第4章ー4 アイドルとしての戦い
「左様でございますか。まさか王族に目を付けられているとは。私目がもっとしっかりしていれば」
「ブラムハムのせいではありません。闘技大会でカムシンを呼び出したのは私です」
無事家に帰った晩。私はいつも私の側に立って執事としての応対をしてくれているブラムハムを対面する形に座らせた。そして昨日の出来事はうまく誑かしたものの、今回ばかしは色々と事情が付いてくるために、全て打ち明けることにした。
「私は王女イシュタル・ヘイワが出る明日の闘技大会に出ます。死にはしませんが、下手すると今後の生活に支障が出る結果になるかもしれません。それでもし私の身体が不自由なことになったり、最悪意識が無くなったりしたら……ブラムハムの方から私の配下に言ってほしいの。『各々の好きなように生きていってほしい。今までありがとう』て」
これでよし。ディーナさんの言ったように勝てばいいのだが、万が一のことがあった場合、まず一番初めに、ダイレクトにダメージを受けるのはブラムハム、フロースを含む私の配下である。
主が軽傷ならともかく重傷となると魔力の供給もままならなくなる。そうなると魔力を受けられなくなった配下は主の元を離れ冥界に戻るか――力尽きて消滅するかのどちらかの選択肢に迫られる。私は今まで私について来てくれた皆に後者になってほしくはないためにこの話を切り出した。
「畏まりました」
恭しく頷くブラムハム。そして訪れる重苦しい沈黙。
流石にここまでの被害になるのは想定外であったのだろう。ブラムハムが饒舌でないのも仕方がない。
気まずい雰囲気。しょうがない。夕飯は残ったカツサンドでも食べて今日はもう寝てしまうか。そう思い腰をあげようとした。
「それでよろしいのですか?」
「え?」
ブラムハムが唐突に口を開き、それに聞き返してしまった。
「メリアスお嬢様は本当にそれでよろしいのですか?」
「よろしい、って何がですか?」
「無論、明日王女と対立することであります」
真剣な眼差しでブラムハムが問う。この眼差しが意味することを私はすぐに理解した。
「止めろと言うのですか?」
「左様です」
予想通りブラムハムは即答した。
「最終的に被害を受けるのは昨日の騎士のみです。メリアスお嬢様が戦う理由はありません。ここは一度故郷へお戻りに」
「嫌です」
けど、私の心はもう決まっていた。故郷に戻る。一番始めに考えた解決策であるが、それは既に消えていた。
「私がクリスさんを助けたのは私の気紛れみたいなものです。ですからそのままいなくなるのは嫌何です。だから私は!」
「我が儘ですな」
「そうです! それがどうしました?」
「それでいいのです」
ブラムハムが息を吐いて立ち上がり窓辺に向かう。昼間はカーテンでほとんど遮っている窓も、夜中になると全開にしてある。満天の星が輝く姿が見える。
「メリアスお嬢様は気を張りすぎていらっしゃいました。皆のため、種族のため、契りのため、そして生きるため。ですが、その生き方にはいずれ限界が訪れてしまいます。ましてやメリアスお嬢様はまだ一六歳。本来人間が全うできる平均寿命の四分の一にすら達しておりませぬ」
ブラムハムの目線は私ではなく星々、口は私に喋っているように見えてどこか遠い誰かに向かって喋っているようにも見える。
「一つ昔話をしましょう」
突然のブラムハムの提案に思わず「え?」と間の抜けた声が漏れる。
「昔とある有名な貿易商がいました。始めはしがない造船業でありましたが、改良と実践を重ねた船はやがて海を超え、未知なる大陸にまで辿りつくようになりました。海外の国から持ち帰った品は国内で目を引く物ばかり。すぐに貿易商としての才を見出し、成金――少ない代数で大金持ちになった者たちの仲間入りを果たしました。
しかし、あの頃の航海は困難を極めておりました。先代は航海中に嵐に巻き込まれ、二代目は他国の疫病に、三代目は長らく生きられましたが、それでも病の為四十を超える前の短命でこの世を去りました。
後を継いだ四代目は本来辿りつく大陸とは別の島に辿りつき、先住民の手にかけられました。海外に対する知識不足が招いた惨事でありました」
始めこそ普段通り饒舌に話していたが、後半になるにつれその語調は衰えていった。先代から続く惨事になってからだ。
