第2章-1 フロースは死霊で冷霊だけど、コスプレって言えば問題ないよ!
子供の頃歩いた道を覚えているだろうか?
子供の頃気になった道はあっただろうか?
その道はどこに続いていたか気にならなかっただろうか?
実はその道はこことは違う別の場所に繋がっているのでは、と思わなかっただろうか?
いずれ行ってみるだろう。
大人になったら行ってみるだろう。
果たして大人になって行ってみたそこは本当に子供の頃見ていた場所か?
道なり歩いて進んだ道はどこかへ続くただの道。
道なり想って進んだ道はどこかへ続く夢の橋。
終着駅に到着すればそこはよく知る分かれ道。
終着駅に到着すればそこはまだ見ぬ未開の地。
行きかうは幼き頃には思っても無かった近代的なテクノロジー。
行きかうは幼き頃には想うことも出来なかった中世的なファンタジー。
積み上げられた石レンガの都。
連なり襲う幾千種の魔物たち。
折り重なった剣と魔法の協奏曲。
そこは子供の頃だけ観れていた夢の綱の先。
僅かに結ばれた繋ぎ目。
子供の時なら走って渡れて。
大人になれば歩いても切れる。
ならば、必要なのは子供の体?
不要なのは大人の体?
必要なのは信じられる子供の心?
不要なのは現実的な大人の心?
どちらかあればここは渡れる。
どちらか無ければここは渡れぬ。
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「なっがいわ‼」
ポエム一色で埋まったお花畑あらすじに思わずツッコミが脳内から飛び出てしまう。
『地下アイドルが地方ツアーから異世界ツアーに』と言う題名から何故か親近感を感じて手に取ってしまったが、それは斜め読み一度のほぼ読まずで閉じられた。
声をあげた瞬間、「やばっ」が脳内再生されたけど、幸いにしてこの区画で立ち読みしている人はおらず、そもそも大型な書店にも関わらず客は雑誌を立ち読みする中年おっさん位で、店員も一人欠伸ルーチンを繰り返していた。
こんな時期、ましてやこんな時間じゃ人なんてそうそういないか。そして私も時間的におさらばの時間。
と言うより、もう暑くてたまんない。
お金出さざる者客に非ずか、自動ドア開放と共に響く情けないミュージックを聞いたであろうに、ありがとうございましたの一言も飛んでこなかった。いいよいいよそんなの、えぇ最近の若いもんはなっとらんとか言わんからいね。
寧ろお目当ては今から向かう場所にある。一切の見送りも無かった書店に対し、心地よい外気がそこまでの道をエスコートせんとばかりに頬を撫でた。
「いざ行かん、同人漫画ビュアー‼」
時は一二月二六日、東京幕張。
ドマンナカ、ヘイワ街とは打って変わっての涼を感じるこの地で年に一度の祭りが開かれる。
「ほいっしょ。んじゃ待ちますかい」
同人漫画ビュアーが開かれる幕張ワッホの近くにある小規模な公園。近場のネカフェでSNSを調べた際、そこが去年から変わらずの待ち合わせ場所であることが判明した。
こことはまた別の世界、ヘイワ街出身であるフロースがこちらの世界で唯一の連絡手段兼、情報収集源としている『同人愛好会』サイトで知り合った三人がいつも通り一緒に回ってくれることになった。身元証明できるものが何もない私が一人で出歩いていた際に補導されちゃ困るわけだから、ありがたやありがたや。
「えっと今回のお目当てはと。ぱーやんさんの『愛割拠』の続刊。雷光蟋蟀さんの新刊『僕と彼とまたその旦那』。後気になってるBLは三つほどチェック、別ジャンルの漫画やラノベで面白そうなのが十以上――。この軍資金で何とかなるかな……」
一昨年身だしなみを揃えるために買った財布。その中にこの国である意味皆から愛されている歴史上の有名人が肖像されたお札が二枚入っている。
この国、いや世界での、そもそもこの星で戸籍が無いフロースが仕事で稼げるわけも無く、毎度質屋に向こうの世界の珍しい物を適当に見繕って換金している。
が、最初の年は良かったものの、いざ行ってみればその店が無くなっていたり、他の店に持っていけば安値だったり質屋なのに買い取ってくれない所もあったりなど、ここ最近私のお財布事情は常にぎりぎりいっぱいの状況が続いている。今回はその最低額を更新してしまった。
「ましてや本だけと言う訳にはいかない。大好物なぱーやんさんと雷光蟋蟀さんがグッズ販売するんだからお布施は最低限のマナー。せめてアクリルキーホルダーが買えるくらいの値段は持ち越さないといけないから……うぅ、もっと頑張ってよ日本!」
頑張ったからと言って質屋の買い取り額がすぐに上がる訳ではないけど、それでもこの現状に小石程度の変化を起こしてくれないかと期待と嘆きを込めた叫びが飛び出す。
