第1章-3 僕ゼノだけどふだん喋らないのは
「え? でもゼノ君は」
「家族に位は話せんだろ。家族相手に人見知りだとは言わせんぞ」
それは確かにそうだ。けど、父のようにしっかりと脈絡のある話を、禁句を使わずに伝えることが出来るか否か。
ここで横にいる父の顔を伺えば何か疚しいことがあるとすぐに察せられる。それだけは避けたい。
けど、どう話せば。
その時背中に僅かな感触があることに気付いた。分厚い背中に、それは蟻のように心もとなく駆け巡っていたが、それは一筋の線になっては消え、線になっては消えを繰り返している。
父だ。父が何かを背中に伝えている。
き、み、な、ら、だ、い、じ、ょ、ぶ。
そう綴られた父からの隠しながらのメッセージに心を決める。
父は圧倒的弱者側であるけど、それでも絶対的強者側の母に物言いをする。
それは弱弱しく、あっさりと折れたり、時には翌日立てないほどの後遺症を残すが、それでも家事全般はちゃんとこなし、己の役目を全うする。
もしそんな意思が無ければ僕と言う存在自体が無かったと思う。それだけ父は弱くても偉大なんだ。
そんな父の後押しもあり、僕は勇気を出して切り出す決心をする。
「子供が、いた」
「は?」
それも重要な点を先に出すことで自ら逃げ道を塞いで話を進める道を選んだ。
「ベィヒモス、の、子供。本当は、倒せた、けど、子供いた、倒し、たら一人に。そうなる、わかって、泣いてた。だから、倒せな、かった」
全てを説明して思ったのは、たぶん怒られるだろう。
どう考えても僕のお情けだ。母はどんな相手でも本気でやりあい、相手の気持ちなど知ったことじゃないと言わんばかりの性格なだけにこんな優柔不断な息子に苛立ちを覚えるのは間違いないだろう。
呆れ顔の中に普段よく感じるひりついた空気を漂わせている辺り、やっぱり怒っているに違いない。
父は何も喋らない。基本僕の家の大黒柱は母であり、父はそれに従うペットに近い。待てと言うよりも去勢されたようなペットが飼い主に噛みつくことはない。
逆にペットに噛みつくばかりの飼い主であるが、何故かすぐさま手も足も声も出ない。
思案するように目を瞑るという今まで見たことない母の姿に、逆に何が起こるのか不安になる。僕が考えるのが苦手なのは母譲りであると自負できるくらいに母が考えている姿を見たことが無いのに。
「はぁっ。全く今日と言う日はな」
溜息を一つはいた後、愚痴を零すようならしくない口調で話す。
「そいつら助けたってことはそいつらが後で何かあっても責任持てんのか?」
「え?」
「そのバケモンたちが元気になって暴れ始めて被害が出たら、そん時倒していれば起きなかった被害が出た時、あんたは責任取れんのか、つってたんだ」
「そ、それ……」
貴方が言えることなのか、と言いかけて全て呑み込む。
「で、どうなんだ?」
「わかん、な」
「怪我人出たら見舞金出せるか、死者が出たらその人の代わりができるか」
「でき、ない」
当たり前だ。前者は頑張れても後者はどうやってもできない。例のネクロマンサーならうまいことできるかもしれないけど、平凡な僕にはどうすることもできない。
「あったりめえだろうが。そんなんおめえにはできねえんだよ」
先ほど貰った優しさの未来が一気に崩れ去り、無責任の過去を背負う将来が作り上げられた。
否定したかったが、でたらめな暴力発言でありながらも正確性のある一撃が脳天を揺さぶって反論の構築を妨げる。
その間にも母は一呼吸おいて次の一撃を構える。
耳を塞げば防げるが、それは後の一撃を余計に助長する行為にしかならず、もはや甘んじて受けるしかない。
そう身構えていた。
そして投げかけられた言葉は、
「だから出来ることを探せ」
と言う言葉だった。
普段の母からは想定も出来ない倫理的な一言だ。
「昔出会った奴に言われた文句だ。今日そいつと瓜二つな奴を見つけたが、人ちげぇだった」
先ほどの鬱憤晴らしとは違い、その口調は過去の失恋を語るような乙女――性別的にはそうなんだけど――みたいだ。
