第4章-5 アイドルとしての戦い
闘技大会当日。
それは因果か。前回と同じルートを今回は自分の足で辿り、そして辿り着いたのは前回と同じ第二控室であった。
閉じられた部屋から何の音すら聞こえない。
けど、いる気がした。
前回は未だに決まらない最終メンバーに不安を募らせていた全員が既に揃っていたが、今回は全員決まっている。心配する必要性はない。
それでもいる。
この大会に全てをかけている少女が。私はドアノブに手をかけ、開く。そして開口一言、
「おはようございます。クリスさん」
中にいた少女に声をかけた。椅子に座った少女は項垂れ、まだ縛っていない長髪が前にかかっていて顔が窺えなかったが、赤く燃えるような髪はクリスさんの物で間違いなかった。
「メリアス……」
顔をあげ、髪の隙間からクリスさんの瞳が見える。その瞳はどこか憂いを帯びていた。
その目は迷っている目だと思った。罪悪感に苛まれた目。仲間でありながら自らの家系をどん底に追いやった種族の人間。それが私だ。
クリスさんの横にはいつもの大剣。クリスさんの運動神経ならば私が動く前に大剣を持って振りかざすこともできるだろう。それでも私は普段通りに話そうと心がける。
「まさかイシュタル王女がいきなり相手になるとは思っていませんでしたね」
〝まだ。まだ様子を見て〟
心の中で訴えかける。クリスさんはまだ私を攻める気はない。
「そうよね。まさか……こんなことになるとは……ね」
歯切れが悪い。私がアイドル宣言させられた時から比べ、その落ち度は更に拍車がかかっていた。気にかけているのは今も過去も私。謝る相手に、憎むべき相手。
「やっぱり騎士として領主に刃向うことは気が引けるのですか?」
私は気を逸らすために話題を変えた。
「えっ?」
その話題にクリスさんが目を見開いて私を凝視する。
世界の終わりであるかのような表情を見て自分の振った話題がとんだ落し穴だったことに後から気付いた。クリスさんが悩まなければならない種はここにもあった。
例のネクロマンサー討伐の件を任されたクリスさんの父親が作戦に成功したものの戦線を離脱しなければならないほどの重傷を負ったことに騎士の中では有名であったアレクサンダー家の名声は落ちた。そこで立ち上がったクリスさんであるが、今回の闘技大会にて剣を向けるイシュタルは現王女。例え大会とはいえ、王族に剣を向けた騎士と言う名が広まることは、アレクサンダー家にとって決定打になりかねない。
「あ、ごめんなさい! 当たり前ですよね。王女に剣を突きつけることが騎士にとってどれだけ苦しいことかなんて。私は主君関係ってあまり経験なくて。あ、でも一応ネクロマンサーって主君関係なのかな。あ、でもそれとは全く違うか。うー……」
悪い空気を払拭しようとするが、早口な上に考えが纏っていなかった為に何を言っているのか自分にすらわからなくなり、最後は口元消沈、脳内昇天してしまう。
「あ……そう。そういうことね。大丈夫よ。大会は大会だし。私立ナンデモ学園は王宮の管理下で闘技大会も本来は騎士育成の見本、パフォーマンスとしてやっていることだからそれ自体が謀反になることはまずないわ。それに王女がどうこう言っても現王が許せば許されることだから」
そんな私にクリスさんが心配ないと言わんばかりに説明してくれる。
「そう何ですか。よかった。喋りすぎたら若干喉渇いてきました……」
動揺抜けきらぬ状態であるも、とりあえず難は去ったと落ち着く。それと同時に喉が渇いた。ハチャメチャに喋ったせいだろうか。
「飲む?」
そんな私を見て、クリスさんがどこから取り出したのか、水の入ったコップを差し出す。何とも準備のいいことである。どこぞの商人はここで現金を要求するのだろうが、クリスさんはそんなことしない。
「いいんですか? ありがとうございます」
私はありがたくコップをクリスさんから受け取ろうとする。
「……どうしたのですか?」
「へっ?」
「クリスさん緊張しているのかわかりませんが、力入れていませんか? コップが抜けないのですが」
クリスさんが右手で下のほうを掴んだコップを上に抜こうとするも抜けない。もちろん私がコップすら持てないほどのお嬢様っ子であるわけではない。となるとクリスさんがコップに余計な力を加えているとしか思えない。
「え、あ、ごめん! ついうっかり!」
どううっかりすればこうなるのか。意外とクリスさんは天然さんなのだろうか?
