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異世界おっさん、日本転生して「魂の仲間」を再結集 ――誰が俺の嫁かわからなくなったし、好き勝手に生きるわ!  作者: 猫目少将@「即死モブ転生」書籍化
08 「危ない教師」のセクハラ研修

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08-1 空、ついに俺専用武器に変身を遂げる!

 陽菜の病室は、日に日にクマ色を強めていった。個室ではなく、若いサラリーマンとのふたり部屋。隣田となりださんって言ったっけ。雨で滑って骨折した無線機器の営業らしいんだけど、どうウマが合ったのか、すっかり陽菜と仲良くなっちゃってた。一度なんか放課後行ったら、ぬいぐるみで一緒に「クマさん人形劇」やってたしな。


 クラスでは「寄らず触らず」扱いだった陽菜だが、意外なことに、けっこう連日クラスメイトが見舞いに訪れた。吉川なんか特に。……ただまあ、二回に一回は陽菜になんか食らってたけど。絵の具とか絵の具とか絵の具とか。


 絵里先生は、陽菜のキスがよほど悔しかったのか、なにかというと部屋で俺に迫った。といっても空もいるし、ルナが付かず離れずで目を光らせている。なので、なかなか思うような機会を得られず、ついには俺が寝てる間に、そっと手の甲に吸いついてたときがあったな。反対側に空が抱きついてたから、俺の唇を襲うわけにもいかず。


 俺はそれで目が覚めたんだけど、なんだかかわいそうになって放っておいた。五分くらい手の甲や指にキスしてたら、満足気な顔で俺に抱きついて寝ちゃったけど。


 ルナや絵里は大丈夫だって言ってたけど、あかねは……、なんだかあまり部室に顔を出さなくなった。たまに見かけても、一Bのクラス友達と仲良く帰ってたりとか。陽菜の病室で会っても、なんとなくお互い気まずい。陽菜があのキャラのくせして、無理して気を遣ったりするくらいさ。


 今年は季節の進むのが早く、もう肌寒いほど。絵里はその場で引率していた顧問教師という立場もあり、陽菜の病室に日参したから、「隙間風上等」の現代日本生存研究会部室で、俺と空、ルナの三人が過ごすことが多くなった。退屈だし、ルナ・空という「現代日本生存研究会修養派」の双璧が主流になったもんだから、それなりに練習したよ。特に空と俺の同期訓練。


