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第3章-1 アイドルへの裏切り

 文化祭まであと四日。

 のわりには意外と順調に進んでいた。

 それもこれも周りに差し伸べてくれる手があったからこその航路であり、昔の私にこの課題が出されていたら確実に逃げていただろう。

 衣装もある、舞台もある、客については今舞台を整えてくれている人たちがそのまま客になることが既に決まっている。

 ここまで来ると普段やっていることと本当に大差無し。寧ろ客としてはディーナのような露出やサービス的な意味合いでマイナスになっているのかもしれない。

 ドイナカでも自分自身で衣装を選んでやっていたが、その時はドイナカ、支配人のエドさん、そして付喪神である湯浴み様の為にと言う意思と父上が見ているという状況があったためにあそこまで頑張れたけど、普段通りならどんなに下手だろうといまいちだろうと喜んでくれる人たちの前でやるのだから一生懸命さが全く出てこない。

「どうしたんだ?」

「うわっ!」

 考えながらだったため前方不注意になっていて唐突の声かけに驚いてしまった。

「あ、アーチェさん」

「もうあいつらは準備にかかっていたから、すぐに始められると思うが、何かやり残したことでもあるのか?」

「でしょうね……」

 予想通り先行して色々やってくれてました。

 それは嬉しいこと、何ですが普段通りすぎてその感情すら薄れてしまっている。

「文化祭だというのに普段と変わらないなって……」

「仕事とは単純作業の繰り返しであり、その見返りを何に注ぐかを考えることによって変化を楽しむものだ」

「ですか……」

 そうでした。これは仕事だったんです。秘密を守ってもらうが為に雇われた私は社員だったんです。

 アーチェもその社員の一人ではあるが、彼女の場合立派な正規社員で給与も与えられている。

 そして私は休みも余計に貰えていない。

「今回はディーナが何ら口出しをしないと言っているんだ。勝てると見切りがついたらそこで後のことを放棄して文化祭を楽しんでいいわけだ」

「そうするとトレイシーさんに酷い仕打ちをしているみたいじゃないですか」

「勝負ごとだから仕方ないとは思うけどな」

 アーチェは簡単に切り捨てたが、それでも私は納得が行かなかった。

 勝手に負け犬扱いされるのは気分が良くない。この気持ちは昔の出来事をずっと引きずられ忌み嫌われるネクロマンサーだからこそある心情なのかもしれない。

「ほらもう着くぞ。……何だか昨日以上の熱気だな」

 アーチェの感想を聞く前から私も同感だった。

 舞台となる大ホール。

 そこから廊下に漏れる必死の声。急げ! 間に合わせるぞ! そこもう少し下! などと大声にする必要性などない部分を大声で唱えている。

「この努力をもっと別の方向に使ってくれれば……」

「好きなことに対して努力するのは別に悪くはない。が、確かにこれはな」

 誰もが何ども通ってきたこのお題に対する解は未だに出ない。

「何なら訴えかけたらどうだ? 相手も一緒に応援してくれないかと。メリアスの言うことならなんでも聞いてくれるだろ」

「相手に情けを送るのはどうかと……」

「ばれないようにだ。今なら彼女も来てないだろうし、彼らにも秘密にして貰えばいい」

 ばれなきゃという考えはどうかと思うけど。それでも悲しい結果は避けられるかもしれない。

「時間も無い。大ホールは演劇部以外にも使用するクラスがあるから練習できるときに練習しておこう」

「うーん……」

 乗り気ではないが時間がないというのは事実。

 残り日数はあるが、その内訳でこのアイドル対決に割ける時間と言うのは予想以上に少ない。

 午前は前日まで通常授業があり、午後からの時間は全て文化祭準備に注がれているとはいえ常時その場所が使える訳ではない。

 昨日あったようにすぐ演劇部の人が使いに来るかもしれない。

 だからこそ言うべきことはこの時に言わなければならない。

「わかりました、言ってみます」

 私の決意にアーチェは頷いて答えた。

 大ホールに入ると、そこは真夏に戻ったかのような熱気の籠る室温だった。

 先日作ったリボンの橋、だけではなく天井から垂れる幕が両サイドに、更には投写水晶盤まで用意してある。

 勿論これらは私の私物ではない。

 彼らが本番ですらないこの練習回の為に持参してくれたのだろう。

 それなら私も本番衣装を持ってきた方が良かったのかもしれない。今日はステージの感じとどのくらい動けるか、どこでどのように歌うか程度の下見と考えていたから家においてきてしまった。だって十二枚は結構重いし。

