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第2章-3 アイドルの下準備

 聞きなれた名前に視線を向けると、そこにはいろんな人が行きかうヘイワ街でも目立つピンク髪のエルフがいた。

 そして目立つ理由はもう一つ。ドレス工房の店舗とその横の店舗との間にある狭い路地に蠢くピンク色は気持ち悪い位に目立って不気味だった。

「……何してるんでしょうか」

「私に分かるわけないじゃないですか」

「それならお得意の憶測でお願いします」

 私の引き出しを開けるどころか抜き出す位の憶測に期待してミクシェの考えを聞く。

「得意って訳じゃ――いや、これはまさか……」

 何か思い当たる節があったらしい。

 けど、その顔は暗い。

「どうしたんですか? 何かわかったんですか?」

 と聞くも返事は無い。

 変わりに返ってきたのは石畳を駆ける音。

「何をしようとしているんですか!」

 送れて聞こえてきたのは叫び声でそれはトレイシーさんに対する物だった。

 突然の声掛けだったのか、トレイシーさんは驚く表情をしているが、そんなのはお構いなしと路地裏の方へとミクシェはトレイシーさんの手を引いて消えていった。

 その後を急いで追う。以前の財布事件の記憶から脚力の差で見逃すかもしれなかったが、今回は意外と近場に二人ともいた。

「誰なんですかあなたは!」

「ナンデモ学園の生徒です! それよりもモーリスさん! あなたは今何をしようとしてましたか?」

「な、何で私の名前を知ってるんですか⁉」

 トレイシーさんが突然現れたミクシェと対立する。

「そ、それはここの服を見に来て」

「なら正面から入ればいい話です。それをしないあなたはどう見ても不審でした」

「だから何ですか!」

「あなた盗む気だったんじゃないですか?」

「はぁ⁉」

「えぇ⁉」

 ミクシェの推測に私も加害者とされているトレイシーさんも驚いていた。

「何で私がそんなことするんですか! 貧乏だからですか? 貧乏が悪いんですか⁉」

「答えを言ってるような物じゃないですか。そうじゃなかったらあそこで何をしていたんですか?」

「買えないから参考にしてたの! 盗むわけないでしょ!」

 トレイシーさんが反論する。けど、ミクシェの問答を止めれない。

「なら何で中に入らなかったんですか?」

「それは決まってます!」

 けど、トレイシーさんは否定し続ける。その理由は実にトレイシーさんらしいものだった。

「入場料が払えないからです!」

「…………」

 その一言はミクシェを黙らせるには充分だった。

「あの、ミクシェさん。入場料って幾らだったんですか?」

「300マニーです」

 ジュースよりもお高い程度のお値段でした。ミクシェが二人分払ってくれたのも納得が行く。

「そうでしたね」

「そうなんですよ」

「何ですかその目は! そしてあなたはメリアスさん! まさかこんな高級品を買いに来るなんて!」

 ドレス工房は確かに一般的な服屋に比べたら高いけど買えないほどではない。けど、それはトレイシーさんには通用しないようだ。

「けど、私は負けませんからね! そんなことに折れていたら億万長者は夢のまた夢ですからね!」

 折れない心は買いますけど、夢が異様なまでに高いですね。

 絶対ディーナと相性いいんだろうなって思うけど、相性悪いんですよねあの人と。

「と言うか今からならショーも終わったから普通に入れますよね? じっくりと見たいなら今からならタダですし、何なら試着も出来ると思いますよ?」

「あっ……。さっき見たので衣装の構想はばっちりですからその必要はありません!」

 今、しまったって顔してましたよね。

「それではまた明後日学園で。その時は目にもの見せてあげますからね!」

 一体何をする気なのか、アグロスみたいに変なこと考えなければいいのだけど。

 普通に暮らしていたら見ることもないだろう奇抜な髪色もあって威圧感抜群で私たちの横を通り抜けて路地裏を後にする。

 ん?

