第2章-5 アイドルの下準備
必要な物戻って一。
二の準備は完璧。三の準備は今朝の登校時も頑張った――成果があったかと言われると無かったと思うけど――ので、最後の準備と言うことでステージの飾り付け兼下見。
普段は体育館やグラウンドなどを利用していたが、ここまで本格的なホールを使うのは初めてなのでどの程度の物なのか見なければならない。
「ひっろ……」
思いがけない広さに感嘆の声が漏れる。
演劇を行うだけあって体育館のステージ上よりも奥行きが広い。勿論横幅も広い。これを飾り付けるのか。
けど、ディーナはいない。投写水晶盤も色つきの火灯台も用意できない。
だから私でも用意できるものを準備しなくちゃいけない。
その中で私が思いついたのは折り紙で出来たリボンの飾り。昔フロースが作っていたのを見てこれなら自分にも作れるとフロースに作り方を教えてもらった。そのお返しに『うどんパン』なる物を売ってもいいかと言われたのは無視した。
やり方はまず折り紙を縦長に切り、その切った折り紙を輪っか状に一結び。更にそれを今度はリボン結びにすることでリボンがついた指輪のような形を作る。その輪の中に次の折り紙を通して同じ様に結ぶ。出来上がったらまた折り紙を通して――この繰り返しという簡単な作業のため私にも時間をかければできる。時間をかければ。
問題はその時間であり手間である。
なんせ折り紙のリボンは私の掌に乗るくらいの大きさ。それを舞台の端から端まで繋げるとなると、その数は押して図るべし。一人だと文化祭までに仕上げることは不可能だ。
数うちなら私の得意分野であるが、リボンを作れる死霊と言うのが見つからなかった。
まずここぞと言わんばかりの出番である五十体のスピリットゴーストなんだけど、まさかの力加減で挫折する羽目になった。
剣を持ったり、以前の合宿の際には薪集めを頼もうとしたりするなど、この子は単純に物を握ったり振り回すことは出来た。しかし結ぶという動作が彼らにとって高度な技術だったらしく、やろうにもまず輪っかを作る時点でとん挫した。
そして同様な理由でむっちゃんも無理だった。手があれだと流石に辛いものがあった。
まぁ後はと言うと……完全に戦闘型な人たちと非戦闘員だけど手がそもそも無いという面子ばかりで完全な人員、いや霊員不足に陥っている。
そして私が頼れる面子と言えばパーティーメンバーとミクシェ位になる。そのうちディーナは今回何の手助けもしてくれない。クリスは今日もまた宣伝活動中に同行して貰ったからまた来てもらうのも何だし、それ以前に一人増えただけで進められる量には限界がある。
もっと大人数が必要になる。
けど、今日の宣伝活動同様私は一般生徒を集める力が無いに等しい。
ここに来て私の中に足りない何かが露見してきた。
それはカリスマ性であり、偏見だけで愛してもらう以外にも一般的な見方でも愛される人材であり続ける能力。
それは交友関係であり、長きに渡り公は勿論、私でも共に助け、楽しみあえる存在を作る能力。その能力に長けていれば友の友、更にその友の友と広がり続ける可能性を秘めている無限の輪。
そのどちらも欠けている、いや欠けていた私にはどちらの手段も使うことが出来ない。
なら、どうすれば。
「No19準備OK!」
「No7準備OK!」
ん?
