第4章ー3 アイドルとしての戦い
「来たよこれ。来たよこれ。来たよこれ」
「あの~……そろそろ私の話聞いてもらえないかな……」
「もう少し待ってよ。もうすぐで『聖職者百合確定』の記事内容ができるから」
教室に戻った後、ミクシェに明日の対戦相手の情報を得ようと声をかけた。イシュタル王女が参戦するとしたら、アグロスさんとゼノさんを加えても二人足りないこととなる。となると選択する方法は前の部隊から二人引き抜く方法と、大会不参加の生徒から選別する方法がある。
不参加の生徒から引き抜くとなると可能性は無限大だが、二日前の時点でクリスさんが四苦八苦しながら行っていたメンバー探しを今から行って。腕のある者を探し出すことは相当難しい。
となると前部隊から引き抜くと考えた方が妥当と言える。この方法ならあらかじめ五人の中から絞り出すことができる。
そこでナンデモ学園の情報通兼私の親友であるミクシェに明日の相手部隊に関して聞こうとしたのだが、先ほどからこんな感じである。既に数十ページにもなるメモを授業中も授業そっちのけで取り続けていた。その際何かぶつぶつ話しながら異様なオーラを放っていて、クラスの生徒はもちろん先生ですら近寄ることを拒絶するほどであった。
「よし、できた! 今度のナンデモ学園新聞は大増版決定ね!」
ようやくミクシェがノートを両手に持って顔をあげた。そのノートの空欄にはびっしりと文字が埋まっていた。
「終わったの? なら一つ聞かせてほしいことがあるんだけど」
「今回はギブ&テイク! メリアスさん、いつダニエルさんと寝るんですか!」
「意味がわかんないんだけど⁉」
「本人はしらを切っているが、感情の籠り方からして間近と……」
「今ので何の答えが出たんですか⁉」
記事のメモを書き終えたにも関わらず、未だにミクシェはおかしかった。そもそも聖職者と寝るなんてあるわけないでしょ! 寝ると言えば昨日私が気絶したとき何があったのかもまだ気になる!
「うん。本人の証言も得たしこれはいいものになりそうだわ。所でメリアスさんの質問は?」
「一体私が何を言ったのかわからないけど、えっと。私がメンバーに入っているクリスさんの部隊と明日当たる部隊。その部隊に所属している人の情報を知りたいんだけどいいかな?」
「そうそう、見てたよ! シルバーロードの悪巧み。チームを総入れ替えするみたいだったけどそんなこと前代未聞みたいで、報道部も昔の資料漁りまくってたわ。えっと次のパーティーよね。確かね……」
ミクシェは手に持っていたノートを捲っていく。文字ばかりの見た目同じようなページでも普段使用しているミクシェには何かの目印があるようで、ページをじっくり見ることなくお札を数えるどこらかのドワーフのような速さでどんどん捲られていく。
「あ、これね」
数十ページ戻った後、お目当ての情報が入ったページに行きつく。今月の出来事ではあったものの、結構戻ったことから察するに『聖職者ユリ確定』の記事は相当な量であることが予測された。一体何が書かれている。
「次回の相手は――騎士道ね。一番始めに参加を表明したチームよ。参加チームが奇数になった故に特別にシード枠になったみたいね」
「騎士道……とっても嫌な予感がする」
「まぁそのまんま。王宮騎士になることを目標にしている寄り集まりよ。王族の勅命なら喜んで引き受けるでしょうね」
嫌な予感をそのまま残してミクシェが素っ気なく言った。となると明日イシュタル王女と当たることは確定か。
「で、王宮騎士の卵の寄り集まりであると同時にこの部隊、全員近接特化騎士なの。剣の使い手が二人、槍の使い手が二人、巨大斧の使い手もいるわね」
「うっへー……」
よりにもよって屈強な強者だらけ。私のチームで近接に特化していると言えばクリスさんだけなのに、よりによって五人全員とは。
「メリアスさんもいきなり挑まれると危ない感じ? 魔道士は詠唱や集気に時間がいるから近接系統にはあまり当たりたくないみたいだけど」
「右に同じ。私自体は魔力の塊だけで、それ以上それ以下でもないからね」
「じゃあ、私のデコピンでも簡単に吹っ飛んで行っちゃうのね」
「おどれを先に吹っ飛ばしてやろうか、平民」
どうも最近のミクシェは私を見くびっているようです。後でそれ相応の仕打ちが必要だ。
「まぁでも私の場合ちょっとしたずるができるけどね」
「ずる?」
ミクシェが首を傾げると同時に、前から大きな咳払い。
