02-1 絶望パーティーの株式会社、始動!
「さて、難事件wも解決したわけだが……」
現代日本生存研究会の部室で、俺は切り出した。
「余計なコブができちゃったけどね。バリボリ」
煎餅をかじりながら、絵里が愚痴る。絵里の脇、大テーブルの上には、迷いケットシーこと現在仮飼い猫状態の「ちくわ」がちょこんと座り、ネコボウルに盛られたカリカリとちくわを齧っている。
「ちくわの共食いですー」
笑うと、陽菜がアセロラソーダをひとくち飲んだ。あーもちろん、真弓ちゃんには、「謎の人物は捨て猫を世話してた女生徒だった」と、報告済み。森本さんは、俺達がちくわを飼うことになって喜んでた。基本、いい娘だよな。優しくて。
「というわけで、またメインの話に戻ろうぜ」
「あたしたちがどうやって収入を確保し、スローライフを実現するかってことね」
「そうだよルナ。……えーとこれまで残った案は――」
「格闘技教室、料理ケーキ教室、それになんでも屋」
「あと美少女ストレッチね、あたしの」
「それは却下だろ。絵里」
「ちえー、つまんないの。バリボリ」
それでも教師か。このエロダークエルフ。
「思うんだけど、全部やってみたらどうかな」
「どういう意味よ、あかね」
「うん。だって――」
あかねは説明を始めた。どれが当たるかわからないんだから、全部試せばいい。なんたってケーキカフェなんだから、ケーキ・料理教室は一階でそのまま可能。二階を道場に改造すれば、格闘技教室は同時並行できる。なんでも屋は始終忙しいとは思えないし全員必要な案件はそうそうないだろうから、仕事が入ったときだけ、向き不向きでシフトを工夫すればいい。
「陽菜はどうするんだよ。陽菜にも活躍してもらわないとかわいそうだろ」
「わあー、思音ありがとう。さすが陽菜のファーストキス奪った彼氏だあ」
赤くなってる。いやあれは事故みたいなもんだったけどな。
「ドジっ娘属性だけ除けば、陽菜は優秀だよ、思音」
あかねが陽菜をかばう。
「そういや、邪神顕現騒動のとき、状況やルナの態度を怪しんでみんなに集合かけたのは、陽菜だったな」
「えへー」
あの事件を、俺は苦々しく思い返した。ルナがルーナではなく、邪教総統によってルーナの人格をコピーされたホムンクルスとわかった。そして俺の体内に潜んでいた邪神がこの世界を滅ぼしに顕現した事件を。
「だから、陽菜には会計とか受付を頼みたいんだ。あわてなければ、陽菜は優秀。じっくり考えて動けるポジションなら最適だからさ」
「うん。それいいですね」
寄り添うように俺の隣に陣取っていた空が、引き継いだ。
「陽菜さんは、このケーキカフェ『オーバーロード』の一人娘。ケーキ教室なんかの会計を仕切るのは自然ですし、お父さんも安心されるのではないでしょうか」
「そうそう。ケーキカフェ二代目は安泰だとね」
なにか思い出したのか、絵里が遠い目をした。
「陽菜入学時の教師面談でさ、すごくそのへん心配してたから。先生もちょっと安心できるわ。陽菜の父ちゃんに顔向けできるというかさ」
「まあそりゃ。美少女ストレッチ開店されるよりは安心だろうさ」
「じゃあさっそく、会社設立を進めるわ」
ルナが立ち上がった。
「代表取締役社長は、絶望パーティーリーダーたる思音。両親に資本金を贈与してもらう方便があるから、私が副社長。場所を提供してもらうよう説得する必要もあるし、陽菜が専務取締役。あかね、絵里、空は役員。あかねは唯一の成人だし教師だから、監査役も頼むわ」
「監査役って、なにやんの。面倒なのはゴメンだよ。バリボリ」
「いいのよ。ただの形なんだから」
「全員役員で、フツーの従業員いなくていいのかよ」
