。面が揺れているのがわかる。声が出ないから苦痛を知る由もないが。

 ひとしきりやり終えたのか、それとも燃料が切れたのか、電流が止まる。その先には痙攣し、泡を吹いている二人と物言わぬ一体が転がっていた。救護班が駆けつけるも、網の中にいた謎の置物に度肝を抜かれ中々作業に移れないみたいだ。こういった仕事を家でもして貰いたいものだ。

「流石うちで開発した対逃走者用捕獲銃や! 効果はばっちりやな!」

「何ですか、その物騒な名前は⁉ というか牽制ですか⁉ 牽制ですよね‼」

 私の問いかけに答える間も無くアグロスさんとの対峙に戻るディーナさん。そもそも電流はいかんでしょ電流は。

「チェックメイト」

 その銃を任されているアーチェさんがもう1丁。いつも使っている銃に持ち直し、発砲。狙いはイシュタル王女。運動神経0の王女が避けられる訳がなく、終わると思っていた。

「ゼノ!」

 が、急にイシュタル王女の姿が上から降ってきた隕石によって隠れる。それは隕石ではなく、ゼノさんであった。右手のグローブが前に出ていることから、アーチェさんの放った銃弾をそれで受け止めたのだろう。

「よっしゃ! 運動音痴のおかげでクリスはんがフリーになったで! これで形勢逆転や!」

 尚も打ち合いを続けるも、平然とこちらに喋りかけるディーナさん。

 案外余裕なのだろうか? と思ったらアグロスさんの方が既に息もばてばての状態だった。凡人とドワーフの差を垣間見た気がする。

 一方のゼノさんは高速の銃弾を前に体を張りながらも平然としていた。そのゼノさんに動きがあった、

 警戒しながらも、横にずれたのだ。巨体の影から姿を現したイシュタル王女は、

 予想に反して笑っていた。

「ふふ。なるほど。そういうことでしたのね」

 不敵な笑み。何かまだ奥の手があるのか、ただの見栄か。警戒の色を隠さない私とエルフ、ほっとした聖職者、鼻で笑うドワーフ。そのどれにも属さない顔色が一つ。

「裏切りましたわね! クリス!」

 酷く暗い顔をした騎士、クリスさんが大剣を地に向けていた。

「裏切ったやと? お前はんは何をいうとるんや?」

「げはぁ!」

 まだ向かってくる死にかけの子蠅を弾き飛ばし、ディーナさんがイシュタル王女に問いかける。

「簡単なことです。クリス・アレクサンダーは王宮に属する騎士――の卵です。だから命じたのです」

 その子蠅の主であるイシュタル王女が一切気にすることなく話を続けた。

「ネクロマンサーを仕留めろと」

 そして衝撃的な一言で最後を括った。

「何やて!」

「そんな……クリスさんはそんなことしませんよね? 神に誓っても」

「そういうことか」

 三者三様の反応をする。そのうち私は一人の反応に共感した。クリスさんの殺意を警戒していたアーチェさんである。クリスさんがネクロマンサーである私を殺しにかかっていたことを逸早く察知したアーチェさんであったが、それの裏にイシュタル王女の影があるとまでは気付いていなかったようだ。だからこそ、今全ての線が結ばれたことによって納得している。

「ということは私の屋敷で私に近づいてきた頃には」

「気付いていたのね」

 私の推論に短く肯定するクリスさん。その声は先ほど控室であった時よりも低い。

「それだけじゃないわ。さっき渡そうとした水。あれ、聖水だったの」

 更にクリスさんはカミングアウトする。これも控室での話。都合よく、すぐに水が出てきたと思ったが、あれは事前に用意していたものだったのか。

 聖水は一般人にとっては普通の水、聖職者にとっては神聖な物、そして――ネクロマンサーにとっては毒物のようなものである。

 人体に与える影響は個々の耐性によりけりではあるが、嘔吐、吐き気、昏睡ならまだしも、魔力の低下や最悪命に関わるようなこともある。クリスさんがコップを持つ手に力を入れていたのはたぶん……。

「情が移りましたか。所詮あなたもアレクサンダー家。父親と同じ末路を歩むのですわね!」

「情なんかじゃない! 恩よ! 私はメリアスに助けられたのよ。己の未熟さを熟知していないが故の過ちを未然に防いでくれた。恩を仇で返す行為がどれだけ卑劣な行為なのか人間ならすぐにわかるでしょ!」