「はぁ。聞き覚えある声だと思ったらまった訳わかんないこと叫んでるし。と言うか今年もそれ⁉ よく職質されないわね‼」
「コスプレ関係は三日目だったけど、本家は気合の入れ方が違う」
夕闇を通り越し、街灯が活躍し始める夜の空へと向けていた視線を下すと、そこには少しばかし大人になった気がする二人の姿があった。
「やっほー! マッチにレーア! お久ー」
ショートヘアーに化粧もばっちり、これから集まる四人の中では最高齢であり、唯一の社会人。ダウンコートにパンツと、今から食事会かもしくは仕事にでも行くんじゃないかと言う余所着で向かうのは同人漫画ビュアーだと誰が想像できるだろうと言わんばかりのキャリアウーマンタイプのマッチ。勿論あだ名で本名は知らない。
それとは対照的に冬の世闇に溶け込みそうな漆黒の長髪に、これまた黒一色のロングスカートは普段着としては少しばかしあしらわれているフリルが多く、食事会はまだしも仕事に行くには明らかにおかしな服装の大学生。カラーや装飾は本人の趣味趣向に合わせているからであり、三日後には先ほどの台詞をそっくりそのまま返してやれるほどの装いになることが予想されるガチ系コスプレイヤーのレーア。こちらも本名は知らない。
「お久の前にまずは身だしなみ考えなさいよ! 今年は例年を上回る寒波到来で私の地元十一月なのに雪降ったのよ? それなのにその恰好ってあなたスラム街の住人か何か⁉」
「失礼な! この純白華麗なワンピ衣装は冷霊たるフロースちゃんの真の姿よ!」
「……流石本家。キャラすら入ってる」
「キャラじゃない!」
とは言っても一般人からしたら多少ファンタジー寄りの思考を持つ彼女たちでも、私の本性は信じられるものではないに違いない。
レーアは勿論のこと、マッチだって、まだここに来ていないもう一人だってさっき読んでいた――冒頭のみ――ライトノベルのように前触れもなく異世界に飛ばされれば何の不自由もなく溶け込めれる気がする。
けど、それは非現実的、科学的根拠が無いということくらい彼女たちはとっくに理解できている。だからこそこうやってそれに似せるような催しが各地、それこそ海を越え海外と呼ばれる場所でも行われ、それを通して疑似的なファンタジーを楽しんでいる。
「それでもこれは駄目! 道端で凍え死んでいたら洒落にならないわよ!」
「いいじゃん。寧ろ厚手するとフロースは溶けちゃうの! レーアの服着てビュアー何か言った日にはそれこそ病院沙汰どころか溶け切って科学沙汰、FBI沙汰!」
「FBI来ちゃうんだ……」
そうなったら私確実にUMAっちゃう。
「それでも会場外や三日目以外は考えなさいよ。あんなことあったばっかだし」
「あんなこと?」
私オタク隠してます系まじめマッチがおかんよろしく私に説教するが、今までとは違ってどこか真剣みを感じる。
「え? まさか」
「私は少し予想してた」
その顔が更に神妙になり、普段は恰好も相まってアンティークドールのように表情が変わらないレーアですら眉をひそめる。
「予想って何? ん~? 何か」
大事なことを忘れているのかもしれない。それが何か考え始めた時。
「でぇ~ん!」
後ろから衝撃が襲う。
誰かが余所見をしてぶつかった、と言うには明らかに故意があるような衝撃に、私は溜息をする。
「暑苦しいってらんらん‼」
「いいじゃんいいじゃん。フロース久しぶりなんだから。あー氷みたいに冷たい」
愛のある抱擁と頬ずりは端から見ればらんらんが大好きな百合百合で微笑ましい一面に見えるが、私にとっては熱い上に命の危険すら感じる。
らんらんはこの中で一番年下であり、末っ子気質が強い高校生である。言動同様に見た目も童子、いわばロリと呼ばれても差し支えない存在でフロースよりも背が低い。背中にくっ付いているせいで姿は見えないが、この明るい性格上オタクでありながらも色んな友達がいて高校生らしい生活をしているのでファッションセンスもいい。
ちなみに……力強く抱き着くせいで否応なしに背中を圧迫するそれは――私より遥かに大きい。我が家の主のようで、少しばかしムカつく。
「ほら降りなさい降りなさい。騒ぎ立てると私が未成年にお酒飲ませたみたいになるじゃないの」
「大人って大変。今年が繰り返されないかな」
マッチが最年長としての危機感から私たちを静止しにかかる。一方でもうじきその領域に入らなければならないレーアが現実逃避をする。
「逃げないでちゃんと就活しなさい。それとフロースとらんらんも今年三年でしょ? 行き先決まった?」
私はこの世界では高校三年だと言うことにしてある。メリアスが二期生だから私の方が一つお姉さんだ。本来はどうだったか何てとっくの昔に忘れちゃったけど。
「私は冷霊だから大学行かなくていいもん。お化けにゃ学校も何もないの」
