第2章-4 アイドルの下準備
「よ~ろ~し~く~ね~が~い~ま~ぁぁすぅぅぅぅぅ……」
〝拝啓 父上、母上へ
十二枚はやり過ぎだと思います〟
十二の絹が体を覆い、その隙間隙間に残暑の空気がまとわりつく。
そんな中で太陽が鎮座する室外へ赴くのは自殺行為に近かった。なので結局玄関先で宣伝活動を行うことにした。
とは言っても今の今まで受け取ってくれた人はほぼ美少女部の人ばかりだった。それ以外にも声をかけてくれた人はいたが、大概は衣装に興味を示していて、演劇部か裁縫部かと聞かれて美少女部のアイドル対決だと答えたら微妙な顔をして去っていった。
「これ、本当に、意味あるんですか?」
「誠意をもって。と言いたいけど、元が元なのよね……」
必要な物三。宣伝活動。
そして今回の先生は知名度抜群のクリス先生。
何をすればいいのか聞いてみて認知度を上げるならまずは声かけだと伝授されたけど、既にその真偽が問われている。
とは言っても私自身原因を既に理解しているから今更その話題をここでぶり返す意味はまるでない上にただ疲れるだけとなる。
「そもそも文化祭でやるとは言ってもほぼ内輪祭り状態で終わるのは目に見えてるわよね? それならクラスの催し物手伝った方がいいわよ? どうせ盛り上がりは普段と変わらないだろうし、収益は全部ディーナに行くわけだし」
「あ、クラスの催し物の準備は全部終わって、文化祭当日私の出番は何にもありませんので」
「準備時点でどうして何もしないこと決まってるのよ⁉」
倒れないように水分補給をしながらクラスの催し物について説明する私にクリスは問いかける。だって資料はほとんどヘイリーさんが集めてくれてたし、私たちがやることはそれをまとめて図にするくらいだけだった。模型作りなども手先が器用な男子生徒がほとんどしてくれましたし。
「……なら催す側じゃなくて催される側で文化祭楽しむのよ。あたしたちは例のお嬢様の一声で舞踏会になったわ」
「葡萄が食べれるんですか?」
「それだからメリアスは食いしん坊キャラがついちゃうのよ?」
「冗談ですよ! えっと、それは、えっと」
「ダンス会よ。それもお城とかお屋敷で行われる男女ペアの社交的な会。文化祭でやるなら仲良く踊ったり生徒たちの投票で一番うまい人を決めたりするのが普通だろうけど、イシュタル王女はそんなこと考えてないわね」
もはや独裁である。
王女を抱えるクラスの生徒でありその代表の立ち位置にいるクリスの気苦労は計り知れない。
「そっちはいいんですか?」
「いいの。よくはないけどね。王女が自分のやりたいことやるわ」
「それはよくな……。どうしようもないですね」
イシュタル王女がやると言ったのなら覆りませんね。恐らく、いや確実にアグロスが関わっていて、文化祭なのに外部から応援が来るのだろう。
「あたしは生徒会の仕事もあるから何のトラブルも起こさずにやってくれればそれでいいわ」
「イシュタル王女がトラブル起こさずにいますか?」
「どうせアグロスがシルバーロードの事業使うんだし、そこら辺の人は大人だから匙加減わかってるわよ」
同じ考えに至ってた。ここまでイシュタル王女たちの思考がわかるほど付き合いが長くなってしまったことに今更ながら恐怖する。
「生徒会の仕事も馬鹿にならないのよね。生徒会企画はもちろん、見回りが一番やっかいだわ」
「イシュタル王女みたいな突拍子もないことする人がいるかもしれませんからね」
「その言葉、あなたたちにそっくり返ってくるわよ」
「私はやらされてる立場ですからね!」
出来ればやりたくありませんでしたし!