「あたいが傭兵業を隠れ蓑にしながら、実際はつええ奴と決闘しあってた頃だ。この辺じゃ見ねえ装いをした強者がいるって聞いて、いてもたってもいられず仕事ほっぽり出してそいつを探し出した。そしたら何だってんだ、そいつは賊すら殺さねえ、食うだけしか道がねえ弱小獣に一礼して食うような甘ちゃんだったんだよ」
当時のことを思い出したのか、口調が荒げてくるもすぐに元の調子に戻る。
「んだからそいつの飯掻っ攫って「おめえが勝者なら遠慮なんかいらねえだろうが」って豪快に食い散らかして捨ててやったぜ。そしたらあいつの気に障ったらしくてな無言で立ち上がりやがって、こいつは楽しめるかもなって得物を構えてやったんだ」
酒屋での武勇伝よろしく、絶頂にあったストーリーはここでいきなり勢いを失せる。
「そいつは得物すら構えなかった。腰にあるもんはただの飾りか? と言ってやりたかった。が、言う暇も無かった。拳だけであたいを黙らせやがったんだ」
「ママさんをですか?」
空気が和らいだからか、父が問いかける。その返事は睨みだったので次の言葉は無かった。
「それも確実な手じゃねえ。脳天や首元狙ってもいいのに、丈夫な胴や利き手ばっかり狙って、こっちの戦意を削ぐことばっかりしでかす。こいつは戦闘じゃ強者かもしれねぇ。けど、思想は弱者だ、そう思い睨んでいたらそいつは全く同じ台詞を返してきやがった。そし、あいつはてこんなを質問したんだ」
『思想の強者とはなんだ?』
その質問は難しすぎる。今日僕が考えていた物をひっくるめてみても人の上に立てる、お金を持っている、優しさがある、責任を持てる、どれを以てして強者と認定するか、僕には答えられない。
「あいつは肩で息をするしかないあたいと同じくらいの目線に腰を据えて話し出した。「儂の思想は各々が悔いの無い人生を送れていたことを称賛することだ」と言いやがる。だからこそ、賊のような下の下の野郎どもにも正す機会を与えてやっていた。そこら辺を飛び交っている兎にも、生を得たこと、強く生きたこと、或いは新たな命をこの地に解き放ったこと。そこまで考えて食していたって言いやがる。そんなこと考えながら食ってたらうまい飯が冷めちまうだろうって思ったが、あたいに反論の余地はなかった。そん時には頭のわりいあたいにでも思想の違い、そこから繋がる現実の力の差を思い知らされてたんだよ」
無骨で馬鹿、あほなどの単調な煽り文句で人をいなす母がここまで饒舌になることは滅多にない。それも自らの過去の懺悔に近い話でだ。
「そこまで言ってそいつはあたしにこう言った」
『お主は既に強者だ。なのにそれ以上何を求める?』
「笑わせやがる。あたいはあんたに負けた弱者だぞ? そう言い返してやったら、「それなら儂も弱者だ」って訳の分からねえこと言いやがる」
その人は仙人か世捨て人だろうか? 悟りのような説明に頭がついていけなくなっている。
「どういう意味か問わせて胸糞悪いが納得いった。あたいは腕っぷしと真っすぐな考え方で物事をぶった切れる強者だってよ。そいつはさっきのような誰にでも許してやる慈悲と言うよりも平和馬鹿を演じてる。で、あたいが粗暴野郎から足を洗ったように色んな人を更生してきたって――おい、その目はなんだ」
いえ、それは被害妄想です。普段の行動を見て思っている訳ではありません。今まで割られた窓ガラスの数を指折っていた訳ではありません。
「…………でもやっぱそうならねえ奴もいるんだと。あたいが負けるようにあいつにも正すことが出来ねえ奴がいる。だからあいつ自身は自分を強者だとは一度も思ったことが無いっていう。寧ろ未熟者とすら思っている節すらある。一方的にその場の出来事、自分の都合のいい時だけで強者を演じるのであれば、あたいだろうが、あたいが食い散らかした動物だろうが、そこら辺に生えている草木だろうが同じだとさ」
母の凹む姿を初めてみた気がする。それもそうか、自分をそこら辺の雑草と一緒にされたのだから。
「でも、それは裏を返せばだれもがある一定の場では強者であり、尊敬するに値する人だってよ。勿論悪事で腕っぷし見せつける奴は調教しなきゃいけないらしいがな。だから」
