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第4章ー2 アイドルとしての戦い

 最近規則正しい生活を強制させられているせいで、朝から目はシャキッとしていた。だが、不安で不安でならなかった。理由は二つ。

 一つは昨日私が『アイドル私物オークション大会』に出す私物の厳選に参加していなかったことだ。相手はイシュタル・ヘイワ、紛う方なき王族の人間である。王族の私物と言えば、稀少な宝玉の散りばめられた装飾品や、伝説の武器の類、家とか土地なども考えられる。それに対抗できるものなどネクロマンサーである前提以前に一平民である私が持ってなどいるわけがない。

 そしてもう一つ。ディーナさんが何を選んだかである。先ほども言った通り私の屋敷に王族に勝てるお宝らしきものなどない。なのにこの勝負をディーナさんは選んだ。一体何を選んできたのだろうか? 今後の生活に支障が出ない物であればいいが。

 そんな不安が頭をずっとよぎっていた為、授業には全く集中できず午前はあっという間に過ぎていった。それでも怒られることが無かったのは普段遅刻か寝ている私が起きているということだけで十分過ぎたからなのだろうか。役得――と言って本当にいいのだろうか?

 そして昼食時。

「今日第一体育館で行われる『アイドル私物オークション大会』に対する意気込みを一つ!」

「ミクシェさん……完全に楽しんでない?」

「そりゃ同期の王女とアイドルの対決だから記事になるのは当たり前でしょ! それに私はアイドルと同じくクラスで尚且つ親友だから、先取り特権が有効!」

 普段のミクシェに熱血三倍が加わった状況に呆れつつ、バスケットの中からサンドイッチを取り出す。また今日もサンドイッチ? かと思ったら中は全てカツサンド、それと紙切れ。内容は『勝負に勝つ! もはや定番超えてオワコンだけど、やっぱこれが一番!』とフロースからのメッセージが残されていた。揚げ物と言う地獄ジャンルを溶けそうになりながら頑張ってくれたと思うと流石に文句は言えない。

「それで意気込みは?」

「意気込みって言われても……実は私、出品する物を選んでないの。ディーナさん、後アーチェさんが勝手に選んだみたいで、何を選んだのか教えてもらう前に今日に至って」

「教えてもらってない? さっきの話からするとメリアスさんも昨日の物品探しにもちろん自宅だったからいたはずですよね? それなら何となく見ていたりすることはできたんじゃないの?」

「見ようも何も昨日は途中で倒れちゃったわけで倒れた、理由は――ウェップ!」

「わぁ⁉ リバース駄目!」

 もう10時間以上経っているにも関わらず、未だに胃の不調は治らないようで、胃酸の味が口にまで到達した。フロースの気持ちを蔑ろにするのは心許無いが、一切れ食べた時点でバスケットを閉じた。

 時刻は間もなく12時20分。オークションイベントが開催されるのは12時30分から1時までの30分間。そろそろ重い足を動かさなければならない、何事も起こらないでほしいと、期待などできるわけもなかった。


 体育館には既に人だかりができていた。その大半が男子。律儀に体育座りして待つ者やら、花見の宴会のように弁当を広げお茶を飲んで騒ぐもの、体育館の周りには人の列――って。

「何これ⁉」

 列の先、机の上には私の顔が写ったノート、うちわ、マグカップ。更には身に覚えのない(体育、昼食時、下校時、机の上で居眠り時)場面が映った投写水晶(フィルム)など様々な私に関わる物品が鎮座している。

