第2章-2 アイドルの下準備
翌日の午前10時。朝からの練習もコンサートも無いので普段よりも楽だという残念な習慣が付いてしまった私はなんと15分前行動と言うあり得ない所業をする。
勿論、
「メリアスさん⁉ 嘘でしょ⁉ 私の時計壊れてる⁉」
ミクシェには酷く言われる始末である。
「私が早起きするだけで……」
「時間通りならともかく私より早く来てたら驚きますよ!」
どれだけ私が時間に疎かったか再認識することができた。
「私だってこのくらいなら最近はずっと起きてますよ! 去年は夏休み中昼過ぎに起きてたのに、今年はそんな日が両手で数え切れるくらいしか無かったんですよ!」
「いいことじゃないですか。女の子したいなら一期分損したんだから二期は早起きして色んなことしましょう。その第一歩として、それ!」
ミクシェが一喝しながら指差したのは私の体部分。
「その服前の時も着てましたよね! それしかないんですか?」
あぁ、そういえば何の因果か、普段ミクシェに会う時はいつもこの服だ。これは誤解を解いておかなければならない。
「失礼な外着兼部屋着が二着もあるんですよ!」
「少なすぎ⁉」
えぇっ?
「決まり! 今回は普段着も買う! 出来ないのなら今度の新聞に『パンツ丸出しで一日誰も指摘されず事件』をお笑いコラムとして載せてもらいます!」
「だいぶ昔のを掘り出しましたね⁉」
それはまだ一期生の頃、誰にも印象を与えない呪具ヘイボンを使っていた時の話。
今とは違い毎日昼登校していた私はある日、夜更かしのし過ぎで半ボケ状態のまま登校したはいいが、何とスカートを履き忘れると言う大事件を起こしてしまう。
上着の丈がそこそこあるナンデモ学園の制服では前から見れば僅かに下着が隠れていたが、誰が見てもスカートを履いていないことはわかるはずなのに、誰もそれに気づかなかったのはヘイボンの良い影響であり、悲しい影響であった。
「今思えば昔のメリアスさんはネタの宝庫でしたよね。炭酸入り瓶の蓋で顎強打事件。縦笛逆方向で吹いていた事件」
「ごめんなさい。もう止めてください。何ならミクシェさんの服も買ってあげますんで」
「そこまでして貰わなくても大丈夫ですよ! 大事に少しずつ使いますから」
「使う時点で駄目ー‼」
命を狙う人がいれば社会生命を狙う人もいる! このままだと違う意味で日中出られなくなっちゃう!
「お待たせしました。今から入場受付を開始いたします」
暗い闇を握られ嘆く私とは正反対の明るい声でドレス工房のスタッフが入口のCLOSEをOPENに変えて扉を開けた。
「入場受付?」
この前水着を見に来たときはそんなものなかったはずなんだけど。
それに今まで気にしてなかったけど、何で今日はこんなにお客さんがいるんだろうか。休日だとは言え服屋にこんな人が集まること何てあるのだろうか?