 その後ろ姿を見て違和感、いや異変に気づく。

 異彩を感じる髪。それ自体も確かに違和感ばっちりなのだが、それ以外にも気になる点。ピンクの髪がある一点から色が変わっている。

 根元、頭皮の方が茶色っぽくなっていてそこからピンクの髪に変わっている様はピンクのお花が土から生えているようにも見える。

「何ですかじろじろと見て」

 その視線を悪意と感じ取ったのか、トレイシーさんはやるせない返事をして振り返る。

 振り向く際に揺れる前髪。そこに先ほどの異変は無い。

「いえ、その。後ろの髪に他の人の髪が混ざっているみたいなんですけど」

「へ? 他の人?」

 これが最適解で無いのは反応にてわかる。

「あ、染色剥げてますよ?」

「えぇっ⁉」

 その解をミクシェが持ち合わせていた。

 慌てるトレイシーさんはお店の窓ガラスを鏡に例の場所を頑張って身を捩り確認する。

「うわぁぁ……前ばっかり気にしてたら後ろを怠ってた!」

「やっぱり染めてたんですね」

「ディーナさんは染めれば目立つって言ってたから切るもの切ってこれだけは続けていたんですよ」

 まぁ確かに目立ってはいますけど、それが異様な独自性を醸し出していて逆効果になっているように見えてしまう。

「染色って髪を染めているんですか?」

「髪の場合は洗髪ですね。私も一時期エルフの白髪に憧れて染めようかなって思ってた時期もありましたね」

「でも、今はやってないんですよね?」

「高かったから止めた。ただ染めるだけなのに何であんなに高いのかな」

「それですよそれ! ただ色塗るだけでぼったくりですよね!」

 ミクシェの知られざる過去話を聞いているとその話にトレイシーさんも同調する。どうやら洗髪の道具は高いらしい。

 自らの生活を犠牲にし、アイドルとして頑張っていくために全てを注ぐ。そこまで情熱があるのなら私より遥かに優秀だと思うんだけどな。

 これじゃファッションショーに参加するお金が無いのも仕方ない。

「在庫切れだったよね……。また絵具買わなくちゃいけないのか。今月、それどころか今週大丈夫かな……」

 ……絵具?

「洗髪の道具って絵具何ですか? ミクシェさん絵具さえ買えないほど貧乏なんですか?」

「違います! 違いますから! 洗髪材は絵具じゃないですから! ちゃんと調合したそれ専用の物があるんです!」

 ミクシェが必死に否定するのも納得がいく。財布はシャレールだし、店内での小慣れた感からしてドレス工房の常連っぽい。そんな私よりもセレブなミクシェが絵具一本に狼狽え訳がない。

 となると間違ってるのは。

「絵具だって馬鹿にならないですよ! あんなに高いのを何色も揃えている美術部の人たちはどうかしてますよね! 基本赤と青と黄だけあれば何でも出来るんですからそれだけ買えばいいでしょうに」

 いや、間違ってはいない。互いに間違ってはいない。

 育った環境が違い過ぎたんだ。

「そもそもですけど、絵具で洗髪はまずくないですか⁉ 洗髪専用じゃないですし、乾いたらカサカサになって髪の毛が荒れますよ!」

 絵具は水で溶かして使うのが基本だが、それでも時間が経つと固まってしまう。手についてしまったのに気づかなくてお風呂で取るのに四苦八苦した過去がある。それが髪だったら洗い落とすのは大変だ。

 おまけに髪を痛めれば枝毛も酷くなる。髪の寿命を縮めるかもしれない。

「髪なんてまた生えるんだし、そもそも切っちゃうからいいの!」

 けど、そんなこと気にしないトレイシーさんは自然の定理に基づいてこれを止めようとはしない。

「それにちゃんとニスも使ってコーティングしているんですよ!」

「それも洗髪材じゃないですよね?」

 美術道具ですよね? 木のツヤを出す物であって、髪のツヤを出すものではないはずなんですけど。

「でも触った感じはべとべとしませんよね。一体どうやって染めてるんですか」

「ま、待ってください! 触ると剥げちゃうんですよ! 一本一本やるの時間かかるんですよ!」

「一本一本やってるんですか⁉」

「そうよ! 5時間もかかりますからね!」


 〝拝啓 父上、母上へ

 この人の貧乏精神はヨミガエルにも通用するかもしれません〟


「て、そうでした! ニスも無かったんでした! それでは失礼しますよ!」

 まだ足りない物があったらしく、トレイシーさんは足早に去っていった。

「よ、予想を遥かに超える人でしたね」

「去年話題にならなかったのが奇跡なくらいですね」

 私のパーティーも個性的な面々が揃っているけど、あの人もだいぶ個性的でしたね。

「お待たせしました。店舗を元に戻しましたので、これより再開店いたします」

 裏事情飛び交う裏路地とは真逆。今を行く表世界の表通りにドレス工房再開店のお知らせが届く。

「お。再開店したみたいですね。それじゃこちらはリッチに行きましょうか。染色も済んでることですし」

「地ぃ毛ぇでぇす!」

 珍しい髪色していると思いますけど正真正銘の地毛です。母譲りの地毛です。

「で、何の服を選ぶの? 初めのパッチ? それともジュモクの儀式衣装子供サイズ?」

「私はどうせ子供ですよ。だったら大人らしい私を見せてあげますよ」

 最後の最後に私の心を射抜いた一つ。

 店内に再度入り、私は迷わずそこまで行った。

「すみません。これ下さい!」


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