02-4 一文字家の激ウマ幕の内弁当、全員で超絶堪能
「ほんとにこんなとこに謎があるわけ」
周囲の雑木林を見回して、絵里が愚痴った。
「御神木の謎として、恐れられてるってさ」
「……まあ、空気はいいか。さすが山というか」
深呼吸をしている。
ここは千葉県山武郡のとある山裾。麻子ちゃん実家の植木屋「金剛組」が、地主として管理している山だ。なんでも周囲の山林とはなぜか段違いでいい樹木が育つ山らしく、金剛組の植木供給場所のひとつだ。
ここの樹木の素晴らしさは地元では有名で、そのため山裾や山頂、途中の開けたところなどの巨木の数本は、神木として崇められているそうだ。
「鎮守祭の準備として神木をチェックしにいった地元の人が失踪したって話なんでしょ」
興味深そうに、あかねも空を見上げている。狭い林道の脇には高く茂った杉が迫り、空は滑走路のように細長く切り取られている。
「それも、何人もね」
ルナが付け加えた。
「なんでそれで新聞沙汰になってないんだろ」
陽菜が首を傾げた。
「なんでも、一日くらいで戻ってくるみたいよ。……それも全員、失踪の間の記憶なくして」
「全部で何人なの」
「七人だって。昨日から、またひとり行方不明」
「そりゃヘンだわ」
「だから最近では、山に入ってくれる人が減っちゃって、麻子ちゃん家も困ってるらしいわ」
「そりゃ、誰彼構わず頼みたくはなるよな」
絶望パーティー全員、ルナが調達してきた「野外戦闘用隠密アーマー」を着込んでいる。……まあ見た目、ちょっとかわいい「山ガール」装束だけどな。ミニスカドレスの下に、ちゃんとロングスパッツ穿いてるし。伸縮性や透湿性だけでなく防刃性を高めてあるのが、戦闘用ってとこなんだろう。
あーちなみに俺は、一見普通のジャージ姿だ。もちろん戦闘用の特注品だが、まあ見た目オカマアーマーとか着させられなくてよかったわ。ちなみに「どこでも同行」ケットシー「ちくわ」は、もちろんなにも着せさせられていない。まあ、俺のバックパックにケージが取り付けてあるんだけどさ。歩かせると遅いじゃん。
「さて、ちゃっちゃと調べるか。今回は一応調査費用もらってるしさ」
「雀の涙だけどねー。交通費とかの実費除くと」
絵里がまたまた愚痴った。
「いいんだよそれで。無名企業なんだから、まずは評判上げるのが大事だし」
「それもそっか。……なら早くいこー。一文字家伝の豪華幕の内弁当、食べたいしさ」
食い意地の張った教師である。とはいえルナが用意させた弁当、たしかに味わってみたい。……まあ俺が背負わさせられてるんだけどさ、二〇リッターの巨大バックパックに詰められて。
山裾から十分ほど歩くと、ちょっと平らな場所に出た。開けていて見晴らし台を兼ねた東屋があり、遠く市街地が望める。その背後に、巨大なケヤキが自生して、直径で一メートルはありそうな幹に、神木を示すしめ飾りが巻かれていた。
「……こいつが、第一の神木か」
「山頂のが特別すごいって聞いてたけど、これも見事ですね」
興味深そうに、空が幹をさすっている。耳を着けると、あっと声を出した。
「ご主人様、樹の声が聞こえる」
「声?」
「うん。そそそそって」
「導管を通る水音ね」
ルナが解説した。
「さて、ご飯にしよー」
瞳を輝かせて、絵里が俺のバックパックを無理やりねじり取った。
「お前なあ……」
「まだ十時ですよー」
「いいじゃん。お腹減ったときが、ご飯時」
「今食べると、夜までもたないじゃん」
「いいのいいの。駅前にうまそうな蕎麦屋あったしさ。麓に戻ったらそこでおやつにするから」
ルナが溜息を漏らした。
「……じゃあいいわ。全然早いけど、お昼にしましょう」
「やたーっ! 先生、みんなの日本史の点数、+五点してあげる」
