02-4 ケーキカフェ「オーバーロード」、美少女ウエイトレス勢揃い……なんだけどさあ。はあ……。
「いらっしゃいませー」
カフェコーナーに入店客があると、現代日本生存研究会全員が声を揃える。近くの工科大学の男子学生と思しきふたり連れは、ショーケース脇にまごうことなき「美少女」がずらりと並んでいるのを見て、腰を抜かさんばかりになった。工科大学ではあまり女子もいないだろうし、わからなくはない。
だって見てみろ。それこそ「こちら、ケーキのショーケース」「そちらは美少女のショーケースでございます」といった感じだし。
まず目を惹くのはルナだ。長くストレートな黒髪の、ちょっと近寄りがたいほどのスレンダー系美人で、スカートから伸びる足は長い。ソックスでなく黒のタイツを穿き、エプロンドレスも濃い黒紅と色遣いはおとなしめなのに、生まれの良さは隠し切れない。
あかねは多分一番人気になる。なんたって親しみやすい「幼なじみキャラ」といった雰囲気だ。萌黄色のドレスからは、しっかり育った胸が存在を主張している。ミディアムロングの淡めの髪は、ところどころハネがある。普段は無造作に流しっぱなしだが今日はポニーテールにくくっていて、うなじが新鮮。ミニスカートぎりぎりまで達する長いサイハイソックスは白。「くのいち装備」は敵を油断させる仕掛けとしてパンツがどうしても見えてしまうので、対策のために山吹色の見せパンを穿いている。
絵里は、なにも気にしない豪快な性格を反映してダイエットとかしないので、年上であることと相まって、とにかくスタイルがいい。胸はなんたって震度三クラスと本日最強だし、ソックスは輝くサテンホワイトで膝下のスリークオーターだから、むっちりした太ももが最大限に露出している。もちろんその上のパンツも。あーちなみに、彼女はもちろん見せパンなどという姑息な手段は取らない。てか、単に面倒なんだろうけど。普通に紺のショーツだ。だからお辞儀すると後ろからモロ見えになる。ドレスもショーツにオソロで(って偶然だろうが)、青系の桔梗色だ。
そしてもちろん、オーバーロードおなじみの特殊需要を一手に引き受けている、陽菜。他と型が異なるピンクとオフホワイトのミニスカートドレスに、焦げ茶のニーソックスと同色の長いエプロンドレス。ただサイズが大きいのかエプロンが床に着きそうなくらいで、「木ノ葉隠れ」を通り越し、なんだかミノムシといった趣だ。
ちなみに俺は白シャツに黒のベストとパンツ。あとなんて言うのか、「ダブリエ」とかいう変な巻きエプロンみたいなの着けさせられた。勢揃いしたウエイトレスを端から端まで食い入るように見つめていた例の大学生、俺はちらりと見ただけだったけどな。当然だが。連中、席に着いて注文するなり、スマホで店内を撮ってた。ウエイトレスの件、SNSで自慢でもしてるんだろう。
さすが日曜午後だけに、カフェはそこそこの入り。でも俺達は、なんたって対人格闘小隊だかなんだかに設定されちゃってる。人数がいるので対応は楽。余裕を持ってのんびりと仕事をこなした。いや違った。「対人戦闘アーマー」能力を試すことができた。
もっとも身のこなしがサマになっていたのは、意外にもルナだ。給仕なんてさせる側でバイトなどしたこともないはずのお嬢様だが、やはり体ひとつで戦うスタイルだから、重心の持って行き方や身のこなしなどに長けているのだろう。俺とすれ違ったときに、「意外と訓練になるね、これ」とか言ってたし。
陽菜はもちろんいつものとおり。むしろ、いつもよりドジっ娘成分増量中。きっちり十五分に一回は転ぶかこぼすかするので、時計がいらないくらい。鳩時計じゃなくて、陽菜時計ってか? ついには愛娘による経済的損失に耐えられなくなった親父さんに、厨房に下げられる始末だ。
で、三十分経った頃か、がらごろとドアベルをがさつに鳴らして、男子学生の集団が二十人くらい入ってきたわけよ。例のふたり組が手を振って呼んでたから、美少女を見に来たんだろう。
ケーキ屋のカフェはもちろん満席。急遽忙しくなって、陽菜まで厨房からフロアに動員されたくらい。まあ厨房からなぜだか煙が上がって親父さんがあわてて駆け込んでたから、「向こうにもとても置いておけない」ってことなんだろうけど。