「まぁ、今回の相手がイシュタル王女じゃない時点で最悪の事態は避けられるわよね?」
その可能性を常に視野に入れてきたクリスは安堵の表情を浮かべる。それを見て大体の察しはついた。
この人はあの人のことをほとんど知らない。
「文化祭のアイドル対決!! 是非!! トレイシー・モーレ、うぉっへ! スをよろしく~ぅ~…………お願いしまーす!」
「うわっ」
突然の大声。それも斑のある酷いダミ声にクリスが驚く。
私自身耳を塞ぐその声の主は、例のあの人だ。
「あっちからですね」
「早速先が思いやられるわ!」
抑えられない文句を垂れ流しながらクリスは私の指し示す方へと向かう。
果たしてそこには――まぁ言うまでも無いがトレイシーさんがいた。だって名乗ってたし。
「すみません! 他の人の迷惑になりますのでマイクを使って大声で喋るのはやめてもらえませんか?」
一応歳上と言うこともあって諭すような物言いで警告する。
「……ぜぇ、はぁ」
しかしそれを聞いているのかいないのか、トレイシーさんは息も絶え絶えになりながら膝に手を置いている。
マイクを使って大声上げてたのはよくわかるが、マイクを使ってならそこまで気合入れなくてもいいのにな。
「あの、大丈夫です……」
差し伸べようとした手が虚空で止まる。
手の先に、と言うか目線の先には昨日見たトレイシーさんがいた。
その服装はナンデモ学園の制服でも無ければ昨日着ていた私服でもない。今までの彼女が着ていた服ではない。
けど、私はその服を知っている。
布地を大量に縫い合わせてそれを服の形につなぎ合わせたような衣類。パッチワークキルトと呼ばれる類の服で、先日私がドレス工房で一番始めに見た服だ。
それを今高くて買えないと言っていた少女が着ている。それが示す意味に私は一抹の不安を覚える。
「まさか、トレイシーさん本当に」
「言っておきますけどやってませんからね!」
「あ、気づいた」
私の言わんことを先に理解していたのかトレイシーさんが断固否定する。
「でも、これで、私の、実力を、示すことができましたね。貴方は今騙されたんですよ」
過呼吸でやられかけ――と言う私も熱さにやられかけ――のトレイシーさんが勝ち誇ったような言い回しをする。
「ん? 何これ? 何か書いてある?」
そんな横で唯一超元気なクリスがある一点を見て疑問に思う。
クリスが指ししめすのはパッチワークキルトの赤い部分。若干薄い感じがして場所が場所なら体の輪郭がしっかりと見えてしまいそうな生地。涼しそうではあるが、衣服としては多少頼りない気がする。
その一ヶ所に確かに黄色の刺繍で何か書かれている。
「フキール?」
「これハンカチ作ってるお店だよね?」
「え? じゃあこれってそのお店で作ってる物?」
「そんな訳ないわよ。あそこはそこまで大きな企業じゃないわ。それに作ってるのは一番大きくてもテーブルクロスだったはずよ? 服は作ってないはずよ」
疑問がどんどん沸き立っていく中、その所持者であるトレイシーさんは自慢げに口を開く。
「勿論そこで作ってる訳じゃありません。何故なら」
胸を張り堂々と答える。
「私が作りましたから!」
…………え?
その言葉が一瞬理解できなかった。
「それにこれも買ったものではなく綻びなどで売り物にならなくなった物を頂いたにすぎません! それからここはカーテンを作っている所の遮光性お試しの見本を、これは違うハンカチメーカーのハンカチ。これはコイバナの花を包む梱包材。水漏れや棘が刺さらない為に厚手の布を使ってるの。そしてここ! ここは水がかかり辛いからチラシを使ったの!」
出るわ出るわのただタダ只。
買えないから服を作る、だけにとどまらず材料費さえケチるその姿には唖然とする他ない。
けどそこで呆気に取られてはいけないとばかりに「それでも糸代がばかにならないのよ!」と言われたのだからもう何も太刀打ちできない。
「アラクネの糸取ってきたって言わなかっただけましですか……」
「! その手がありましたか!」
「駄目ですから! テリトリーに入ろうとしないでください!」
貧乏だとしても魔物の体を活用しないでください! 呪具の素材として取ってる私が言えたことじゃないですけど!