 ――そんなある日、ルナが、ひとつの情報を拾ってきた。空の位相転移を促進するというブツについて。


「だから、わかったのよ。私たちが転生したとき、少しなにかが変わったの。陽菜だけははっきりしてて、マタタビ」


 興奮気味に、ルナが説明する。


「ああ、ありゃ驚いたよな。ペットショップで、いきなり陽菜が寝転んでゴロゴロ喉を鳴らし始めたから」

「そんなことがあったんですか?」

「ええ。通りすがりのおばあさんが、『お猫様ー』っとか拝み出しちゃって。……要するに、あんな感じで、私たちひとりひとりになんらかの効果が付いたの」

「うん」

「空にはこれ……」


 ルナは手の中の小石を見せた。五ミリ大くらいで、深い青に鈍く輝いている。


「わあ……きれい」

「磨いたら、高く売れそうだな」

「ただの駄石なんだけど、飲むといいのよ」

「石を? 空が?」

「そう。大丈夫よ、毒でもないし。消化しないから、結局体外に排出されるし」

「どうも気に入らないな。飲むとどうなるんだよ」

「位相転換にプラスの影響が出る。何度か飲んで氷の書になる訓練を続ければ、体に染みついた記憶が喚起されるから、石なしでも書物化できるようになるはずよ」

「よくわかったなあ……こんなの」

「ふふん」


 ルナは、機嫌良さそうに微笑んだ。


「一文字ファミリーの情報力、甘く見ないでよね」

「……でも、石を飲むってのは」

「私、やります」


 空が決然と宣言する。


「空……」

「ご主人様のものになれるのなら、石だってなんだって……」

「空……」

「あーほらほら、見つめ合わない。手も取らない」


 ルナが手を叩いた。


「もう……。あかねの気持ちがよくわかったわよ。――じゃあやるのね」


 空は、首を縦に振った。


「なら、さっそく試しましょ」

「ああ」


 裏庭に移ると、ルナが空に小石を渡す。


「ほら、飲んで」

「うん……」


 しばらく手の中でころころ転がしていたが、思い切ったように口に放り込むと、ペットボトルの水で流し込んだ。


「どう?」

「どう……って言われても、別に……あっ」

「どうした」

「なんだか、少し体がアツいかも。あっ……あっ」


 たしかに、空の頬が火照ってきた。瞳も心なしか潤んでいる。


「もう平気そうね。なら試して」

「うん……思音さん」

「ああ」


 空と距離を取った。


「思音さん」

「来い、空」

「抱いて……」


 助走すると、空は俺の腕の中に跳んだ。首を掴まれ、ぐっと体重がかかると……空は消え、俺の手中には、黒光りする金属表紙の、ずっしり重い書物があった。


 ――氷の書。


 ずいぶんひさしぶりに手にした。なんだか懐かしい。手が切れるほど、表紙が冷え切っている。


「やったわっ」


 ルナが飛び跳ねて喜んでいる。


「さあ思音、頁を詠みなさい」


 頷くと、俺は、ペラペラと頁を繰り出した。見たところ、どの頁にも変わりはない。まず、定番の武器だった、神託紙剣の頁を詠んだ。この頁を詠むのに、ほとんど詠唱時間はいらない。タイムラグもなく、氷の書は神託紙剣へと形を変えた。


「うん。これだ……これ」


 柄をしっかり握ると、俺はゆっくりと剣を振ってみる。


「そう……この感覚。空、お前を感じるぞ」


 ――ご主人様、うれしい――


 空の声が、心に響く。


 精神を集中して、実戦の気持ちで鋭く振ってみた。しゅっという気持ち良い感触で、剣が虚空を切断する。


「軽いよなあ、この剣。だから構えに戻すのも早いし」


 刃渡りが長く遠い間合いを取れるのが、この剣の美点だ。それでいて軽いからすぐ構えに戻せるので、隙がないのもいい。雑魚戦以外にも、陽菜の詠唱時間を稼ぐときなんか、役立つんだよな。


「次だ」


 空を書物に戻すと、別の頁を詠む。遠隔地に範囲攻撃を加える「アルネの君主論」だ。詠唱時間が少し必要なので、実戦ではルナやあかねに守ってもらわないとならない。


 詠み終わると、氷の書の頁が高速にめくれ出した。そこから黒い闇の風が発生し、空高く舞い上がる。そして十メートルほど離れた焼却炉に着弾し、錆びた鉄がカンカンとわびしげな音を響かせた。もちろん効果は最小限に制限しているのだが、きちんと狙いどおりの場所に、狙いどおりの範囲で攻撃が加えられている。


「勘は狂ってないわね」


 腕を組んで、ルナは満足そうだ。微笑みを返すと、次の頁を繰ろうとした。が、そこには氷の書はなかった。俺の首に腕を回した空の、制服の胸があるだけ。――って、思わず揉んじゃったじゃないか、空の巨乳。


「えっえっ……」


 俺の専用武器、空は、頬を染めた。


「ご、ご主人様……」

「なにやってるのよ思音。エッチねえ……」


 ルナが片方の眉を上げている。


「いやこれは事故……」


 空を下ろした。猫背になって、腕で胸を隠している。


「なんだよルナ、この石、不良品じゃんか」

「仕方ないでしょ。効果時間は限られるんだから。何度か試せばいいのよ」

「次、寄こせよ。石」

「持ってないわよ。あれはサンプルなんだから」

「サンプル?」

「そうよ」


 ルナは、空に向き直った。


「ソオルあなた、明日学校休んで石を取りに行ってきて。場所は栃木の瀧流たきながれ神社。女神を祀った社よ」

「瀧流……神社?」

「本殿背後の神木・三本杉の根本に、この石があるの」

「そんなの取っていいのかな」


 空は首を傾げた。


「いいのいいの。神域だけれど、世界を救うためでしょう。神様も許してくれるって」

「世界をねえ……。面倒だから、サンプルみたいに一文字の手の者に掘らせてこいよ」


 俺が告げると、ルナはかぶりを振る。


「だめだめ。これはたまたま効果があったけど、十個にひとつくらいしか効果が出ないっていうし。根こそぎにしたら、それこそ大問題でしょ。ソオルなら、触ればそれがわかるから」

