03-6 空の謎武器炸裂で海岸は大パニック!
「では行きますっ。ご主人様っ」
パーティーメンバー以外誰もいない海岸線で、空が走り込んできた。その体を受け止めると抱いてやり、心を繋いで奥深くにある空の「秘密の頁」を探った。たしかに、いくつかロックが外れている頁がある。その内容はわからない。一度開くとわかるようになるのだ。
――そこ。その隣です。
脳内に響く空の声に導かれ、俺はとある頁に指を差し入れた。なんだか刺激的な触感がするが、構わず一気に開く。
「うっ……」
初めての頁が開かれる痛みに、空が唸った。
「ぼんっ」
空が姿を変えた。その武器に。って……。
「なにこれ」
呆れたような、あかねの声がする。
「見たことあるよ、これ。幽霊バスターだよね」
陽菜の言うとおりだ。この奇妙な武器は、映画で見た奴そっくりだ。
「火炎放射器かしら」
ルナが首をかしげた。
俺が構えているのは、銀色の武器。消火器的な見た目のタンクと蛇腹ホースで繋がった銃器部を持つ。火炎放射器に似ていると、たしかに言えなくもない。
「なら危ないじゃん。海に向かって放射してみなよ」
「わかった」
絵里に言われて、俺は空――謎武器を水平線に向け構えた。
「発射っ」
カチリと手応えのある引鉄を引いた――が、なにも起こらない。いや、少なくともなにも起こっていないように見える。反動もないし、広がった銃口からなにかが噴き出してくる感覚もない。
「あれ……」
「まさかの不発?」
「いえ。空の変身武器には不発なんかありえない。――そうでしょ、思音」
「ああ。……空、聞こえるか」
「もう効果が出てますよ、ご主人様」
空が、今度は音声で答えた。多分、みんなに聞かせるためだ。
「でも、なんにも起こらないぞ。なんなんだ、これ」
「えーと……。えっ、ウソッ」
「あれ……陽菜、なんか変」
うろたえたような空の発言に、とろんとした陽菜の声が被った。
「えっ」
「やだっ」
みんなも口々に叫ぶ。俺も感じていた。なにか奇妙な……感覚がする。そう、ちょうど酒を飲んだときのような。頭の芯になにか膜が下りて体がふらつき、自分でない何者かが脳を支配する感じというか……。
「これは……お酒?」
「いや。似てるけど、ちょっと違うな。これはもっと――」
言うまでもなかった。もっと「危険」だ。というのも、パーティー全員、奇妙な行動を取り始めたからだ。
「キエーイッ」
突如叫ぶと、ルナが跳躍した。サマードレスの裾がまくれるのも気にせず、海岸線の松の樹にすさまじい気合の飛び蹴りを食らわす。サムライガーディアン特有のマナが込められているので、楊枝でもつまんだように、あっさり松が折れて倒れる。轟音と共に。
「これでも喰らいなさい。えーいっ」
また別の樹木に飛ぶ。
「よせルナっ」
俺が制止しても聞きもせず、今度はガレ場の巨大な岩に飛んだ。
「思音はあ、あたしのことなんか、なんとも思ってないんだ。そうだよねっ」
あかねがすがりついてきた。
「あかね、しっかりしろ。ルナを止めるんだ」
「なにさ、ルナばっかかまって。うえーん」
泣いてしがみついてくる。
「どうしたってんだ、いったい……」
抱き着いたあかねに振り回されながら、俺は周囲を見回した。
「こ、これは……」
見ると、陽菜が怪しげな五芒星を周囲に展開し、なにかの武器を召喚しつつあるところだ。今は空の武器テストなんだから、もちろんそんな必要はない。一心不乱だが、瞳が妙にとろんとして、頬も赤い。召喚した武器は、なんだかドロドロのタコの足みたいな奴。吸盤まで付いてるし。それを陽菜はぶっ放し始めた。こっちに向けて! 光線が飛んでくる。
「あわーたくさん敵がいるですー 思音に似たやつが三人も。あはははー」
「よせっ陽菜」
「うえーん。思音のバカー」
「あかねももう放せ。このままじゃ俺達死ぬぞ」
「うえーん」
あかねに抱き着かれたいたまま、俺はなんとか光線をよけ続けた。こっちを指さして、絵里が腹を抱えて笑っている。
「絵里、お前も止めろって」
絵里は笑っているだけだ。
「なにが作用したんだ。酒……じゃないし」
「これは、脳に作用するマイクロ場兵器ですね。その場の全員が影響を受ける」
渋い声がした。元ケットシー、現飼い猫の「ちくわ」だ。訳知り顔で、俺の脇にちょこんと座っている。
「ちくわ。お前、ケットシーに戻れたのか」
「私はちくわ。それ以上の存在でも、それ以下でもないよ」
前足で顔を洗い始めた。
「そんなことより君、世界軸を統べる神の言葉を知っているか」
「はあ? なに言ってんの、お前」
キスを迫ってくるあかねの攻撃に辟易しながら、俺は陽菜の攻撃を避け続けている。
「夕暮れはなべて命の血。私の心残りの血しぶきと心得よ――と」
「夕暮れ? 心残り――なんの?」
「世界線を越えるとき、人はみな、血しぶきを浴びるのだろうか」
「禅問答かよ」
俺には答えず、しれっと尻尾など振ってやがる。食えない奴だ。
「ご主人様……」
「空、お前、もう元に戻れ」
「はい。仰せのとおりに……」
ぼんっと人間形態に戻った空は、急にキスしてきた。
「うわっと」
「ご主人様、私……なんだか体が熱い」
「そんなこと言ってる場合かよ。状況を見ろ」
「好き……」
俺の手を取ると、胸に誘導する。
「陽菜みたいなことすんなよ、空。それに陽菜。いい加減やめとけ」
「あははははーっ」
「好き」
「えーん」
「喰らえニンジャの必殺技」
「みんなあたしもまぜてよー」
「くそっ。どいつもこいつも」
どうやらわかってきた。どうやらこの武器、味方全員の精神をおかしくする効果があるかなんかだ。なんでこんなもんが「秘密の頁」に後生大事に隠されていたのか、超絶疑問だ。空の一族の過去にも、ふざけた冗談野郎がいたってことなのか……。
「やめろって、みんな」
「あははははーっ」
「好き」
「えーん」
「喰らえニンジャの必殺技」
「みんなあたしもまぜてよー」
「もうそれ聞いたし」
俺は心底うんざりした。
そしてこの騒ぎは、全員「酔い覚め」の二日酔い状態になるまで、まだ一時間続いた。ちなみに「ちくわ」は、また元の猫に戻っちゃったけどな。酔ったときもケットシーに戻ったんじゃなく、なにか別次元の存在になっていたようだ。
俺? 俺がなんで酔ってなかったって? いやいろいろ考えたんだけどさ、俺にはどうやら「ひとりだけ冷静に醒める」って効果があったみたい。そんな気がするんだよな。
なんにつけ、こんな騒ぎは二度とゴメンだって思ったよ。……まあその願いは、あっさり破られるわけだけど。