「これからショーが始まるの。二人です」
周りをきょろきょろ見渡す私に感づいたのか、ミクシェが答える。とついでにスタッフの人に人数を伝え、何かのチケットを貰う。
そこにはこう書かれていた。
「ファッションショー?」
「メリアスさんには一生関りが無いと思われるイベントですよ」
何と失礼な、と思うがヘイボンを使い続けていたらこのイベントどころかドレス工房にすら行ってなかったと思う。
「どんなことやるのかは中入ってから。後が詰まってるよ」
どうやらこのイベントに参加したいが為にこれだけの人が集まったようだ。私の後ろにはまだ人が列を成している。
素直に従い、ミクシェに促されるまま中に入る。
ドレス工房の中は一カ月ほど前に訪れた時と同じく多くの服が並んで――いなかった。
いや実際は並んでいたが、角に追いやられていてる。
客に展示すると言うよりかは倉庫に保管するような並べ方。店としてどうかと思うが、皆はそんなことお構いなしに中央に向かい、並べられた椅子に座る。
椅子は店の中央を取り囲むように並べられ、そこには私がコンサートで良く使うようなお立ち台みたいなものが存在する。
「何か既視感を覚えます……」
「言っておくけどあいつらみたいにはしゃがないでよ?」
「そっち側じゃないですからやらないですよ」
寧ろあんな恥ずかしいことよくできるなって思います。
「で、今から何があるんですか?」
「文字通り、って言ってもメリアスさんはそれでも分かりませんよね。衣装を着たモデルって言うアイドルみたいな人が色んな服を着て皆に披露するイベントで、購買欲を推進させるものです。普段は人形が着てるから分かりづらいし、試着するには時間がかかってしまうからこういったイベントで多くの服を比べることが出来るって訳です。店側にしても売りたい商品のPRにもなるし、わざわざチラシを作る必要性も無いので宣伝費を抑えることが出来るんですよ」
「へぇ~。そんな宣伝方法があるんですね」
タナカは投写水晶や投写水晶盤を使っての宣伝方法を推薦していたが、ディーナを頼れないとそれは難しい。美少女部の備品を使ったり美少女部からディーナに頼むのも何か違う気がするし、際限が無くなりそうで怖くもある。
それとは違いこちらはプロがやっている手法。これなら間違いはない。
私達が座ったのは比較的正面に位置していて、両サイドには知らない叔父様や叔母様、若い少女たち――ナンデモ学園の生徒がいるかもしれないが勿論わからない――が同じように中央を向いて待っている。
「男性もいますね」
「言っておきますけどメリアスさんの考えているような人たちじゃないですからね。奥様や娘さんへのプレゼントを見に来たんじゃないでしょうか?」
「そ、そうですよね」
図星だった。どうしよう汚染が止まらない。
自らの異変に恐怖していると、ステージの奥から見知った人物が歩いてきた。
「ようこそおいでになりましたわ。本日は皆さまの人生をよりエレガントに彩るための様々なニューコーディネートをご用意いたしましたわ!」
鼓膜が痛くなるほどの大きな声をあげたのはこの店の看板であり店長であるマダムさん。
ブラウンヘアーをどこからどのように出してどのように巻いてどのようにピンで止めているのかはこれをセットしたスタイリストさんにしかわからないだろうド派手な髪を掲げてステージの真ん中に独特の歩き方で歩み寄る。
「そして今宵のテーマは異国テイスト。時に週を、時に月を経てこのヘイワ街に辿り着いた文化の礎を是非ともご堪能ください」
湧き上がる静かでお淑やかな拍手に私も同調して手を叩く。
口調はイシュタル王女に似ているが、それであって威圧的では無く、寧ろ聞き手を引き寄せるような喋り方。できればその手腕を学んで宣伝に生かしたい気持ちである。
「それでは始めましょう。まずは西方の異国パステルより、赤が好きな人も青が好きな人もどんな色が好きな人でも魅了する魅惑の一品」
マダムの紹介によってステージ奥のカーテンが開く。そこにいたのはアーチェさんに似た高身長のモデルさん。歩く姿は先ほどのマダムに似て足を前方で交差するようにし、腰を左右に揺らすような歩き方をする。ゆっくりとした歩きで中央まで辿り着くとそこで一回転して、服の両裾を抓んで、優雅に一礼する。
その動きに澱みは無く、一つ一つが劇のように美しかった。
けど、それ以前に私はその人が着る服に釘付けだった。
「な、何ですかこれは……」
まるでパズルのように違う色が交互に継ぎ接ぎに縫われた謎の服。それもマダムが言っていた赤、青、それ以外に緑、黒、白、ピンク等々、もう数えるのも億劫になる色の種類の継ぎ接ぎがなされていた。
「パッチワークキルトですね。普通はカーペットとかカーテンに使うのですが、流石は芸術の都パステル。服にまで使うなんて」
「よくわからないです……。ああいう服に女性は惹かれるんですか?」
「私は微妙かな。派手過ぎるし」
「そうですか……」
これは女性受けしないのだろうか。とは言っても周りには真剣な目で見ている人や頷く人もいるから欲しい人もいるんだろう。
「でもド派手な衣装ってメリアスさんも何度か着たことありますよね?」
「ド派手、と言うか露出が派手な衣装は何度かあるかも」
最近の魔道士みたいに隠している部分と隠していない部分が反転してるような物は無いにしても、ディーナが何を狙っているのか見え見えな衣装は数々着てきた。
勿論今回そんなものを選ぶ気はしないし、何より間違ってもそんなものがドレス工房から出てくることは無いだろう。
「それでは続いての衣装です! 南国の暑い日差しを全て受け流しながらも異性の視線を受け止めることができる美貌。特有の黒肌が映える白い生地から黄色を加えたヘイワ街に多い白い肌でも違和感のない仕上がりに」
「ぶっ‼」
言った側から来た!
