第3章-1 ここは報道部何だけどやってることがもはや
ナンデモ学園報道部には過去数十年分の記事と、記事にはならなかった没ネタが山のように眠っている。
それ故に報道部はナンデモ学園の情報源とも言われ、それが色んな所を行き来する中でいつの間にか情報屋と言う一面が一人立ちしていった。
そんな中で報道部には幾何かの報酬を要求する代わりに知りたい情報を提供するという体制が自然と出来上がっていった。
曰く、運動部の紛失した用具一式の行方。
曰く、〇〇君の好きな食べ物。
曰く、メリアスちゃんのパンツの色――これについてはすぐさま燃やしたけど。
内容の大半は私利私欲の物で満ち溢れている。
もうこんなもの無視してしまえばいいのではないか、とも思うのだが、これも報道部の部活動兼歴史として根付きつつある。
何より、報道部はなんでも知っているというのがステータスになりつつある。
調査、追跡、聞き込み。
あらゆるスキルを磨くためには情報屋としての仕事もまた重要になってくる。
この前なんて窃盗事件の犯人宅に捕まってまで情報を手に入れるというまさに身を削る仕業で新聞を作り上げた。
だからこそ、私ミクシェ・アヴェロンはどんな依頼でも受けてきた。
けど、けどだ。
今回の依頼に関しては私も躊躇した。
その理由については多岐に渡り、そもそもの根本には恐怖が植え付けられている。
私の憧れの対象でもある王宮審問官や情報誌の記者はこのような危険をいつも相手にしているのだろうか?
魔物は勿論、窃盗殺人などの極悪犯、上層部を網羅した不正な役人。
命の危険が真正面にある訳じゃない相手に、それこそ私たちが本来追うべきである盗人のように注意を向けながら立ち向かわなければならない。
だからこそ、私は慎重にならなければならない。今も監視されているかもしれないし、後ろから肩を掴まれるかもしれないし、この部屋の底は抜けて地下牢獄に真っ逆さまに――と言うのは小説の読み過ぎだろうか? ロード先生の例があるから無いとは言い切れないけど。
「と言うか、何で私がこんなこと悩まなくちゃいけないのかな……」
自分に問いかける。
その問いに答えるだけの解を私は持ち合わせている。
その解を見て、私は喚く。
「軍曹の本名が知りたいって誰得よ⁉」
報道部に届いた何の変哲もないノートの切れ端。そこにはあまりきれいじゃない字で『軍曹の本名が知りたい』と書かれていた。
これが最大の躊躇――と言うよりも最大の疑問であり、このやる気の出ない元凶である。
「こういう時に限って何で先輩たちはいないのよ……軍曹との付き合いは先輩の方が長いのに」
とは言う物のそこは報道部。伊達に情報を毎回かき集めているだけではない。
だいたいの理由はわかる。軍曹強化トレーニング最終年の一日じゃ終わらない体力測定のトラウマを抱えているからだと思う。
勿論ただ逃げるのは報道部としての威厳が損なわれるので、夏休みに行われた合宿先で起きた『人隠し事件』の真相を探るという名目で旅館ドイナカに赴いている。
それなら私が聞くっての。友達行ったし、最近の出来事はだいたいその友達を中心に起きてるんだから今回もたぶんその子が原因だってと言ったものの、調べてこその報道部だと必死に訴えてきたので、行かせることにした。あの時の表情は今でも忘れられない。一年後、私もああなってしまうのだろうか。
「まさかそうならないために今のうちに呪い殺す気じゃないわよね?」
遠くない未来に対し嘲笑うように冗談を言う。
メリアスが言う呪具と呼ばれる存在を使えば可能なのだろうか? 島国には藁人形と呼ばれる夜中の1時から2時頃に人を呪う儀式をする際に用いられる人形があると言うが、それに名前が必要だという。
「……あり得そう……」
嘲笑はいつの間にか乾いた笑いに変わる。
これを出したのは恐らく二期生の誰かだろう。
今の二期生は軍曹に目をつけられている人間――あの部関連がほとんどだけど――が多く、その中で誰かがこの手紙を送った可能性が高い。
そう考えると、これはもう燃やしてもいいのかもしれない。
やると決めたらどんな犯罪であれやってしまうような連中である。去年のプール開きには女子更衣室の屋根裏を改造して投写水晶機で撮影をしていて牢獄送りになっていた。それもほんの一部であり、入学式や二学期にある文化祭などのイベントでもトラブルを起こす連中に肩入れすることになるわけだ。それ以前に私も女性、被害にあったことも何度かあるのだから生理的に無理な所もある。