「ふわー、忙しい忙しいいいいぃー」
ケーキとティーポット、カップを載せたトレイを持って、陽菜がよたよたとテーブルに向かう。
「アイスコーヒーはどちら様ですか。ブレンドは。はい。あとアイスティーです」
そつなつこなすルナを、テーブルの学生が食い入るように見つめている。
――そういえば連中、なんかそれぞれ好みがあるみたいだな。見たところ、一番人気はやっぱりあかねか。そりゃ笑顔がサマになってるからなあ、あいつ。ほら、客とも楽しげに軽口こなしてるし。
「なに、お前ら。狸穴工科大学の学生かよ? へえ。ちゃんとご飯食べてんのか。しっかり食べなきゃだめだぞ。いいか、中国四千年の歴史……じゃなかった戦後の歴史で、半チャンラーメン食べとけよ、学生は」
これはもちろんあかねじゃないぞ。なんか知らんがいつの間にか気に入ったテーブルにどっかといついて人のケーキ勝手に食い散らかしてる、絵里だ。客が喜んでるからいいんだけど。忙しいんで、他のテーブルも世話してほしいとこだけどもなあ。
「ここ、果物もおいしいぜ。銀座の万疋屋くらいイケるわ。……フルーツ盛り合わせ頼んでいい?」
コスプレキャバクラかよ、ここ。
あと、陽菜がドジ踏んで転ぶと、すかさず写真撮る一派と。陽菜の奴、見せパンとはいえ撮られ放題じゃないか。なんかむかつくな。
それよりなに。並みいる美少女に見向きもせず、なんかアツい視線で俺を見つめてるおっさんがひとり。ムキムキで髭面の奴。
……嫌な予感がする。ダブルケーキセットにもうひとつケーキ注文して。さっき空いたケーキ皿下げに行ったら、さりげなく手を握られたし。
店の手前、殺すのはやめておいた。まっこの店にはバラエティー豊かな趣味の客が来るってことなんだろう。って、なんかケーキ屋の本道からどんどん外れて行く気が……。ルナのくのいち作戦、なんか間違ってないか?
「おーい」
おっさんだ。手招きして俺を呼んでいる。俺が目配せすると、あかねが頷いた。
「いや、君だ君っ」
動きかけたあかねを制して、おっさんが言う。くそっ仕方ないな……。
「なんでございましょう」
テーブルに着くと、嫌味ったらしい声を出してみた。
「そうだな……」
にこにこしている。ヒゲオヤジに嫌味通じず……。
「今ケーキで悩んでいて……」
まだ食う気かよ。ムキムキからデブデブになるぞ……って、また手を握ってきたし。
「君はどれがいいと思う?」
まなじりが下がってるぞ、おっさん。
「そうですね……。お客様はケーキがお好きのようですから、こちらの『ヴェロア・アン・パッション』などいかがでしょう。『飲むケーキ』仕立てになっておりますが」
「おお、おいしそうだ。特盛にしてもらおうかな……」
言いながらも俺の手を撫でてるし。
「お客様、手を……」
「……なにかな?」
そろそろ離さないと殺すぞ。
「お客様、当店ではそのような破廉恥行為は禁止されております。なんですかいやらしい」
大声が響いた。ルナだ。手を腰に当てて、ムキムキを睨んでいる。でもこっちはこっちで「見せパンコスプレ風俗」みたいな服着てるんだから、その非難はブーメランだ。腕を上げて服がひきつれたからルナのスカートだって捲れ上がって、黒タイツの根元まで見えそうだし。
「なにかな? 午後のお茶菓子の相談をしているだけだが」
いや撫でるのやめとけって、おっさん。俺は手を振り払った。「あっ」と小声で叫んだが、なに、あんたの命を救ってやったんだぞ。
にこにこ微笑みながら、ルナが近づいてきた。
「なるほど、それは失礼いたしました。では、どちらのケーキになさいますか」
営業用の声に戻っている。
「そうだな、この子に聞いた、このヴェロアなんとかかな? そうだったよな、君」
って、また握ったし。
輝くような笑みを顔に張り付けたまま、ルナがドレスの襟にそっと手を持って行く……。毒針出すつもりだな。
「よせって、ルナ」
その手を掴む。
「死んじゃうだろ」
「いいからお離しなさい、思音。お客様が天国行きをご所望のようだし」
「物騒なこと言うなって」
「なんだ、そこの黒いの。そんな貧弱な体で、俺を誘惑しようってのか」
ルナの眉がぴくりと上がった。てか、そろそろ手を離せ。おっさん→俺→ルナと、3人で手をつないでなにするんだよ。フォークダンスか?