「それでは今日のHRはここまでにします。シダさんとアヴァロンさんには残って掃除をして行って貰いましょうか」
「「あっ」」
そういえば今帰る前のHRでしたー。いやー失態、失態。
「で、結局ダニエルさんとはいつ頃からお付き合いを?」
「その話何度目よ……というより根本から否定しているのに何で話を戻すの?」
「そりゃ、スクープになるからよ!」
「自分で記事のネタ作って楽しいですか……」
箒を持って机の合間を掃き掃除すること10分くらい。まだ春になったばかりの外は既にオレンジ色に染まっていた。部活動に参加している人以外は全員帰っているに違いない。私も本来はそうである。
「そういえば、ミクシェさんは部活行かなくていいの?」
「報道部は週末に出来上がった記事を持ち寄ってそこからナンデモ学園新聞を作りあげるから、基本的に個人で自由にやってるの」
「自由すぎるのもどうかと思うけどね……。あのタナカとかいう奴の部そっくり」
「伝統ある報道部をナンデモ学園美少女部と一緒にしないでよ!」
わりかし本気で怒られた。美少女部を敵視している女性陣は結構多く、ミクシェも例外なく毛嫌いしているようだ。
「それよりもいいの? アイドルになるってことはあいつらに追われる可能性は多々あるのよ。あいつらストーカーはもちろん、家宅侵入、盗聴、盗撮何でもござれだから」
「大丈夫。その辺は昨日きっっっつく言ったから何とかなるはず」
「?」
何のことかわからずに首を傾げるミクシェ。ちなみにきつく言った相手と言うのはもちろんお家のなまくら警備面のことであり、次に失態があれば近々父上の成敗を受けることになっている。
「さてと。これくらいでいいかな」
塵取りでさほど多くない埃を取り、ゴミ箱に放り込む。
「んじゃ帰ろうかな。メリアスさんっておうち郊外だよね? 途中まで一緒に行く?」
「途中と言っても数分程度だけどね。いいよ」
あぁ……これが一緒に下校と言う奴か。今までの私には無かったことである。いつか一緒に登校という物もしてみたいものだ。あ、クリスさんとは一緒に登校したか。……果たしてあれを登校と呼んでいいのか否かは別として。
「メリアス。ちょっといいか?」
初めての一緒に下校となる前に、教室を出た瞬間呼び止められた。考えていた矢先だったので、クリスさんかと思った――が、そうではなかった。
銀髪の煌めく背丈が私の頭一つ半は出ているのではないかと言う高身長のエルフが、結構な高さに位置している窓枠に軽く肘を乗せて待っていた。
「アーチェさん? どうしたのですか?」
「少し話がしたくてな。メリアスを借りて行ってもいいか?」
「えっ? あ、どうぞお構いなく」
アーチェさんはミクシェに一言断りを入れ、ミクシェはそれに同意する。
「それじゃメリアスさん、また明日~」
手を振って去っていくミクシェに私も手を振り返す。
「それでどうしたのですか? そういえば昼の時もいなかったですけど」
クリスさんのことに気を取られて忘れていたが、あの時アーチェさんもいなかった。先日の握手会の時には収入という報酬のために働いていた。今回は違っていたのだろうか。
「そうだな。少しあいつの動きを見てた」
「あいつ?」
「クリスのことだ」
突然出てきた名前に動揺する。が、何を見ていたというのだろうか。
「昨日の夜。メリアスの家のバルコニーでのこと覚えているか?」
アーチェさんの質問に私は頷いた。覚えているも何も、それについて考えながら今行動している。
「クリスさんは自分のせいで私がディーナさん、そしてイシュタル王女との面倒事に巻き込んでしまったと思っています」
クリスさんは責任を感じ、私はクリスさんが責任を感じざるを得ない事態になっていることに責任を感じている。だから私は今クリスさんの――アレクサンダー家の危機を脱する為に、明日の闘技大会での対策を練っている。
「そうか。でも、その顔だとわかっていないか」
「何をですか?」
疑問に思う私にアーチェさんは真剣な眼差しを向ける。
「あの時クリスはお前を突き落そうとした」
そして躊躇せずに言ってのけた。
「……………………えっ?」
「僕が行った時、クリスはメリアスの肩に手を置いていた。明らかに前傾姿勢だった所を考えると、その考えがもっとも最適だ」
「待ってください! クリスさんはあの時私にしたことを謝っていただけです!」
「その謝罪がお前の考えていることと結びつくとは限らない」