「おぉ! 本人のご登場だ!」

「メリアスちゃん頑張れー!」

 そこに列を成す男子たち。やっていることはすぐにわかった。

「ぉ、やっと来たかいな」

 男子たちの向かい、私の物品を置いた机越しに立っているのはディーナさん。

「何販売しているんですか⁉ そもそもこんなものをいつ⁉」

「そりゃ、昨日のうちに作ったんや。こんだけ大きなイベントやさかいに掻きいれ時やろ?」

「そっちじゃありません! いつ撮ったのかです!」

 写されているのは全て昨日の出来事ばかり。いつの間に撮られたのかもわからない。

「それはうちの協力者に聞かな分からへんわ。あいつの撮影技術は盗撮の域を超えとるからな」

 類は友を呼ぶ、化け物の仲間も化け物であった。今更ながらとんでもない相手に弱みを握られたと悔やんでも悔やみきれない思いに苛まれる。

「メーリアッスさーん♪」

 そこに陽気な声。声の聞こえる方へ向くとそこにはカトリナさんがいた。

 が、どこかいつもと違うフワフワした感じである。

「今朝から偉い上機嫌やな……。うちがこんなもん売っておいて気にならへんのか?」

「メリアスさんはかわいいからいいのです! あ、これ頂きますね」

 と言って、あろうことか聖職者が順番無視で私の顔が写ったマグカップをお買い上げ。

「それと、タナカさんから準備が整ったから早く来てほしいとのご通達です」

「もうそんな時間か。んじゃメリアスはん、軽く勝利してきまっか」

「勝利って……私の家から一体何を持ち出したのですか……」

 ディーナさんは上機嫌に体育館奥のカーテンで遮られた段上のステージへと向かう。屋敷の利権とか、私自身とかで無ければよいのだが……。

 もう沈むところまで沈んでしまった気持ちのまま、俯きながら私も後に続く。

 肩にふと優しく手が置かれる。慈母のような笑みを浮かべたカトリナさんだった。聖職者は苦手である。けど、今は慰めが欲しかった。私はゆっくり振り返る。

「カトリナさん……」

「昨日はご馳走様でした」

 ルンルン気分で去っていくカトリナさん。

 ………………。


 〝拝啓 父上、母上へ

 私の知らない間に私がどんどん失われているような気がします〟


 段上には既にイシュタル王女の姿が。他には一足先に到着していたディーナさん、イシュタル王女の付き人アグロスさんにゼノさん、それから美少女部の変態メガネが燕尾服でマイクを持っていた。黒い髪に黒い瞳。黒ずくめ人間である。

「遅かったですわね、ネクロマンサー。逃げだしたのかと思いましたわ」

「30分から始まる言うのに12時から来とるせっかちお姫様に言われとうないわな」

 イシュタル王女の挑発を返したのはやはりディーナさんだった。この二人仲悪いのだろうか。

「おっと! 裏口喧嘩はそこまで。今この向こうには私立ナンデモ学園始まって以来のアイドル対決を待ち望んでいる皆がいるんです。時間制限もありますので勝敗は戦いに於いて公平に行きましょうか」

「黙っとれタナカは」

「うるさいですわジョン・タナカ」

「お嬢様になんと無礼な、引っ込んでいるがいい! 変態タナカが!」

「ジョン・タナカではない! Mr.プロデューサーだ!」

 メガネ……タナカと言う名前の男が偉そうにしているのが癪だったのだろうか、段上にいるほとんど(たぶんゼノさんにも)に敵とみなされる。

 とそこに演劇などで舞台幕が上がる前のブザー音が響く。カーテンの幕が上がると同時にタナカが咳払い。気を落ち着けたようだ。

 そしてカーテンの幕が上がりきると、そこは普段の体育館とは違い異質、いや異様な雰囲気に包まれていた。何故かみんな春先だというのにうちわ、それも色とりどりであり、装飾すらついている物を持っている。よく見たら私の名前が書かれている。

「レディースエンジェントルマン! 今日この日、我が私立ナンデモ学園に二人のアイドルが誕生した。だが、因縁にもこの二人は互いに相反すべき存在に値した。そして戦いの火蓋は切られた。『アイドルは一人でいい』っと!」

 ウォォォォォー!

 タナカが妙な設定を付け加えた嘘に観客のレディースホボナシジェントルダラケが歓声をあげる。「私はアイドルになった記憶などありませんわ!」というイシュタル王女の悲痛な叫びはマイクの力を用いたタナカによって掻き消された。

「それでは今回の対決の舞台を用意してくださったディーナ様より、ご挨拶と今回のルール説明をさせていただきます」

 そう告げるとディーナさんが一歩前に出る。てっきりディーナさんは店だけで、舞台はイシュタル王女が設けたものかと思っていたが、そうではないようだ。でもお姫様ならもうちょっとマシな舞台を用意するかな。

「やぁ! 皆はんがた! 今回の催しもんに参加してくれてありがとな! 今回のオークション大会のルールやけど、普段のオークションと同じ挙手制で一番高い金額の物を落札価格とし、最後に金額が提示されてから20秒経ってもそれを上回る金額が提示されへんかったら、最後に提示した人の金額を落札価格、及びそれを出品した方の点とする。勝敗も至ってシンプル、より高い金額で落札された方の勝ちや」

 ディーナさんが淡々と説明していく。これには聴衆も静かにしている。

「それと、これは遊びやなくてほんまもんのオークションや、見栄張って無いもん提示するのは営業妨害とさせてもらうで。それに今回の落札金額はうちがありがたく頂い――次の催しもんに計画的に利用する予定やからそこら辺覚えときいや!」

