第1章-2 アイドルとアイドル
「あー……おなねむい」
不慮の事故による朝食抜きと極度の睡眠不足が合わさって謎の単語が私の中から生み出された。
そんな中、
「……そういえば来てないな」
一カ月以上前とは違う物足りなさに気付き、隣の席を見る。
以前より圧倒的に早起きになったとはいえ、大体が朝礼前のアイドル活動が原因で彼女よりかは後に登校することが多かった。
故に、隣にミクシェがいないことに不安を感じざるを得なかった。
私がミクシェの隣にいないことは多々あったけど、ミクシェが私の隣にいなかったことは一度しかない。それを思い出すと妙に不安になる。
ガタン。
けど、その不安は隣から聞こえる椅子の動く音で解消された。
「おはよう、今日は遅かったですね、ミクシェさ……」
いや、解消されなかった。
「お、は、よ~」
「ど、どうしたんですか? ミクシェ、さん?」
今目の前にいる人は果たして一カ月近く前に隣にいた親友なのだろうか。
確かに声はそっくりだ。けど、その姿見は記憶の中の物より痩せこけ、いや、やつれ果てていて普段そそり立っていた髪が今では枯草のようにしなだれ、尚且つ色が褪せている。
「あ、ぁぁうん。大丈夫、大丈夫。恐らくもう大丈夫。ここまで来れば大丈夫」
いやいやいや。どう見ても大丈夫じゃない。目の焦点も私に合ってないし。と言うかあなたは誰と話をしているのですか?
「一体夏休みに何があったんですか……」
「うん。ちょっと出かけてた」
「出かけてた?」
「山に籠ってた」
「山⁉」
ミクシェに一体何があった!
「あんな状況になって始めてわかったわ。山の中は静かじゃないの。木々の騒めく音、遠くで川の流れる音、獣の足音、鳥の鳴き声は勿論、普段は何も感じない石でさえも小さく囁いているのがわかる。そんな中で忍び寄る存在を気にしなくちゃいけなかったのはいい経験だった気がするわ」
〝拝啓 父上、母上へ
友が出家しました〟
「そ、それは何の修行ですか?」
「修行? あ、そういえば聞きたいことがあったんだ」
「え、あ、うん」
先ほどの発言は悟っていただけなのか、私の質問の内容を理解できていなかったのか、どちらにしてもミクシェは私の問いには答えず、質問を返す。
「今日来てる?」
「へっ? 誰が?」
私の知る人物だろうか?
「うん、タナカ」
「え⁉」
知っている人物ではあった。が、その名前をミクシェが言うことに驚きを隠せなかった。
女性陣であれば誰もがあまり近づきたくない、名を呼びたくない人物の名を直接言うとは。それよりも来ているとはどういう意味だろうか? 避けたいのだろうか、もしかしたら山に籠る原因を作ったのはタナカなのだろうか?
「来ていると思いますよ。今朝ディーナさんから今回の文化祭について一緒に話をするとか言ってましたから。張本人がいなければ話も何もありませんし」
タナカと話すということは美少女部と何か催し物をすることが決定したも同然である。文化祭と言う特別な行事のはずなのにやっていることが普段とほとんど変わらない気がしてならない。
「で、ミクシェさんはタナカさんに何か用でもあるんですか?」
「うん」
静かに頷くと自分の鞄から何かが入った袋を取り出す。形から四角いものだけど、これって。
「お弁当作ってきた」
ガタンっ!
言うがよりも先に手が動いた。
「駄目です! 早まっちゃダメ! 何があったんですか! 何をされたんですか!」
親友の肩を掴んで正気に戻そうとその肩を揺らしてみる。
やっぱり山へ行った理由はタナカだった!
