01-2 絶望パーティー、最後のひとり見つかる
「みんな揃ってる~」
現代日本生存研究会の謎部室に飛び込んできたのは、美里絵里。歴史の教師で、現代日本生存研究会顧問でもある。
ベージュのタイトスカートのスーツに、襟の長い白ブラウス。髪は長くてふわふわ。ボリュームがある。テーブル上の紙を目ざとく見つけて、手に取った。
「なにこれ、かわいいじゃん。こないだ言ってた、陽菜の制服?」
今まさにロリを巡る神学論争を始めんとしていた俺達は、微妙にタイミングを外され毒気を抜かれて、思わず頷いてしまった。
「……じゃあこれで決まりね」
溜息を漏らすと、あかねがまとめる。採用されたのは「くのいち装備」、あと陽菜専用「木ノ葉隠れ」。ルナの実家、一文字ファミリーの関連企業で作ってもらうことになった。
「それよりなに、絵里……エリス。今日はなにか話があるんでしょ」
「そうそう、なんだかどうしても全員と話したいって」
「まあ待ちなって」
急かす「部員」を尻目に、なんだかやたら難しい魚の名前が漢字でびっしり書かれた「耳なし芳一」のような湯呑みに、絵里はティーポットからお茶を注いだ。
「うん。この紅茶はいいね。チョコレートティーだっけ。あの地獄の砂漠で、虫の水分吸って生き延びた頃とは大違い」
「嫌なこと思い出さないの。これはルナの持ち込み……。だけど、それより話っ」
「……ああ、それよそれ。ソオルが見つかったよ」
「えっ!」
俺は思わず絶句した。
「ソオルちゃん?」
「氷の書が? 本当に?」
口々に叫んでいる。もちろん俺もうれしくて、テーブルを思わず叩いた。あかねの胸だけ揺れたから、震度三だな。ソオルがいれば、もちろんいちばん揺れたはずだ。
「そうだよ」
あかねは、しれっとした顔だ。鉢に盛られた揚げ餅を、次々やっつけている。思えば、パーティーで一番荒れていたエリスが、こんなにのほほんキャラになったのは、沖縄に転生してまったり育ったからに違いない。まあガサツな口調だけは変わらないけどさ。
「おいしいじゃん、これ。やっぱ亀屋はレベルが違うわ」
「それはいいからっ」
じれったそうに、真面目なあかねが揚げ餅を取り上げた。
「それよりソオルだよ。どこにいたの?」
「……ああソオルの話だっけか。そうそう……」
まだ未練がましく口を動かしている。
「彼女、北海道。野原空って名前だったわ」
「北海道?」
「空ちゃん……」
「さっさとグループメッセージで教えてくれればよかったのに。……歳は? まさかあんたみたいに……」
「なんだよ。ひとりだけ老けてて悪かったな。クソッ」
へそを曲げた現代日本生存研究会顧問は、わざとらしくボリボリ音を立てて揚げ餅を食べ始めた。
「教えなよ」
「……」
下を向いて爪なんか眺めたりして。
「言えっての」
「お願いするときは?」
「……教えてください」
「そうそう」
「あーもう焦れったい、早く情報出しなよ、この子は」
「この子じゃなくて、美里先生と呼びな、あかね。あたし、あんたたちの先生だろ。ああ、絵里先生のほうがいいや、かわいいから」
くすくす笑う。
「教師なら教師らしく、生徒の質問に答えたらどうなのさ、あんた」
「絵里先生だろ。ほら言えよ、あかね」
「……」
「そう呼んだらケーキごちそうしてやるがな。陽菜んちの奴」
「絵里先生」
「早っ! プライドなしかよ、あかね」
さすがの絵里も、唖然としている。あかねが現金なのは、もう本能レベルだな。
「んじゃあ絵里先生。ダブルケーキセット決まりだよ」
「なんだこいつ。誰がダブルって言ったよ。普通のケーキセットに決まってるだろ、アホ」
「いいじゃん。戦闘中、後衛が狙われると、いつもあたしが助けてたんだから」