「騎士がネクロマンサーに返す恩などありませんわ!」

「騎士の前にあたしは人間よ!」

 救護班の救援も終わったようで、今注目される出来事は闘技大会を中断しての言い合い。

 周囲のガヤは、賛否両論。人間として、騎士として、ヘイワ市民として、どれが正解かもわからない論議は続いている。

「ならば、やることは一つですわ。アグロス!」

「はっ!」

 鼻をぶつけたのか、鼻の下、口元は血だらけ、服は土汚れと血の混ざった下手くそな絵描きかパティシエの前掛けのようになったアグロスさんがイシュタル王女の前にアナウンサーが闘技大会で使っている拡張器(スピーカー)の小型版を持ち出す。

「皆の衆! 今ここで私はある真実の話をいたします!」

 イシュタル王女が高々と宣言すると辺りが静まり返る。けど、一人騒がしい人物が。

「話が違うわよ! 再起の好機を与えるとだけ言ったはずでは!」

「お黙りなさい! 失敗したあなたに騎士としての権利はもはやありません!」

 どういうことだ。騎士としての権利がないなど、王女が勝手に決めていい物だろうか。痺れを切らせたクリスさんが大剣を持ち、反逆の意を見せるが、ゼノさんが前に立ちふさがり思うように動かない。

「私が話すのは三年前。ジェイ・アレクサンダーが犯した王宮騎士史上最悪の事件」

 三年前とジェイ・アレクサンダーで誰もが真っ先に思い浮かんだのはネクロマンサー討伐の事件であろう。私は知らなかったが、結構大きく取り上げられたらしく、アレクサンダーの地位が下がったのはそこからだという。

 クリスさんの斬撃は荒れる。もはや戦術何ぞお構いなしの斬撃はひたすらゼノさんのグローブに当たる。ただそれだけであった。両手で抱えても持ちあがらなかった大剣の重い斬撃をものともしないゼノさんは次なる斬撃を受け止め、そしてクリスさんごと弾き返した。

「ぐっ!」

「クリスさん!」

 軽々飛び上がって地面に落ちたクリスさんへと駆けよる。そして手を伸ばす。

「ジェイ・アレクサンダーはネクロマンサーを討伐などしてはいませんでした。寧ろ庇護したのですわ!」

 その手が止まる。討伐していない? どういうことだ。

「おうおう、その出まかせは何やねん? ネクロマンサーの殺害を公に出した上に隠れ家は騎士の手によって焼失。討伐されたことは事実やで?」

「そう、事実ですわ。討伐したのはジェイ・アレクサンダーではなく別の騎士でしたけど。それと話はまだ終わっていませんわ。ジェイ・アレクサンダーが起こした惨事」

 ディーナさんの疑問に王宮が裏で隠していた事実を述べるイシュタル王女。そして新たな事実を告げる。

「ジェイ・アレクサンダーが庇護した理由。それは一つ。ネクロマンサーが美しき女性であったからですわ‼」

 …………会場沈黙。

「それだけならまだしも、ジェイ・アレクサンダーはそのネクロマンサーを討伐したと偽りの事実を告げ、恋仲に至ったのですわ!」

 …………うっわ…………会場ドン引き…………特に女子。

 恋仲になるのは別段――ネクロマンサーが相手と言うのはヘイワ市民としてどうかと思うが、まぁいいとする。けど、クリスさんは実の娘であり、私と同級生だから十六。つまりは正妻がいながらの行為。不倫であることには間違いない。

「このことに激昂した王宮審問官はすぐさまジェイ・アレクサンダーの処刑を要求しました。しかし、王であるお父様はアレクサンダー家への恩義は深いという理由で偽の事実を伝え、ジェイ・アレクサンダーを破門にいたしましたわ。けれども、その痛々しい血筋は娘にまで受け継がれていたことが、今ここで証明されましたわ!」

