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第1章-2 僕ゼノだけどふだん喋らないのは

「こんな危険な仕事やってられるか!」

「それは前もって言うたやろ! 何に目の前にめんど――高額な獲物がおったんに逃がした言うんか⁉」

 案の定前と同じような展開を辿る。

 危険だということは重々承知させているが、実際こんなことになれば誰もが会社を訴えるに違いない。

「自分の命の方が大切ですよ! ゼノ君も言ってよ!」

「……」

 一緒に仕事をする仲の人ですら話しづらいのに、目上の人に物言い何てとんでもない。

「少しばかし戦闘技術があったからと驕っていました。すみませんが、今回ばかりで辞めさせていただきます」

 と一人は社交辞令を弁え、礼儀正しく辞表の文まで携えてきたが、他の二人に関しては怒号だけを卓上に撒き散らして、有り余る怒りを扉にぶちまけて帰っていった。

 残った一人は最後まで礼儀正しく「失礼します」と言って出て行った。あんな大人になりたい。まずは喋れるところからだけど。

「まぁ~たやり直しやな」

 こうしてまた新しい先輩たちは去っていった。

「……で、あんさんはいつも通り残るんやな?」

 その問いに首を縦に振る。家計の問題もありますし、普段の護衛じゃそもそもやっていけませんし。

「んならしばらくは待機やな。器用に分けられる人が来るまでは仕事にならんし。一応やる言うた以上やらんと申し分立たんしな。あーは言うたけど、あいつとは騒ぎは起こしたないし、穏便にしたいかんな。前は助けてもろうたわけやしな……」

 自分よりも遥かに小さいのに――物理的、世間一般的に言えはしないけど言ったら確実にクビになる――内に抱える悩みは僕が普段から抱えている物よりも遥かに大きそうだ。

「普段からあいつはこんな奴らどうやってやっとるんやろな。やっぱ配下つこうてなんかな」

 複雑な事情を抱えている社長は独り言をぼやく。

「はぁ、あんなデカブツやのうて小さいのはおらんのかいな。子供でもええんに、たぶん」

「……」

 その一言に触れないようにして部屋を後にした。


 結局あの子は親元に置いていくこととした。何らかの手当や見舞をしておくべきかとも思ったが、下手に干渉するのもよくないと思い放っておくことにした。どっちみち何をすればいいのかもわからないし、そもそもお金が無い。

 けどなんとなくわかる。あの親子ならどんなことがあっても大丈夫だろう。医学とか治療とかに元々無縁だったんだから、怪我だって魔物なら何とか出来るだろう、たぶん。

 問題は――こっちの親子の方かもしれない。

 大樹の巣を去った後、なんとなくこっちだろうと進んだ道で置いてきた荷車を発見できたのは不幸中の幸いだった。

 仕事の中身はかなりブラックであるが、払う所はしっかりと支払うのがこちらのいい所であり、向こうの護衛業務との大きな違いである。

 しかも日当でも払ってくれるからすぐに必要になっても払ってくれるのは嬉しいことだ。今回は――わからないが一応日当を貰っておいた。

 普段と同じ手取りだから今回のことを詮索されることはないだろう。

 それよりも、明日からまたしばらく実入りの少ない仕事をすることになるという知らせに憤慨しないか心配である。

 そんな鬱な考えをもちながら帰路に着く。

 楽しそうに走り回る子供たちや後ろに日傘をさした使用人を控えさせながら喋るマダムたちが集う高級住宅街を尻目に一般的な家が立ち並ぶ区画へと向かう。

 あの中に自分を雇ってくれている人たちもいるのだろうか。いや、たぶんあの人たちよりも更に上だ。生まれつきの家系もあるけど、同い年なのに良い悪い問わずに口が回って、冴え空回り問わずに頭の回転も速いからこそ人をこき使――人付き合いがうまいのだろう。

 悪い言い方をすれば使える物は使う。僕もそんな人たちになれればうまく世渡りできるのだろうか。

 ……いや、あの泣きじゃくる子を無理矢理親から引き剥がして後々死へと直結する運命を辿らせる道に連れて行くことを、果たして僕は出来たのだろうか?

