第3章-4 アイドルへの裏切り
出てきたのは金の商人ではなく銀の商人であるアグロスだった。
予想外の登場に困惑し、前に出るタイミングを失ったが、これでは違う意味で前には出れない。出たら出たで確実に面倒事が起こる。
「アグロスさんは私をアイドルにするためにステージ、装飾品などの下準備をしていただき、更には親衛隊の皆さんにもお声をかけていただきました!」
「当たり前のことだ。馬子にも衣装、どれだけ落ちぶれていたとしても飾れば石でもダイヤ以上の価値を見出すことだってある! この学園の下種以下な美少女部も、こちらにつけてしまえばネクロマンサーへの精神的なダメージを与えられる!」
「うるせぇーぞ」
「トレイシーちゃんの声聞かせろー!」
「カーエレ、カーエレ」
「黙れお前ら!」
トレイシーさんがアグロスとの経緯を紹介し、アグロスもそれに応える形で説明をするが、アグロスと美少女部の仲は相変わらずのようで酷い扱いを受けている。
けど、それもまたおかしい。
トレイシーさんがアグロスに協力を請うた、或いはアグロスからトレイシーさんに協力を提案したのはまだ納得がいく。
けど、今までディーナが行っていたと思われる美少女部の扇動を果たしてアグロスが代打でできるものなのだろうか?
それについてはノーに近い。
そもそも今だってあそこの仲はほぼ変わっていない。
そうなればこの動きは一体何が原因で起きているのだろう?
疑問は晴れるどころかどんどん曇っていく。
「私がこの勝負に勝ち、そしてアイドルとしての架け橋が再び架かった暁にはこの戦いでの報酬をアグロスさんに差し上げることに致します!」
「それは素晴らしい心がけだ! その賞賛に値する褒賞として俺からはヘイワ街随一の劇場でコンサートを開けるように手配しよう! そして君をヘイワ街の名誉アイドルに仕立て上げよう!」
話は進み、まるで劇のようなやり取りをトレイシーさんとアグロスが繰り広げる。
この戦いの報酬?
あれ? この戦いって何か貰えるんだっけ?
寧ろデメリットしかなかったはず。
「はっ。デメリット、罰ゲーム」
嫌な予感しかしなかった。
「これでネクロマンサーはこの土地で暮らせなくなるのだ! そうすればお嬢様はさぞ喜ぶだろう!」
やっぱりぃぃぃー‼
アグロスのことだからイシュタル王女が関わっているのは当然だった。
直接アイドル対決をするわけではなく、アイドル対決の補佐をすることによって勝利へと導き、その見返りに罰ゲームの内容をアグロスが決める。
どこでこの対決を聞きつけたのか、いや聞きつけるのは簡単だ。トレイシーさんがあれだけ宣伝していれば耳でも塞いでいない限りだいたいの人の耳には入ってしまう。アグロスはそれを聞いて、このような小賢しい作戦を考えたに違いない。
本当にまずいことになった。
新しいジャンルの催し物を考えて美少女部以外の客を引き入れる。そうしなければ私はヘイワ街から出なくてはならない。
そしてトレイシーさんは美少女部だけでなく、アグロス、そして何故かわからないが一瞬で運動部の人間を手中に入れた。
ナンデモ学園の生徒はまだまだいる、けど相手は全体の一割近くの人を獲得しているのに対して、私はほぼゼロ。
このままでは敗北が濃厚であり、私は強制送還かそれ以上の目に合う。
恐らくこれはディーナも望んでいない。
この勝負を白紙、それができれなければトレイシーさん以上の人気を得る何らかの策を一緒に練るしかない。
決まった、ディーナの所に行こう。あの日以来何の関わりも持たなかったディーナに。
「流石ですわねアグロス!」
私が新しい解決策を見出している頃、壇上には新たな刺客が現れていた。