 申し訳ない気持ちはあるが、カトリナのように大抵私を許してくれる美少女部の人たちなら何の問題も無いだろう。

 侘びがてら近くの人に挨拶をしてホールに入っていく。

「お疲れ様です」

 ファンとアイドルの間ではあまり言い合わないであろう言葉に彼らは反応する。声をかけられるだけで嬉しがって涙を流す人たちにとって言葉の内容など二の次なのだろう。

「え? あ、どうも」

 ん?

 けど、今日はいつもと違う。

 何故だろうすれ違い様に挨拶をされたような返しに戸惑う。

 それはアーチェも同様だったらしく、あまり見ない困惑の表情を浮かべる。

 そういえば昨日タナカが声掛けの練習とか言ってたけど、それを遅くまでやっていて疲労が溜まっているのかな? だから挨拶に使う体力も無いのかも?

 疲れているのであれば無理はさせられない。

 先ほど急遽決定した用件だけを伝えて部隊の方へ行こう。

「あ、あの。お願いなんですけど、アイドル対決の時私を応援してくれるのは勿論嬉しいんです。けど、トレイシーさんの方も応援をお願いしたいんです。ディーナさんの悪条件を飲んで、このままじゃあの人がかわいそう何です。ですからできれば張り合うくらいにしてもらえれば嬉しいかなって」

 帳尻合わせや八百長みたいな僅差は避けたいけど、つまらないほどの大差もできれば避けたい。それをうまいこと表す言葉が見つからずにしどろもどろな説明をする。

「何を言ってるんだ?」

 勿論それでは伝わるわけも無く、疑問を直球で返される。

 ――え? 直球?

「お前みたいな一般的なファンを集めているのとは格が違うんだよ。それをまさか自分が上みたいな言い分で返すなんて」

「え? え? え?」

 どういうこと? 一般的なファン? そもそも何でこんなに当たり口調なの?