何か騒がしい声が。
「よぉし! 上げよ!」
「「「「「YES! Mr.プロデューサー‼」」」」」
「うわっ!」
大ホール独特の響き渡る声によって轟いた聞き慣れた掛け声。
それと同時に、私の目の前に私が思い浮かべていたリボンの架け橋が一つ完成した。
「な、何が⁉」
「団結力と言う点では一目置く部だろうな。内容が内容なだけに、公に評価はできんが」
「いつの間に⁉」
驚く私の横で何事も無いように淡々と喋るアーチェがいたことに後退りする。
「来て間もない。が、そこの見本を見つけた彼らはその僅かな時間で一つ作り上げてしまったようだ」
アーチェが言う彼ら、と言うのは言うまでも無く美少女部の面々だ。
そして今もまた、総勢二十名はいるであろう男子生徒が一人四~五個ペースで繋ぎ合わせて一つの橋を完成させる。
「ディーナは今回のルールに基づいて直接応援出来ない立ち位置にいる。となると今回の収益はメリアス本人の実力に大きく関わってくる。それなら確実に応援は必要になる。だろ?」
「それって間接的に私だと何も出来ないって言ってませんか?」
まぁ言ってしまえばそうでしょうね。と言うか出来ないは出来ないでもやりたくないの方が強かったんですけどね。
「だからこその伝手だ。彼らは顧客であると同時に応援部隊でもあり、サポーターでもある。なら使わない理由はない。何より彼らがそれを喜んでいる」
アーチェの説明を受けて再度美少女部の面々を見直すと普段よりか何故か生き生きしているように見える。
「それはそうさ! 僕たちはアイドル様に勝ってもらいたい一心でこの準備を手伝っているんだ! 正直元応援していた彼女には悪いとは思っている。けど、今の我々のアイドルはあなただけなんです。そうだよな皆!」
「「「「「「Yes! Mr.プロデューサー‼」」」」」
タナカの問いかけに普段以上の声量と新たなリボンの橋を上げて美少女部の人たちが応えた。
「まぁこれで準備はOKだろう。明日にでもここで予行を兼ねて歌ってみると良い。今日はこれから演劇部がここを使うらしいからこの飾りも一時撤去だが、これだけなら明日にでもすぐ付けられる。そうだろタナカ」
「アイドル様のお役に立てるならば夜中の学園に忍び込んで準備してその時が来るまで待っていてもいいさ! なぁ! このMr.プロデューサーの案に皆同意してくれるよな⁉」
「「「「「「Yes! Mr.プロデューサー‼」」」」」
いえ、そこまでして貰わなくてもいいです。寧ろ夜中の学園に侵入とかしたらまた軍曹に連れていかれますよ?
「それは止めておけ。それとお前たちの数の暴力と謎の賄賂で決まった2-Dのメイド喫茶の準備が残ってるんだ。言い出した手前、サボるわけにはいかないだろ?」
「うっぅっ。申し訳ありません! 私が、私の力不足で2-Bのメイド喫茶計画が失敗に終わったばかりに!」
「いいんだ! お前はよくやった! 僅かな戦力でそこまで戦ったのは称するに値す。その願いを僕たちが引き継いでやるさ!」
「プロデューサーァァァ‼」
後半よくわからない感動劇があったけど、それよりも前に気になるワードがあった。
「メイド喫茶って、私たちのクラスでやろうとして却下されたやつですよね」
「それがわかった途端僕たちのクラスでメイド喫茶をやることが決まったんだ」
男たちの憩いの場と言われるそれは、クリスの家にいたようなメイドさんがお客を主人のように扱ってくれるという物らしい。勿論対価はいるが。
問題はメイド喫茶と言うだけあって、働く人はメイド、つまりは女性である。かっこいい男性客ならともかく、美少女部のような美少女を追うだけに来ている男子生徒の相手をしなければならないと解れば誰もやりたくはないだろう。
けど、その採決は可となった。
それには美少女部の団結とそれから、
「賄賂?」
「洋服、スイーツ、アクセサリーなど女子生徒が好きな物をあげて票を手に入れいったんだ。悪く言えば餌で釣ったんだ」
「本当に悪く言いましたね!」
まるで家畜じゃないですか!
けど、文化祭って二日しかないから最低でも二日我慢すれば欲しいものが手に入るのは実は魅力的かもしれない。私だったら自由を望む。自由に寝て、自由に学園に行く。最高過ぎる生活。
誰にだってほしい物はある。ディーナは無論金。カトリナは……まぁ私だよね。
――待てよ。
「アーチェさん。最近興味を引いている銃ってありますか?」
「勿論。最近は消音製に重点を置いた隠密系の長銃が注目を浴びててな」
「それって持ってますか?」
長くなりそうな所をぶった切って確信を付く。
「あぁ、持ってる」
少しばかし勢いが衰えた。
「いつ頃手に入りましたか?」
「実は――今日」
視線が反れる。
「もっと具体的に言えば?」
「つい……さっき……」
顔が照れたように赤くなる。
うん。でしょうね。
「買われましたか」
「銃に罪はない」
そうですよね。好きな物で釣られると誰でもこうなっちゃいますもんね。