 イシュタル王女は高々と上げた人差し指をクリスさんに突き刺した。

 その指先に周囲から視線とどよめきが集まる。

「……そんな事実があったとは。うちの家系ですらわからんかったで」

「隠した。と言うのは事実だろう」

「そうよ、隠してもらっていたのよ。父……馬鹿親父は今も家で暇を持て余しているわ」

 悔し涙が薄ら目元に浮かんでいる。今にも零れ落ちそうなものを必死で堪えているところから騎士としての誇りはまだ死んでいないことが分かる。

「さぁ、試合を終わらせたいのであれば終わらせなさい! そして噂は広まるでしょう。『アレクサンダー家はネクロマンサーに肩入れする堕騎士』であると」

 嫌味を言いきった後の高笑い。もはや闘技大会で優勝して名声を戻すという目標は跡形もなく崩れた。

 私たちは戦いに勝った。

 けど、思想に負けた。

 クリスさんは今後堕騎士としての名を背負いながら生きていかなければならないのか。

 生きていく中で死ぬことよりも辛いことがある。それが実現してしまった。

「やれないのであれば、私たちが止めをさすだけですわ。それでも、あなたの噂は広まりますけどね」

 私は何をしていた? 終ってないはず。まだ何か考えないと。

「それともここでそのにっくきネクロマンサーを差し出して助けを請いますか? まぁそれと土下座でもしてもらいましょうか。うーん、でもそれだけじゃ許せませんわね。砂でも舐めてもらいますか――そういえば土を食べる種族がいるという話を以前聞いたことがありましたわね。あまり面白くなさそうですわ。ならば他に何か」

 何かある。何か……

「あ、あれはどうかしら。背中にローソクの蝋を垂らしていく、あれ。教育上良くないって言って使用人が止めるだけあってさぞ拷問に」

「うるさーい‼」

 私は拡張器(スピーカー)越しにぶつぶつ呟くイシュタル王女に怒鳴った。拡張器(スピーカー)越しだと独り言でもうるさい!

「な、何ですかネクロマンサ、ぁ」

 私は颯爽と前に歩み寄り、拡張器(スピーカー)をぶんどった。

「さっきからよくわからないことばかりごちゃごちゃ言って。そもそもクリスさんが悪いといつ決まった⁉」

「何を言ってますの! ネクロマンサーに肩入れした時点で」

「そこ! いつネクロマンサーが悪いと決まったのですか!」

「「はぁ⁉」」

 イシュタル王女と一緒にアグロスさんも呆気にとられた声をあげる。

「ネクロマンサーだからって悪い人間であると誰が決めつけましたか⁉ 人を襲いましたか? 騙しましたか? せいぜい私がやっていることと言えば遅刻、無断欠席、授業中の居眠り位です!」

「いえ、悪いと思いますよ? 教育上」

 聞こえてきたのはアナウンス席の格闘技好き女子の声。無視する。

「クリスさんだって何をしたというのですか? ただの人助けと恩返しじゃないですか⁉ 悪いのは全面的にクリスさんの父上であって、クリスさん自身には何の罪もありはしません!」

「メリアス……」

 静かな声が私の背中に届く。けど、今は振り向けない。言い足りない。

「もし私があなたの言う悪い人間であるというのなら証明してみてください! 何なら私が証明して見せますよ! 今ここにいる皆さんに聞きます! 私が嫌いな人間はすぐさま名乗り出てください! 理由を言ってください! そして、私を許せるなら、私が許したクリスさんも許してあげると誓ってください!」

 私は全て言い終えると拡張器(スピーカー)を投げ捨てた。

 地面に転がる拡張器(スピーカー)。イシュタル王女はもちろん、アグロスさんが取りに行く気配もない。

 私の怒声に返す言葉が無いようだ。この拡張器(スピーカー)はこのまま、時が過ぎ去るまで置き去りにされるのだろうか。

 しばらくするとイシュタル王女が微かにだが、震えだす。そして私が投げ出した拡張器(スピーカー)を乱暴に掴みとる。

「あなたはネクロマンサーの分際で『素晴らしいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!』」

 イシュタル王女の叫びは謎の雄叫びで無き物にされた。

「見事なマイクパフォーマンスを見せてくれたシダ・メリアスに大きな拍手を!」

「「「「「オォォォォ‼」」」」」

 謎の声と共に会場から主に男たちの歓声があがる。

「タナカ⁉ あなたいつの間に⁉」

「アイドルの声が聞こえたからさ」

「かっこよく決めるな! 今度は星になれ!」

「そうはいかぬ!」

「はれ? あ、れれれれ⁉」

「ふっ。一度見た手を僕がもう一度引っかかると思ったか? それに今は大事な仕事が控えている。それを疎かにするなど、Mr.プロデューサーとして遭ってはならぬことでな」