 ……疑いの視線が前方から多数確認。視線の先に行きつくのはもちろんディーナさん。

「と、とにかくそういうことや! タナカ! 後は任せた!」

 顔を赤くしてマイクをタナカに突き付け後ろに後退。タナカの溜息がマイク越しに聞こえた。

「以上、主催者ディーナ様のご挨拶でした」

 タナカの乾いた拍手だけが、体育館を木霊した。

「それでは早速開催といたします。前日の決定により、先攻はイシュタル・ヘイワ、後攻をシダ・メリアスの順で行われます。まず初めの3分で出品した本人及び選考人が出品するもののPRタイム、その後オークション開催となります。尚、出品した本人はオークションに参加できないことになっておりますので、両者ともご注意を」

 ここにきて自分すら知らなかった注意事項が説明される。けど、この制度何か裏が隠されていそうだ。主催者がディーナさんだけに。

「それでは先攻イシュタル・ヘイワさん。前へお進みください」

 イシュタル王女はタナカに呼ばれると、堂々とした足取りで前へと進む。

「今日は私を身近で見れらる機会というだけあってこれだけもの人が集まって、さぞかし光栄でしょうね! 私もご満悦ですわ!」

 うわー。いかにも王女らしい高飛車発言。それでも歓声が上がる時点で流石王女だと思える。

「もっと凌辱してー!」

「もっと嘆かせてー!」

「この豚野郎と言ってくださいー!」

 ……いや、何か違うようなきがする。後聞いたことあるフレーズが。

「流石S王女や……M男らを一気に虜にしおった……」

 ディーナさんが別次元の憶測をして唇を噛む。この世界には女性をS、男性をMという習慣でもあるのだろうか?

「それではイシュタルさん。オークションに出品する品を発表お願いします」

 そんな状況でもタナカは着々と司会進行をする。普段のメガネと違って今日は至ってまじめだ。

「ふふ。発表するも何ももう出ていますわよ?」

「……と言いますと?」

 ここで始めてタナカが言い淀んだ。もう出ていると言われても一切品物が出ていない。伝説の武器も数億する宝珠もない。一体何を以て出品したと言ったのか、会場の皆もタナカもディーナさんも把握できない。

 唯一その答えを理解しているイシュタル王女がロール状の髪を一掻き、新体操のリボンのような髪が体育館照明に照らされる。そして右手をそのまま自身の胸に当て、高らかに言った。


「出品するのは、この私ですわ‼」


 ………………………………………………………………………………………………。

 会場沈黙。何言ってるのこの人?

「わからないのかお前たち? 王族であるお嬢様に普段お前たちは手どころか声すら届けることはままならない。しかし! 今回オークションで勝ち上がった者には王女直々の命令が下り、足蹴に使われ、跪いて靴を嘗めさせられる権利が獲られるのだ! こんな機会など今回限りだぞ!」

 沈黙した会場にアグロスさんの叫びが木霊する。が、それが余計に混乱を招く。

 命令されて、足蹴に使われ、揚句に靴を嘗めさせられる。

 これはお金を払ってまでやることなのだろうか? 肉体労働どころか、奴隷レベルだ。

「さあ! 私に頭を垂れたいものは私に貢献するのですわ!」

 うわー絶対にダメだ、これ絶対にダメだ。勝負がこんな形で決まるとは思ってもいなかった。

「それでは入札を開始いたします。始め!」

「5000!」「12000!」「11000……だめか!」「14000でどうだ!」「19000だ!」「こうなったら預金切り崩して2万――」「30000!」「駄目だぁぁぁぁぁー!」

「嘘おぉぉぉぉぉーん⁉」

 いきなり5000越えからのスタート。何で⁉ 何でなの⁉ どうしてそこまで奴隷になりたいわけなの⁉

「ちっ。まさかこう言う手に出るとは思わんかったわ。王女がまさかの正当戦法に来るとは」

「これのどこが正当何ですか⁉」

 ディーナさんのまさかの賛同に驚く。その間にも最高額は50000に達した。

「うちが考えとったのは代々伝わる宝刀や宝珠とか言った類やったんや。それなら勝てる思っとったが……これは予想外や」

「どうしてですか? そっちの方が高値で買い取ってもらえるのでは?」

「メリアスはん。これは学生を対象にしたオークションやで。そんな金持っとるわけないやろ? ましてや相手は男だらけ。宝刀ならともかく、宝珠には何ら興味ないやろ?」

「あ」

 ここでようやくこの勝負をしかけたディーナさんの意図が読めた。この戦いはやっぱり私に有利な方向で仕掛けたのだ。

 けど、イシュタル王女はそれを理解し、ランクを下げた品で勝負を仕掛けた。王女自身が下位互換と言う扱いなのは如何ほどだと思うが。

「85000でどうだ! なけなしの金だ!」

 遂にそこまで行ったか。85000マニーなど学生の小遣いで考えると四,五年は貯めないといけない額である。慎ましく暮らすとなれば四人家族の一か月分の生活費にすら相当する。