「そして四代目が亡くなってから三年も経たないうちにその家系は没落いたしました。原因はまだ齢十にも満たない五代目の病死、血筋が絶えたことでありました。それを待っていたかのように長らく付き添ってきた仲間たちは掌を返すように仕事を辞めていき、その際に行き場を失った財産、土地、資料、船、それら全てが、その者たちの手に渡り、ばらばらになっていきました」
悲しい話である。ひたすら頑張った最後が全てを、それを仲間に奪われるだけの結末に陥るとは五代続いた貿易商の誰が思っていたのだろう? それにしてもここでこの話を選んでくるとは。貿易商と言う点で妙に感情移入が激しい。
数分の沈黙。終わったかと思って声をかけようとした時、ブラムハムが再度話し始めた。
「その貿易商が成金になった頃若い男が執事としてその家に雇われました。中々の手腕を認められ、先代から二代目の躾役を任されたのです。しかし、数年も経たぬうちに二代目が頭首となり、三代目を任され、その二代目もすぐに亡くなり、まだ知識の浅かった三代目のバックアップに移りました。三代目は先代と比べて長く務めることになりましたが、それでも十年弱。最後の数年は四代目に付き添うことになりましたが、四代目はやんちゃでした。知識もないまま外へ飛び出し……帰らぬ身となりました」
悲しき貿易商のお話。そこに出てきた新たな登場人物に今までとは違い、感情移入したかのような語りが始まる。
――いや、こういう言い方はもう止めよう。この話は……紛れもない。
「五代目にいたってはもはや御守り同然でしたが、男はこれも先代の為と慣れぬことに苦労しながらも頑張りました。それも長くは続きませんでしたが。流行病で真っ先に犠牲になるのはお年寄りか、子供。幸いにもお年寄りは一人もおらず、いや、不幸でありましたね。五代目が亡くなると同時に血筋が絶えたのですから。
若い――この頃には齢六十後半の年寄りになっていた執事の男は、今まで五代に渡って積み上げてきたあらゆるものが崩れ落ちていく中で最後まで残りました。五代にも渡る長命を生きた彼は死後どのような思いを」
「もういいです、ブラムハム」
これ以上は聞いていられなくなって話を打ち止めさせる。でも話はほぼ完結してしまった。
「左様ですか」と普段通りに話すブラムハムの心情は計り知れない。
また訪れた沈黙。話をぶった切っておいて息苦しくなるのは流石に身勝手すぎるか。私はブラムハムが言いたかったことの確信をつく質問をぶつける。
「ねぇ、ブラムハム。もし、死後の彼の目の前に死に物狂いで働いている人物がいたら、彼はどうしたと思いますか?」
「すぐに止めますでしょうね」
意地悪な質問にブラムハムは迷うことなく即答する。
「後世に何か残そうとして生きることもまた一つです。しかし、何も一つの為に生きる必要性はありません。自分を産んでくれた親。支えあう友。ましてや己の人生、自分の為に生きてはいけない必要性などないのです」
人生経験が長い。それは人間では到底真似できない年月であり、人間を経て不死者として生きてきた者でしかできない芸当である。不死者を生きているというのは不適切かもしれないが。
「メリアスお嬢様」
「はい」
振り向いたブラムハムの目から何か別の光を感じた。既に生者の光を失っていながらも。
「私目はいつまでついていきます。悔いの残らない生き方をしてください」
「はい!」
そのやり取りは先生と生徒のように見えた。人生の先輩にしてはかなりの先輩であるが、その助言は確かに私の背中を後押ししてくれたような気がする。
「はーい! それじゃ明日のためにもバイタリティーチャージといきますかー!」
そんな空気ぶち壊しの陽気な声は調理場から飛び出してきた。
「フロース……」
髪も顔も体も服も、全身に小麦粉をぶちまけたのかと思うほど真っ白な少女は陽気な声で登場した。
「はーい今夜はカツカレー! あまりものじゃないよ? 再利用と言ってほしいわー。リサイクルと言ってほしいわー。オマージュと言ってほしいわー。そして意味は前回同様勝つ!」
食事を運ぶワゴンの上に乗ったステンレス皿の本格的なカレーからは湯気が出ていた。今度は煮込みも追加とは、よく耐えられたものである。
熱々なカレーの乗った皿をフロースは私の座る椅子の前にある机へと置いた。
謎のカラフルな道具にて。
「……ねぇ。それ何?」
「ん? マジックハンドだよ?」
フロースの手には全長三十センチほど、フロースが握る取っ手の先には丸い輪っかが取り付けられ、そこが先ほどから割れたり閉じたりしている。どういう仕組み?
