第3章-3 ここは報道部何だけどやってることがもはや
「家⁉」
私はそこで立ち上がる。
軍曹の家が最終訓練施設だという驚愕な事実もさることながら、私は別のことで思考がいっぱいだった。
「その人は軍曹の家がある場所を知ってるのよね⁉ なら、そこを聞き出せば何かヒントがあるかもしれないのよね! なんせあの人の家なんだから住所とかその他諸々の資料とか」
希望が見え、私は希望しか見えていなかった。
だから変化に押し流される。
突然世界が回る。そして背中に強い衝撃。
何が起きたのかは掻き回された脳と背中の痛みで一瞬では理解できなかったが、ようやくわかる。
私は、タナカに押し倒されている。
タナカが私の上に四つん這いで覆い被さっている。
「ちょ。……な……」
声が出ない。今まで通りの対処ができない。
目の前に見えるタナカの目が、普段通りではない。
何かに憑りつかれた様にも見えるその目を見ていると動けない。夏休み前に突然化け物に襲われ連れ去られた時のようだ。
恐い。
ただそう思うだけで、何一つ身動きが取れなくなった。
「いいか」
タナカの吐息がわかるくらい間近で忠告される。
それに私は、ただ頷くしかない。
「そんな安易な考えで近寄っていい場所じゃない。いや、寧ろ発言すら危険かもしれない。あの場所はある意味テリトリーだ。凶悪な者がいる。浄化することもできない。ネクロマンサー以上の、神さえも恐れをなす何かが作り上げた地域。そこに近づくこと自体が死を意味すると思え。そして、二度とそのような考えをするな」
経典の一部を語ったような文句にただただ唖然とするしかなかった。
「まぁ僕も行ったことはないんだけど、というかあの人も何かできる状態でもないし」
張りつめた顔が操り人形の糸が切れた如く下がる。
おどけた顔で言うタナカに先ほどまでの気迫は無い。
「そうなのね」
「そうそう、あれには触れないのが一番。僕はそう思うよ」
「なら」
ポケットから得物を取り出す。
「私にも触れないでもらえないかな?」
四つん這いもさることながら、ちゃっかり肩に手をやるとは何事だ。
「そのままいい雰囲気であれとか? それなら遠慮なくその口に銃弾をプレゼントしちゃうけど?」
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょ、ちょ、あいってぇー!」
ここ最近では出したことも無い気迫を前面に出しきった結果、タナカは後ろに飛び退いて頭を打ちつける。
「こっちはただ注意しただけじゃないか!」
「仕方よ。し・か・た‼」
もしこのワンシーンが収められた投射水晶があるのであれば真っ先に破壊しなければならない。
もしこのワンシーンを目撃した人物がいるのであれば秘かに闇に葬らなければならない。
「はぁ。わかったわ、軍曹の家の場所を聞いたりはしないし、ましてや行こうともしないわ。で、時間を聞いてきたってことは、その人に会いに行くの?」
「うん。ただ言葉には気をつけてね?」
タナカの考えは理解できた。けど、まだ理解できない点が増える。
「言葉に気を付けるって、一体どこにいるのその人」
「精神病院」
「えっ」
タナカから出るとは思えない単語に凍りつく。
「先代はずっとうなされ続けているんだ。悪魔がすぐそこに来ているって。どんなひどいことされても二日三日ですぐに部活動に戻っていた先輩が、もう約一年だよ」
正式な部であれば精が出ると太鼓判を押されるところではあるが、この部の場合は寧ろ呆れる部類である。
それ故にこの長いブランクは異常に思える。
その場で一体何が行われたのか。
一体何をされたのか。
一体何を見たのか。
聞いてみたい。
問うてみたい。
その感情に素直に動いてみたい。
けど、それを束縛する何かがいる。
今迄通りに動きたいのに動けないのは私の中で何かが制御し始めたからに違いない。
「軍曹の名前に関わりそうなこと言うと暴れ出すんだよ。この前なんてコンソメって言った瞬間暴れ出したんだよ? 確かに語呂は似てるかもしれないけど。お医者さん曰く、もう日常生活には戻れないらしいよ?」
それって禁断症状か何か何じゃないのかな?
そんな物すら引き起こすあの存在。
果たして私は知っていいのだろうか?
私はそこへ行っていいのだろうか?