「もうそれについてはいいから、それよりも宣伝はいいけど、マイクを使って、しかもそんなに力んでやらないで下さいね?」
パッチワークキルトの服で話が反れてしまったが、本来は過度な宣伝活動への警告が目的だった。
「アイドルは目立つことに恥じらいを持っちゃいけないんです! 大声を出す位の困難にビビっていてはいけません!」
「その意気は買いますけど、本番前に先生から呼び出し食らいますよ?」
そしたら本末転倒だ。
「宣伝するなら生声でお願いします。マイクを使うにしても先ほどみたいに力んで喋ら――それは何でしょうか?」
クリスが何かに気付いたようで、トレイシーさんに問いかける。
その視線はトレイシーさんの手元に向けられていて、その時点で何を見ているか理解は出来た。
「何ってマイクで――何ですかそれ?」
その結果私も同じ結末を辿ることとなった。
彼女の手元にはマイク、ではない何かが握られていた。
マイクと見間違うには類似した部分が多く、形状は完全にマイクである。
しかし上部にはガラスの玉のような物、柄の部分は筒状な物、恐らく何かのお菓子の箱がくっ付いている。
「マイク借りようにも美少女部の名前出したら相手にしてくれなかったし、かといって買うお金は勿論、借りるお金すら無い。そうなればやることは一つ。作るのよ!」
ここでも例の文句。
けど、先ほどの裁縫とは違う。
裁縫のスキルを馬鹿にはしていないけど、服を作るのと比べると、マイクはそもそも一般の人たちで作れる物品であるとは思えない。裁縫は何となくではあるが、やることが理解できる。けど、マイクを作るとなるとまず何が必要で何をどうしてそもそも何の技術が必要なのかもわからない。
それをやれるのだからトレイシーさんは何らかのギルドの技術資格を保持しているのだろうか? と言うかそれならその道に進んでもいいのでは?
「これはよく出店で売っているびっくりクッションの膨脹石を何個か取り出して、某有名プリンのお店――のガラスの器だけを使ってその内側に膨脹石を均等に張り付ければ、声をかける場所と声質でマイク並みの威力を発揮するんです! 連続で使い続けると喉を持ってかれますけどね。勿論全部拾い物です!」
やってることは工作でした。
びっくりクッションは屋台のくじで部類的に言えばよく手に入る所謂外れ景品に当たる。
これを椅子などに隠しておいて座った瞬間に座る際の接触音や椅子の軋む音が大きく聞こえるというとてもくだらない悪戯グッズだ。勿論外れくじなので捨てられることが多いのは言うまでもない。
そしてそれとセットになっていたプリン、の器も拾ったらしい。けど、私の記憶が正しければこのプリンって180マニーと言うお手頃価格だったような……。
「これで私も堂々と戦えるわ! あなたみたいに衣服もスタッフもお金をかけなくても勝てるってことを証明してやるわよ!」
「クリスさんはスタッフじゃないですからね」
「寧ろあたしが保護者ね」
「誰が子供ですか⁉」
同い年ですからね!
「あ、新しい顧客が!」
私達の前にテーブルクロスかカーテンらしき物を待って移動する女子生徒が。テーブルやカーテンを模様替えするとなると飲食関係だろうか?