 流石にそれだけのお金になると先ほどの勢いは一気に薄れ、誰も挙手しなくなった。

「おっとここまでか! それではカウント。10、9、8」

 挙手が無くなってから10秒たった後にタナカがカウントしだす。85000なら屋敷にある品でもいくつか対抗できるものはある。しかし、先ほどディーナさんが漏らした今回の対決の思惑。時計や、アンティーク物では男子の気を惹けない。となると一体何を。

「3,2」

 カウントが終わり始めた。その時、

「ふっ。そんな物でこぎつけると思ったか! 100000!」

 最後の最後で大台が飛び出た。挙手したのは……

「ちょっと待ってください! 何でですか⁉」

 挙げたのはイシュタル王女の付き人アグロスさんだった。何でこの人がオークションに参加している。

「おっと、更に入札がきた、100000!」

「えっ⁉」

 しかし、タナカはそれをカウントとして入れた。どう考えてもこれはおかしいはずなのに。

「ルールを忘れたかネクロマンサー。出品した本人はオークションに参加できなくても、出品した人の補佐が参加してはいけないというルールは無かったはずだぞ?」

 言葉を失った。そういえばタナカは出品した本人は参加できないと決めていたが、それだけだ。他の人の参加は可能なのだ。つまりイシュタル王女以外なら、先ほど入札したアグロスさんでも、同じ付き人であるゼノさんでも、司会のタナカでも参加できるのだ。

 アグロスさんはただ単に媚がうまい太鼓持ちかと思っていたが、頭の回転も速いようで、この点については想定外だった。

「おー、そうか。いいことを聞いたな」

 けど、それに寧ろ感心する者がいた。ディーナさんだ。

「ふっ。負け惜しみか、ディーナ。もし、ここで俺が落札すればそれ以上の小遣いを持っている奴はいなくなる。つまり勝利できる奴はいなくなるわけだ!」

 上機嫌に笑うアグロスさん。愛想笑いも不気味なら笑い方も不気味である。

 アグロスさんの言ったことは確かであり、ここで落札されればそれ以上の入札は事実上なくなる。

 けど、それにも関わらず一向に顔色を変えないディーナさん。

「ならば、そのまま落とせばいいねん」

「何?」

 ディーナさんは剣で風を切るような勢いで人差し指をアグロスに突きつける。

「あんさんがやったことは後攻であるうちらにも有効やねん。つまり、こっちにもそれができる人間がおれば、それが可能や言うことや!」

「何を……はっ! しまったぁぁぁぁぁ‼」

 アグロスさんが両手で頭を抱え込み、膝を床につけ嘆いた。

 ディーナさんの説明で私も理解できた。例え100000マニーで落札されてもそれ以上のお金でこちらが同じ作戦をすればいいのだ。そしてその落札者となれる大金持ちは、こちらにもいる。

「追加だ! 100万! いや、1000万だ!」

「残念。他の入札が今のところ一切ない。一度入札した人が金額を変更することはオークションの原則として許可されていない」

 アグロスさんの懇願もタナカは受け付けなかった。

「それに……もうカウントは終わっている。落札者は100000マニー入札したアグロス・シルバーロード!」

「ノォォォォォォォォォォ!」

 タナカの大声、観客の歓声、アグロスさんの叫喚が体育館で入り混じった。

「お金を払い終えたら後でしっかりご奉仕して貰いますからね……!」

「ヒッ⁉」

 イシュタル王女がアグロスさんを見る目は氷の如く冷ややかだった。

 苛立ちながら、イシュタル王女は自らの席に戻り、脅えながらアグロスさんも後に続く。ゼノさんは……あれ以来動いていないが、果たして生きているのだろうか?