だからこそ、今目の前にいる人たちは私、一部は私の身体的な部分が好きな人たちの集まりであるから、面倒なことを全部引き受けてくれているのではないかと悪い錯覚を起こしてしまう。
けど、今はこれが助かる。
「アイドル様! これくらいあればいいでしょうか!」
タナカの声で二人の仕方ない現象話から話題がホールに移る。
そこには私が思い描いていた以上に華やかで長く、多くの折り紙のリボンで出来た橋が架かっていた。私が買ってきた分にしては出来てる数が異常に多い気もするけどそこはご厚意として有難く受け取っておこう。
「大丈夫です。これだけあれば会場」
「おおーい! 今からここ使いたいんですけど⁉」
私の感想は外からの大声で遮られた。
「演劇部の人たち⁉」
「アイドル様の御前、恥をかかせることは出来ない。皆一気に畳むぞ!」
「「「「「Yes! Mr.プロデューサー‼」」」」」
演劇部の立ち退き命令に対し、美少女部の行動はかなり早かった。非正規部な為に正規部に何か言われるとかなり弱いのがこの人たち。けど、その対応力も高く、華やかに彩られた舞台――と言っても折り紙のリボンだけだし、両サイドの止めてある部分を外せばすぐに回収できる――が一瞬にして元に戻った。
「……これ明日本当に出来るんですか?」
「クラスの準備もある今の時間帯が穴場だからここを利用するのが一番だろう」
となると明日もこの時間か。
「アイドル様! 明日、最高のステージを用意いたします! さぁ皆! 今から掛け声、相の手の予行だ!」
タナカの号令と共に美少女部の面々は大ホールの出入り口に雪崩れ込んでいった。最初から最後まで騒がしい人たちだったけど、手伝ってくれた点では決して悪い人たちではない。
「……あの人たちここ使うの?」
「仕方ないよ、使ってない時間帯はどこの部だろうがクラスだろうが、それこそよくわからん集まりでも使えるんだからさ」
私も大ホールを去ろうした際、演劇部の人たちの不満が自然と耳に入った。やはりあの部は嫌われている。だからこそ宣伝中でも美少女部の名が邪魔になることは多々あった。
不在の主催者の元争う私たち。
そもそもこれに負けるのはリスクがある。けど、勝つことに果たして見返りはあるのだろうか?
あの部の関係者、と言うレッテルが絶対に重くのしかかるだけだと思うのだが、この戦いの後でトレイシーさんはどのような道を切り開くつもりなのだろうか?
「それじゃ行くぞ。結構な額の物を貰った以上、それ相応の準備をしないといけないからな」
真面目なアーチェはあんな連中にでも恩を返すようで2-Dで催されるメイド喫茶の準備に向かった。
内面を知れば、と言う言葉があるが、内面を出し過ぎているあの部には最早出せる内面など無く、無理矢理出そうとすれば更に人を避ける始末になりかねない。
「目立つことはせず、こそこそが一番何ですけどね」
ネクロマンサーとして、いやこれは恐らく自分自身の性格の表れなのかもしれない。少し前に出過ぎたが故に前の崖に気付かずに今現在ここまで転げ落ちてきた。もし、しゃがみながら、いっそのこと伏せながら進んでいれば崖に落ちる前に崖に気付けていたのだろう。それを考えると、私とヘイボンは相性が良すぎた。
何でだろう。こうやって一人で何もかもしなくちゃいけない状況になった途端、過去の私への怒りが込み上がってくるようになった。
皆で困難を乗り越え、食事して、海行って、合宿して。それを楽しんでいた日々もあったはずなんだけど。
どうして今はつまらなく感じてしまうのか?
私はそもそもあそこまでして何がしたかったのか?
答えは出ない。
ただ、何となくわかるのが、今のこれではない気がする。
もっと別の何かを私は求めている気がする。
文化祭で私は何をしたいのか、そう考えながらクラスの催し物も無く、カトリナも忙しいが故にレッスンも無い私は帰路に着こうと正面玄関に向かう。
「本当ですか‼ 私頑張りますから!」
準備をしている教室とは違い静かな正面玄関だったからこそ聞こえた。感謝の挨拶。その声の主に聞き覚えがあった。
「今日も頑張ってるんだ」
先日の忠告が効いたのか、周りに轟くような声質は無い。
「はい! 勿論です。そこはお任せします」
どうやらお客が来てくれたようで、その声は活き活きとしている。
挨拶でもしておこうか、と思ったけどここで私が出てくることによって空気が悪くなるかもしれない。気づかなかったことにして帰ることにしよう。
出汁に使われる余所者のような扱いをされては可哀そうすぎる。
敵に塩を送る、と言っては偉そうに見えるがトレイシーさんにも嫌な思いはしてもらいたくない。
頑張ってくださいね。と心の中で思いながら私は学園を後にした。
けど、それは傲慢と言うものだった。
自分の存在をよく理解していなかった。
私はネクロマンサーであり、余所者であり。
そして、今回も余所者は――私だった。