「なるほど」

「行きます私。……だって、ご主人様が力を取り戻すためだもの。昔のように、自在に私を扱ってほしい……」


 メガネの奥から、空が俺を見つめている。


「決まりね。では頼むわ」

「うほーっ」


 そこに素っ頓狂な声を上げて飛んできたのは、絵里だ。


「神戸ビーフよっ」

「大声を上げないで。恥ずかしいわよ、あかね。部室で話しましょう」


 やれやれといった様子で、ルナが腕を組んだ。


「そうね。あたしもコーヒー飲んで落ち着きたいし」


 豚まんとかお好み焼きとか食べ物の話がやたらに挿入されるので絵里の話は要領を得なかったが、要するに「急に教師の研修が決まった」とか、そんな類らしい。


「本流の一文字学園と共催なんだけど、生徒の人権とセクハラ研修って、今風よね。神戸で二泊三日」

「……たしかに、絵里さんには絶対必要な研修な気が」


 空がぽつりと呟く。


「そうそう、空。あたしのこの美貌に目が眩んで、あのしわくちゃの校長がセクハラしてきたら、たまらないもんね」


 コーヒーを一気に飲み干すと、絵里は俺の手からカップを取り上げて、そっちの紅茶まで飲みやがった。落ち着けっての。


「いえ、そっちの話ではなくてですね……」


 空も苦笑いだ。


「はあー。それも豪華ホテルのコンベンションルームでの研修だよ~。どうしたのかね。いつもは、せっこい地方会館みたいなところに泊まらさせられるのに。さすが一文字ファミリーの本学園。うはー神戸牛。コウベ・ビーフ・ユー・ノウ? うはーっ」


 だめだこいつ。聞く耳がない。


「絵里お前、陽菜みたいになってるぞ」

「いいだろ、たまには。だって毎日来る日も来る日も、しみったれた生徒の世話ばっかりしてるんだから。羽くらい伸ばさせてくれっての」

「身も蓋もないわね、この教師」


 さすがにルナもあきれている。


「だから思音、あんた陽菜に伝えといてね。今日から三、四日、顔を出せないって」

「今から行くのかよ」

「うん。『美里先生は、まじめに励んでらっしゃるから、急遽追加しておきました』とかさ。……あのしわくちゃ、絶対あたしを口説くつもりじゃん。思音、守ってね。お願い」


 いやそんな、涙目で妄想語られても……。


「……はいはい」

「ありがと、ご褒美にキスしてあげる。んーっ」


 目をつぶって唇を突き出した。


「絵里『先生』、それセクハラです。研修受けるんでしょ?」

「しょうがねえなあ……。なら今日は俺が陽菜んとこ行くよ。みんなはどうする?」

「私はできたら明日の準備したいんですけど、栃木行きの」

「そりゃそうだな。ルナは」

「私は疲れたからやめとくわ。たまには家に長くいて、父や母の機嫌を取っておかないと。……わからないだろうけれど、けっこう大変なんだからね、お嬢様暮らしであんたたちに付き合うの」


 珍しく、ルナが愚痴をこぼした。


「そうだよなあ。なんかいつも悪いな」


 沖縄の夜、涙を浮かべたルナを思い返して、俺は思わず頭を下げた。


「……いいわよ、思音のためだったら」


 顔を赤らめると、お嬢様はわざと不機嫌そうに、紅茶をぐいっと飲み干した。

「あちっ」


 そして俺は陽菜の病室へと赴いた。思えばもうこのとき、あの騒動が始まっていたんだよな。

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