「何もされてない。いや、されたっけ。それのけじめ」
「駄目です! 訴えましょう! いやもう実力行使でクリスさんに頼みましょう!」
親友が森に連れていかれて変態に洗脳されましたと言えば必ず動いてくれるに違いない。
「さてホームルームを始めますのでシダさんは静かにしてくれますか?」
あ。
「……はい」
いつの間にか始まっていた朝礼に私は声のトーンと腰を下ろす。
幸いにしてミクシェはすぐにタナカの元に走っていくようなことはなく、逆にタナカがミクシェを呼びに来ることもなく朝礼は終わった。
その後ミクシェは体力の限界だったのだろうか、タナカに弁当を持っていくと迷走していたが、そのまま寝てしまった。
先生が見ているときにゆすり起こしたり、この先生は安全だと思ったらゆっくり寝かせてあげる。一期生の時ずっとこんなことやって貰っていたのにろくに感謝しなかったなと反省させられた。
ミクシェの体力は四限が終わる頃にはだいたい回復した。
「おかえり。……本当に渡してきたの?」
「流石に無理だった。冷静に考えたら私の先輩たちがいつ撮影しているかわかんないから下手なことできないんだった。ちょうど別教室の授業で教室がもぬけの殻だったからあいつのロッカーにメモごとぶち込んできた」
ぶち込んできたなどの台詞からようやく私は安堵する。
「よかった。ミクシェさんが洗脳されてなくて」
「あいつの危険性を教えた私が言うのも何だけど、別に危ないことされた訳じゃないから。寧ろ本当にけじめつけなくちゃいけないほどの恩着せられちゃったし」
「本当に何があったんですか……」
カトリナが作った朝食をお弁当箱に詰めた料理を摘みながら疑問に思う。
「私としてはこの机いっぱいの重箱群の方が気になるんですけど」
「これはカトリナさんが作った朝食です」
五人で分けたにも関わらずこの量。私に大食いキャラが根付いたのはカトリナの過剰愛が原因の作りすぎのせいなのでは?
「メリアスさんの家にいつもの五人が集まったんだよね? メリアスさんがズル休みしないようにって。と言うことは美少女部の催し物にメリアスさん以外の四人も参加するのかしら?」
「うーん……ディーナさんとアーチェさんは本腰入れると思いますけど、クリスさんとカトリナさんは何もしない、寧ろカトリナさんは学園祭を楽しみたいと邪魔しに来るんじゃないでしょうか?」
もうここまで言ってしまうと普段のアイドル活動と本当に大差がない。
「所で、報道部は何をするんですか? 普段通り新聞作るんですか?」
「いつもと同じことしてどうするんですか。年に一度の文化祭なんですよ?」
「それが普通の考えですよね……」
何で私の所は同じことをするんですか。
「ちなみに何をするんですか?」
「去年と同じ上半期ナンデモ学園流行り調査です。報道部は普段の新聞以外にも文化祭の時はヘイワ街向けの『学園新聞文化祭号』を発行する伝統があるから、そっちに時間を費やさなくちゃいけないの。だから部の催し物は簡単な物にしてるの」
「流行り調査ってファッション? グルメ?」
「あ、そっちじゃないよ。分かりやすく言えば流行り言葉調査。一学期の頃によく聞いた、見た言葉を皆から募ってそれをランキング形式にするの」
「あー。そういえばそんなのあったような、無かったような」
「見てねって言ったはずなんですけどねぇ~っ!」
ごめんなさい。それすら覚えていません。
「ちなみに今回はこんな感じかな?」
「え? 何でもう結果知ってるんですか?」
「予想よ。報道部やってるなら皆が気にしてること、今知りたいことを理解するのは必須スキルだからね」
流石報道部。と言うかそのスキルは寧ろ怖いし、そこから生じる詮索本能も故郷のことをひた隠しにしている私にしては凄く怖い。
「ちなみにミクシェさんの予想は?」
「そんなの決まってるじゃない」
何を言いますか、と言わんばかりの口調で普段使っている手帳の一ページを私に見せる。
「ネクロマンサー! 下着事件! はた迷惑!」
「全部私関連ですよね!」
下着事件は私がやったことじゃないですからね! それと今までの行為ははた迷惑だったんですね!
