01-2 必殺美少女ストレッチ、京都舞台にあやかし退治でケーキ教室!? ――お前らいい加減にしろ
翌日月曜の放課後。例によって元用務員室に集った俺達は、それぞれ一晩唸って考えた「お仕事案」を、披露し始めた。
「じゃあ、あたしからね」
ずらりと大テーブルに並ぶ俺達。口火を切ったのは、あかねだ。あかねは仕切りたがるから、だいたい最初に動くよな。
「あたしさあ、あやかし退治がいいと思うわ」
「あやかし退治?」
「うん、そう」
陽菜が淹れたココアをひとくち飲むと、続ける。
「だってあたしたち、戦闘能力あるじゃん。フツーの人間と違って。あたしのオリガミヒトガタを使えば、探査能力もあるし。だからさ、いわくつきの町家とか旧家の裏山に出没するあやかしを退治して、報酬をもらうわけよ」
「あやかしなんて、いるのぉ?」
絵里が首を傾げた。長い髪がばさっと広がる。
「この平和な時空に」
「仮にあやかしだの妖怪がいるとしてもよ」
ルナが継いだ。
「そんなに依頼があるかしら。聞いたことないでしょう。妖怪騒ぎとか」
当然の疑問だ。てか――。
「てかあかね。お前、キャラ小説の読み過ぎだ。どうせ京都あたりが舞台の奴、手当たり次第に読んだんだろ」
「うっ……」
図星突かれて脂汗流してやがる。トンデモない奴だ。
「戦うならさ」
陽菜が手を上げた。
「必殺退治人がいいよ。あやかしはいるか怪しいけど、悪い人はそこら中にいるから。みーんなで必殺技を考えて。陽菜、だらりんくまさんのぬいぐるみでタコ殴りにする技がいい。絵里ちゃんはこう、三味線のひもってか弦? あれで首締める奴。それで思音はぁ――」
――ポカッ!――
絵里に頭をはたかれてやんの。
「い、痛いよーぉ」
涙目になってる。
「お前もネット動画の観過ぎだ。なんだよ必殺なんとか人って。大昔の時代劇じゃんか」
「面白いけどなあ、必殺シリーズ。……ダメなら現代モノでもいいよ。ミッションインポッシ――」
「陽菜の冗談は置いておいて」
絵里が割って入った。
「先生、美少女ストレッチとかがいいと思うのよね」
「び、美少女ストレッチ……」
「そうそう。ここほら、三階建てだし。陽菜とお父さんには今倉庫に使ってる三階に移ってもらって。二階を改造して、個室にするわけよ」
「個室で、美少女ストレッチかよ」
「そうそう」
嫌な予感――というかトンデモない展開しか思い付かねえw
「ストレッチのチェーン店流行ってるしさあ。必要なのはストレッチ台とタオルくらいだから、コストもかからないし」
想像してるのか、妙にニヤケている。
「あたしたちみんな美少女だから、めっちゃ流行ると思うのよね」
「お前それでも教師かよ! それに俺はどうすんだ。受付か」
「受付ね。兼、特殊性癖ストレッチ」
「……あの」
得意満面に、絵里が説明し始めた。オーバーロード半壊事件のときのムキムキおっさんとか、男子に異様な執着を持つ「お客様」が来たときだけ、俺が相手をするんだってよ。
「ふざけんな絵里。おっさんの相手とか嫌過ぎるし、そもそも美少女ストレッチとか、絶対風俗と勘違いした客ばっか押し寄せるだろ。揉ませろとか『いくら?』とか、逆に『ケツを責めてください』とか、毎日百回聞かされるハメになるぞ」
絵里以外の全員が頷いている。
「どうにも非現実的な奴ばっかだな。誰かまともな案はないのかよ」
「なら私ね」
ルナが微笑んだ。
「みんなの案にもあるように、やはり私達の戦闘能力は生かすべきよ。といって、それをガチ戦闘に使うと、この時空では目立ちすぎる。それに下手すれば傷害罪とかで捕まりそう」
「そりゃそうだな」
「だから、格闘・殺人術道場って、いい考えだと思うの」
「道場かあ……」
斜め上を見上げて、絵里がなにか想像しているようだ。
「あれね、ムキムキおっさんの組手は、思音専門ね」
「もうホモ幻想やめろよ、絵里」
「でも確かに、ルナの案なら合法的。それに需要もありそう。クラヴマガとか、軍隊系の格闘教室は流行ってるし」
「あたしたちなら、あんなヒヨコみたいな格闘術より一万倍効果的な殺人術伝授できるじゃない。実際、何千と敵モンスター倒してきたんだし」
「あれは体術だけじゃなくて刃物も使うし、それに魔法だの召喚まで駆使してるからなあ……」
俺は想像した。たしかに体術とナイフ術くらいでも、それなりに効果的な教室は開けそうだ。それにルナや絵里が組手の相手してくれるとか、それこそ風俗的に客が来そうだし。とはいえ……。