「こら、タナカ! この縄をほどきなさい! 後この結び方妙に厭らしい!」

 耳に飛び込んできたのはアナウンス女子の叫び。そこで気づいた。先ほどの声はタナカの物であり、いつの間にかあそこに戻っていたようである。

「ネクロマンサーだからどうだ? 先祖が悪いからどうだ? そんなもの自分自身には関係ない! 所詮我らが見られるのは現在のみ! 今を輝かせてこそアイドルだとシダ・メリアスは高らかに宣言した!」

「いえ、そこ捏造しないでください」

 冷静に言うも拡張器(スピーカー)が無いので観客に聞こえることはない。ましてや今の盛況っぷり、生半可な叫びなど届く由もない。

「さぁ。それに真っ向から対立しているイシュタル・ヘイワの反論はまだかぁ!」

「あなたが割り込んできたから言えなかったのですわ‼ だいたいあなたたちはこの子がネクロマンサーだということを理解しているのですか⁉ かのイリス・ヘイワが打ち破ったルバヌス・アルカードの末裔がここにいるのですよ! 討伐しなくていいわけがないではありませんか!」

 タナカの期待に応えるどころか不満げに言い返すイシュタル王女。先ほど自分の発言を蔑ろにされた憂さ晴らしとでもいえばいいのだろうか、私の存在を否定しまくる。

 イシュタル王女の憂さ晴らしが一通り終わる。会場は、

「「「「「……………………」」」」」

 完全に沈んだ。

「イシュタル・ヘイワの言い分は明らかにただの嫉妬。この静けさが痛いほどそれを証明している。矛盾を晴らそうとする努力を怠り、相手を罵るだけの発言にファンも嘆いていることだろう」

「何を言っているタナカ! お嬢様は王族、ましてや王女だぞ! それを罵るだけの人物だとでも……」

「その通りじゃないか‼」

 タナカの語りに茶々を入れるアグロスさん。だが、そのアグロスさんの茶々も、観客からの叫びによって消される運命に至った。そして――、

「何がアイドルだ! 偉そうにしやがって!」

「ドSでもついて行きたくないぞ!」

「さっさと消えろ!」

 罵声が飛び交い、最後には「カエレ、カエレ」の帰れコールが始まる。

「あなたたちは私が総べる王国に住んでいるのでしょ⁉ そんなこと言ったら国外追放でも何でもして差し上げますわよ!」

「ふふーん。ゲットやで~♪」

 そこに陽気な鼻息と共に何やらしたり顔のディーナさんが前に出る。その手にはどこかで見たことのある丸い球体。

録音石(カセット)⁉」

「さっきの発言きっちりいれてもろたで? 噂話じゃ信憑性低くても、これならばっちしやな。もしこんな発言を王女がしていると市民が聞いたらどうなることやらね~」

「くっ。返しなさい!」

「あんさんのもんやなかろうやい」

「ならば、力づくですわ! アグロス! ゼノ!」

「く、今度こそ覚悟!」

 満身創痍なアグロスさんと未だ健全なゼノさん、更にはイシュタル王女が詠唱を開始する。アグロスさんはともかくボアの如く突進してくるゼノさんを押さえる力がこちらには――。

「はぁぁー‼」

 降りかかる拳。その前に立ちはだかるは迷いの消えた一太刀。

「クリス! またしてもあなたは!」

 クリスさんだった。先ほどまで心痛で今にも泣きそうな顔をしていたのに、今は晴れやかな顔をしている。

 その凛々しさは――カエラズの森で初めて遭った時の物と同じだった。

「何を言っているのかしらイシュタル王女? あたしは元々こっちのパーティーの――隊長よ!」

「クリスさん……」

「全く、人騒がせやな。無駄銭払わんかったことが唯一の救いか」

「お帰りなさい、クリスさん」

「次の指示はまだか、クリス」

 大剣で巨躯を抑え込む姿は猪突猛進、馬耳東風でありながらも自分が果たそうとした責務はしっかり果たす、責任感が高い、本来ここに在りし隊長の姿だった。

「やっぱりここはあなたに任すわ。メリアス!」

「はい!」

 そして指示が出たと同時に私はローブから1本の杖を出す。『マリョクアル』私が魔物の一部を調達する際に使っている本気を出せる杖。

 もはや迷う必要性などない。隠す必要性は無い。先ほどは怒り任せにぶちまけただけで、そんな気持ちは無かった。けど、今はクリスさんの先導がある。

 私はネクロマンサーだ。だからどうした!