その人たちを顧客と称し、トレイシーさんは近づいていった。
「すみません。文化祭でアイドル対決やりまーす! そこに私トレイシー・モーリスも出場致しますのでよろしくお願いします! 勿論このドレス工房の最新モデルのパッチワークの服を着ますよ」
私とは違いぐいぐいと宣伝するスタイルでトレイシーは捲し立てる。そしてサラっと嘯いていく。
知らない人相手にも笑顔で元気を与えるような印象。昨年アイドルをやっていただけはあり、その自信は本物であった。
けど、
「え? あ、あれ? 忙しいんですか? あ、当日は是非来てくださいね!」
女子生徒たちはそそくさとその場を後にする。
一連の動作をトレイシーさんは多忙が原因と考えていたが、私の目から見ると明らかに避けているように見える。
「ささ。次! 次行こうか!」
それに懲りることも無く、次の生徒に声をかけていく。
次へ、次へ、次へ。
矢継ぎ早と言う言葉がしっくりくる乱れ打ち。しかし、それのどれもが的を外し尚且つ的が遠ざかっていく始末。
それでも進めていくがピークは過ぎたのか、玄関に誰もいなくなった。
「…………」
「これじゃ宣伝も何もないわね、明日にしましょう」
誰もいなくなった玄関でクリスが提案する。
って、私も宣伝中だった! これじゃ声を張り上げても誰も聞いてくれないし、迷惑が掛かって怒られてはやり損にしかならない。
「あ、あそこに! すみません! 文化祭のアイドル対決で!」
けど、そんな状況でもトレイシーさんは声を出す。
しかもその相手は玄関、ではなくてその先にある校門から玄関に至る校庭にいる生徒。
こっちの声に気付いたのが遠目でわかるけど、流石に遠い。ちょっと近くに寄ったからという感覚で寄れる位置ではない。
「あ、来ました!」
嘘っ⁉
あれは無理だ、と思っていた生徒、遠目から見て男子生徒はこちらに向かってすごい勢いで近づいてくるではないか。
「応援ありがとうございます! 私トレイシー・モーレス、今度の」
その生徒に対してトレイシーさんは手を振る。が、それに対して応援のメッセージも、頑張っての握手もなく、生徒はトレイシーさんの前を通り過ぎて行った。
「アイドル様!」
そして私の前に辿り着く。
「どうして、どうして、どうしてなんですかぁ‼」
美少女部の生徒は私に対して疑問の声を投げかける。
涙を流し、鼻水を垂らすというできればお近づきになりたくない状態になった男子生徒は声を荒げる。
「な、何で、何でそんなに厚着をしてるんですか! それではC様がかわいそうではないですか!」
……あぁ、この人でしたか。
十二単は名前の通り十二枚羽織っている為、私の素の体系がほとんど隠れてしまう。普段露出の多い服を着てきた私を見てきた人たちにとっては異常に見えるのだろう。
……あれ? この状況って実は危ない?
「ならばファンとしてやらざるを得ない! 厚着を薄着に! 何なら薄着を下着に! 何なら無垢な姿に! 今すぐお助けしますCさまぁぁぁ……」
「成敗」
目をかっと開いた美少女部の生徒が飛び掛かろうとした瞬間クリスの一撃が脳天に打ち込まれた。
「宣伝活動をするのは自由ですけど、他人に迷惑がかかる以外にもこんな危ない奴が来る可能性だってあります。今みたいに腕に自信がある人が近くに居なかったら大変な目に合っていたかもしれません。宣伝活動をするのであれば登校時や下校時、人が大勢いる時間でお願いします」
「あの、私この時間に宣伝活動を薦められたんですけど」
「練習よ練習」
絶対後付けですよね。
「もし明日も続けるのであれば私が生徒会代表としてメリアス同様監視しますのでその間宣伝の方を――聞いていますか?」
何か厄介ごと扱いされ始めたけど、それをトレイシーさんが聞いている様子はなく、それでもって宣伝活動をするわけでもなく、ただ単に私を睨む。
「何で私じゃなくて」
呟きと共に向けられた視線は何かを羨むような感じで、その視線を外す気配はない。
い、痛い。
物理的ではないが視線が間接的に痛い。
クリスの説得も聞く耳がないみたいで、ひたすら私を睨んでいる。
流石に堪えるので私がゆっくりと目線を右に反らしていく。
と、突然夜が訪れる。
それもなんだか柔らかい夜。
「メェリアスさ~ん」
そして強烈な夜が襲いかかる!
「んご、むぅぅごごぉぉぉ!」
「あーん。そんなに甘えちゃって。島国衣装のメリアスさんも本当にかわいいですね」
「それ甘えてるんじゃなくて苦しんでるのよ?」
わかってるならカトリナを引きはがしてくださいよ!
