02-1 ダークエルフのエリス、どうしてお前、転生でこんなトンデモキャラになった……
「いい、ここテストで出すよー」
黒板を前に力説してるのは、エリス……いや美里絵里先生だ。出すよー、とか言いながら黒板をぱんぱん叩くから、チョークが粉々に砕けて床に落ちたし。
「今日五本めだな」
女性教師の足元に溜まった五本分の残骸を見ながら、隣席の吉川が、俺にひそひそ囁く。
「……ああ」
「美里先生、あれ絶対チョークメーカーの回し者だろ」
「いや、乱暴なだけだろ」
「それもそうか」
くくくっと吉川が笑った。なんと言っても昼メシすぐの授業は眠いし、こうして軽口でも叩いてないと、寝てしまいそうだ。
「こらそこっ。聴けっての、ちゃんとっ」
絵里が俺達を別のチョークで指差す――のはいいんだが、指先に力を入れすぎたので、ポッキリ折れてまた床に落ちたりして。
「聞いてまーす」
吉川が返事する。
「ちゃんと集中しなきゃだめだろ」
厳しい顔を作って睨む。
「いいかお前ら、きちんと覚えて。語呂合わせで覚えるんだよ。鎌倉には鎌倉山があるじゃんか。だから『いい山作ろう鎌倉幕府』。幕府成立は千百……八十……マ年だな」
教室中からくすくす笑いが起こった。年号を間違えるのはいいとして(いや良くないか)、「マ年」ってなんだよ、絵里。それに教師になったってのに、このダークエルフ口調、直んないのかよ。
「せんせーい、千百八十五年ですよー」
誰かがツッコむ。
「あ、そう」
絵里は、悪びれもせずに首を縦に振った。
「最近の説だとそうみたいだな。あたしが学生だった頃は八十マ年って習ったし。まあちょっとしか違わないし、だいたい合ってるっしょ」
さすがにクラス中が微妙な雰囲気になった。
「それにこっちの歴史なんて、そもそも知らんし。あたしんとこはイヴルヘイムがめちゃくちゃにしちゃったし。第一、内地は細かすぎるんだよな。あたしの育った沖縄だと、もっと豪快だしなー。なんての、そのくらいのほうが、歴史の大きな流れをがっしり理解できるってかさ。これからの日本人は、そうした歴史観を持たないと。世界に伍して人生戦えないだろ、お前ら」
斜め上からいきなりなぜか説教が振ってきたので、全員面食らった。
「いいんだよ鎌倉幕府なんて『だいたい千年前』で。五箇条のご誓文も、やや千年前。あと元寇と応仁の乱も、まずまず千年前。それにあれだな、江戸幕府成立がきっと千年前……だと室町時代がなくなっちゃうから、五百年前。信長は……面倒だからこれも五百年前。明治維新が百年前。……えーと一年かけて教えるつもりだったのに、もう日本史の授業、全部終わっちゃったか。あはっ。――あとついでに世界史でもやっとく?」
――あはっとか、素敵笑顔で微笑まれてもなあ……。
先生のまばゆい笑顔の二乗に反比例して、教室に暗い空気が淀んだ。
『うわどうしようこれ。期末テストなんて書けば』『せめて百年単位にしてくれ~』『受験で日本史取ったら玉砕確実だわ』『わあー絵里ちゃん素敵、キャリアのある女性って憧れちゃう』とかいう心の声が、手に取るようにわかるな。
ちなみに最後のは、吉川の反対側で俺の隣に座ってる陽菜だ。元が女子高だったせいで円城寺学園は全体に女子のほうがはるかに多く、クラス内の男女配置もいい加減なものだ。
「えーと、ローマ帝国成立が二千年前。中国……はなんかいろいろ王朝があってややこしいから、とにかく第二次世界大戦後くらいにできたんだよ。ラーメンは四千年の歴史だな。……あと世界史ってなんだっけ。そうそう、フランス革命が千年前。産業革命も革命つながりで千年前。ツタンカーメンは……うん、二千年前にまけとくか。他にはなにがあった?」
――いやそんなこと聞かれても……。
順不同であらゆる出来事を千年単位でプロットする恐怖の歴史教師を前に教室は静寂に包まれ、冗談すら言える雰囲気ではなくなっていった。
そして次の休み時間、さらなる惨劇が、クラスを襲ったんだ。……まあ陽菜絡みなんだが。