プロローグ
〝拝啓 父上、母上へ
唸るような暑さは去り、朝夕日毎に涼しくなってきているはずなのですが、私にはまだ暑いです。父上は無事家に帰ることが出来たでしょうか? 父上のことですから心配は無用だと思いますが、安否確認の為お返事をよろしくお願いします。
話は変わりますが、先日は文化祭と言うナンデモ学園の一大イベントがありました。去年は諸事情によって一切触れていませんでしたが、この時期ナンデモ学園では生徒たちが劇やお店などの催し物を考えて出店したりショーを行ったりする行事があります。多少のトラブルはありましたが、予想を超える盛り上がりで無事終えることが出来ましたので、報告とその他文化祭の様子を撮った投写水晶をお送りします。ヨミガエルはこれから厳しい季節に入りますが、お体に気を付けて健康でいてください〟
「去年何も送っていなかったのは単に休んだだけなんだけどね……」
まぁあの頃はばれないこと優先でしたし、来賓の人多いし、何よりまだ暑かったし。
「おかしいよそれ! 文化祭と言えば学生たちの年に一度のお祭りだよ! はっちゃける時期だよ⁉ 飲む時期だよ⁉ ラノベの定番コースだよ⁉」
「ごめんほとんど何言ってるかわかんない」
遂この前帰ってきたうちの料理番は何かの仕込みをしながら、普段通りよくわからないことを口走る。
「で、その一生懸命詰めてるの何?」
「素麺パン! 素朴すぎる味で販売したらヒットしないかなって!」
「せめて何か味付けしてよ!」
本当に何の味もしないし、汁が無い故に素麺が水分をくれないから口の中がずっと枯れ続けながら食べるのは最早苦行。
「いやいや、こういった味っ気のない純真な奴にこそ真の味がある。素材の味、小麦の味が口の中にどこまでも広がっていく、コスモを感じることによって更なら高みの味を極め、最強のジャPANを作り上げるの! そしてアニメジャパンの明日を私も担って行く!」
「どうでもいいから勝手に販売しないでよね。お客様から苦情来たら面倒だから」
「来るわけないじゃん、この愛情100%のパンに文句なんて」
「なら私が第一号ね。まずい、すぐやめろ」
「直球⁉ 糞スレでももっと手の込んだ文句来るよ⁉」
ぶーぶー言うフロースを尻目に合体前のパンと素麺を片付ける。こんなに作って、またしばらく素麺か……。
「ところでメリアス今日は何も無いの? 無いならNEXPANの開発手伝ってよ。あ、調理は私がするから味見担当でよろしこ」
しかしフロースは折れる様子が無く、新たなパンを作ろうと模索する。ちょっと待て、何で食材の中にボンドやらサボテンがあるの? これ見て味見係が出来ると思っているの?
「商品化の話はディーナさんにでも聞いてください。私はこれから用事があるの」
「えっ! 嘘っ! 冗談で誘い切ろうと思ったのにメリアスが用事⁉ アイドル活動も無いのに⁉ 明日の天気は大噴火⁉」
「私に用事があるだけでどうしてそこまで大げさになるのよ⁉」
そして大噴火は天気じゃなくて天災だから! 私が用事を作るだけでどうしてそこまで天候が悪化するの!
「私にも用事くらいはあるんですよ! 文化祭が終わってからごたごたしてて、やっと時間が取れたんだから。それじゃそろそろ行ってくるわね」
既に最近揃えた外着に身を包んでいた私はそのまま館の外に出る。
八月も終わりようやく暑さも去ってきた今日この頃。ヘイワ街に入ると長袖に長ズボンと言った既に冬を意識した服装の人も見受けられる。
街の変化も堪能しつつ途中で寄った花屋『コイバナ』で購入した花束を携えて、私は中心部ヘイワ王宮――の横にある墓所に辿り着く。
ヘイワ一族は勿論、ヘイワ王宮に仕える審問官や騎士団などの役職、更にはその中でも上位の人たちの墓が立ち並ぶ。恐らくこの中にアレクサンダーと言う名もあるはずなのだが、現当主と元当主がここに入れるのかは私が知りえる範疇ではない。
そんな私の立ち位置からして全く関係ない場所を私は通り過ぎ、大きな門の前に辿り着く。
この奥に眠るのは、ヘイワ一族。ネクロマンサーの始祖ルバヌス・アルカードを討った者の子孫たちが眠る場所。ネクロマンサーである私が、天地がひっくり返ることがあっても絶対に来ることは無いだろうと思われた場所。
そこへ続く大きな門は普段塞がれており、ネクロマンサーは勿論、一般人ですら立ち入ることが出来ない場所となっている。
が、今回はそれを開けることが出来る。
それを可能にする人物が、あからさまに不機嫌な態度でこちらを待っていた。
「ご苦労様です」
それに嫌味100%で労ってあげると案の定舌打ちが返ってきた。
「何で俺がネクロマンサーの言い分を聞かなくちゃいけないんだ」
いつも通りネクロマンサーを毛嫌いする男、アグロスだが、罵声の勢いはいつもより明らかに弱い。
「イシュタル王女はいないんですね」
「当たり前だろ! お嬢様が何故お前なんかの為に待たなくちゃいけないんだ! 俺だって例の件が無かったらこんな願い聞く分けないんだよ!」
私の問いにアグロスは吐き捨てるように返した。てっきりネクロマンサーが王家の墓を荒らしにきたとか言い出して討伐しに来るかと思ったが、そういうことはないらしい。
「さっさと用事済ませてこい! こっちはこっちでやることがあるんだ!」
「始末書まだ終わんないんですか?」
「ぐっ!」
痛い所を突かれたらしく、アグロスは言葉を繋げることが出来ない。この人何枚書く予定だっけ。相当だったような。
「ほらさっさと行け! で、さっさと戻ってこい!」
言葉選びを諦めたのか、強引に門の鍵を開けると私を急かす。やっと時間が取れたんだからゆっくりさせてほしいものです。
けどうるさくされるのは御免だし、面倒なので仕方なく早足で門を通ろうとする。
「あ、そうでした」
「何だ。俺の顔に文句でもあんのか!」
「本音を言えばいいんですか?」
「言いたいことだけいえ!」
なら言っちゃおうかな。けど、ここで喧嘩しても疲れが溜まるだけだから止めておこう。
「今日ここを何人通りましたか?」
「お前が二人目だよ!」
「そうですか。それでは後程」
予想通りの答えが返ってきたので私はアグロスに見えない角度で微笑んで中へと入っていく。
大きな門を抜けると、それに負け時と一般的な墓よりも遥かに大きな墓が目の前に現れる。
イリス・ヘイワの彫像が象られた本人や子孫たちが眠る墓。
「時間が出来たので来ました」
数日前に出会い別れた相手に挨拶をし、墓前に花束を添えようとする。
そこには既に先客がいた。そこら辺に生えていそうな一輪の花がちょんと置かれていた。
「来てたんですね」
私は勇気ある一輪が隠れないよう、風に飛ばされないように前へ出してわたしの花束で守ってあげる。
「あの人は今残り少ない期間を頑張っているはずです。そして私も頑張っていきます。だから――その瞳で私たちを見守っていてください」
普段絶対することが無い指を絡めた祈りを、今だけは捧げることにした。