 でも、それこそ僕のえこひいきなのでは?

 例えばこの前の合宿で夕食時に出てきた鍋。お預けを食らっていたせいか、譲り受けた瞬間一気に駆け込み、勢いの余り次に出てきた鍋も一瞬で平らげてしまったが、あそこに入っていたのは紛れもなくイノシシと言う生物の肉であり、その前に昼食お預けで彷徨った挙句にようやく手に入れた魚と言う生物の命を大量に平らげた。

 そしてあまり食べられないが、僕自身肉は好きだ。

 それが示すのは他の生物を枷に生きていること。

 なら僕はあの人たちと一緒なのか? 違う、僕はあの子を逃がしている。

 では、何故逃がしたのか?

 可哀そうだから?

 あの涙を見たから?

 必死な親を見たから?

 あの子たちと僕が摂取してきた動物の違いは単純に会ったか会っていないか?

 けど、昔僕は牧場でバイトをした時生きている牛を見ている。それでも牛肉は好き。ここ数週間食べてない気がするが。

 そうなると、やっぱり情なのだろうか。情に流されやすいのは社会的地位を積み上げる際で重荷になる可能性が高いと聞いたことがある。

 情に流されて人の過ちを赦すのか。

 情に流されて他人の驕りを見て見ぬふりをするのか。

 そんなことをすれば人を使う身としては失格だろう。

 だが、そういった他人の行いに冷酷になればなるほどどんな些細な出来事にでもケチをつけ始める。護衛業の上司は典型的なこれ。仕える身としてもきついし。

 ならばそうならないようにするにはどうすればいいのか。

 答えは――――わからない。

 学校の成績が良ければわかるのだろうか? それならあまり頭の良くない僕には絶望的な話だ。

 特別講習塾に行く考えはない。行くための元手が無い。

 最終的に元から手詰まりだった。

 悲観するしかない答えが出そうで落胆しかけた時だった。

「あれ? ゼノ君?」

 後ろから僕の名前を呼ぶ声。

 聞き覚えのある声に振り向き目線を遥か下に向けるとそこにはよく知る人物が立っていた。

 痩せ型で低身長、初対面の人に優しいという印象を確実に植え付けられる穏やかな顔。右手にはくたびれた買い物バッグが握りしめられているから恐らく夕食を買ってきた帰りなのだろうこの人物は、父だ。

「た、だいま」

「うん、おかえり。今日もお勤めご苦労様」

 いや、勤めた訳ではないんだけどね。基本こっちは夜の仕事で、学校が無い休日にはもう一つの仕事は発生しない。それでもこのように労ってくれるのは性格上仕方がないのだろうか。

「さ、中に入りましょう。夕食時でもこの暑さですからね」

 色々考え事をしていたらいつの間にか家の前まで来ていたようで、父が家の扉を錆で空きづらくなってきた鍵を使って開ける。

 夏の太陽はようやく沈む準備を始めたばかりで、否応なく放たれる熱気は未だに衰えない。

 暖を取る設備すらない我が家に冷を求めるのは至難の業で、せめてもの抵抗で窓を開ける。

 涼しさを得る設備はかなり貴重な為、我が家に限らず他の家も窓は空いている。そのいくつからは湯気が出ていて美味しそうな匂いがこちらにも漂ってくる。夕食の準備中だろうか、何の肉を焼いているのだろうか。

 ちなみに我が家は――今日も肉が無いようだ。

「ゼノ君何か悩み事でもあるの?」

「え?」

 唐突に口を開き、父はそう訊ねてきた。

 何故、と思ったがずっと思案しながら歩いていたから父がいつから僕のことを見ていたかはわからない。皆から見たらいつも通りかもしれないけど、毎日一緒に過ごしている家族なら些細な変化に気付いてもおかしくないのかもしれない。

「僕が言えた口じゃないけど、ゼノ君は頑張り屋さんで、それでもって頑張りすぎな所もあるのよね。寡黙で頑張って皆に悟られないように表情変えずにやってると疲れちゃうよ?」