「それでは続いてシダ・メリアスさん前へ」

 勝利の確定に安堵しながら、私は前に出る。ここでディーナさんが落札して、出品した品を私に返してもらってお金は最終的にディーナさんの元へ行く。とりあえず全てなかったことにして勝利することができる。

「さて皆はんがた! 彗星の如く現れたアイドル、シダ・メリアスの登場やで! 更に、今日はこの中から幸運な一名にメリアスはんの私物が手に入る好機や!」

「メリアスちゃ~ん!」

「この豚野郎とぉー!」

「おっぱぁーーーー!」

 先ほどのイシュタル王女とは差にならない盛り上がり。けど、何故だろう。危険度はこちらの方がかなり上のような気がする。

「それではメリアスさん。オークションに出品する物を発表してください」

「あ。えっと……」

「あー、それはうちが選んどいた。メリアスはんはオークションにちょいと疎かったからな」

 疎かったわけではない。強制的に選ばれた、とはいえなかった。

 私たちの前に一人の男子が両手で大事そうに豪華な宝飾で飾られた箱を一つ持ってきた。それをイシュタル王女が使用しなかった出品台に置いた。箱は一切見たことがない代物。つまりは箱の中にあるものが私の私物ということか。

「それじゃとくとして見よ! これがメリアスはんの出品物や!」

 ディーナさんが縦にした箱を開き、会場全体に見えるようにする。

 私も身を乗り出して見る。中に入っていた物はガラス張りのケースにずれることなく固定された三角形の形をして淡いピンク色をした布地であった。高級感というものはさほど感じない。

 って、

「アイドル。シダ・メリアスのパンツやぁ!」

「何で「「ゥオォォ‼」」んな物「「イェェァァ‼」」持って「「ヤッホォォィィ‼」」てるんですか‼」

 私の渾身の叫びも観客たちの雄叫びに巻き込まれた。

「アイドルの私物中の私物! 普通に考えたら一般に出ることはご法度な品が今回は手に入るんや! 使い方は自由や! 夜のお供にはもってこいや!」

「「「「「「ヒャッハァァァァァー‼」」」」」

 男たちの狂ったような声に私が狂いそうになる。何で、何でこんなことを。

「それでは入札に入ります。始め! と同時に30000マニー!」

「ずりぃぞ司会者! 34000!」「38000!」「今度こそ39……」「45000!」「48000!」「57000だ!」「だからはえぇんだよ! 650……」「75000!」「てめぇらぁぁぁぁぁぁぁー!」

 いきなり30000から。しかもあの変態メガネがうぅ……男たちが……私の……私の羞恥心を一気に抉っていく……。ディーナさんはこの状況をにやにや眺める。どうせ落札するのあなたなんだから言うなら初めに言ってよ! 一思いに殺せい!

「85000! 今度こそ!」

「おっと先ほどの最高額に達した! それでは早いが18,17,16」

 あぁ、ついにカウントダウン。ダメ。ダメ。操は守らないといけないって母上に――言われた記憶がない! でもこんなのは絶対によくない!

「残り10秒!」

「私が90000マニーで買いまぁすぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ‼」

 会場にしーんとした空気が張りつめる。

 会場の視線が熱くなった私に降り注ぐ。それによって更に私の顔は熱く火照る。

「えっと……出品者のオークションへの参加は原則禁止とされていますので、それは受け付けられません」

 最初に口が動いたのはタナカ。まともな意見を言ってこの場を丸めようとする。

「ちょっと待った!」

 またも静まり返る会場。大声をあげたのはアグロスさんだった。

「先ほどディーナは何と言った? 自分が選んだと断言している。つまりこれはディーナが選んだものであり、ディーナが出品者でそこのネクロマンサーは付添だ! よって、そいつの入札は有効だ!」

 何とあのアグロスさんが私の操を守ってくれた。不気味野郎だと思ってごめん。あなたいい人。

「ちょっと待ちい! 確かにうちが選んだけどうちは代役や! これはメリアスはんの私物でもあるから出品者はメリアスはんや!」

「でも、ディーナさん私の知らないうちにそれ選んでましたよね」

「あんさん! 余計なこといいなはんな!」

「えーただいまの口論の結果。進行の全てを任せられているMr.プロデューサーの権限により有効とさせていただきます。現在の入札90000!」

「なんやて! 150000!」

「残念ながら、ディーナさんは既に出品者と見なされましたので無効とさせていただきます」

 何とか私の入札は通ったようだ。これで私の下着が男子に行くことは無くなった。

「あぁ。よかった……」

「良いわけないやろうが! このあほ!」

 思いっきりハンマーで頭を殴られたその勢いで地面に這いつくばる。

「何するんですか⁉」

「それはうちの台詞や! どないするねん! うちは入札できんくなったし、おまけにメリアスはんの入札額は90000や! アグロスに負けとるやないかい!」

 ディーナさんの説明に今更我に返る。

「それでは入札がないのでカウントダウン! 10,9」

 タナカのカウントダウンが始まる。タナカ越しににやつくアグロスさんの姿とその後ろでさぞご満悦なイシュタル王女の顔が見える。

 騙された!