「いいとは思うけどさ。ルナ、殺人道場とか、お前の両親が資金出してくれないだろ。ただでさえお前の格闘好きが嫌がられてるのに」
「平気平気。護身術ってことにするから」
「……じゃあとりあえず保留だな。空、お前の案は?」
「はい、ご主人様」
紅茶が湯気を立てるマグカップを握り締めたまま、空は、ほっと息を吐いた。
「料理とかケーキ教室はどうでしょうか。ここケーキカフェですし、ケーキ教室ならすごく自然。それにちょっとえげつないですけど、男子向き自炊教室とかも開けば、工科大学の学生が――」
「先生目当てに押しかけるな」
想像してみた。女子かわいいエプロンドレスのルナやあかね、それに絵里に空に陽菜――。バラエティ豊かな女子勢揃いで、どんな生徒さんも、お好みの先生が見つかるのは確実。それにこれならストレッチだの組手だのよりは、エロ展開になりにくいし。
「料理教室案は、悪くはない。……ただ、陽菜の居場所を作るって本来の目的がなあ……」
「絶対毎度毎度、消火器噴射するよね。それにクリーム床にこぼしてさあ、滑って転んでパンツ見せながら調理台ひっくり返すとかも、デフォじゃん。もう今から目に浮かびまくるわ」
あかねがうんうん頷いている。
「ひ、陽菜だってできるもん」
ムキになってやがる。
「陽菜の『必殺』ダメならさ、思音の案は、なんなの。すごーく楽しい奴、あるんでしょ」
「そういや、肝心の『社長』の案がまだ出てないわね」
全員に見つめられた。
「俺の案だけどさ、その……お悩み解決相談室ってのは、どうよ」
「相談室?」
「そうそう。要は探偵の、もうちょっと解決寄り。調査するだけじゃなくて解決する」
「なんでも屋みたいの?」
「まあそうだな。なんでも解決・お悩み解決相談室――みたいに看板出して。あかねも言ってたみたいに、チートスキル使えば調査能力あるしさ」
「そうね。解決だって簡単だし。面倒な事態になれば、誰彼構わず殺せばいいから。バリボリ」
絵里、物騒な話やめろっての。あーバリボリは、例によって 絵里が持参の煎餅討伐に突き進んだからだ。
「うーん」
眉を寄せて、ルナが唸った。
「いいけど、受け身だからそんなに依頼来ない気がする。それに一件あたりの解決時間、けっこう取られるわよね。相談から始まるわけだし」
「そうそう。謝礼にしても一件百万円とか難しいだろうし、全員の生活費捻出するほどは稼げないんじゃない」
ルナとあかねが、現実的な意見を出した。
「やっぱ美少女ストレッチでしょ。一回三十分で料金二万円。小部屋を作って分担するから、一日あたり最低でも五十万円くらいは――」
「ますます風俗じみてるぞ、絵里。個室はやめとけ」
俺達がわいのわいのやってると、入り口の、建て付けの悪い引き戸が、ガタピシ言って開いた。
「あのー……」
入ってきたのは、女子生徒。見たことがある……てか、例の謎ラブレター案件を持ち込んできた、一年A組の入船真弓ちゃんだな。
「現代日本生存研究会の力を見込んで、頼み事があるんですケド」
いきなり切り出してきた。
おっとー。これ、お悩み解決相談室のテストにちょうどいいじゃん。
俺はみんなに目配せした。
「どんな頼み事?」
絵里が、表向きの先生仮面的表情で、首を傾げた。
「はい。実はまたラブレターのことですケド」
「えっ!?」
真弓ちゃん以外、全員の視線が俺に集まった。まあトゲトゲしいというか……。
「いやあの謎ラブレター事件、出したの陽菜だろ」
「出した?」
真弓ちゃんが首を傾げる。ああ忘れてた。彼女には、「あのラブレターは宛先間違いだった」って報告したんだっけか。
「いやこっちの話。それより、またラブレター来たのかよ」
「いえ、今のは冗談ですケド」
――ズコーッ――
全員コケた(精神的には)。それにしても真弓ちゃん、なんか発音がヘンだな。
「はい。これで掴みはオッケーですケド」
「なんだよ、それ」
「もう掴みとか落ちとかはいいから、早く話して頂戴」
面倒臭そうに、絵里が手を振っている。やる気なし教師極まれリだな。
「はい先生。……実は女子寮に夜な夜な、怪しい影が――」
「なになにそれ! 幽霊?」
あかねがぐっと身を乗り出した。もうノリノリというか。もちろん全員そうだ。俺以外は。
でもどうせ、彼女の部屋に忍び込んだ彼氏が見つかったとかだろ。女って、この手の怪談だかワイ談だかが大好きだよな。――と、俺は思ったんだが、これが実はとんでもない事件の始まりだったんだ。それは――。