……………………。
「ごめん、私行けない」
折れた。
初めて折れたに違いない。
わからなかったということは多々あった。これ以上は調べられる材料が少ない、調べるには現在の技量では不可能。あらゆる物理的限界があった。
けど今回の場合は完全に断念だ。
私の意志の元、断ち切った。
これ以上知ってはいけない何かを感じた。
この世の物全てを知るという報道部、いや情報屋としての信念が揺らぎ、そして消え去った瞬間だった。
まるで虚無にいるような感覚だった。
私は何のために今日一日を費やしてきたのだろうか?。
私は何を追うべきだったのだろうか?
それがわからなくなってしまった。
「知りたいものがあるから追うのは人の信念だ」
まるでその考えが読まれたかのようにタナカは言葉を続ける。
「あの子は一体何をしているのだろう、何が好きなのだろう、どんなことをするのだろう、何色の物を履いているのだろうか。わからない。知りたい。その思いで寝れないのであれば調べればいい、見ればいい! あらゆる手段を使って!」
「私たちの部活をそのような下賤と一緒にしないでくれないかしら?」
それはもうむかつくので。
「けども知らない方がいい物もある。例えばその子の好み。知ってしまえば自分がそれに当てはまるか当てはまらないかわかってしまう。それが自分にとってはどうしようもならないと気付いた時の絶望感。変えられるなら変えてしまいたいと願うも叶わぬこの事実!」
「あなたたちの妄想はいつになっても実現不可能よ」
根本的なやり方を変えなさい。
「僕だって今までの報いを奴、軍曹には受けてもらいたい。この手紙を送ってきた奴のように試みたい。けど、僕は奴の底知れなさを知っている。底だと思っていた所がその奥があまりにも深く、漆黒が底を彩っていただけだとしたら、もしそれに気付かずにそこを叩き割ろうと試みたら、僕はそのまま奈落の底に落ちて、先輩のようになってしまっていただろう」
妙にポエムっぽい言い回しに腹が立ったけど、タナカの言いたいことはわかった。
世の中知るべきこともあれば、知らない方がいいこともたくさんある。
それは私たちに備わった一種の防衛機能なのかもしれない。
もしそれが無かったとしたら私たち人間はテリトリーの存在を軽視し、今のような比較的安全な社会体制を取れていなかったかもしれない。
「わかった、諦めるわ。この前の先生のこともあるし」
「それがいい。あの時はただの監禁だったが今回はそれに加えて何をされるかわからない。トイレに行く暇があるかもわからないから、それこそ前回のように」
「そういえばその記憶を潰すの忘れてたわ」
「ちょっと待って! 先から出てるバチバチは何⁉ そのペンどれだけ性能いいの⁉」
「報道部は色々敵が多いの。だからこその防衛手段よ!」
それはもう誘拐犯どころかその目撃者にすら色々奪われそうになりましたからね!
「それは駄目! いやその銃口向けるのも駄目だから! かといって電気も駄目! 待った! 待った!」
。
「待った」
慌てふためく待ったの連呼が突如重苦しい待ったに変化する。
「何よ。今から謝ってもとうに遅いのよ」
「違う。感じるんだ」
「何よそれ! あなたマゾ⁉」
そんな奴に電気流したくない!
「来るんだ。奴が」
「奴?」
タナカの顔は歪まない、不敵な笑みも浮かべない。ただ緊迫している。
「僕は知らないうちに奴に近づきすぎたのか。いや、そんな訳が」
「だから何なの奴って――きゃっ!」
私の問いには答えず、タナカは私の手を引き教室を出――ずにその横にある掃除用具入れを開ける。
中には年季の入った箒とバケツが入っている。
「一人が限界か」
そう言った次の瞬間、私は掃除用具入れの中に押し込まれた。
「え! 何! 何する気なのよ⁉」
「これで今までのをチャラにして貰いたいとは思わない。けど。もしよければ、俺のことを心の片隅にでも残しておいてくれ」
「何かっこつけてるのよ! と言うかあんたはある意味一生心に残ってるわよ!」
傷としてね!
「ならよかった。それと、もし気になるならココロマッサラ医院。そこにいる重症精神患者先代Mr.プロデューサーに会うといい。それじゃ」
と言ってロッカーは静かに閉じられた。
「ねえこれって何⁉ 下手な恋愛小説にしか」
「静かに」
と言う小声と共に扉が開かれた。
「またお前かへなちょこ!」
唐突な怒号はタナカの声ではない第三者の声。
それも聞き覚えがある声であり、今はとても因縁のある声。
(軍曹⁉)
それは軍曹の声だった。
「またかって何がですか⁉ 僕はここにいただけなんですけど⁉」
「そうか、お前はそれでばれないとでも思っているのか」
二人がどのようなやり取りをしているのかわからない。が、軍曹は怒っている――普段からそうだけど――ように見える。
「僕は今何もしてませんよ! 運動部の更衣室に隠し投写水晶機を設置したりなんかしてませんから!」
これは絶対しているな、後で記事にしてやる。
と言う思惑は次の瞬間にはかき消されてしまう。
「そんなことを聞いてなどおらん! 儂の身の回り、特に本名を調べようとしているのはお前か!」
!?!?!?!?!?