「そもそもこういうのってわかんないの? 先生の名前だから担当になった時に名前――ってあの人担当になったことなかったっけ。それでも教員名簿とか見ればわからないかな?」
あの人が担当のクラスがあったら地獄でしかないか。
確かこの部にはナンデモ学園が設立されてからの教員名簿の写しがあったはず。
面倒事起こされて飛び火を食らうのも嫌だし、名前の一部を変えて返信しようか。そうすれば呪いも不発で終わってくれるだろう。
「えっと今年のはこれか。えっと軍曹、軍……じゃなかった。えっとこれじゃない、この人はあの人」
名前自体がわからないので知っている先生の名前を潰しながら教員名簿をチェックしていく。
これはあの人。
それは――。
あれは――。
やがてチェックし続けた指先が空白に達し、
「……無い?」
疑問が生まれる。
そんなはずがない。
もう一回上から調べなおす。
この人はあの先生。この名前は確かあの人。実在する人たちと照らし合わせる。そうすれば必ず名前が残るはず。
けど、結果は同じ。全員の名前と顔、担当が一致した名簿に軍曹の入る枠はなかった。
「どういうわけ⁉ 何で軍曹の名前がないの?」
書き忘れ? その可能性を考えて昨年の教員名簿も調べる。
けど、結果は同じ。そもそもナンデモ学園以外の学校はギルドの専属校がほとんどのヘイワ街で転任などほとんどなく、新しく入る先生も稀なので顔ぶれはほとんど変わらない。
二年以上前になるとわからない先生も多数出てくるが、それでもだいたいは退職された著名な先生方ばかりで、会ったことはなくても何をしていた人なのかはだいたいわかる。それ以外の先生も情報部にある資料を調べれば大抵はわかった。
けど、私の欲しい情報は出てこない。
軍曹は、というより軍曹が発案したトレーニングは最低でも十数年は経っている。
それでもここ四、五年の教員名簿に名前が載っていないのはおかしい。
そしてここでふと気づく。
ここまで調べる間に、私は理解したくもない現実に行き着くこととなる。
「何で私軍曹の本名を知らないの?」
他国の名も知らぬ人というわけではないし、一度も関わりがなかったというには程遠い、寧ろ学園の先生となればご近所並みに付き合いはあるといえる。
なのにその名前を知らないとなると、まるであの無知寝坊マンサーと一緒ではないか。
ナンデモ学園報道部としてそれは許されない。先輩から押し付けられた面倒ごと、と受け取っていたが、もうそんなことは言ってられない。
これは意地だ。
卒業前に絶対に成し遂げて見せる。いまだ解明されていない学園の七不思議解明前の肩慣らしにはちょうどいい。
解明した暁にはあいつらから報酬をたんまり毟り取ってやる。例の水上仕様の投写水晶機もいただいてやる。
何だか妬みっぽくなったが、決して安く譲ってもらった物が旧バージョンだったことを妬んでいるわけではない。彼女とは過去に同じ苦しみを味わった中。その中で生まれた友情は本物……のはず。
「そ、それはそうと。まずはどうやって調べるか」
残念ながら報道部の情報では名簿、行事ごとの出席簿が限界。これ以上は探偵業よろしく、自分の足で稼ぐしかない。
とりあえずは直接聞こうかな。
今回の目的はスパイや暗殺とは違う。いや、最終的には呪い殺すかもしれないので暗殺ではないとは言い切れないけど。とはいえ先生の名前を聞くなど特に問題にはならないだろう。
「でも、面と向かっていうのは流石に」
変に声が震えていたりしたら何か裏があるのではないかと疑われかねない。
けど、あの顔と気迫でまともに話しをすることは難しい気がする。何でメリアスは軍曹の前で普通でいられるんだろう。一年なんとなく親友だったけど、あの子のことが未だによくわからない。もしかして軍曹ってあの子の死霊なんじゃ。
などと考えているうちに到着したのは職員室。先生のたまり場である。
夏休み故に普段と比べて明らかに先生の人数は少ない。
少しだけ顔を出して中を覗いてみる。
その中に軍曹の姿は――無い。
「ふぅ……」
ほっとする。いや、本当はいなくちゃいけないんだけど、やっぱり覚悟と言うものがあるから。
となると今度は……外か。確かまた問題を起こして軍曹に捕まっていた美少女部の連中も既に解放されたらしいから軍曹はそこ以外にいるはず。
……そこ以外?
