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第2章-3 フロースは死霊で冷霊だけど、コスプレって言えば問題ないよ!

「はぁはぁ……ここまで来れば何とかなりそう……」

 ワッホから離れ、いつもの公園に戻ってきた私は溜息をついてベンチに座る。

「お姉ちゃん何があったの?」

 その横にはさっきの女の子が息を荒げることも無く私を見る。最近の子はタフね……お姉ちゃんびっくりだよ。

「いや、なんでもない、なんでもないよははは」

 空笑いする私に不審な目を向ける少女。いきなり逃げ出したらそりゃあ疑いますよね。

「そうだ! 君何か私に用があったんだよね! お姉ちゃんに何か用かな? かな?」

「!」

 よし。食いついた。

 これで私が起こした失態からこちらに目を向けてくれた……かな?

「雪女さん。お願いがあるんです」

「うんうん。何でも聞いて聞いて。あ、お金と操は受け付けないよ?」

「みさ?」

「あ、気にしないでいいから!」

 いけない、普段の行いか、ついついネタが入ってしまう。よい子にはまだ早いからね!

「で、欲しいのって?」

「雪」

「雪?」

「雪が欲しいの」

 あー、なるほど。ここら辺に雪が積もっていないから嘆いている子なのね。

 そして私は雪女だから雪を生み出すのは容易と。

 まぁ私にかかれば氷くらいは作れなくもない。

 けど、雪か。

 ただ単に水気を凍らせればいい氷なら簡単に作れるけど、雪になると天候のご利益を得ないと厳しい。無理矢理何とかしようとすればそれだけ魔力が必要になり、それは私にとっては死活問題になりかねない。最近は温暖化が進んでいる上に暖房器具のグレードがアップしているから昔ほど長い出来ないので、出来る限り魔力は使いたくない。

 日本、寧ろ地球自体はドマンナカとは違って魔力と言う物が一切存在しない。それ故に普段ケチって――温存していた魔力を常に消化しながら、この暖房と言う悪魔犇めく地球に留まらなくてはならない。

 それ以前に、雪となるとどの程度の量が必要なのかわからないけど正直、今ある三日分の魔力を使っても両手に盛る程度にしか作れない気がする。

 この子が雪で何をしたいかによるけど、雪合戦なら単発のみ、雪だるまなら頭のみ、かまくらなら絶望的になる。

「うーん。今雪は少量しか扱ってないのよね。お嬢ちゃん何に使うのかな? 雪だるま?」

「見せる」

「見せる。観賞用かな? インテリア?」

「お母さんに」

「ん? お母さんに雪のインテリア? お母さんはだいぶ変わった物を集めるのね」

「集めてない。持ってないから見せてあげたいの」

 持ってないって言っても普通は保たないもんだからね雪って。いまいち話が見えてこないから詳しく聞いてみるか。

「それで、その雪を見せてあげたい理由って何?」

「元気を出してほしいから」

「あ、お母さん元気無いんだ? 仕事の失敗? ダイエットの失敗?」

「病気」

「風邪かな? 私にしちゃ寒くないけど、今寒いらしいからね」

「わかんない」

「わかんないの? お家で寝てるんだよね?」

「違う。あそこ」

 少女は指さす。白く弱弱しいその指先が示すのは都会にある高級マンション、ではなくここらへんでは一番大きな病院。

 えっと……それって。

「あそこで寝てる。半年前くらいから」

 踏んだ! 踏んでしまった! とんでもなく大きな地雷を!

「私が行くとお母さんほとんど寝てるんだけど、この前珍しく起きてるときにお母さんが言ったの。雪が見たいって」

 重い! 重いよ! 私薄い本より重い物持ったことないのに!

 ドリーミーな少女のお願いが一転、リアリティードキュメンタリーに!

「それをお父さんに聞いたらお母さんは昔雪がいっぱい降るところに住んでいたって教えてくれたの。ここに住むようになって雪を見なくなったから言ったんじゃないのかなって」

「そ、そうなんだ。それならお父さんに採って来てもらっても良かったんじゃないの? お父さん車とか持ってないの?」

 雪を見なくなったってことはここら辺では雪が降らないのはどうやら仕様らしい。ならばお母さんの住んでいた場所に行って取ってくるのが一番手っ取り早いのではないか。私は東京から出たことが無いけど、車があれば結構な距離まで行けるというのは以前マッチが地元の話をしていた時に聞いた。

 けど、私の案に対し少女は否定する。

「会ってない」

「えっ……」

「お父さんに暫く会ってない」

 もうやだ。コミカルとかお約束ドロドロに慣れ過ぎた私には辛い! これがTVドラマならすぐにでも電源をオフにしてる!