コップが上に持ち上がっていく。クリスさんが力を抜いてくれたおかげで私の腕力でも持ち上がるほどにコップが軽くなった。握った時に熱が発していたのか、クリスさんの持っていた辺りには水滴がびっしりついていた。コップが私の手に渡ろうとする。
「メリアスさーん!」
扉が破壊されたかのような悲鳴をあげて開く。私もクリスさんも何事かと部屋の外を見れば、そこには既に聖職者の衣装を着たカトリナさんがいた。尋常じゃない表情に何か予期せぬ事態が起きたのではないかと一抹の不安がよぎる。
「どうしたのですか! カトリナさんの身に、もしくは他の人に何かあったのですか!?」
まだ来ていないとなるとディーナさんにアーチェさん。互いに今回の闘技大会に協力的だった二人だ。まさか場外でイシュタル王女が何らかの奇襲を仕掛けてきたのだろうか。
心配になりながらも、今はカトリナさんの乱れた息の回復を待つしかない私はただひたすらに待つ。やがて息が整い始めたカトリナさんが私の目を見て一言、
「よかった……」
「は?」
「メリアスさんご無事でしたかー! 昨日あの後メリアスさんと甘い甘い一夜を共にしている最中に、まさか、まさかメリアスさんがイシュタル王女に決闘を申し込まれていたとは露知らず、知らず、今朝知った私はもう不安で不安で!」
大事なことなので二回言いましたよ。いつぞやフロースに聞いた冥界での格言――ブラムハム断固否定――を忠実に再現し、崩れ落ちるカトリナさん。だが、それも束の間、すぐさま立ち上がり、私の体を抱き寄せた。
「もしかしたら暗殺されているのではないかと思ってましたが、こうしてメリアスさんと再び会えたのは神様のお導き。今日は私が守って守って守り切ってあげますからね!」
「ぐ、ぐるじぃ……」
暴力的な膨らみに呼吸困難必死になりかねていたので、命の危険を感じた私は押してもらうよう心の中で訴えかけた。
「はぁ、朝っぱらから暑苦しいなあんさんがた。 おまけに緊張感の欠片すらあらへん」
「リラックスすることもいいことだぞ。度を外しすぎるのは良くないが」
そこに新たな二人。最近よく見るどこから出すのかわからないハンマーを肩に担いだディーナさん。私の背よりも長い長銃を、今日は三丁も持ってきて万全の態勢でいるアーチェさんが第二控室に到着した。
「そうは言うものの、相手はイシュタル王女やで? おまけにあっちは近接系四人の一応魔道の嗜みがある王女。それに対してこっちは近接がうちを入れても二人や。本格的なのはクリスはんだけやで?」
「そうなるな。頼りにしているぞ、クリス」
ディーナさんが指摘するのに、同意するアーチェさんがクリスさんを見る。昨日の話からわかったことだが、アーチェさんはクリスさんを少なからず疑っている。それを悟られない普段のポーカーフェイスは今も健在だ。
「できる限り応えて見せるわ」
それに対し毅然とした態度で応えるクリスさん。三人が来る前のクリスさんを見ている私からすれば、強がりにしか見えない。
「それじゃ向かうとするか。クリスもメリアスも早く着替えたほうがいいぞ」
アーチェさんの一言で今更気づいたのだが、ディーナさんはもはやそれが戦闘服であると言い切るしかない普段着のような姿、アーチェさんは背負った銃とはミスマッチな自然を意識した緑色の布製の服。弓を持っていれば完璧なエルフである。
「んじゃ、うちらは待機室で待っとるで」
「それでは私はメリアスさんの着替えの手伝いを」
「ほれ、いくぞ」
「あーれー。メリアスさーん!」
必死で逃げようとするカトリナさんをディーナさんが襟首捕まえて引っ張っていく。自分より遥かに背丈も出ているところも出ているカトリナさんを引っ張るところを見せられると流石ドワーフと言い切るしかない。
「先に行っているぞ」
最後にアーチェさんが部屋を出る寸前私を見て、目で合図される。気をつけろと。
三人を見届け、再び部屋の中には私とクリスさんだけになった。
「嵐のような三人でしたね」
「そうね。メリアスが来る前からこんな感じだったけどね。合っているというか、合っていないというか」
仲間たち三人のやり取りにはにかむクリス。三人の登場が良い方向に結果をもたらしてくれたみたいだ。
「さて、あたしたちも着替えるかな。メリアス服は?」
「ちゃんとありますよ。前みたいに持ち出しされるよりかはこっちの方が自分なりに覚悟はできますからね」
「はは、そ、そうね」
苦笑いを浮かべる前回窃盗犯。けど、若干笑顔が引きつっている。前回のことを指摘されたことに対してではなく、覚悟という言葉を私が口にしたことに対してだろう。
まだ悩んでいるのだろう。互いに良い結果を残せる可能性は無いのかもしれない。けど、できる限り互いに心残りのない結果で終わらせたい。
「クリスさん」
だから私は言った。
「今日は頑張りましょうね(信じていますから)」
できる限りの笑顔で。
私からの激励に一瞬呆けた顔をするが、すぐに目を瞑り、俯いた。
「そうよね。……頑張る以外……無い……ね」
床に向かってぶつぶつ呟くが、所々よく聞き取ることができなかった。
一頻り呟いた後、クリスさんは顔をあげ、「よし!」と気合を入れなおす。
「どういう結果になるかはやってみないとわからないわね!」
一声あげると、クリスさんは手にしていたコップの水を一気に――て。
「それ私にくれたはずでは⁉」
「あぁ、ごめん。飲んじゃった」
クリスさんの手には既に空のコップがあった。あぁ……喉乾いた。