「今は忙しいんだから練習したいならさっさとしろ。勿論だが舞台上の飾りに触るなよ!」

「いや、それはメリアスが持ってきたものだぞ?」

「え? そうだったんですか? おい、どこからどこまでこいつのだったかわかるか?」

 このおかしな会話にアーチェも割って入る。

 そこで私の私物であるか否かの討議が行われることになった。

 けど、気になるのはやはり口調。アーチェとの会話に切り替わった際一瞬敬語、言ってみれば美少女部が女子生徒に掛け合うような口調に変わっていた。

 つまり、私だけ女子生徒扱いされていない。

「ああ、ここの部分か。ほら返すから待ってろ」

「ええ! 外す必要性無いですよね⁉ 今からここ使うんですよ⁉」

 私の購入した折り紙でできた物を外しにかかり慌てて制止する。確かにそれが無くても練習はできると思うけど、わざわざ付けたものを外さなくても。

「だからなんですか! もうすぐあの人が練習に来るんだからさっさと終わらせ」

「止めろ!」

 何かと当たり所が悪いのか言い返してくる男子生徒を一喝する声。

「タナカさん」

 その持ち主は、今ここにいる人たちの長だった。

 衣装はいつか見た燕尾服に身を包み、一人だけ作業しづらい服装の中で準備する彼は叱責した男子生徒向かって近づいてくる。

「美少女部たるもの常に美少女を追い、研究し続けること! お前の中に怒鳴り散らされて喜ぶ美少女が何人いた! 数えてみろ!」

「申し訳ありません! Mr.プロデューサー‼」

 タナカの美少女部はなんたるかの説教を受けて、男子生徒は頭を下げる。美少女部においての彼の地位がうかがえた。

 彼は美少女部という小さな、歪んだ部の中でトップに位置する。

 だからこそ、次の言葉が今の美少女部の真意だと気付く。

「例え対戦相手だとしてもシダ・メリアスもナンデモ学園の美少女! そのような荒い扱いをしていれば我らがアイドルトレイシー様も報われないぞ!」

「えぇ⁉」

「何だと⁉」

 突然の鞍替えに私もアーチェもただただ驚愕するしかなかった。

「何でですか! 昨日だって舞台作成手伝ってくれましたし、その後は応援練習みたいなことをしてくれたんですよね! どうして、どうしてなんですか!」

「お前は私にアイドル様の舞台を整えに行くと2-Dの準備もままならないのに出て行ったよな? それなのになぜメリアスを拒否する?」

「そんなに早くから⁉ なら尚更どうしてなんですか!」

 アーチェから聞いたアイドルへの執着心に恐怖するも、それでも今まで慕ってくれていたのに今日に限ってこのような言い分をするのには納得がいかなかった。

「はぁ」

 その答えは溜息だった。

「ミス・シダ・メリアス。君の時代は終わたんだ。突然現れた地下アイドル、ネクロマンサーという職を転生させてまで手に入れたアイドルの座。それは一時期燃える太陽以上に輝いていた。が、それも昔の話だ」

 私をアイドルと呼ばず本名で呼ぶ。

 相も変わらず変な設定を作るのは得意らしい。けど、今気にするのはその点じゃない。この言い回し、少し前に聞いたことがある。

 トレイシーさんが私たちの会議に乱入してきた時、彼女に言った言葉だ。

「今を翔るアイドルはトレイシー・モーリス彼女だ! あの方は太陽以上、いや違う。あの人こそまさしく太陽で今外に輝いているあれこそが偽物だったんだ! 我々はあの虚像に騙され続けていた! だが、もうその心配はいらない! 我らの前に本当の太陽にして我々を導く救世のアイドル、トレイシー・モーリスが現れたのだ‼」

「「「「「Yes.Mr.プロデューサー」」」」」

 それは私ではなくトレイシーさんを支持するという決定的な言葉だった。

「先ほどは部員が無礼を働き申し訳ありませんでした。無論僕はナンデモ学園の女子生徒であるあなたのことも常に見続けるつもりです。アイドル様がご到着するまでまだ時間がありますので、その間この舞台を練習にお使いください。舞台の上の同志たちよ! 今しがたシダさんに場所を返すことにする」

 タナカの一言を機にステージ上で作業をしていた美少女部の面々が降りていく。そしてステージが空いた。

「お前たち、一体どうしたんだ?」

「どうした我がクラス一のスーパーモデルアーチェさんよ! 今回は今まで以上の盛り上がりと収益が出るだろう! 流石はディーナだな!」

「そ、そうか」

 アーチェとは同じクラスで恐らくメイド喫茶の目玉メイドなのか、よく見る会話が繰り広げられる。

 となると、避けられているのは私だけ。

「メリアス。色々思う所はあるだろうが、練習に向かおう」

「いやいや、どう考えてもおかしいですよね! 昨日まであんなに盛り上げようとしてたのに!」

 私が食らいつくとアーチェは一歩近づいて私の肩に手を置く。

「恐らく今彼らには何を言っても意味はない。大人しく従って練習して本番に備えよう」

 そして耳元で呟く。

 その言葉には何か確信めいた物があるように見えた。

 アーチェさんは彼らの異変に対し何かに気付いたのだろう。けど、今は明かせない、もしくはまだ自信がないのか。

「わかりました。後で話してくださいね」

「わかっている」

 こちらもアーチェの意図がわかったことを示すと、アーチェは頷いた。

 壇上に上がり、ステージの幅を確認し、動き、時に歌ってみたりとしてみた。

 その間声をかけてくれたのはアーチェ一人。

 ステージ下でいそいそと準備していた美少女部の人たちはこちらに声をかけるどころか見ることさえなかった。


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