「お父さんすっごく忙しくて、朝は私が起きる前に出て、夜は私が寝た頃にお家に帰ってくるの。毎週日曜日に一週間分の食事を含めたお小遣いと手紙を置いていってくれるの。それが唯一の会話。けど、最近は手紙の内容が凄く短い」

 よ、よかった。とは言えない状況だけど、ここで蒸発していたら私この場から逃げてたかもしれない。

 けど、これでわかった。

 お父さんがそこまで頑張らなくちゃいけないってことは、ただの病気なんかじゃない。恐らく、手術を用いる物だと思う。

 そしてそれに必要なお金を、お父さんは自らも倒れてしまいそうな位頑張って稼いでいる。

 もしお母さんに何かあったらショックでお父さんも倒れてしまうのではないのだろうか。何でワッホに行こうとしていたのにこんなドラマティック展開になってるのよ……。

 ここまで聞いて見捨てるのは流石に申し訳ない。

 ……仕方ない。どうせ明日からも22時からしか入れないんだから三日目はコスプレと売れ残りの救済販売だし、行きたい気持ちはあるけど、この子の思いには代えられない。

「わかったわ。何か入れ物無いかな? できれば溶けにくい何か」

「これじゃだめ?」

 出されたのはよく見かけるプラスチック製ではなく、ガラスでできたプリンの瓶。三個で云百円とかそんなのじゃなくて一個でもかなりの値段がする奴。

 体温がガラスを伝っていきそうな気もしなくはないが、これ以上おしゃれな物はない。

「OK! それじゃ行くよ。最後の一品だから大切にね」

 なけなしの魔力で小さな瓶に勇気を込める。それによって私の大切な一日が小さく盛った雪と化した。

 ゆっくりと何も無かった瓶に積もる雪。それを見て少女は目を丸くするが、表情は次第に明るくなっていく。

「すごい! 本当にいたんだ! マジックとかじゃないよね?」

「ある意味マジックかもよ? 魔法的な意味で」

 向こうの世界では当たり前のように魔法が存在している。だからこそこのような現実に直面してしまった時にこの世界では神頼みと称し、雨乞いや生贄などの儀式を行ったりして非現実的な事象を起こそうと頑張る。

 だからこそこのようなミラクルは皆に活力と勇気を与えてくれる。

「でも、量が少ないからね。溶ける前に急いでLet!」

 普段こちら側ではここまで使うことの無い魔力の消化で少しふらつく体を何とか笑顔で保ち、彼女のお母さんが横になっている病院を指さす。

「うん!」

 うわっ眩しい。輝きすぎ。ご飯一杯くらいなら頑張れそうな笑顔を少女は見せてくれる。溶ける前にと言ったからか、少女は急ぎ駆け出す。

 ふぅ。何か妙なことになっちゃったな。けど、昔話ならここから恩返しで何かが返ってくるんだろうな~。チケットだろうな~。18時からの入場チケットだろうな~。いや、いっそのことお父さんが同人漫画ビュアー関係者で開場前から入れちゃったりしてぇ。

「……なんてうまいことないよね」

 今回は少女がうまいこと非現実的なことができる私に出会ったというだけで、その後私に美味しい展開があるとは思えない。寧ろ私が侵入しようとしたのを強制的に止めてくれたことが恩返しなのかもしれない。それでも何か無いかなっと思ってしまう私はそういう言う展開の本を読み過ぎなのだろうか。