 頑張っているという自覚は無いし、寡黙ではなく人見知り何だけど、それでも父が心配するのは理由がある。見ての通り主夫である父は常に家のことを任されている為、収入はゼロである。だからこそ稼ぎ手その二である僕のことを申し訳なさそうに思い、身体の心配も常にしている。

 ご覧の通り丈夫さだけが取り柄の僕はそんなの気にしてはいないが、今回の件は頭があまり良くない僕にとっては荷が重いかもしれない。

「実は」

 だから父に昨日のベィヒモスの子供のことを話した。

 しっかりとこなしていれば我が家にしてはかなりの収益が出ていたと思われる話なのに、父は何も責めることなくトントンと野菜を切るリズムに合わせるように頷く。

「ゼノ君は優しい子だね。確かに端から見ると損をしているように見えるかもしれないけど、それは今でしょ? それが後になってからあなたに為になるかもしれない」

 水分多めのスープをお玉でかき混ぜ煮込みながら僕のやったことへの称賛と僕の考え方に対する解答をする。

「このじゃがいもだって今食べればその時はお腹が満たされる。けどね。これを種芋にして植えれば三カ月くらいでこれが何十個にも成長する。今食べるよりも余計にお腹が満たされるわけ。時間と手間の問題はあるけどね」

 父は蒸すために芽を取り除いていたじゃがいもを一つ手に取ってたとえ話を語りだす。僕としては出来れば今すぐもっと食べたい派何だけど、流石に欲張りすぎるか。

「だから今はその優しさが自分の首を絞めているかもしれないけど、それが後になってゼノ君の長所となって活かされていく日が来るかもしれない。最前線で優しさが必要になる場面があるかどうかは僕にはわからないけど、ゼノ君はまだ若いんだから、これからいくらでも探す機会はあるから」

 低身長で痩せ型、筋肉どころか脂肪すらまともになく、最前線には程遠い父が申し訳なさそうに補足説明を終える。

「うん」

 それに一言頷いて返す。

 一個人の感想であり、普段からあまり日の目を浴びることが無い父の助言ではあるが、その解答には何故か説得力があった。陰から支えている存在だからこそ気付ける他の人が見向きもしない裏に隠された事実に気付くことができるのだろうか。

 こういう人だから常日頃母の、

「あ、と」

「うん、ママさんには内緒にしておく――っ」

 二人だけの内密が成立しそうになった時だった。

 周囲の空気がピリつく感覚に襲われ、二人して僅かに身構える。

 だが、このことが無意味、寧ろ逆効果であることを理解している僕たちはすぐさま平常心を保つように心がける。

「何でぇ、全く‼」

 今年に入って計何度直したかわからないドアがまた悲鳴をあげる。

 そんな痛々しい悲鳴など知ったことではないとばかりに加害者はアルコールの臭いと共に部屋の中にどごどご入ってくる。

 部屋の面積が一瞬で半分くらいになってしまうほどの巨体で、父の椅子は勿論、僕の椅子よりも大きな椅子にでかい尻を押し、いや叩きつける。

 母だ。

 我が家の収入源、ではあるが出費源でもある母だ。

「マ、ママさん昼間からお酒は控えて頂けないかと前も」

「うるせぇな! うちには安い酒すらねえんだからあったりめぇだろ! たくっ! 何の心配もいらねぇ警備仕事なんて暇でしゃあねえんだから午後から入ってきた新入りにいっちょ賭け事勝負しねえか話したら、あんにゃろう「疲れてるから仕事優先させてくれ」とか腑抜けたこと言いやがるから喝入れてやったら、なんだなんだ減給ってよ!」