母は僕へ鋭い視線を送る。
それと、気のせいかその視線は母の物ではないように感じ、その視線をつい最近感じたような錯覚に襲われる。
「お前は責任とか世渡りに関しては途方もない弱者だ。けどな、その優しさは皆の土台を陰から支えてくれる縁の下の力持ちとして、皆から強者として慕われる価値があるんだ。そこ活かせ。無理なもんは無理なんだから行けるとこだけ行け」
母らしからぬ説教に普段とは違う力強い頷きで返す。
それは普段溜息か憤怒でしか終わらぬ母をにやけさせる位だ。
「はぁ。そいつは今頃何してんだかな。なんせあいつとは二十年近く会ってねぇ。風の噂じゃ結婚して里に帰ったらしい。あの風貌からしてここいらの出身って訳じゃねぇから、もう会えねえかもしんねぇな。今度会ったら今のあたいを見せびらかして正真正銘の強者だと認めさせてやりたかったんだがな」
意気込む母であるが、それを見る父の表情はあまり優れない。
「何だその目は」
僕が気づくくらいの変化だから一瞬のやり取りが求められる戦いに身を投じていた母が気づくのは当たり前だった。
路地裏の危ない兄さんのような物言いをする母に、普段ならすかさず後ろに引く父が今回は引かない。それだけじゃなく、思う節があるのか返答がすぐさまあった。
「ママさんはその人に思い入れがあるんですね。今でもその人のことが忘れられないほど悔いがあるんですか?」
…………。
え?
これってまさか。
「はっははははははははは‼」
父の思惑に気付いた母が大爆笑する。
「嫉妬か? 嫉妬なんだよな?」
まぁ誰でもわかるだろうその結論に母は遠慮なく土足で踏み込んでいく。
「んな訳ねえだろ! 浮気だぞ? あいつはとうに結婚してるんだから浮気になるんだぞ。それにあいつの性格なら浮気自体を許さねえだろ」
何より、母はそう付け足して飢えた熊のように父に飛びかかる。
「あたいはあんたを気に入ったんだよ! どう考えても荒野じゃ最低最下位の弱者野郎だが、おめえに守ってもらっている家はどう見ても強者の匠だかんな!」
言いながら首に腕を回して寄せる姿はどう見ても絞めているようにしか見えないのだが、それでも父は嬉しそうだ。
「よし、んじゃその最高の飯を頂くか! さぞいい物なんだろうな!」
……ん?
そういえば今日のメニューって。
今危険な状況にあることに気付いたが、問われた父は褒められた子犬のように尻尾を振るように口に出す。
「クズ野菜のスープと蒸したじゃがいもです」
自慢げに言われたメニューに母の表情が固まる。
それに気づいた父は今の発言と自らの今いる立ち位置にハッとするが、時すでに遅し。
「何だその飯と言えねえ飯はぁぁぁぁぁ‼」
噴火と共にじゃれついていた二人が一変。まさしく弱者強者の画が完成し、地獄の巷と化す。
結局こうなってしまうのだが、今日は何かいい話を聞けた。それに自分自身のことを考えさせられた気がした。
その人に一度会ってみたいな。そうすれば僕の進むべき道を導いてくれるかもしれない。
二十年以上会っていない。
結婚して里に帰った。
もしそれが事実であれば、僕位の歳の子がいても過言ではない。
その人は恐らく母が頭を下げる位の風貌と力の持ち主何だろうな。母が会ったように、僕もその人に会える運命的な未来はあるのだろうか?
そんなメルヘンチックなことを想像しながら、礼とは言わないが、実際手に入るはずだった給与よりも有意義な物を頂けた給与を手に、母の大好きな骨付き肉を買いに行くことを決意した。
父よ、その間耐えていてください。
◇
「へっぶしっ‼」
「メリアス様風邪ですか?」
「誰かが噂しているんじゃないですか?」
「フロースでしょうか」
「去年も夏になったら唐突にいなくなって、一体どこへ行ってるのかしら」
「フロースは我々にも理解できないところがありますからね」
「まだ帰ってこないのよね」
「ですね、去年も最終的に一週間近くは不在でしたし」
「てことは」
「本日もそうめんです」
「もう四日目だよ⁉」