「現金な教師だ」
「お弁当で買収されてますー」
「いいからいいから。ほら早く」
バックパックから、絵里が風呂敷包みを次々取り出し始めた。東屋のテーブルに並べる。
緋色の縮み。見るからに高そうな風呂敷だ。ひとつひとつ、丁寧に大学ノートほどの大きさの弁当容器を包んでいる。結びを解くと、木の弁当箱が顔を出した。焦げ茶の塗り仕上げ。さすがに螺鈿細工などは施されていないが、それでも高価な容器と、ひと目でわかる。
「木の弁当箱か。さすが一文字――って、絵里。もう蓋取ってるのかよ」
「もう我慢マックス」
さっそくかぶりついてやがる。
「速いですー」
陽菜でさえ呆れるレベル。まあでも気持ちはわからなくはない。なんせ豪勢な食材で、見るからにうまそうだ。みんなも俺も、陽菜が配ったお茶を飲みながら、弁当討伐を開始した。あーちなみに「ちくわ」には、特製ちくわ弁当。ちくわとカリカリと、カニカマまで豪勢に振る舞った奴な。
弁当箱は細かく仕切られており、多彩な食材が詰められている。彩りも、海老の赤、卵焼きの黄色、ほうれん草やブロッコリーの緑、そしてゴマを散らされた俵飯の白と、彩りに富んでいる。たまらず、俺はまず海老を箸でつまんだ。
――うまい。
ぷりっとした食感。歯でぷちっと噛み切ると、海老の香ばしい香りが広がる。これきっと車海老だな。多分出汁で茹でてある。だから海老の甘みに出汁の旨味が加わって、死ぬほどうまい。
香味豊かなほうれん草で間を繋ぐと、次にホタテの焼き物に手を伸ばした。
うおっ。バター醤油焼きだ。弁当用ということで小振りのホタテだが、それだけに噛むだけで貝柱の繊維がほろほろに崩れ出す。貝柱に醤油の香ばしさとマイルドなバター味が加わり、天国に遊ぶようなおいしさだ。
「くそっ。一文字はやっぱ違うなあ。なにこれ。ただの卵焼きなのに、めっちゃ出汁利いてる。……ルナ、女子寮の先生の部屋にシェフ派遣してよ。毎日」
卵焼きは出汁巻き卵だった。たしかにうまい。……というか、こんなにカツオの味強いのに嫌味やエグ味が皆無って、凄すぎないか。鼻に抜ける卵と出汁の香りが最高。卵はもちろん旨味の塊……というかこれ、スーパーひとパック二百円とかとは超絶段違いの卵だな。
「ダメに決まってるでしょ。絵里に預けたら、お仕置き部屋でなんかされるに決まってるもん」
「そ、そんなことないし」
「絵里ちゃん、顔がまっかですー」
「まあそうだよね」
全員、うんうん頷いている。
「でも気持ちはわかりますね」
空が微笑んだ。
「だってこれ、お米だけでも全然味が違うというか……」
「そうそう。みずみずしくてぷちっと弾ける感じ」
「それで香りがふわーっと広がるのよ。旨味と共に。米だけじゃなくて、炊き方が多分違うかと」
「かまどで炊いてるから」
「かまど? かまどって、まさかだけど昔ながらの土間のかまど?」
「そう。薪が火力」
別に普通だと言わんばかりに、ルナが口にする。
「決めた。先生、一文字家の幼女になる。ばぶばぶー」
「養女だろ絵里。赤ん坊になってどうすんだよ」
「それよりゴマがまたおいしいですー」
「めっちゃ香ばしいよね」
「歯で弾けると香りが広がるよね」
「それは京都の金胡麻で、特別な栽培手法を――」
時々挟まれるルナの解説を聞きながら、全員、全力で弁当討伐に励む。サワラの西京焼き、豚のロースト、地鶏カツの名古屋味噌仕立て、じゃこと松茸(!)のかき揚げ、銀杏の浅漬け(信じられるか? 香ばしく焼いた銀杏を、漬物にしてるんだぜ)――。どれもこれも最高の味だ。
夢中で食べていると、ちくわが一声鳴いた。
「ごあーご。ごあーご」
それが、惨劇の始まりだった。