 パリーン。

 現実はうまくいかない。

 展開は悪い予感の元、加速していく。

「嘘でしょ‼」

 音が聞こえた方に向かって足を奮い立たせて進む。

 そこには先ほど見た少女が冷たいアスファルトに足を付き、その先には割れた瓶が散らばっていた。

 そこまでであれば悲しい結末が私の心を落ち込ませる。

 けで、凍えそうな気持ちは鬱陶しいくらい暑い怒りを帯びていた。

 少女の隣には寒い中でありながら着崩した格好の若そうな成人男性が三人立っていた。着崩している理由はすぐにわかった。酔ってる。

「あぶねぇだろうが! どこ見て歩いてんだ!」

 その一人が少女に大人気も無くカチコミしてる。

「うっ」

 少女は涙目になっている。その理由が怖いヤンキーかぶれに怒られている訳ではないことを理解している。

「あ、何だ? 泣いて許してくれるのは幼稚園の先生だけだぞ。大人なめんなよ!」

 威嚇の踏み潰し。地に膝をつける少女の頭の上めがけるような人間として失格な行いをすることは無かった。

 が、踏みつけた先には、少女のほんのわずかな希望があった。

「ちょっと何してるのよ! 女の子突き倒して! そういう趣味⁉」

 と言う訳ではないだろうけど、私らしい煽り文句で相手を牽制しようと試みる。

「はっ? 何だよおめえ! 変な恰好したオタが!」

「オタクがどうしたっての! 酔っ払って不注意だったからってぶつかった子供に八つ当たりしてる大人よりはよっぽどマシよ! 大丈夫?」

 時間が時間ならワッホから退出した人たちによって掲示板やツイッターで大炎上、顔割れ、自宅割れされていただろう暴言を暴言で返し、少女に手を差し伸べる。

「う……」

 目の前で粉々になってしまった瓶を見て、少女の涙は遂に零れる。辛いだろうと思うが、とりあえずこの場を離れた方がいいだろう。

 そう考え、立ち上がろうとした時だった。

「おい、お前どこ行こうって言うんだ?」

 差し伸べた右手とは逆、左手をものすごい握力が襲う。

「痛っ! 何すんのよ!」

「ぶつかっといて何も無しで逃げるってどういうことだよ! ぶつけられたら賠償すんのが当たり前だろうが?」

 酔った男は事もあろうことか、過失を棚に上げておいて更に請求してきた。その言葉は割って入った私に向けられているが、元はと言えば今私が助けようとしている少女との問題。まさかこの酔っ払い自分の半分も生きていない少女に金をせびる気だったの⁉

「はぁっ⁉ 車でも無いのに何でそんなことする必要性があんのよ! そもそもぶつかってきたのはあなたたちからじゃないの? 足元疎かだったんじゃないの?」

「うるせえな! お前に関係ねえだろ! おい、お前らこいつ引き離せよ」

 男が後ろの二人に指示をすると、私と少女の手を引き剥がす。

 その後私の手を掴んでいた男は後ろに周り、私を羽交い絞めにし動けなくしてきた。

「何よ! 放しなさいよ!」

「世の条理を知らねえ非常識な奴には躾無いといけねぇんだよ」

 アルコール臭い吐息が右の頬にかかる。

 男は私の顔を上から覗くように見た後、その視線はどんどん下の方へと向かっていく。

 え。

 待って。

 それってまさか、なの?

「お前らはそのガキどっかに捨ててこい。お前らも躾たければ裏路地来いよ」

 嘘でしょ⁉ こんなこと本当にあるの⁉

 私は見る位置だったはずなのに⁉

「ちょっとやめて! 放して! 放してよぉ‼」

 最悪な展開が安易に予測でき、私は何とか逃れようとするが、酔っ払っていても男は男であり、冷霊であっても魔力を使ったばかりで魔力の無駄遣いが出来なければただの女。腕力で勝てる訳が無い。

 先ほど魔力を使ったばかりですぐさま冥界に逃げれる訳じゃない。魔力が戻って来た頃には、私は大切な物を失っているかもしれない。

「暴れんじゃねえ! 痛くすっぞ!」

「や、優しくてぇー‼ 回さないでぇ‼ お尻でお願いします!」

 腐っても純潔でいいじゃないの! 腐ってたら賢者だっていいじゃない!