 その事実に気付いても既に遅し。タナカのカウントは止まらない。

 このまま負けてしまえばどうなるのだろうか。良くて国外追放、悪くて討伐。どちらにしても二度とここへも、ヨミガエルにも戻れない。

 男子からの入札はない。それもそのはず先ほどの最高額は85000マニー。みんながお金を収集して買ってくれるなどの高望みはできない。

「5,4,3……」

 カウントが終わる。その瞬間私の敗北は決まる。時が止まることなく進む。もう駄目だ。カウントが終わる。

「500000マニーでもらっちゃいま~す!」

 唐突に轟いたその場に似つかない爽やかな声。

 暑苦しく言い争っていた男たちの声でもなし。

 勝ち誇ったとばかりに堂々とした声でもなし。

 己の操を必死で守る悲痛な声でもない。

 皆声の発生源へと目線を送る。そこには、

「カトリナさん⁉」

 そこには手をぶんぶん振りながら跳ね上がる金髪の女性の姿があった。

 いつの間にかたたまれていた店の後片づけをしていたのだろうか。今更の参戦である。

「5、50万入りましたー!」

 タナカが今大会始まって以来初めて慄いた。

「ちょっと待て! いくらなんでも普通の学生がそんな金を持っているわけがないだろう! おい、そこの金髪眼鏡! その金を出してみろ!」

 アグロスさんがいてもたってもいられず抗議する。

 それに対し、カトリナさんは堂々とステージに向かう。段上にあがり、オークションの品である私のパンツの前にまで進むと、ポケットの中からおもむろに、

「はい、どうぞ」

 50万マニーの札束を出した。

 ――たぶん50万、太さからして。けど、一目見ただけでも90000以上はある。

「な、なんだとぉぉぉぉぉ⁉」

「な、どこにこんな金あったんや⁉」

 突然の大金登場に金銀両家が呆気にとられる。

「それは――乙女の秘密です♪」

 何ともかわいらしげに、それでいて怖いことを言ってのけた。

「それではカウントダウン再開! 10,9,8」

 タナカがカウントを再開する。が、もはや落札は決まった物であり、ついでに私の勝利も決まった。

「2,1,0!  落札者は50万マニー入札しましたカトリナ・ダニエル!」

「ふふふー! ありがとうございまーす!」

 言うが早いか。落札が決まった瞬間カトリナさんが私のパンツの入った箱ごと持ち上げた。

 これで私の生涯が終わることも、私のパンツが男の手に行くことも無くなった。まさか聖職者に助けられるとは思わなかった。

「ありがとうございますカトリナさん……。これで私の操は」

 この恩は忘れるわけにいかない。屋敷に戻ったらすぐにお金を用意してカトリナさんに返そう。お礼の菓子も忘れてはいけない。聖職者だから教会にいるかもしれないが、そこはもう我慢していこう。心の中で何度も感謝し、私はカトリナさんが取り返してくれた私のパンツを受け取ろうとする。

「これで今夜からメリアスさんと一緒よー!」

「えっ? ええぇぇぇっ⁉」

 けど、カトリナさんは私が手を差し伸べているにも関わらず、パンツの入った箱を自分の胸に抱き、その後勢いよく走りだし、体育館を出て行ってしまった。


 〝拝啓 父上、母上へ

 人間を信用すればするほど裏切られると傷つくことを今日知りました〟


「あれはガチやな……。そもそもあのお金どこで用意したんや……」

 突然の乱入に突然の退場。台風の如く過ぎ去ったカトリナさんに体育館沈黙。

「そ、それでは結果発表に参ります! 結果イシュタル・ヘイワ10万マニー落札者アグロス・シルバーロード。シダ・メリアス50万マニー落札者カトリナ・ダニエル。以上の結果。勝者はシダ・メリアス!」

「「「「「………………オォォォォッ‼」」」」」

 遅れた歓声が会場を取り巻く。未だに聖職者の奇行が後を引いているのだろう。

 けど、どうあれ、これで終わりである。イシュタル王女のネクロマンサー討伐はディーナさんの策案と、カトリナさんの騒動で治まった。

「納得がいきませんわ!」

 そう思っていた。

「何ですかあれは! 聖職者があれほどのお金を持っている訳がありませんわ! そもそもこの勝負はおかしいですわ! 明らかにあなたに有利なようにできていますわ!」

「何をいうとるんや? 出品者以外なら身内でも入札できるのはあんさんの付添の悪知恵やろうが。先攻、後攻だって大会前に公平に決めたわけやし。うちらが不正できる点なんか一切なかったんやで」

