10-2 体育祭打ち上げ! 例によってケーキカフェ「オーバーロード」半壊
「いやー結局ブービー賞だったね。出場二十チーム中」
絵里が、愉快そうに笑う。ここはオーバーロード。今日の体育祭の打ち上げという名目で、俺達は集っていた。
「ご、ごめんなさーい。陽菜がもう少し……」
「ほらほら涙目にならないの。あれこそ陽菜の真髄でしょ。観客もお約束で喜んでたわよ」
「ほ、本当? 陽菜、このままでいいのかなあ……」
くりっとした瞳で微笑む。
「いいのいいの」
「そうそう。陽菜の鉄板アーマー見て喜んでたぜ、吉川とか?」
「鉄板アーマー?」
武器防具に一家言あるルナが、首を傾げる。
「ああ、そこはスルーしとけ」
「それにしても絵里、あんたマジでドーピングしてなかったんでしょうね」
「もちろんだよあかね。あれがあたしの実力だもの。騒ぎがめんどくさいから普段隠してるだけで」
そ知らぬ顔で、絵里はモンブランをフォークでつついている。
「ほんとにー?」
「だって、思音がドーピングするなって言ったもの。あたしのご主人様が」
「ちょっとお、なんで思音があんたのご主人様なのよ」
「ご、ご主人様と呼んでいいのは、私……だけ」
空に袖を掴まれて、絵里が苦笑した。
「じゃあいいよ。旦那様にしとく」
「旦那様もだめだよー、絵里ちゃん」
「それだとあたしの立つ瀬がないじゃんか」
「知らないよ、そんなの。――だいいち、あんた、思音にキスしたじゃない。陽菜もしたし、空だって。ルナはこないだディープな奴してコーフンしてたし」
「あかね、あれは私が操られてて……」
「うるさいっ。なんであたしだけ『まだ』なのよ」
あかねは俺に向き直った。また瞳が攻撃色なんだけど、あの。
「お、俺が悪いのかよ」
「悪いに決まってるじゃん。ほら、今しなさいよ。パーティーのバランスを取るために。ほら早く」
勝手に目をつぶって唇を突き出した。
「お前なあ……。そんな交通違反の切符切る婦警みたいな態度で、できるわけないだろ。いくら俺が転生おっさんとはいえ、ラブな雰囲気ってのが――」
「なになになによー。それでもリーダーなの、このスカタン」
「なんだよその古臭い言い方」
「悪かったね、雰囲気がなくて。……って、あっ思音、左手がまた変色してる」
「えっ」
思わず見た瞬間、俺の唇を、温かく湿った柔らかいものが覆った。
「…………」
「…………ぷはーっ」
「あーっ、あかねちゃんのエッチー」
「……あかね、お前」
「え、えへへへーっ。これで全員、平等だもん。あたし恥ずかしい。思音ったら積極的だったから、舌入れてきて。うふん」
頬に手を当て、恥ずかしがるふりをする。
「嘘つくな。お前なあ……」
「待ちなよあかね。先生、キスした記憶がないんだけど」
「知らないよ、そんなの。絵里あんたベロベロだったじゃない。自業自得」
「なら仕方ないね。ほら思音っ」
絵里が俺の顔を押さえた。ルナがその腕を掴む。
「絵里。それ以上したら、私が許さないわよ」
「おっ、許さないとどうなるのかなー」
微笑んだまま、絵里が席を立った。
「やる気? ルナ」
「絵里次第ね、それは」
ルナも立ち上がった。
「もうよしましょうよ」
「うるさいよ、空。あんた特別扱いされてるんだから、たまにはその席、あたしに譲りなよ。ほら思音。行くよご主人様、抱いてーっ!」
大柄な絵里が跳躍し飛びついてきて、俺はテーブルへと倒れ込んだ。空も巻き込まれ、派手な音を立ててグラスや皿が割れた。というか、どう考えても愛にあふれた抱擁とかじゃなくてプロレス技なんだけど。吉川が「絶対美里スープレックス」とか名付けそうな。
「なにしてるのよ、あんたたち」
「そうですー。陽菜の家がめちゃくちゃだあー」
「いつもの陽菜よりマシでしょ」
「はうーっ、言ってはならないことをををーっ」
陽菜の足元に、紫の六芒星が広がった。
「……ち、ちょっと落ち着きなよ、陽菜」
「陽菜ちゃん、冷静に……」
「いやっ、絵里ちゃんが悪い」
「だめよ、陽菜」
「そうだよ。もうやめとけって、陽菜」
「思音が言うなら……」
陽菜はしぶしぶ引き下がった。
「……あれ?」
パーティーに緊張が走った。
「止め方わからない」
――やっぱり。
全員がっくりと首を折った。魔法陣からは、毛の生えたタコの足のようなものが一本、また一本と這い出しつつある。
「……これ、武器と少し違う気が」
空が青くなっている。
「どうすんのよ、陽菜」
「ど、どうすんのよと言われても、こうなちゃったー、としか」
「このスカタンッ」
「あうー。あかねちゃんがぶったあー」
騒ぎながらも、みんな笑っている。陽菜も、あかねも、あかねも空も。そしてルナも。もちろん俺も。
この時空――平和な日本――でも、この仲間を、俺は絶対見捨てない。今は高校生とは言うものの、元はおっさん、このパーティーのリーダーだからな。みんなでこの時空で平和にのんびり暮らしていくんだ。
俺達は、絶望パーティーこと、「現代日本生存研究会」だ。