その下も軽く見る限り私が何らかの関与をしたものばかりがずらりと並んでいる。
「だって今期の出だしからメリアスさん爆走だったじゃないですか。眼鏡外してイメチェンしたかと思えばアイドルの姿になって暴走して破廉恥なことして」
「それ全部元をたどればディーナさんですからね! 寧ろディーナさん関連のワードは入らないんですか!」
「ディーナさんは去年目白押しだったから今回も入ってくるかなって思ってたけど、今回は陰で操るような立ち位置だったからぎりぎりランクイン出来るか出来ないかな?」
「ディーナさん去年も何かしてたんですか」
例え商人だったとしても妙に色々と手際がいいと思ったらそう言うことだったんですね。
「うん。寧ろ去年の方が凄かったし、そういえばあの人って――」
「あの人?」
「お食事中すみません! お話をよろしいでしょうか?」
ディーナがかかわる気になる話をぶった切るように声を出したのは普段先生が立っている教壇から、あの人は――えっと。
「ヘイリーさん。2-Bのクラス委員長なのに知らないの?」
もう私の表情を見るだけで何を考えているのかわかるようになったミクシェが私に答えてくれる。
「クリスさんと同じ役職の方なんですね」
「最低でも二期生の中に四人しかいないんだから全員覚えなさい」
「努力したいんですけど。私両手に数えるくらいしか」
「もうほぼマックスじゃないですか‼」
だって人と会うことも無かったし、ヨミガエルの人だって未だに全員覚えきれてないし。
ナンデモ学園の人と言えばクリス、ディーナ、カトリナ、アーチェ、目の前にいるミクシェ。後は王女一向の三人、レイハさんに後はこの前のシャオとヤン、タナカ――あれ? 折り返しに来てる! この一年で何か成長している、いや成長させられている気がする!
と、そんなことはさておき。
「で、――あの人は何の用があって、あそこに?」
「恐らく文化祭の出し物についてだと思うよ?」
遂に名前をわかるように言ってくれなくなった。いじわる。
「昨年は何をしていいのかわからず先生の指導や過去の一期生の催し物を参考にして無難な物を選んだと思います」
「そういえば去年私達何してたんだっけ?」
「わからないのはあなたがいなかったからですよ。売店が休みだったから代わりにジュースの販売をしてたの。メリアスさんの穴埋めるの大変だったんだからね」
それは無難ですね。普段売店がやっているマネをするだけですからね。
「一期生の頃見てきた二、三期生の挑戦を私たちもやれる時期が来ました。射的、お化け屋敷、過去を遡ってみれば宝探しや瓶で殴りあう遊びなど色んな催し物がありました」
最後大丈夫なの? 怪我所では終わらない気が。
「そこで私は古き良き伝統と新しいことへの挑戦を掛けて『歴代ナンデモ学園皆の一般常識』と言う催し物をしたいと思っています」
「一般常識?」
私の疑問はどうやら皆も共通の悩みだったらしく、至る所から疑問の声が上がる。
「簡単に言えばナンデモ学園の今までの資料をまとめて、今までのナンデモ学園生徒の平均を取ることです。身長や成績は勿論。資格の所持率、卒業後の進路、職業。それ以外にも売店から売り上げの方を調べて皆何を買っているのか、保健室の利用回数、遅刻率等々のマニアックな物も載せ。それを見にきた生徒たちが頷き、時には笑い、時には嘆いてもらおうという催し物です」
クラス委員長さんの発案した催し物は先ほど話していたミクシェの流行り言葉に似ている。
「メリアスさんは遅刻率歴代一位取れるね」
「しつれ――否定できない。寧ろ欠席率も取れるかも」
総合だったら今から挽回できるけど。強制的に。
「それもただ掲示するのでは面白くないので身長は模型を作ったり、進路先の資料を集めて掲載など、ただの紙媒体を避けることによって皆さんが飽き飽きしないような掲載の仕方を皆さんと五限目で考えたいと思いますのですが、如何でしょか?」
確かに紙媒体と言うのは見る人にとっては単なる睡眠導入剤にしかなりえない。絵本みたいに絵、投写水晶付き新聞みたいに文字以外があれば少しはマシになる、けど寝る人はいる私みたいに。
それを博物館風に展示することによって比較、想像を安易にして皆が楽しめるように工夫しようという考えらしい。それでも眠くなる人はいそうだけど。無論自分ですけど。
今朝私の館でクリスと話していた催し物とは違い、先ほど委員長さんが言っていた歴代の催し物は展示物を中心にした新たな試みと言う訳ですね。
……あれ?