「なんですって……。陽菜の店だからおとなしくしてれば、いい気になってえええ」
瞳の奥に、殺意が浮かんだ。いかん本気だ。魔物ですら震え上がる、「あの目」だ。俺は、おっさんを背に立ち塞がった。
「よせって」
「どきなさい、思音」
感情を抑えた声で、ルナが言う。襟から細く光るなにかを抜き出した。
「やめなよルナ。陽菜の店で死人を出すつもり?」
カエルみたいな黄緑の震度四が止めにきた。って冗談言ってる場合じゃないな。あかねだ。
「あかねも、悔しくないの。こんな……こんな親父が、思音を……」
「なに、暴れるの?」
遠くのテーブルで、絵里が声を張り上げた。
「いざとなったら、この美里先生がカバーしてやるからよ。さっさと始めろよ面白そうだし」
ガハハ笑ってやがる。テーブルの学生が、「先生、かっこいい……」とか小声で賞賛する。これが「草食系」って奴か……。
「あっ!」
あかねが叫んだ。
「お尻触った!」
おっさんだ。頼むから波風をパワフルに増幅すんなっての。
「なにすんのよー」
「やるわよ、あかね」
「うん、ルナ」
ルナを止めに来たくせに、ふたり揃って戦闘態勢に入ってるし。
「あっあっあーっ」
とそこに「アンゴルモアの大王」、じゃなかった、陽菜の声。文字にすると色っぽく見えるかもしれない。見えた人は心療内科に行って告白するように。
もちろん色気ある話ではなく、ただの悲鳴だ。バランスを崩して転びそうになりながら、走ってきた。大きなホールケーキと飲み物を載せたトレイを、ありえないくらい前に突き出して。あれで落ちないのは、どう考えても重力が歪んでるだろ、陽菜の周辺。
「あわわわわわーっ。どど、どいてどいてーっ!」
バランスを完璧に崩したまま、厨房から飛び出し細いショーケース脇を抜けて、客席に突進する。器用なんだか不器用なんだか不明。背後に唇まで真っ青に変色した「陽菜パパ」が見える。ゾンビかよ。
そのピンク×茶の新種ミノムシが、客だのテーブルだのをなぜだか絶妙に避けながら突進して向かう先は、もちろん今まさに一触即発の(てか、もう戦端を開きつつあるが)四番テーブル。このように確率を無意識のうちに味方にして自然界の法則を信じられないほど歪めるのは、「陽菜」の特殊能力というか……ドジっ娘の日常か。
「はわわわ、わわわーっ」
ひときわ高い悲鳴とともに、もの凄い勢いで、俺にぶつかってきた。
「わわーっ」
「あーっ」
「うはあーっ」
っと気がつくと、俺はテーブルと椅子をなぎ倒していた。腕の中には、陽菜が倒れている。さすがに店内が静まり返った。
「ひげーっ」
ひとり叫び声を上げ続けているのは、おっさん。ケーキに挿してあった陽菜自慢の「ポッキー改」が、鼻の奥深くまで刺さっている。顔にはクリームがべったりで、泥を塗りたくったニューギニア奥地の原住民といった感じ。あかねまで、陽菜に足をひっかけられて倒れている。ルナはすっと避けたので無事。さすがニンジャ。
「よくやったわ陽菜。ちゃんと脳まで突き通した?」
物騒な言葉を放つのは、もちろんルナだ。
俺は陽菜を助け起こしてやった。倒れたどさくさに陽菜の見せパンを寄りで激写していた学生が、「ちっ」と舌打ちして下がる。
「大丈夫か、陽菜」
「う、うん。……あ、ありがとう、思音」
怒られるに違いないと萎縮していた陽菜は、俺に助け起こされて赤面する。
「……な、なにすんだこのえぐれツルペタ」
原住民が……じゃなかったムキムキ髭面が、「木ノ葉隠れ」エプロンの胸ぐらを掴んだ。
「あっいやっ」
「そこまでだ、おっさん」
俺が強くその腕を握ると、悲鳴と共にエプロンを離す。
「思音……」
陽菜が、俺の後ろにさっと隠れる。背中に手を着いて、子犬のように脇からチラ見したりして。
「ちょっと、SDカード出しなよ。さっき撮ったパンツ画像入りの奴。へし折るからさ」
どこかのテーブルで、あかねが大声を上げている。
「あははははー。なに、もうやめちゃうの。……ねえ、もう一皿フルーツ頼んでいい? お金は半分あたしが払うから」
「脳まで突き通したの? きちんと」
もう店内はめちゃくちゃだ。こそこそ逃げ出す客が続出している。もちろん代金は払っていない。――俺の背後で、親父さんが倒れ込む音が響いた。