「てめえ変なこと言ってんじゃねえぞ。辺に騒ぐんなら黙らせ」

「おい、何だあいつら?」

「ん? おい、何かこっち来てねえか?」

 酔っ払いの男たちが何か慄いている。

 酔っ払いの男たちの視線の先には男たちが何人、いや何十人と迫ってきている。

「本当にいたぞ、メローラちゃんのコスプレ少女だ!」

「コスプレ祭りって三日目だろ?」

「メローラちゃんは毎年初日から本番なんだよ。それより何だあれ。強姦プレイか⁉ 薄本仕上げとかご褒美か⁉」

「ふざけるな! 俺はそんな羨ま――けしからんことはカメラに収めてやる!」

 あれは去年私とレーアに撮影を頼んでいたコスプレ写真愛好会の人たちだ! 同人愛好会のサイトが乗っている場所にもリンクが存在し、私たちとは切っても切れない縁があるとかないとか。

 第一陣で見終わった、と言う訳ではなさそうなので彼らは遅い時間帯の整理券しか手に入らなかったのか、もしくは私みたいに忘れていたのか。

「おいおい何だあのきもい連中」

「あそこでやってるイベントの連中だろ。と言うかあいつらそいつの知り合いじゃ?」

 !

 これはチャンスだ。

 酔っ払いが言わなければわからなかったけど、この人たちは言わずもだが、私、いや私側の味方だ。

「お願いします!」

 いつもの服装や髪型、ついでに言えば容姿などから間違えられるアイドルプロダクターの山田・メローラちゃんが発する片言撫で声とは似ても似つかない真剣な叫びを皆に向けて放つ。

「この人たちが酔った勢いで私に絡んできて大変何です! 助けてください!」

「お前、何言ってんだ! そもそもお前がこのガキ」

 男の言葉は続かない。目の前の出来事に一瞬で恐怖を覚えたに違いない。

 男たちが睨みながら、唸りながら、怒鳴りながら酔っ払いたちに近づいてくる。

 その言葉は複数で乱雑で特殊で。酔っ払いの男たちは外国語を聞いているみたいで何を言っているのかさっぱりわからないだろう。

 まぁ簡単に言えば『踊り子にお触りは禁止』それは現代のアイドル、コスプレイヤーに通ずるというお偉い人たちの言葉だ。

 酔っ払いの男たちはそんなことだど知る由も無いので、喚くオタクたちにしどろもどろだ。

「これ以上騒がれると一般人じゃなくて警察が来るかもしれないわよ? 問題沙汰起こしたらいい大人はどうなるのかしら?」

 ファンからしたら小悪魔系のご褒美ではあるが、彼らにとってこれは社会生命の危機を招きかねない。

「くっくそあまが……い、いやなんでもねえって! ほら離すよ!」

 多少乱暴ではあるが、羽交い絞めにしていた手をほどき背中から突き飛ばすようにして私を解放する。今手をほどく瞬間さりげなくおっぱい触って無かった⁉

 なんて冗談を言う間もなく、酔っ払いたちは逃げるように去っていった。

「オタクなめんなっての!」

 あんたたちは酒税払ってると思うけど、こっちはオタク税払ってんの! てね。

「メローラちゃん大丈夫?」

「あ、うん。OKOK」

「何か変なことされなかった?」

「ちょっと色々危なかったけど、無問題♪」

「メローラちゃん今日のパンツの色は?」

「白だよー」

 普段交流があるからこその助け合いが成立し、そして最後には普段通りの下りでパンツの色を問いかけた男性がぼっこぼこにされる。

 さて、助かったはいいとして、この後私にはやるべきことがあるんだけど。

「で、何でメローラちゃんはまだ外にいるの?」

「レーアちゃん、今日は一緒じゃないの?」

「撮影OKですか?」

「パンツの撮影OKですか?」

 この人たちが私に食い掛ってこない訳が無いのであって。そこをどうかわすべきか。

「緊急事態ですマーシャル!」

「何事だ⁉」

 ひと時の和みの時間は一人の叫びによって唐突に終える。

 その叫びに答えたのはマーシャルと呼ばれる男。この世界で軍曹と呼ばれる高貴で尊大な存在を意味する言葉らしく、同人愛好会のリーダーを務める人の愛称となっている。

「現時刻21:14! 我らが軍、総勢四名の出撃時間が迫っております!」

「たな……、マーシャル! もう時間がありません!」

 聞きなれた忌々しい時刻を聞いて何が起こっているのか一瞬で把握する。

 一人聞きなれない名前を発しそうになった人がいたけど、間違えるほどに焦っている所を見ると、この人は21時15分締め切りの人なのだろう。

「それはいかん! 我々は前の戦いで惨敗を期している以上この戦いに負ける訳にはいかないんだ! これより先発隊には戦地の視察をしてもらわなければならない。既にかなりの資源を各国の軍に奪われてしまっているが、まだ我々にも勝てる見込みはある! 臆するな! 立ち向かえ‼」