恐らく今回の件に関しては何にも干渉せずに高みの見物をしていたであろうイシュタル王女。ヘイワ王宮の王女様であり、ネクロマンサーの長を討伐したイリス・ヘイワの遺志を立派に、私にとっては面倒にも継いでいるある意味ヘイワ一族らしい存在。
唐突な段上に誰も言葉が出ない。
美少女部、運動部、戦意を喪失してしまった運動部の代表が何も声をあげないのは王族という身分があるからなのだろう。
「言わずともですが、その報酬は誰の為にあるのかしら?」
これは質問という名の脅迫だった。
けど、それは従順な存在にとっては質問にほど近い。
「勿論お嬢様の為です」
片膝をつき、左手を自分の胸に、右手をイシュタル王女に花を捧げるようなポーズで約束の言葉を告げる。アグロスの時点で完全に危うかった罰ゲームは、もうどうしようもない所に渡ってしまった。
「どういうことですか! アグロスさんが決めるはずですよね⁉」
が、その契約を破らんとする者がまさかの所から現れる。
「シダさんを追い出すのはアイドルが複数人いるといざこざが起きるから遠ざける為だって言ってましたよね! 何で王族にそれを委ねるんですか! そんなことするくらいなら私の意志であの人を追い出します!」
トレイシーさんである。先ほどまでアグロスへの信頼しかなかった言葉使いが、イシュタル王女が参戦したとともに急に棘を帯び始めた。
「それでは意味がないんだ! お嬢様がネクロマンサーを討伐してこそ意味がある! ヘイワ一族の遺志を引き継いだという大義は今後何百、何千年とヘイワ史の中で謳われ続けるんだ!」
「流石わアグロス。わかっていますわね」
ヘイワ史の教科書を何ページも、いやいっそのこと一冊丸々今回の出来事と出まかせで埋め合わせそうな勢いでアグロスはイシュタル王女を褒め称える。
イシュタル王女はそれに満足し、アグロスをいつも以上に褒める。
いつもなら大体この辺りでディーナがアグロスの急所を的確について自滅させ、イシュタル王女の怒りの矛先をアグロスに突きまくるのだが、今回はその着火源がいない。
トレイシーさんの支持をアグロスが、そしてイシュタル王女が引き継ぎ、私への処刑票を稼ぐ手筈は整った。
「何でですか」
はずだった。
「私はもう一度アイドルになって有名になってお金を稼ぐためにアイドルになることを決めたんです! それを何で王族の雑兵みたいな扱いをされなくちゃならないんですか!」
「雑兵も何もあなたはヘイワ市民ではありませんか。あなたは誰の土地に住んでいるのですか? ヘイワ街を収めたヘイワ王族の土地に住んでいるんではないですか。それなら私の部下であるも同然です!」
「そうだぞ! お嬢様から直接賞されるだけでもありがたいんだぞ! それをいきなりお嬢様の部下が嫌だというとは、お前それでもヘイワ市民か⁉」
普段からよく口走る煽り文句で理不尽な王族定義を押し付けていくイシュタル王女とアグロス。
それに真っ向からかみつくトレイシーさん。
そういえば私の時もそうだったけど、この人ってお金持ってる人に人一倍私怨が強かったような。それをヨミガエルではかなりひもじい思いをしていた私に対して発揮するくらいなのだから王族に対しては絶大なのだろう。
このやり取りに壇上にいる三人以外の人たちは呆れてか、或いは脅えてか、声も出ないようだ。
…………。
いや、何か違う。
美少女部と運動部の人たちに動きがない。
まるで人形の如く直立して、その場から一歩も動こうとしない。
このやり取りのどこかに聞き入る部分があるのだろうか?
このやり取りの行き先が気になるのだろうか?