「有名アニメじゃないんだからしっかり行きなさい。何学科専攻するの?」
「うーん? コスプレ学科とかないの?」
「あるわけないわよ」
「あったら私が今から入学する」
「はいはい、ちゃんと後一年大学通って論文書いて卒業してくださいね」
お先に現実世界の荒波にもまれた先輩からの残酷な宣言がレーアを襲う。
「はいはいはい。らんらんは声優目指します!」
「……アニメジャパンの流れが後三年早かったら、私も、私も」
一方進学先が決まっているらんらんは元気いっぱいに宣言する。一方のレーアはらんらんの進学を聞いて、肩を落とす。三年前には声優もノベルもアニメも専門校など無かったからね。もし三年レーアが生まれるのが遅かったら確実にどれかを突き進んでいたに違いない。
「ようし。それじゃ行こう! 今日で今年のお年玉使い切っちゃうぞ! そして来年の分は来年だ!」
「使いすぎて帰るための電車賃まで使わないでよね」
「今回は三日目まであるんだから」
来年大学生になるはずのらんらんに対し、まるで小学生とお母さん――こう言うと怒るのはらんらんよりもマッチなのだが――みたいなやり取りをするマッチ。それに便乗する形でレーアも釘をさす。
比較的なんでも吸収するらんらんの衝動買いはけたたましく、去年の二日目など帰るための電車賃が無くなるという事件すら起きた。
それに今回は一日目の同人誌販売、二日目のグッズ販売に加えて三日目のコスプレ撮影会も追加され、同人グッズはまだしも、電車賃が一回分増えたのだから猶のことだ。
三日目にファン待望のコスプレ撮影会を入れたとは言うけど、実際は都合上来れなかった人やブース販売で同人誌、グッズどちらかの在庫が余ってしまった人が破産しないような救済措置的な所が強く、それだけじゃ場所が余るということでコスプレ撮影会も追加されたのが今日知った情報である。
出店者が減らないように在庫を買っていく神様的な人が、ビュアー後ひっそりと活躍していたのを運営側がイベントの一角として取り入れた措置はそれぞれがこの同人漫画ビュアーを大切な文化として後世に残していきたいという意思の表れと言えよう。
「勿論わかってるよう。と言っても三日目はフロースとレーアの独壇場を見て楽しむだけだから無駄遣いはしないよ! それと勿論これも忘れてないよ」
自身たっぷりな発言を機にやっと私から離れてくれたらんらんが自信満々に鞄からある紙切れを取り出す。
「入場用整理券! パソコンの前に1時間前から張ってたもん!」
……え?
聞きなれない単語に戸惑いを見せたのは私だけであって、他の二人は寧ろ呆れた顔をしていた。
「一次は抽選なんだから張っても意味ないのよ」
「転売ヤーの発想」
「失礼な! らんらんはブックショップすら使用したことないんだから! 本はいつもお部屋の段ボールの中にぎっしり!」
「ガムテープの粘着部分ってGの餌」
「止めて! 本当に止めて! 本当につい先日見たばっかなのに!」
「あ、あの……」
ここはフロースも乗ってごきごきするのがマナーなのだろうけど、はてさてどうしてだろう、とてつもなく嫌な予感がしてならない。
「さっきから言っている、入場用整理券って――どういうこと?」
……。
信じられないと言わんばかりの表情でこちらを見るらんらんの表情は先ほどのマッチのようで、そのマッチは苦悶している。
「……あれ? マッチ頭痛い? かき氷食べすぎ?」
「そうね。ちょっとお腹も冷えちゃったかも」
「ならワッホ行こ。フードコートでタコスってこ。私は台湾アイスいっただく」
「そうね。久々の再会だからお姉さんが驕ってあげようかしら」
優しいお姉さんに変わったマッチが社会人としての嗜み、黒の無難なバッグから出したのは見た目も中身も大人な財布――ではなくどこかで見たことがある紙切れ。
「入場時間19時30分より」
「入場時間19時15分より。天は私を見捨てない」
「入場時間19時30分! 6時からのが欲しかった!」
…………。えっと。
「持ってません!」
「それじゃレーア15分遅くなって申し訳ないけど三人で行きましょう」
「OK」
「嘘だドンドコドーン‼‼‼」
これは夢だ! 夢の世界だ! そうだこれは訳わかんねぇ暑さのドマンナカだ! まだ地球にはいないんだぁぁぁ‼
「あああぁぁぁあぼわぼわぼわ‼」
「落ち着いて落ち着いて! 大声出すと補導されちゃうから!」
「私をワッホに補導してぇー!」
「駄目だこりゃ」
「駄目って言わないで! 無理って言わないで! 限界を認めないで!」
「これだけ聞くとスポコンみたいだけど、目の前にいるのはただのポンコツだよね」
ええいもう刺せ刺せ。辛辣な言葉を刺せ。黒ひげならぬ冷霊危機一髪だ。どこも当たりの大爆発だ!