「うるさいですわ! とにかくこの勝負は無効ですわ!」

「そ、それは卑怯じゃないですか⁉ 負けたからって勝負をやり直す何て」

「お黙りなさい、ネクロマンサー!」

 勝負の結果に納得がいかないイシュタル王女が暴言を吐く。

「違う勝負を申し出ますわ! それに勝った者が勝者としますわ!」

「また勝負せいいうのかいな。しつこい王女やな」

 ディーナさんも完全に呆れている。が、このまますんなり下がってくれるとは思えない。

「別に勝負を決め込む必要性はないのではありませんか? お嬢様」

 そこに割って入ったのは、アグロスさんだった。

 先ほど失態を犯した男が、自らの罪を何とも思わず再度表舞台に現れた。

「どういうことですアグロス。まさか私にこのまま引き下がれというのですか⁉」

「そういうことです。いえ、正確には勝負などせずに正当なやり方で始末しましょう、ということです」

「説明しなさい」

 イシュタル王女がアグロスさんに説明を促す。

「明日は闘技大会が行われます。対戦カードの片一方にはネクロマンサーの所属するアレクサンダーの組が入っています。そこでお嬢様はもう一方の部隊に加入してくだされば、闘技大会に出場が可能です。闘技大会では致死量の攻撃は認められません。が、過去には生活に支障が出るほどの怪我を負ったものもいるとのことです」

 闘技大会。第一回戦が行われたのは二日前のこと。もう次の試合が待っていたのか。アイドル活動のせいですっかり忘れていた。

「ちょっとまていや! 部隊決定後のメンバー変更は基本認められとらんで! それに明日からは二回戦や」

「お前たちが戦う相手は都合によるシード部隊だ。まだ試合のしていない部隊のメンバー変更は原則禁止されていない。お前たちとて参加表明をして試合当日の日にメンバーを補充したではないか!」

 アグロスさんの指摘にディーナさんは反論できなくなる。確かにクリスさんは試合開始前に私を誘って、そのまま闘技大会に出た。それと同じ考えなのであればそれを防ぐ手はない。

「もちろん闘技大会に不参加という手段もある。けど、そうすればアレクサンダー家の評判は地に、いや、地の底にまで落ちるだろうな。仲間に裏切られるほどのカリスマ性の欠けたリーダーとしてな!」

 アグロスさんは更に退路すらも絶った。

 ディーナさんは商売の為にクリスさんと協力している。ここで手を引けば赤字は確定である。私を失うか、クリスさんを失うかは重大な問題に違いない。

 そして私に至っては――特に問題などないのだ。

 ここで逃げてヨミガエルに戻る手段もある。ここでの仕事は失うが、父上のコネを使えば何とか他の土地に移り住むこともできるかもしれない。

 けど、そうなるとクリスさんはどうなる?

『名声は上がる所か急下降。それを挽回するために実力を魅せようとしているのが――アレクサンダーさんなの』

 ミクシェの言葉が蘇る。クリスさんは頑張っている。必死で今回の闘技大会で勝とうとしている。

 その姿に被さって見えたのが、故郷の皆。

 ネクロマンサーという忌避される存在であるが故に環境に優れない秘境で住むことを余儀なくされている。それでも頑張って生きている。ネクロマンサーであることを隠して平民として生きる手段があるにも関わらず。

 だから――私は反論することができなかった。

 必死で頑張っている人間を裏切ることができなかった。

「首を洗って待っているのだな、ネクロマンサー! ディーナ、お前の金稼ぎももう終わりだな。ゼノ! お嬢様の護衛は任せた。俺はその部隊に打算してくる」

「任せましたわよ、アグロス。流石は私の参謀役ですわ。おぉっほほほ」

 イシュタル王女の高笑いが響くと、その場に何ら未練も無く去っていく三人。残されたのは重苦しい空気だけだった。その空気を払拭するように聞こえたベルの音。1時になったのだ。