「来たれ! 奇術師! リッチ!」

 紫炎の召喚陣から浮かび出る高位魔術師が羽織ることを許されたローブを着る死霊。私の魔力を最大限に生かす、私という砲弾を撃つ大砲。

「で、出ましたわね! 化け物! わ、わ、私が成敗してあげますわ!」

 震える右手に釣られ、焦点が合わない杖を無理やり左手で押さえて氷の矢を放つ。

 けど、それが例え鋭利な刃でも氷は氷。リッチが放とうとする黒炎の玉の前にたちまち水へと戻っていく。

「ほれ。お嬢様が危ないで? 護衛してくるんや!」

「わっ! おい! やめろ、ディーナ!」

「はぁぁぁぁ!」

 それに合わせディーナさんがアグロスさんを、クリスさんがゼノさんを吹き飛ばす。て、あの巨体を飛ばした⁉

 左右から飛んでくる、自らの護衛。けど、それは守りに来ている訳ではない。寧ろ左右の退路を勢いのままに塞いでいく。

「あなたたち⁉ 来ないでくださいませ⁉ それよりも前から――」

 リッチが私の魔力を触媒に肥大化した黒炎の弾を打ち出す。それは一切の抵抗を受けずにイシュタル王女一味の元へと飛来。そして、

 大爆発!

「おぼえてらっしゃーい!」

 イシュタル王女がたぶん私に向けて遺恨の叫びを放つと、護衛二人と共に空へと吹き飛び、最後に――。


 〝拝啓 父上 母上へ

 空で一度光るあれは何という現象なのでしょうか?〟


「勝者! シダ・メリアス‼」

「そこ私の役目! そして勝者はクリス部隊よ!」

 二人が別々のWinnerをあげると、会場から惜しみもない拍手が飛んできた。

「よっしゃ! 勝利や! 祭りや! 稼ぎ時や!」

「ディーナ。その前に給与」

「それは闘技大会で優勝したらやろ? まぁいいや! 今から稼ぎにいくで! その後ボーナス出したる!」

「メリアスさんご無事で何よりですー!」

「カトリナさん⁉ ぐふっ‼」

 ディーナさんとアーチェさんがそれぞれに勝利の形を表していると、カトリナさんが私に飛び込んできた。この胸囲は脅威すぎる! ……あっ、そういう意味じゃないからね!

「終わったのね……」

「ク、クリシュヒャン?」

 クリスさんの悲しげな声が聞こえたので、私は何とかカトリナさんの暴力的な胸囲から抜け出る。……言い換えた訳じゃないからね!

「ごめんなさい。私のせいで王女に刃向うようなことになってしまって」

 勝ったとはいえ結果的にそうなった。世間一般でクリスさんの、アレクサンダー家の評価が変わるかは不明である。けど、王族からの評価は一気に下がるだろう。それが騎士であれば受ける影響も大きい。

「ううん。そんなものどうにでもなるわよ!」

 けど、クリスさんは笑った。

「王国からの評価が下がっても、民から評価されれば、それだけで期待されている実感が湧くわ。それに今の王はこれくらいのこと子供のじゃれ合いと軽くとってくれるはずよ」

 私が思う不安など一切無縁のような口ぶりで語る。そのとき見たクリスさんの背中は初めてカエラズの森で出遭った――いえ、出会った時と一緒であると実感できた。

「メリアス」

「?」

「ごめんね」

 今迄の謝り方とは別の謝り方。謝罪ではない、感謝だろう。それならば。

「違いますよ。言い方が」

「? そっか。そうよね。――――メリアス」

「はい」


「ありがとう」


 クリスさんは私へと振り向いて笑顔を見せて――

 固まった。

 一体どうしたというのだろうか。それよりもこのシーンはどこかで見覚えが。あーこれもカエラズの森で。

 ……そういえば私は。

 不安を感じつつ振り向いて気付く。そこにはどこぞのサボり面とは違い、律儀に次の命令があるまで待っている私の配下、奇術師リッチ、死霊、つまりは――お化け、幽霊が。

「フヒュルルルルルル…………」

「わぁぁ! クリスさぁぁぁぁぁーん!」

 最後の最後でいつもの隊長であると、私は思い知らされた。


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