「Yes‼ Mr.マーシャル!」

 マーシャルの激励を受け、四人の戦士は戦場へと駆けて行った。

「四人の若き兵有志に、敬礼!」

 その背を見ながら、マーシャル含め居残り組は若干涙目で見送る。どう見ても自分がいけないことに対しての悔し涙ですけど。

 それはそうと、この隙を逃すわけにはいかない。

 先に行った者への健闘を祈りつつ、妬みつつな同人愛好会を尻目に私は少女の行方を捜す。

「いた!」

 少女は私たちが押し問答していた場所から遠く離れた場所にいた。

「大丈――」

 言いかけた言葉はすぐに押し戻された。少女の貞操――ではなく身体の方は大丈夫だけど、ガラスの瓶は割れ、中に入っていた雪は跡形も無く消え去ってしまったんだった。

「ほ、ほら! お姉ちゃん頑張ればもう少し位なら盛れるかもしれないから! 少し、少しばかし質は下がっちゃうかもしれないけど、雪って言われれば雪だって言えるほどの品にはできると」

「大丈夫だよお姉ちゃん。それよりも助けてくれてありがとう。お姉ちゃんに迷惑かけちゃった。それなのにお姉ちゃんをまた困らせたくないから」

「そんなことないよ! 私は平気だったから。それよりお母さんに元気になってもらわないと」

 魔力を使ったばかりなのもあるが、何よりもう残り日数を減らしたくないながらも少女の願いを叶えたい一心で助け舟を出すが、少女はそれを拒否する。

「お姉ちゃんが必死で頑張ってくれたんだから、私も頑張ってみようと思ったの。お小遣い少しずつ節約して電車に乗ってお母さんの故郷まで行ってみようかなって。そうすれば、雪もいっぱいあるんだよね?」

 少女がにこやかに笑う。けど、それが本当の笑顔には到底見えなかった。お母さんの故郷がどこかはわからないけど、お小遣いを節約して向かうには、果たしていつまでかかるのか。

 そして何より――それまでお母さんが……。

「それじゃお姉ちゃん。今日はありがとうございました」

 少女は赤信号切り替え間近の信号を走って渡り切った。一瞬の判断の遅さが仇となり、私と少女の間を無数の行きかう車が引き裂いた。

 次の信号機の切り替わりまではまだ時間がある。その間に少女はどこかへ行ってしまうだろう。

 行き先は安易に予想がつく。ここまで近くに来たのだから病院だろう。けど、少女のお母さんがどこにいるのかもわからない。せめて名前を聞いていればと思っても後の祭りだ。

「諸君よ。既にまほりほが陥落してしまったことは非常に残念なことだ。しかし、我々はここで止まるわけにはいかないんだ! 偵察部隊は枯渇寸前の物資を得るために戦っている。第二陣はこの情報の元、北東ブースを制圧にかかるんだ!」

「Yes‼ Mr.マーシャル!」

 後悔の念で虚空を彷徨っていた思考は後方から聞こえる同人愛好会のやり取りで引き戻される。もうじき私がブースに入れる時間になる。犠牲となった三日目の為に今日は出来る限りの同人誌を漁らなくてはならない。なんせここを逃せば、次は一年後何だ。

 そもそも今の私だけではこの状況をどうにかできるとは思えない。

 たった一人の少女が出来ることなどたかが……。

「マーシャル! 死霊少女の在庫が無くなった模様です!」

「嘘だ‼ 今日の為に必死な思いでバイトをしてきたのに!」

「嘆くんじゃない! 戦いが終わったら出来る限り知り合いを当たれ! 所持している物がいたら何としても交渉の場を設けるんだ!」

 …………。

「何考えてんだか」

 そうだった。私はただの少女何かじゃない。

 ただの酔っ払い男に負けそうになったから忘れていたが、私は死霊。普通の人間では出来ないことをやろうと思えば出来るんだ。

 起こしてやるさ。奇跡ってもんを!

「ごめんね~☆」

 けど、奇跡には犠牲ってものがついてもおかしくはない。

 その犠牲に対して、悪意のある謝罪をし、空を眺めた。


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