「……なんかその恩、もう百倍くらい返してる気が。こないだなんかホールケーキごちしたし」
「いいじゃないかもう、ふたりとも。それより絵里……先生。どうなんだよ」
きりがないので、俺が入った。絵里が、ふと優しい瞳になる。珍しいこともあるもんだ。
「ソオルは思音の武器だし、そりゃ気になるよな。空は北海道の外れで、ご両親と暮らしてる。歳は十五でお前らと同じ。ああ、五月生まれだから、もう十六か。向こうの高校に通ってるけど、今、ここに呼ぶ算段を始めてるとこ」
「どうやって呼ぶの?」
「転生してもやっぱり本質は隠せないからさ。あたしたちと同じで。ソオル、本ばっかり読んでるってよ。それで成績抜群。だから学費免除で生活費補助の特待生ってことで、学園には手を回し済み。親も口説けるだろ、多分。――ルナ、あたしみたいに学園の女子寮に入れるから、よろしく手配しといて」
「わかった。父に頼んでおく。ここ一文字グループの傍系学園だから、問題ない」
円城寺学園は、もともと女子高だ。少子化で生徒数が底割れし始めたので、共学となった。その歴史から、なにかと女子のほうが優遇されている。生徒会は伝統的にすべて女子が仕切っているし、トイレの数に到るまでそうだ。
元がお嬢様学校だった名残で学生寮があるが、もちろん女子寮だけ。沖縄生まれの絵里も、教師ながら、そこに暮らしている。ガサツでテキトーな性格の割には生徒の悩みをよく聞いてアドバイスするので、着任一年ですっかり陰の寮長的存在に祭り上げられていて変に力があり、それは理事長クラスまでに及ぶ。
「いつから?」
「そうだな、夏休み前には入れたいけど。遅れたら二学期からじゃないの」
絵里が大きく伸びをした。
「んあー手配で疲れた」
「……あんたってば、緊張感がないんだから」
あかねが腕を腰に当て、非難がましい顔になる。
「そりゃあ、こっちはずっと社会経験豊富なんだから。なんの因果か、あたしだけ八年早く生まれちゃったわけで。『あの夢』を見出した頃は中学生だったから、頭おかしくなったとか、ひとりで不安だったしよ……。あんたらはいいよな。仲間があっさり見つかってよ」
またしても揚げ煎を噛み砕き始めた。親の敵かよ、絵里。
「そう愚痴るなって」
「絵里が先にいてくれたからこそ、私も思音もパーティーも、ここにこうして集まれたのは事実ね」
実直なルナが言うと、説得力がある。絵里の眉が、うれしろうにぴくりと動いた。
「そうですよー。先生、感謝感謝ですー」
「そうそう。絵里……先生は、男子生徒にも、だ、大人気だし」
あかねお前、もみ手するなっての。
「……そう。さっきグループに空入れといたから、後で直接、やり取りしな」
おだてられて機嫌を直した絵里は、真面目な顔に戻ると俺の手を優しく握った。
「特に、思音には会いたがってるしな、ソオル……空」
「……そうか」
懐かしがるような、悲しいような、そんな表情を浮かべて、四人は無言で俺を見ている。
「あと、思音のご両親から学園に問い合わせというか連絡があったって。元気にしてるか寂しくはないか、とか」
「……なんか歌詞みたいだな」
みんな、ようやく微笑んだ。
「で、どうすんの、これから」
陽菜が手を上げた。
「えーとねえ……、カラオケとかどうかなあ」
「陽菜あんた、歌うまいのはわかったから、もう興奮してマイク飛ばしてグラスでボーリングとかカンベンよ」
「……はうーっ」
あかねに説教されて、小さくなっちゃった。まあ元から小さいんだけどもな。背も胸も。
「たまには訓練とかどう?」
ルナが言うと、少しだけ場の空気が白けた。
「せめて戦闘連携の稽古とか」