「あなたは自分自身が全てだとでも思っているんですか! 私たちは一所懸命頑張って名声を得ようと努力しているんです! あなたみたいにただ持っている物をわがままに振り撒いているような人に何で私が従わなくちゃいけないんですか!」
「それが私の特権ですわ! ヘイワ王族の末裔にして現王女たる私のおかげであなたたちはここで暮らしていけているんです! そんな私からのありがたい指示にあなたはケチをつけるのですか!」
「そんな指示受けようとした覚えなんて一度もありません! 私はアグロスさんの支援の元でアイドル対決の勝とうとしたんです! あなたに恩義を売った覚えはありません!」
「アグロスは私の僕よ! ならあなたも私の僕で間違いありませんわ!」
「違います!」
「違いませんわ!」
ヒートアップする二人。
その勢いは意外にもトレイシーさんに分が上がっている。
以前クリスに止めさせられた大声で叫ぶ使い方が怒りによって再現され始め、かなりの距離がある私の隠れる木の葉すら揺らす。
「あなたはネクロマンサーの肩を持つ気ですか⁉ 私に楯突くことは王族に刃向かうも同然ですわ!」
だから使い勝手のいい道具のようにネクロマンサーを使わないでほしいです。人が従わないのは、文句が尽きないのは、まだ暑いのは全てネクロマンサーと位置付けるのはこっちとしてはあまり気分が良くない。
「それ以上言うのであれば何か言ってみればいいのですわ! どうせ王宮審問官や侮辱罪が怖くて出来ないでしょうに。貧乏人は大人しく王宮の足元で座っていればいいのですわ!」
「っ!!!」
一瞬空気が凍ったような錯覚に追われた。
その比喩が指し示すかのようにトレイシーさんは固まって動かない。
「あ」
「あ? 何ですか⁉」
何かを呟いたトレイシーさんにイシュタル王女が怒鳴る。
マイク無しで騒いでいた王女の声は枯れかかっていた。
その王女を押し黙らせるかのように、トレイシーさんは大きく口を開く。
「あなたに何か何があってもついて行こう何て思いませんからね‼」
先日の大声を遥かに超える大声量。
周囲に波紋の如く広がる声を感じた。
木々が揺れ、皆が耳を押さえ、石ころさえ宙に舞いそうな声。
振動によって脳が揺さぶられるような感覚に襲われ、足がおぼつく。
それはイシュタル王女への怒りの現れ。
自分勝手な振る舞い。
自分こそが全て。
他は私の手であり足であり。
その考え方が――気に入らなくて納得がいかない。
何であんな人が王女なのか。
何であれが今の王族なのか。
もっと相応しい者。
ガッ。
ゴッ‼
「ふぎぃぃ‼」
よろめいていたせいか、私が隠れていた木の根に足を引っかけて後頭部からダイレクトに地面にぶつけてしまう。
「おぉぉぉあぁぁぁ」
割れそうな頭を押さえて悶える。
「どういう訳ですかアグロス‼ あなたは何を言っているのですか‼」
仰向けになり、私にとっては嬉しい曇り空を眺めていたら、イシュタル王女の焦燥が聞こえてきた。
「どうもこうもだ! お前はただ口だけの王族ではないか! 行動で示したことがあったか? 一人で示したことがあったか? どれもこれも王宮の者や俺や他の騎士たちがやってきたことを横取りしているだけじゃ無いか‼」
「何ですって‼ あなたは私の部下であってその手柄は私の物なのは当然」
「そこだ! あんたはそうやって他の人を当然のように自分の駒であるかのように使う! 俺はシルバーロード家の長男として王宮との関係を友好的な物に繋ぎとめるためにあなたのことを護衛しているだけで、これではただの見張りだ!」
どういう訳だ。イシュタル王女と言い争う相手がトレイシーさんからアグロスに変わっている。それも相手があのアグロスと言う点もわからない。
例え天変地異、粉骨砕身、放置無視されても従い続けていたイシュタル王女に反旗を翻す原因となったのは一体。
「もうこんな奴放っておけ! 行くぞ皆!」
アグロスの号令に従ったのは美少女部の面々と運動部の人たち。
今までステージ上の出来事を静かに見守っていただけだったのが、この一言で解散する。
――そして、空いていた窓が次々と閉まり、周囲を囲んでいた野次馬たちが散り散りになっていった。
それからいつ、どこでいなくなったのかわからないトレイシーさん。
全てが去った中、売れないアイドルの如く残ったのはイシュタル王女ただ一人。
「なん、なんですの……」
その声に普段の勢いはどこにもなく、ただただ誰もいないステージで膝を折るだけだった。
イシュタル王女の心情を表すかのように小雨がぽつりぽつりと落ちてきた。