「……え? あの人って何してるの?」
これまた今更だけど、あの人って普段何しているのだろう。
体育の授業を受け持っていて騎士を育てる合宿や訓練の際に出しゃばる。それ以外にあの人が何をしているか見当もつかない。
安堵したや否や早速行き詰ってしまう。
この学園ではビッグネームだったからこそ気にならなかったが、あの人には謎が多い。そのもの自体の恐怖もあるが、私にとってはこの不可解な点も恐怖の対象になっている。もっともそれを私が一切知らないという恐怖もあるけど。
「おっ」
と、そこである人物が目に映る。
「あの人に聞いてみよっか」
私は職員室の扉を開け、目当ての人物の隣へと歩み寄る。
「こんにちは先生。少しお時間ありますか?」
「どうしたんですかアヴァロンさん? 何かわからない所でもあるんですか?」
私の担任の先生だ。
報道部には顧問の先生が存在しないため、そうなると一番話やすい先生が担任の先生となる。どうやら夏休みの課題か何かで質問に来たのだと勘違いしているようだ。
「いえ、そうじゃないんですけど。ちょっと聞きたいことがありまして」
「あら、アヴァロンさんが聞きたいということは報道部の話題かしら?」
流石先生。生徒のことをよくご存じで。
話が早いので早速、
「ちなみに先生の色のある話はご法度で」
頬に手を置いてにこやかな顔でこちらに告げる。そういえば悩んでましたね。大丈夫ですよ先生、きっといい縁がありますから。
「えっと、軍曹についての話なんですけど」
その名を口にした時だった。先生の顔が一瞬強張った。
それもそのはず。軍曹は教師陣からも一枚岩ではいかない相手で、それこそ学園長ですらその対象に上がる位である。唯一口出しできるのはヘイワ王族位とも言われているが、その王族である王女に対する対応を見るに、その真偽が問われる。
「最初に言っておくと、先生でも口添えは難しいかもしれませんよ」
だからこそこのような安パイを踏むのは妥当と言える。
「そこは自分でもわかってます。軍曹に何か言ってほしいのではなくて軍曹に関することが聞きたくて」
「関係すること?」
「はい。実は、本名が知りたいんです。まさか軍曹と言う名前な訳がありませんし」
軍曹に抗議してくれと言う願いで無かったことに安堵する先生だったが、その後の質問に眉を顰める。
え? それって、まさか?
不吉な予感がしたまま先生の答えを待つ。
「ごめんなさい、先生も実はわからないの」
そして予想通りの返事がくる。
「そもそも先生は軍曹さんと話したことが無いの。それに、職員室にあまり来ないアヴァロンさんならわからないと思うけど、あそこは一期生のA~Dの担任、そして私たち二期生。と先生たちの席を説明していく先生、そこには先日牢獄入りしたロード先生の机もあった。
その中で先生が言わんとしたことがわかった。
「軍曹の机ってないんですか?」
「そうね。あの人は臨時講師か何からしいから机が無いの。授業の時間になるとどこからともなく現れて、授業が無いといつの間にか消えてるの。勿論職員会議とか日直何かには一度も出たことは無いわ」
「そ、それって先生的にどうなんですか?」
「駄目ね。だから先生じゃないのかなって」
先生じゃない。おまけにどこからか来ていつの間にかいなくなるとか、マジでメリアスの何かじゃないよね?
「先輩の先生たちは始め王宮審問官の極秘視察の一つじゃないのかって疑っていたらしいけど、それにしたら長すぎるって話になったわ」
「どう見ても極秘じゃありませんしね」
「暴れまわってるわね」
乾いた笑いが二人の間で交わされる。遠巻きで聞いていた先生も軽く笑っている辺り、先生方も軍曹に対しては何かしら思う所があるらしい。
「と言う訳で先生から教えられることは特にないの。……強いて言うのであれば、あまり関わらない方がいいと思うわよ?」
まともすぎる回答が返ってくる。
先生からしてもあの人は普通じゃないというのはよくわかった。そしてこの忠告はもはや警告レベルに近い。
それでも、
「分かりました。お時間ありがとうございました」
一礼し、職員室を出る。
私は立ち止まらない。
依頼主にとっては単なる逆恨み、悪あがきに過ぎない頼みだろう。
けど、私にしてみれば、これは私に対する試練だ。
これが挑戦となれば私は立ち向かう。
とは言え、早速情報が尽きてしまった。
先生という近しい存在ですら謎が多い人。恐らく並大抵の関わりを持つ人に接触しても意味がないだろう。寧ろ避けられるに違いない。
先生たちよりももっと、ほぼ毎日接しているような人たち。
「……当てにしたくないけど、もういないからね」
溜息を吐きながら、知りたくて知ったわけではない情報を元に、ある人物を尋ねることに決めた。