嘘! 嘘でしょ!
漏れそうになる声を必死に抑えて、私は驚愕する。
ばれてた?
でも何で!
先生たちの誰かが漏らした?
後をつけられていた?
或いは――。
考えればきりがない。ただ言えることは、私が今とてつもなく危険な状況に立たされているということ。
『僕は知らないうちに奴に近づきすぎたのか』
つい先ほどのタナカの嘆きが思い出される。
自分はその領域にいつの間にか踏み込んでしまっていたみたいだ。
調査、聞き込み、収集、監視、観察、盗聴。
このどれにも属さず、どれよりも優秀な何か。
それを知りえない私には、『勘』と言う安直な物にしか言い換えることが出来ない。
超常的な何かは今も私を追跡しているのかもしれない。
個室の中なのに突然後ろから肩を掴まれるかもしれない。
もっと手っ取り早くこの扉が勢いよく開かれるかもしれない。
恐い、怖い。
涙が零れそうになるが、それも許されない。その雫が弾ける音が致命傷になるかもしれない。
「儂を騙そうとしても無駄なんだぞ!」
「いやいや、本当に知らないんですって! そもそも調べ上げて何の得があるんですか!」
ここでタナカが私のことをゲロればそれで済む話。
しかしそんな状況になりながらも私のことを口外しないのは今までの罪滅ぼしか、美少女部としての美少女に対するポリシーか。場所が場所ならときめいていたりもしたりしなかったりかもしれないが、こんな状況ではそんなことを考えることさえできない。
「そんなことは知らん! こうなればお前が真実を言うまで連行だ!」
「だから本当に何も知らないんだって! 嫌だ! やっと終わったばかりなのに! アイドル様の取り立てお野菜を買いに行かなければならないのにー!」
いやだぁ、いやだぁ~、いやだぁぁ~~、…………。
タナカの声が校内、私の掃除用具入れのロッカー内に響き渡った。
「ぅ、……うぐぅ……ぃっだぁ?」
もうぐっちょぐちょだ。
訳の分からない感情が脳内を右往左往して顔も心も滅茶苦茶だ。限界まで抑えていた涙も止まんない。
もう止めだ。これを調べるのは止めだ。
タナカではなかったけど、恐らく美少女部の誰かがこの依頼書を送ってきたんだ。そんなの破棄だ。無効だ。やる必要性何て無い。
けど、ここまで踏み切って今更何も無かったかのように出来るのだろうか。
そこらかしこで痕跡は残っている。
そもそも、謎の力に対してどうやって拭い去る?
わからない。
消し方がわからない。
…………。
ならば、逃げよう。
あいつが忘れるまで。
タナカが今回の記憶を無くして真実を吐かなくなるまで。
逃げよう。
どこまでも。
事が冷めるまで。
◇
「よし、んじゃ昼休憩や」
「はぁ、はぁ。あちぃぃぃ」
「こんなんで根あげたら後もたんやろ」
「そんなこと言われても暑いものは暑いんですよ! この前なんか死にかけましたからね!」
「あれは熱中症やなくて前触れも無く倒れたやろ! 医者も魔力の激減が原因だとか言うとったやろ?」
「とは言ってもあれは過酷すぎますから労働改革を」
「しかしミクシェはん来んな」
「少しは下からの声を聞き入れてください! と言うかミクシェさん来るんですか?」
「記事の一部にしたいらしんや。宣伝効果もあるし快くOKしたんやけどな」
「時間には律儀ですから、何かトラブルでもあったのかな?」
「まぁ昼飯食べてればいつか来るやろ。ん? 珍しいな。あんさんがソーメン以外って」
「昨日突然うちの料理番が帰ってきてさ。素麺飽きたって言ったら珍しく素直に違うもの作ってくれたの」
「珍しいって」
「それに何か申し訳なさそうだったのが気になる。――絶対良くないことやったからご機嫌取りの為にやってるとしか思えないんだけど」
「まぁええやないか、毎日同じので飽きとったほざいてたやん、で中身何なんや?」
「そうだけど。って勝手に開けないでくだ――」
「パ、パンにソーメンを挟む。斬新やないかい……」
「無味ぃぃぃぃぃ‼」