「資料集めは勿論忙しいですし、平均を出すにはそれ相応の数学の知識がいりますし、何より根気が必要になります。けど、それを達成することによってメリットもあります。それは――」
「ねぇミクシェさん。これって当日やることって、あります?」
「そこです! シダさん!」
「ふぇっ⁉」
問いかけた方向とは別の方角から肯定が入ったことに驚く。
「この催し物は展示物の一種として皆さんに自由に閲覧してもらいます。つまりはお客様単体でこの催し物は楽しめますので、私たちが当日することは何もありません」
文化祭は生徒たちで店などの催し物ができる行事。なのに文化祭の日に何もしないという謎の催し物の提案に疑問が生まれる。
「そうすることで出来るのは? 勿論私たちの時間です。私たちは店員であり、尚且つお客でもあることを皆さん忘れていませんか!」
演説よろしく、委員長さんの口調がヒートアップする。
「今年もまた新期生がいっぱい入ってくれました! どんな催し物を考えているか分かりませんが、過去数年分の記録を遡ると飲食関係が一、二クラスは必ずありました。また、今回二期生が新たな挑戦で各国の料理に挑戦するかもしれません。二期Cには東方の大陸出身の生徒が何人かいますので東方料理の出店があるかもしれない! 勿論出身じゃないから料理を作っては駄目と言う制限はありません! 南国! カラミアン! ジュモク! ネンリョウ! どの国の料理が、どんな料理が今期の文化祭には並ぶんでしょうか!」
「あー……そういうこと」
早口で熱弁する委員長さんにミクシェが納得する。
「ヘイリーさんってグルメなんですよ。調理部の次期部長、もう部長だったかな? 自ら作るのも得意ですし、何より食べるのが好きで、共有したい人を増やしたいというのが本音なのかな?」
「あ、ヘイリーさんでしたね」
「まずそこなのね……」
ミクシェが呆れながら笑う。
「皆さんこの『歴代ナンデモ学園皆の一般常識』を一緒に成功させませんか? そうすれば皆さんはその日自由です! なんでも出来るんです!」
明らかに自己の為に企画したと言わんばかりの催し物の後付け。それに対して私は、
「す、素晴らしい」
感涙する。
「自由な時間、なんでも出来る。それなら寝ていてもOKだと!」
「いやいや、文化祭の時は来てよね! と言うか楽しんでよね!」
「楽しみます! 保健室か書庫で!」
「寝る気じゃないですか!」
そんなことは無いです。休憩です。
「でも、折角の文化祭を提示物だけにするというのは」
ミクシェが愚痴を零す。
けど、長い間ミクシェと付き合い、今期に至っては前期と違って避けることも無くなった。だからわかる。
「とは言うけど本音は?」
「記事に集中できるから大いに助かる」
と言うことだ。
他の皆も楽しみたい派が多く、いいんじゃないという声が響く。2-Bが楽をしたい派ばかりで私としては嬉しかった。
「それでいいんですか?」
けど、それを良しとしない声も上がる。
「催し物をするのであれば折角の文化祭何ですから、皆が一体になり達成感を味わう物をしませんか? そうそれは」
そう語るは2-Bの男子生徒。名前はわからない。
けど、私はこの人を知っている。
「メイド喫茶! 最近巷で話題になったご主人様をもてなす男たちの憩いの場! 勿論女性の方も入店可能! 衣装は私が所属するナンデモ学園美少女部の備品からいくらでも出して頂けると」
「それでは皆さん。『歴代ナンデモ学園皆の一般常識』に賛同して頂ける方、拍手の方をお願いします」
ヘンリーさんの呼びかけに対する賛同は多かった。教室以外で昼食を取っている人たちもいるが、その人たちが2-B美少女部生徒の意見に賛同したとしても勝てない数だ。そもそも賛同すること自体無いとは思うけど。
「申し訳ありませんんん‼ 力不足でしたMr.プロデューサーーー‼」
男子の嘆きはタナカに届いているのだろうか。あの人なら届いているかもしれないし、下手すると入口、もしくは窓から現れるかもしれない。
結局ヘンリーさんの意見が2-Bの意見であると言っても過言ではないほどの票数を得て2-Bの催し物は『歴代ナンデモ学園皆の一般常識』に決定した。
美少女部の男子と「もうちょっと皆が楽しめる企画にした方がいいんじゃないですか?」と思う先生の声は無視された。