畳みかけるように言う。早口なのに小声だ。ルナはガーディアンのサムライウオーリアだったし、この世界に来てもまだ戦いを忘れられずにいる。
「またか。こないだやったろ、お前がうるさいから」
「うるさいって……」
「先生もうイヤ、疲れるし。このスカートじゃ立ち回りも難しいしよ。カタッ苦しいよな、教師の服とか。あー、ゆるい服でだらだらしたい」
「戦闘特化服着ればいいでしょ」
「……」
ルナの言う戦闘特化服ってのは、多分ジャージのことだな。
「陽菜は?」
「陽菜は戦い嫌いだもんっ。カラオケ行って、それからケーキがいいな」
だらりんクマカップを抱えたまま、陽菜が答える。
「あかねは?」
「あたしは……」
困ったような顔で、あかねは折り紙を折っている。オーバーロード制服の没分の紙を使って。超人なみの素早さで折り切ると、紙は立体感あるサメの形となった。さすが創作折り紙コンクール入賞者だけある。
「……あたしはやってもいいけど。……その、思音はどうなの?」
俺に振ってきた。微妙な感情を含んだ視線を投げている。手の上で、白いサメがゆらゆら揺れる。
「俺か? うーん俺はなあ……」
四人の顔を窺った。ルナは半分諦めつつも、やりたがっているのが明白。陽菜は能天気に遊びたがっている。あかねはどっちつかずな感じ……いや、やりたいのかな。絵里はバッファーって言うのか? とにかくなんだか道具を取り出して、爪を磨いている。
意見は半々か。決めが俺の考えとなると……。
「……技を磨く意味があるかなあ。いいかルナ、もう全部終わったんだ。あの世界での生活も、アレも。俺達はもう燃えカスだ。まったりここ異世界で生き抜こうっていう、現代日本生存研究会の設立趣旨に従おうや。今日のところは」
「そう……」
ルナの瞳から輝きが消え、下を向いてしまった。現代日本生存研究会の設立趣旨、それは「終わった俺達に愛の手を」。今年四月、俺達の入学と同時に設立。部員四人、顧問ひとり、新入部員お断り。閉鎖的な「謎サークル(笑)」として、学園内では奇異の目で見られている。いや本当に「かっこワライ」まで含んでるニュアンスで。
「そうか。……なら遊ぼうか」
一転ことさら明るく、ルナが笑顔を作る。
「陽菜が言うように、カラオケ、それからケーキでしょ」
「そう来なくっちゃ。……えっえっ、あ、ああーっ!」
陽菜が喜んで立ち上がった――とたんに足がもつれて倒れ、後ろの壁に後頭部を強打する。ぼろぼろの旧用務員室が大きく揺れると、古色蒼然とした窓枠からくもりガラスが外れ落ちた。裏庭に、ガラスの割れる派手な音が響く。
「陽菜、あんた大丈夫?」
「あ、あはははっ。頭痛いー」
あかねが助け起こした。相当強く打ったらしく、壁が凹んでるけどな。陽菜はぱんぱんと頭の埃を払うと、へへへーっと照れ隠しに笑った。どんだけ石頭だよ。さすが「戦道具七百の使い手」だ。壊れっこない。胸だって平らで硬いしな。あの胸はもしかして特殊なアーマーなのかも……。
胸を睨みながらアーマー考察の深い思考に入った俺をどう思っているのか、にこにこ笑顔だ。
「……またあ?」
「これで今週三度目だよな、窓が落ちたの」
「ご、ごめんなさーい」
陽菜が涙目で謝る。
「いいって。俺達は運命共同体だ。例によって、ちゃちゃっとパテで直しちゃおう」
棚を漁って、あかねが工具箱を出してきた。昔は夜勤もあったから、用務員室には寝室も設けられている。ほうきや簡単な工具といった、学園に必要なさまざまな道具を納めた部屋も。もちろんどちらもすでに使われていないが、現代日本生存研究会の部室には、今でもこうしてなんやかやの道具が放り込まれてるってわけさ。
その晩、俺は、恐ろしい夢を見た。それは……。