「それでは1時になりましたので、今回の『アイドルオークション対決』はこれにて終了とさせてもらいます」

 タナカが殺伐とした空気の中、最後も事務的に終わらせる。その一言を皮切りに生徒たちは次々と散開していく。

「ちゃんとやったのだから例の物頼むぞ」

「わかっとるわ! 今は考え事に集中させい!」

 タナカも段上から降りようとした際、ディーナさんと何やら言ったみたいだが、ディーナさんは素っ気なく返した。

「まさかの展開や……。アグロスの奴……!」

 唇を噛んで悔しがるディーナさんに声をかけるのは難しかった。けど、私はこれだけ伝えたかった。

「ディーナさん」

「なんや。次の予定は都合上全部キャンセルや。今は明日の対策を練らな」

「私。明日の闘技大会に出ます」

「そうやけどな。出なあかんのはわかっているが、どうやって丸く治め――なんやて?」

「私。明日もクリスさんの部隊として闘技大会に出ます」

 私の一言に目を丸くするディーナさん。

「はあぁぁ⁉ あんさん、自分がどれだけ危険な状況にいるんかわかっとるんかいな⁉」

 そして予想通りの反応が返ってきた。小柄な割に大きな口から素早いジャブのように言葉が飛んでくる。

「闘技大会はルールの規定上死ぬことはないが、一生消えない傷を負ったり、怪我で歩けなくなった者すらおるんやで? 今回はあんさんでお金稼ぎどうこうの問題やなくて、本気であんさんの体を心配して言うとるんや。この際云百万の損害は覚悟でどっちか切ることも考えとるんや。やから無理だけは」

「その切る考え、クリスさんの方だと考えていいんですよね?」

「………………」

 ディーナさんの口が一瞬にして急停止した。図星だったようで次の言葉が全く出てこない。

「私はクリスさんが一生懸命頑張っている姿を見てきました。始めのときはただ強引なだけの人かと思いましたが、それもやるべきことがあってのことで、ちゃんとその後の責務も果たしてくれました。そんな人を、私は裏切れません」

 だから私が先制攻撃を仕掛けた。考える暇を与えずに言葉を投げかければ、納得してもらえなくても呆れて決定権を委ねてくれるかもしれない。

「あんさんは」

「はい」

「何でそこまですんねん」

 しばらくして口を開いたディーナさんは、今までのような饒舌の物ではなく、物静かに問いただす。

「私はカエラズの森でクリスさんを助けました」

「……それがどうしたんや」

「助けた人をそのままに放って置くのは良くないんです。生きることが全てとは限りません。生きてる限り悩む人、苦しむ人。そういう人だっているかもしれません。クリスさんの場合は別ですけど、生きている人間は誰しも助けを求めていると思うのです。だからこそ……私はクリスさんをまた助けたいのです」

「僧みたいやなあんさん。生きることは苦行やとか。死んだ方がマシになることはあんのか?」

「死霊の中にはそういった類が数多くいることを知っていますからね。私、ネクロマンサーですから」

「………………」

「………………」

「ふっ」

 ディーナさんの口元が緩む。

「あんさんやるやないかい! うちを言いくるめるとはなぁ。うちは単にかわいいだけのアイドル勝ち取ったと思うたら、結構知的やったんやな!」

「どういうことですかそれ! 私が馬鹿に見えたんですか⁉」

「そのまんま馬鹿やで? 何事も平穏に終わらせようとする能天気馬鹿や!」

 普段の口調が戻った。浮き沈みの激しさはさながら商品の売れ行きのようだ。

「けど、そうやな。馬鹿ってのもええもんやな」

「はぁ?」

 ディーナがおかしなことを言い出したので疑問に思う。それに口の端をあげ、何か企んだような笑顔を見せ、答えた。

「どっちが得か、どっちが損か、そんなんこの際考えることは無かったんや。単純に一番いい考え方をすればよかったんや。勝ちゃいいねん。勝って両方の売り上げを確保すりゃええねんな!」

 ディーナさんが何か吹っ切れたように笑う。それに私もつられて笑う。けど、私の場合はくすくす笑い。大声で何事かと周りが心配になるような笑い方は流石にできない。

「うちはあんまり戦うんの得意やないんやけどな。シルバーロードの長男坊を軽くあしらうくらいならできるで」

「意外ですね。あんなにでかいハンマー持っていながら戦闘不得意ですって」

「うちの本職は商売やからな。さて! そろそろ戻らなあかへんな。授業サボったせいで補習受けて闘技大会出られへんなったとか、恥ずかしいて外出れへんことになりたないしな」

 ディーナさんは言い終えると腕を組み、低い背を伸ばすように背を伸ばしたら、私に手を振って体育館を後にする。

「さて、私も頑張らないと」

 似合わない気合の入れ方をした後、私は自分のできることをするために、教室に戻る。

「そういえば、クリスさんどうしたんだろ……」

『アイドルオークション大会』に顔を見せなかった人物のことを思いながら。


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