思いもよらなかった事実に否定したくなる自分に対しアーチェさんは問答無用で正論を説いた。確かにその謝罪が今までのことではなく今から起きること、つまり仲間を死へと追いやることへの謝罪であると考えられなくもない。
「メリアスは知らないと思う。クリスの家は昔」
「言わなくてもいいです! 知っていますから……」
思わず声を張ってしまう。その事実はミクシェから聞いている。そして、今は聞きたくない。
「そうか。だったら、よりクリスに注意するんだ」
「でも、私は止めませんからね」
アーチェさんの忠告に私はいくつもの意味を込めた断言をする。
「私はそんなことで明日の闘技大会を欠席はしません。クリスさんのパーティーで私は戦います」
「…………」
「もし、クリスさんが本気で私を殺したかったのであればもっと都合のいい場面がいくつもありました」
握手会の際に私を助けてくれたときなんかがそうだ、あの時の私は無防備だった。
「私は――クリスさんを信じています」
私の言葉を静かに聞くアーチェさん。目を瞑り聞き入る姿は凛としてかっこよかった。
そして、口をゆっくり開いた。
「誰も出るなとは言ってない」
「――え?」
「誰も出るなとは言っていない。寧ろ出てくれなくては困るからな」
「え? えぇぇ……」
自分なりに勇気のある行動を起こしたのだが、さぞ当然だろうと言い返され、この上なくやるせなくなる。
「僕が言いたいのはクリスに注意しろということだ。会うときはいつも。闘技大会中も、だ」
獲物を狙うかのような鋭い目つきで私を射抜く。エルフであるのはもとより得物が銃なだけに狩りは得意何だろうな。
「わかりました。でも、私はクリスさんを信じたいです。少し強引なところはありますが、責任感のあるクリスさんが、私を――ネクロマンサーじゃなくてアイドルにさせられたメリアスをどうにかしなければならない気持ちを持っていることを」
アイドルとして初めての仕事である握手会の時、最初は偶然通りかかったのかと思っていたが、あれは恐らく私に何か災禍が降りかからないかどこかで見守っていてくれたに違いない。実際本当に守ってもらったし。
あの時言ってくれたごめんは、ディーナさんによって強制的にアイドルとして売られることになったそれであったと、ミクシェ、アーチェさんの説明を受けても思っている。
「そうか」
短く肯定し、口元が僅かに和らいだ。無表情な時が多いアーチェさんの初めて見た微笑。
「なら明日は気を付けるにこしたことはない。クリスが役に立たなくなったときは僕かメリアスが主戦力になる」
「そうなりますか。でもディーナさんも頑張ると言ってくださったのですが」
「期待はしない方がいい」
「ですか~」
ドワーフって鉱山や洞窟で暮らす種族だから本来肉弾戦に特化した体つきなはずなのだが。
「とりあえず伝えたいことは伝えた。あいつの真意を言葉で受け止めるか、あるいは死で受け止めるかはお前次第だ。あいつはまだ、心の中で揺らいでいると思う」
「アーチェさん……アーチェさんも元からクリスさんを疑っていなかったのでは?」
「そうだな。初めメリアスと会った時にすぐ信じたのはクリスの紹介だったからだ。クリス自身が信じられないなら、お前も信じていなかった。敢えてこのような言い方をしたのは、冗談として取られて後悔するような結果にしたくなかったからだ」
アーチェさんは先ほどより少し声を大きくして話しかける。強調したかったことなのだろう。
「そろそろ帰るか。帰り道は逆だが、校門まではついて行く。帰りの道中も気を付けろ」
「大丈夫ですよ。私はクリスさんに特効のある力を持っていますから」
「それもそうか」
苦笑して先に歩を進めるアーチェさん。その背に私は声をかけた。
「あの。アーチェさんはどうしてそこまでしてくれるのですか?」
クリスさんの闘技大会、私のアイドル業。そしてその両方の危機にもアーチェさんは手を貸してくれた。本来であればどちらも自分には関係のない出来事であるにも関わらずだ。
「最近欲しい銃が見つかってな。両方丸く収まればディーナからの報酬で買えるんだ」
それに振り向くことなく答える。茶目っ気のある冗談なのか、はたまた本気なのかはわからない。それを確かめる間もなくアーチェさんは歩き出した。って歩幅広い! ちょっと待って!
夕刻色から暗闇に染まりかけた時刻。本来の仕事を忘れて三日目の夜を迎えようとしていた。