カトリナの過剰な包容力と十二枚の着物のせいでここだけ真夏になってるんですよ!
「おぶろっぼぼぇ」
「ん? 何ですか? もっと強くですか?」
全然違う!
「逆よ。カトリナが強く抱きすぎなのよ。メリアス今厚着してるからそのままだとメリアスが熱中症で倒れちゃうわよ?」
「! そ、そんなことさせる訳にはいきません! メリアスさん! 今脱がしますからね!」
「人目があるんだから止めなさい。こういっちゃなんだけど、やってることがあの変態達と似たり寄ったりよ」
似たり寄ったりというか一緒ですよね!
「ぶわっふぁっ……」
「愛でたいなら後にしてね。それと厚着だから普段以上に丁重によ?」
「勿論です! 細く長く大事にしていきます!」
「な、長くは余計ですので手短に」
後ずっと着てるわけじゃないですからね。これ終わったらすぐ着替えますし。
「はぁ……。あっつい。もう着物でもよかったかもしれない」
「ん? 着物?」
購入して一日、着てから1時間も経っていないがこれを選んだことにもう後悔している。
そんな私の愚痴に反応したのはここにいる誰でもない第三者。
それも女子生徒の声ではなく男子生徒の声。
「あ、メリアスさん。そ、それって着物と言うものですか⁉」
「うげっ。めんどくさいことになりそうな予感」
大きな荷物を運んでいたシャオとヤンが私の目の前で止まる。いや、実際に止まったのはシャオでヤンはそれに巻き込まれた形だ。
以前の合宿で父上にかなりのアピールをしていたシャオは武士そして今の反応を見る限りだと島国自体が好きなのかもしれない。
「これが着物と言うものですか? でも着物は羽織るかたちの衣服を帯で絞めると聞いていたんですが、これはどこに帯が?」
シャオはどうやらこの服自体が着物と勘違いしているらしく、帯がないことに疑問を抱いている。
「そんなの後でいいだろ! さっさとこれ持ってかないと王女様がうるさいぞ! ったく。なんでCの俺達がAの準備手伝わなくちゃいけないんだよ」
「王女のパーティーになったのが運の尽きなのかもね」
「お前Aの生徒だろ! なんでこんなとこでネクロマンサーの御守りしてんだよ!」
「私は子供じゃありませんから!」
「生徒会の監視対象ね」
「子供扱いされないのであればそれでもいいです!」
これ以上弄られるのであれば三食牛乳にすることも考えなくちゃならないです!
「おら行くぞシャオ! Cの準備もあんだぞ! ずっとレイハに任せっきりにするわけにはいかねぇだろ!」
「……名残惜しいですが致し方ないか」
「文化祭当日にも着ますので見たかったらその時にでも」
「言っとくが当日もAでの仕事あるからな。逃げれると思うなよ?」
舞い上がる前にヤンが制圧しきった。
その一言にシャオは完全に鎮圧しきったらしく重い足取りで去っていった。
「イシュタル王女はクラス単位以上の何かをするつもりなのでしょうか?」
「周りの引き込める人達を引き込んで大規模な何かをするんでしょうね」
「そっちは生徒会で締まらなくてもいいんですか?」
「そこは王宮に頼むわ」
生徒会権限にも限界があるそうだ。
「とりあえず今日はこれまでね。カトリナバトンタッチよ」
「お任せください!!!」
「任されなくても結構ですよ……」
とは言うがこの姿では踊ろうにもほとんど踊れない。無理をすればこけること必死だ。
だから歌で何とかするしかない。
「なので私たちはこれで失礼――あれ?」
クリスは去り際もう一人のアイドルに忠告しようとする。が、
「いないですね」
「いつの間にいなくなったのかしら」
私たちが目を離していた一瞬でトレイシーさんはいなくなっていた。
その日を最後にトレイシーさんの甲高い宣伝を聞くことは一度もなかった。