「これは離れた所の者を取ったり、普通は触れない物を掴む必需品だよー。子供の頃はこれでロボットごっこー何てやったりする冥界の必需品だよー」
両手を上げ下げしてウィーンウィーンと謎の鳴き声を放ちながら動くフロースを見るとなぜか悲しくなってきた。
「ブラムハム」
「違います」
私が皆まで言う前にブラムハムが即答した。これは冥界の必需品などではないようだ。
「フロース。それくらいの熱さなら我慢しなさい。それとメリアスお嬢様に失礼のないよう前から告げているはずですが」
「えぇ? いいじゃん。メリアスもそこまで気にしてないし」
ブラムハムがフロースに説教するが、普段通りにフロースがあしらう。というよりも誤魔化す。私としては同年代……かはわからないが年が近い子がいるのを感じられるので、さほど気にしてはいない。
「とりあえず説教は13日の金曜日まで待ってー。その頃にはフロース最強になってるから。それよりも冷めないうちにメリアス早くディープイン、ディープインー。フロースドッロドロになるまで頑張ったんだから」
フロースがブラムハムから目線を外し、私にカレーを食べるように促す。たぶん。
「ふぅ……メリアスお嬢様はフロースにだけ甘いですな」
「そうではありませんよ? 私が厳しいのは二体だけですから」
具体的にいうとカムシンと鬼般若である。互いに父上から護衛として送られた問題児である。
「メリアスお嬢様がそうおっしゃるのであれば仕方ありません。フロースよ、夕飯はまだ残っているのか?」
「へっ? 残ってるけど。普通カレーは作ったら三日は続くっていうからその位は作ったよ」
ということは後三日カレーなのか。流石に三日は飽きないだろうか?
「もう一つ持ってきてもらえますか?」
「「え?」」
私とフロースの声が揃った。
「ごめん意味不。今一皿持ってきたよね? まさかメリアスに二杯分食べさせる訳? 何なら三杯食べさせて赤くしちゃう勢い?」
「そのようなことはしません。そして何故三杯食べさせると赤くなるかを説明していただきたいものですが、それは追々。食べるのは私です」
「えっ‼」
今度こそ驚いた。だって。
「ブラムハムって食事できたの⁉」
「私目のような人間と同じ構造を保てている死霊は臓器器官が保たれているものも少なくはありません。現にフロースも食事はできます。前にメリアスお嬢様が大事に取っておいたアイスを食べていたのですから」
「犯人はあんたかー‼」
「ふぅぇ⁉ 見ていたのですか! ストーカーです! ストーカー! あっダメ! カレーダメ!」
ブラムハムからのカミングアウトに驚くフロースに目の前にあるあっつあつのカレーをスプーンで一掬いし、口の中に放り込んでやろうとする。
「今回は気紛れです。生前、家族ではないのにまるで家族のようにしてくれた人たちと食べたカレーを思い出しましてな」
「ブラムハム……」
「あ、フロース40秒で支度してきます!」
ブラムハムの感慨深い発言に思わず手が緩み、その間にフロースは調理場へと逃げて行った。
「ブラムハム」
「どういたしましたか?」
「……ぁりがとぅ」
照れくさかったために尻すぼみになったが、ブラムハムは聞こえたのか聞こえなかったのか、ただ静かに頷いた。
その後はフロースの用意してくれたカツカレーを食べた。ブラムハムは本当に普通に咀嚼し、飲み込むことができて驚いた。
一方折角と言うことでフロースも食べろというブラムハムの誘い、或いは嫌がらせ、いや、お仕置きでフロースも同席したが、カレーの盛ったスプーンを口の前にまで持ってきたまま長らく静止し、挙句の果てに泣き始めたので、私が許すようにブラムハムに命じることとなった。
久々の家族団らん……と言っていいのだろうか? まぁいいのだろう。
二人は私の配下、と言うよりも家族と呼んだ方がしっくりくると思ったのだから。