まるで水着のような上部に下は見えるギリギリなスカート。と言うか以前クリスが島で履いていたパレオに近い。
これは会場からもやり過ぎではないかと言う声に、これを本当にナンゴクの人たちは着ているのかと言う疑問が飛び交う。けど、そんなものお構いなしと言わんばかりにモデルの人は堂々とステージ上を歩く。恥ずかしくはないのか表情も全く変えずにクリス似のスレンダーなモデルが前まで歩いてくる。
先ほど同様特殊な歩き方をして中央まで来てターン。
「っ⁉」
今度は噴き出すことすらできなかった。
一回転する中で上部の服が僅かに風を含む。そうすることで普通は捲れないはず、いや捲れる訳がない上着の下部分が捲れ上がった。
まぁそうなると下から見ている私、いや私たちにはダイレクトに中が見える訳で、同じ女性である私すら恥ずかしくなった。それでもモデルさんは何一つ顔色を変えないのは肝が据わっているのか、或いは鈍感なのか。
「はわぁぁぁっ」
隣ではミクシェが赤面しながら戦慄いている。
その横顔を私が見ていたことに気付いたミクシェは消えそうな声で問いかける。
「着ます?」
「着ません!」
何が何でも!
その後も様々な国の衣装が用意されていたが、どれもかなり尖った物が勢ぞろいしていて着たい、と言うか着れる服自体がほとんどなかった。良かれと思って呼んだはいいが、ショーの主旨、思想がまさかそのまんまディーナ寄りだったことにミクシェ自身も内心焦っている模様だった。
「今の所候補ってどれですか?」
「それわかってて聞いてます?」
これが私の答えだった。勿論それをミクシェも理解している。
「一番初めのあれですか?」
「一応ジュモクの民族衣装もありかと」
エルフが治める国『ジュモク』は森の中にある為に枝や棘、虫などで肌を傷めないよう、伝統衣装には露出が多い服が少ない。
けど、アーチェやトレイシーさんを筆頭にエルフにはスタイルがいい人が多い。
だから森以外ではそのスタイルを活かした服を着用することが多い。それは神域でも同じで石畳の神殿などでは先ほどステージに出てきた人が来ていたような薄いシルクで出来た一枚布のような衣装を着用することが多い。
脚部と腕部の透明度が気になるけど、それ以外の露出は比較的抑えめでこれなら切れるかなと考えた。
「あれは無理ですよ」
所がミクシェはそれを否定する。
「あれはエルフみたいにスタイルがいい人が着る物だからメリアスさんには無理ですよ」
「んなっにぉぉ~!」
そりゃそうでしょうね! モデルの人も長身のエルフさんでしたからね!