「てかそもそも何でそんなの持ってるの⁉ てか何でそんなのいるの⁉」
去年はそんな物必要なしで入れたのに。
「フロースって本当に世間知らずだよね。同人漫画ビュアーに興味ない友達でも知ってるほどの話題なのに」
「わだぁぃぃ~?」
「話すから鼻水拭く」
差し出されたティッシュで鼻を拭く。下手に張り切ってコスプレした子が風邪をひいているようにしか見えないが、決して寒い訳ではない。身体は冷えきってなどいない。そして心はまだ同人漫画ビュアーへの熱を失ってなどいない!
けど、情熱ではどうしようもない事態が来ている気がしてならない!
「じゃあまずはこれ。もう察しはついていると思うけどこれが無いと規定時間より先、更には後にも入れないの」
最早見たくも無かった紙切れを見せる。そこには先ほどマッチが説明してくれた通りに入場時間には入場開始時間だけでなく19時30分~20時と期限も書かれている。まぁここに来る人は例年並んでまで入場するような人たちだからタイムリミットを気にする人などいないのだけど。
「だから下手に出ることも許されない。今回は私の時間がちょうど期間内だったから一緒に行くことにしたけど、もしみんなの入場時間が30分以上ずれていたら私だけ先に入っていたわ」
真顔で仲間を裏切るような物言いをするレーアであるが、このような規則があるのだったら私だって先に入っていた。先に入っていれば待つことも出来る訳だから。
「と言うか本当にフロース知らなかったの? 実は隠し持ってるとか、まぁよくありそうなのが家に忘れてたとか」
「らんらんじゃないんだから――って偉そうなこともう言えない。本当に知らなかった」
「一度フロースの生活を見てみたいものね」
異世界で料理作ってますよ。熱い物を除いて。
だから毎日のように新聞然りネット然りで話題が流れる地球の出来事なんて知らなくても当然な訳である。
「はい、これ。直接言うより見ればわかる」
そう言って以前見た物とはまた別物のスマホをこちらに向ける。
そこには地球では――主にネット関係者には――誰もが知っているニュースサイトの記事が映し出されていて、トップにでかでかと私たちになじみのある同人漫画ビュアーの文字が目に付く。
その後には今回こうなってしまった理由がゴシック体に変換され強調されていた。
「凍傷……」
「夜中から並んでいた一人がなったらしいわ。まだ運営が気づく前に一般の人が気づいて病院に搬送されていたからこうして後日ニュースになったんだけど、これがマスコミとか警備員が揃う時間帯に発覚してたら運営側の不手際で刑事告発、中止にすらなっていた話よ」
私たちがブース巡りでわいわいがやがやしていた最中、そんなことが起きていたなんてミリ単位も知らなかった。
「それから二度とこのようなことが起きないようにこれの対応策ってのが二つほど上がったの」
「一つ目が待機スペースの確保。これは昔同人フェスじゃなくてとあるゲーム会社のイベントで取り扱った方法、それも冬フェスじゃなくて夏フェスで取り扱った奴だったんだけど。ちょうど台風が接近して来た時で、外で並ぶのは危険だと判断した運営が狭いながらも屋内で並ぶ――と言うよりも待機できるようにパイプ椅子を用意してそこで開催まで待ってもらった対応が参加者やネット、更には一般ニュース記事でも評価されてたの。それを同人漫画ビュアーも取り入れようとしたの」
「で、そこは?」
「無いわよ。この案は却下されたの」
「デスヨネ~」
そこがあったら入場券無しでも並べばいい訳ですよ。
「理由は単純で予算の問題」
「国家予算はどうした!」
「国がこんなこと関わってたら国家が早い段階で潰れるわよ」
「否。アニメジャパンはもっと伸びしろが」
「レーア取りあえず黙っとこうか」
アニメジャパンマジで頑張ってください。
「でも、三年連続でブース数、来場者数増加しているイベント何だからそのくらい用意できなかったのかな?」
「単純よらんらん。三日目が追加されたから、予算が足りなったの」