 いや、仕事をさぼってストリートファイトし出す母が悪いのだけど、それを言うと満身創痍なこの家が完治不能になってしまうから言わないでおく。

「減給言いやがった雇い主も雇い主でどうしてあんな根性無し雇ったんだよ! 「これならベィヒモスに怯えていた方がマシだった!」ってその日のうちに逃げ出してよ!」

 あぁ……今度はこっちに出会ってしまったんですね人生の先輩。今度はもっとマシな仕事に就けるといいことを祈っておきます。

「あっ? 何だゼノ。何か思うことでもあんのか?」

 っ⁉

 反応した点は違うけど、最終的に二人の秘密へ繋がってしまう導線に行きついてしまうことに思わず動揺してしまった。

「その人、今日、僕のとこ、辞めた人」

 下手に金銭面に触れると大騒動になるので、素直に反応したことを説明する。

 僕のやっている仕事が嫌になって辞めた人が偶然母の仕事場に移って、パワハラを受けた。何でもない偶然のはずだった。

「ベィヒモス? そいつはつええのか? あたしよりもマシとは言ってもそいつが嫌で逃げてきたんだよな?」

 それが変な方向に向かってしまう。

「そんな骨のある魔物がこの周辺にいるったぁ気づかなかったなぁ! 今からでもいい、いっちょ憂さ晴らしでもしてくるか!」

 意気揚々と立ち上がろうとする母にどうすればいいのか内心慌てる。

 母は見た目言動そのままの戦闘狂だ。

 昔はテリトリー一個を術式なしで浄化――と言う名の壊滅――出来るのではないかと言われたほどであった母。何の事情で辞めたかは知らされていないが、そんな母が未だに手負いのベィヒモスに辿り着いてしまえば、ベィヒモスはひとたまりも無いだろう。最悪子供も巻き沿いになる可能性もある。

「待ってくださいよママさん! もうすぐ夜ですし危ないですから外出は控えてください。それに料理が冷めてしまいますよ」

「うるせぇ! こっちはむしゃくしゃしてるんだ! いっちょかましてやんねえと気が済まねえんだ!」

 まずい。酒の時点でだいたいわかっていたが、完全にご機嫌斜めだ。

 連れ去ろうとした時のあの子の顔が思い浮かぶ。一度離れ離れになりそうになった親子が今度は今生の別れとなるかもしれない事態に事情を知っている父も焦る。

「おいっ待て! 何でゼノも邪魔すんだ! ガキはとっととすっこんでいろ!」

 生物学上では勿論年上であり、体格からしても僕より一回り位でかい母を抑えようとするがなかなか難しい。

「おめえら何か隠してるだろ? こんだけ阻止したがっているんなら何か隠してんだろ!」

 明らかにおかしな行動に遂に完全に切れた母が出ていくことを止め、僕を父の方に投げ捨てて睨む。

 終わりだ。僕や父が逃げたとしても恐らくこの家は終わりだろう。お隣さんに騒音以上の被害が出てしまわないかも不安だ。

「そのベィヒモスは手負い何です。ゼノ君が痛めつけたんです」

 !

 遂に言ってしまうのか。固唾を呑んで見守る中で父は更に話を続ける。

「いつも通りの仕事をしていたゼノ君や先ほどママさんが脅……喝を入れた人が偶然ベィヒモスに出会ってしまって、ゼノ君が何とかベィヒモスを痛めつけて気絶させ、命からがら逃げてきたんです。今ママさんが行っても蚊を潰す位に詰まらない結果になっちゃいます」

 際どい所をぎりぎり避け、出来る限り本筋が通っている説明を父がこなす。

 そこに気付いた僕はその説明に首を縦に振って相槌する。

 明らかな変化に何かまだ何か隠していると感じる母ではあるが、父の肉食獣に怯える小動物のようでありながらも真剣な眼差しに毒されたのか、溜息をついて一度立った椅子に再度戻る。

「で、これはどういう訳だ。どう考えてもゼノが拒んでんだろ? それをおめえがカバーしようとしてんのは見え見えなんだよ」

 だが、機嫌が治った訳ではない。ここで酒でもあればある程度落ち着きを取り戻せるのかもしれないが、そんな趣向品はここにはない。

「それは」

「待て」

 全身から湧き出る倦怠感は恐らく暑さから来るものだけではないことが分かっている。そんな母が右手で父を制す。

「ゼノが話せ」


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