「ならばお子様サイズを買いますよ! ミクシェさんもお揃いのにしましょうね!」
「何でですか! 私の方が背高いですからね!」
「3センチじゃないですか!」
「4センチよ! 伸びたの!」
「1センチしか伸びてないじゃないですか!」
「何だと!」
「何を!」
「お客様少しばかしお静かにしていただけませんでしょうか?」
「「……はい」」
醜い言い争いはスタッフによって制圧された。
「えーそれでは最後でございます!」
人前で言い争ってもう恥ずかしいし、どうせ一番始めので決まりだろうからこのまま出ていこうかと考えた時だった。
「東国、それも島国と言う封鎖的な世界にて気づかれた伝統。特殊な織りによって作られた『和』と呼ばれる神髄をとくとご覧にいただきましょう」
その考えが止まる。聞き覚えのある単語と共に奥から出てきたのは和装、それも着物や袴と言った物ではない。
十二単。
何枚も服を重ね着した物で、たぶん十二枚重ね着をしたその服は昔のお姫様が来ていたと言われる。
今の季節だとかなり熱いのだろうけど、モデルの人はそれを苦にせずステージ上を歩いている。
ただ傍から見ても歩きなれていないのは見え見えで、おぼつかない足取りに周りの客は心配している。
「な、何ですかあれ?」
ミクシェも不安になる奇怪な服。東方、それも島国と言う特異な場所での文化は情報通の彼女にもあまり知られていなかったようだ。
「十二単ですね。お姫様が着ていた物らしいですよ?」
「え? 何でメリアスさん知ってるんですか?」
「あ、言ってませんでしたっけ? 私、と後の方がいいかな……」
スタッフの方に視線を向ける。今度こそ追い出されるかもしれない。
ミクシェもなんとなく理解した時とほぼ同じ頃合いにモデルさんは最後の一押しで頑張り切り舞台の裏手に戻っていった。
「以上をもちましてドレス工房ファッションショーを終了いたします」
「ですが皆さま方、彼女たちは本日の主役ではございません。今からは皆様が主役でありまして、皆さまの新しいショーは今日これから始まるのです。それでは店内を戻しますので今しばらくお待ちくださいませ」
マダムが閉幕宣言をすると、私たち観客はスタッフによって一度ドレス工房の外に出される。中央にあったステージを片付けていつも通りの店内に戻す作業が行われるらしい。
「ありがとうございます。所でメリアスさんは何でじゅうにひとえって言う島国の服知ってたんですか?」
一時的にとは言え外で待たせるためか、店側から出された冷たいお水を頂いたミクシェが私に尋ねる。
「うん。私ハーフで父上が東方の島国出身なんです」
「えっ! そうだったの⁉」
やっぱり驚かれた。今回は牽制と言うことでハーフであることもカミングアウトしたけどそれでも驚かれた。
「ならなら、島国のこと知ってるんですよね! 床で寝るって本当? 下着履かないって本当? 失敗したらすぐ腹を切るって本当?」
「ミクシェさんどこからその妙な情報手に入れたんですか」
大筋は結構当たってるけど色々と間違っている部分が多い。
「床と言うか畳ですね。床板の変わりに張るい草と呼ばれる草の上にシーツを引いて寝ます。
下着を履かない、と言うのは大昔そうだったらしいです。代わりの物があったらしいけど」
「…………」
「下に潜り込まない! 私は履いてますから!」
スカートの次はパンツ履き忘れ事件みたいなことは絶対しませんから!
「……言っておきますけど私も詳しい訳ではないですからね。ドマンナカに移住したのがまだ物心つかない頃だったので、この知識は父上やブラムハム、私の家にいる執事から聞いたものですから又聞きになりますよ」
「それでもゼロから聞くよりかはいいですよ! 大陸出身は何人か知ってますけど、島国は恐らくメリアスさんが初めてですよ」
「まぁ知ってる限りの物は教えてあげますよ」
「やった! 勿論他の報道部の人には情報漏らさないでくださいよ」
「そもそも知らないから大丈夫です」
「そうでしたね、心配する必要性も無いし。それじゃさっさと買うもの買ってどこかの喫茶店で――あれ?」
いつの間にか次の予定を決めていたミクシェが何かに気付いたようで疑問の声をあげる。
「どうしたんですか?」
「そこにいるのってトレイシーさん?」