「あー……つまりはフロースとレーアのせいと」
「その結論に断固抗議します」
普段ならコスプレ連合の誓いでレーアに味方するはずの私だが、今回ばかりはそうもしてられない。
「で、その第二案ってのが」
「これ」
そこには口から手が出るほど欲しい紙切れの姿が。
「ツイートで「落ちたー‼」とか「再選求‼」とかアイドルのチケット争奪戦で嘆いている人を見て何してるんだろって思ってたけど、まさかここでもチケット争奪戦が起きるなんてね」
「えーっとオークション、オークショ」
「転売ヤーに負けちゃダメ。それ以前に人の携帯でやるんじゃないの」
「嫌だ! 私は例え悪になろうとも追っかけになろうともストーカーになろうとも〇〇ちゃんは俺の嫁になろうともワッホに行く!」
「フロースから今までにない犯罪臭が漂っている」
「愛とは罪なんだ!」
マッチの手から逃れ何とか『同人漫画ビュアー オークション』と検索し、それらしき物を見つける。
そこには、
「一四万……」
「嘘でしょ」
必死で取り返そうとしていたマッチが素の声に戻って一緒に見る。
「絶対今日には届かないはずなのにまだ出品しているとかどういう思考してるのかしら」
「明日に賭けてるのか?」
「いやいや、それなら普通に待った方がいいって。そもそも14万ってお年玉3年分位なんて誰が」
まともな意見をらんらんが述べたその時だった。
――この商品は売り切れました――
「「「「あ」」」」
まさかの表示に皆が一瞬黙った。
「まだだ! まだ他に売ってる所があるはずよ! ほら、これ何て七万! さっきよりお買い得!」
「それたぶんコピーか何か。画像が見切れるほどチケットに寄ってるとか明らかに不自然」
「な、私みたいな被害者を出汁にして金銭を奪い取る悪魔許すまじ! しっかり全部見て……この十七万円のはモノホンそう! マッチ~ちょっとクレジット貸して~」
「……そろそろ本気で殴っていいかな?」
いいですね~。いい笑顔ですね~。そのいい笑顔がすっごく怖いんですけど~。
「諦めなさい。それにまだ完全に入れない訳じゃないわよ」
「さっきらんらんが少し漏らしてたけど、待っていれば誰でも入れるようにはなるの」
「10時からだけどね」
「ゲームセット間近!」
同人漫画ビュアーは11時に終わってしまう。つまり滞在できる時間は僅か1時間だ。
百を超えるブースに、それを収めるだけの広さを誇るワッホ内を端から端まで回るのは1時間では到底足りない。
それに売れないブースへの救済処置として三日目が出来たとは言え、人気がある所は一日、それどころか一時間以内で売り切れてしまう。ぱーやんさんや雷光蟋蟀さんはクオリティが高く、そっち方面のファンは非常に多い。10時に入って売り切れていない方が奇跡に近い部類でもある。
「何とかしたいのは山々だけど、そろそろレーアの時間がやばくなってきたわ」
「ここで逃したら一生恨む」
普段感情少なめなレーアがマジだ。
けど、その気持ちはわかる。私がどうしても行きたかったように、レーアはどうしても逃したくないという気持ちがあるのは十二分にわかる。
「このまま共倒れする訳にはいかないの。フロースが買いたいのってぱーやんさんの愛割拠と雷光蟋蟀のぼくかれだんだっけ?」
「そう。それと気になるのがいくつかあるけど」
「それはフロースが見なくちゃわからないから。10時から見に行きなさい。その二つだけは何とかキープするから」
「……お願いします」
打つ手なし、これが最善の手だということに。
「もう私は無理だ。私の屍を超えてワッホへ……」
「待って! 今少し並んでる! もう19時43分だから急がないと!」
「いこいこ! らんらん寒くなってきたからファン熱で温まりたい」
「2時間後また会いましょうね、フロース」
「…………」
私を置いて、三人――レーアなど走って――はワッホ内へと消えていった。
残された夜の街灯の真ん中。悲劇のヒロインよろしく、冷たい地に膝をつき、打ちひしがれながら暗闇の空を仰ぐ。
「理不尽だー‼」