「問題ないですよ。ご主人様」
「そうか」
空が言うのなら、間違いないだろう。なにせこの世界に転生してからも、猛烈な読書家のままらしいしな。知識豊富な空とルナが仕切る形で、いろんなことが決まっていった。
●
「はあ、株式会社げんせいけん、ですか……」
法務局出張所窓口の役人は、眼鏡をずらすと、俺達が持ち込んだ登記の申請書を、しげしげと眺めた。定年間近と思しき、ハゲのおっさんだ。
「いいでしょ、その名前。いや現代日本生存研究会株式会社でもよかったんだけど、なんか堅苦しいでしょ。それに意味不明だし怖がられそうだから、どうせ意味不明ならってんで、略したたわけよ」
「はあ……」
意味不明度がより高まった気もするが、まあいいか。
「では拝読しますので……」
鼻息の荒い絵里を軽くあしらうと、社判の印鑑証明だとか各人の取締役就任承諾書といった必要書類が揃っているか、確認している。続いて、会社の概要をまとめた「定款」とかいう書類のページをめくりだした。――と、さっそく一ページめで手が止まったな。
「変わった『目的』ですなあ……」
目的ってのは要は、その企業の事業内容を箇条書きした項目よ。
「カフェ運営。料理教室運営。格闘技・スポーツ教室運営。スポーツコンサルティング……」
口に出して読み上げている。
「これ、全部やるんですか。バラバラというか……」
「多角経営なので」
ルナが、これ以上ないといった外向きの笑顔を作った。
「この後に書いてある、委託業務受託……ってのはなんですか」
「よろずお悩み解決というかなんでも屋的なサムシング」
「はあ……」
ハゲ頭に手を置いて、つるつるの部分を撫でてやがる。絵里の意味不明な説明で、なおのこと混乱してるな、このおっさん。
「それにこの、美少女マネジメントというのは……」
「それは絵里が美少女ストレッチを強く主張したから仕方なく――」
「美少女ストレッチ?」
「タレント業務です」
あかねがボロを出しそうになって、ルナが口を挟んだ。
「タレントマネジメントなら、関係省庁に届け出たほうがいいですよ」
「ご丁寧にありがとうございます。そうします」
「それに美少女って書く必要あるんですか」
「ないですよね。これを――」
もうひとつの定款を、バッグから取り出した。
「こっちには、普通にタレントマネジメントと書いてあります」
「……じゃあ、こちらを正式書類にしましょう」
「ちょっとルナ。あたしに黙って、なに勝手に別書類作ってきたのよ」
絵里の鼻息が、また荒くなった。どうやらルナ、絵里をなだめるために作った定款の他に、文句言われたら提出する裏書類、別に作ってきてたな。
「大丈夫ですか、創業前から揉めてて。みなさん、役員の方々ですよね」
眼鏡をかけ直すと、おっさんは、絵里に視線を投げた。
「ええ平気です。みんなわかってくれますから」
微笑んだまま絵里を振り返ると、凄まじい殺気を込めた瞳で、ルナが睨んだ。
「通ればいいんですよ絵里さん。本当のことなんて書かなくていいんで」
ヒソヒソと、空も絵里の耳元で囁く。
「ドーピングで受験クリアするのと同じです」
「そうか……。それなら」
絵里が矛先を収めた。おっさんは、ルナに視線を戻す。
「あなたが副社長の――」
「ええそうです」(にっこり)
「なら安心だ」
ルナの答えを受けて、ほっとした顔になった。どうやらルナ以外は全員、まったく話にならないと思ってたみたいだな。
その後もあれこれすったもんだがあったんだが、登記はなんとか認められ、俺達絶望パーティーのスローライフ企業が、ここに誕生したってわけさ。
……まあ、設立早々に大問題が発生したわけだが。




