07-3 陽菜の怪我が導いた波紋が……やがて世界を揺るがす
陽菜の怪我は、左足の腓骨骨折だった。二か所折れている。学園近くの一文字ファミリーの病院に移送して、緊急入院させた。
「思音、あんたどう考えてるのさ」
手術室の前で、あかねが俺を責める。
「俺のせいだ。悪かったと思ってる」
「あたりまえじゃない。陽菜がドジなの、知ってるでしょ。だから止めたのに」
瞳が怒りで燃えている。
「あかねさん、声が大きすぎますよ。ここ病院っ」
「空は口を挟まないで。あのでっかい岩見たでしょ。陽菜がもし……もし、し、死んでたら、あんたどうするつもりだったのよ。この世界でも全員で協力して暮らそうなんて、よくもちゃらちゃら口にできたものだわ。それでもリーダーなの」
「すまない……」
「もういい、バカッ」
肩を怒らせたまま、あかねは足早に廊下を歩み去った。
「……あんまり気にしないで」
ルナが、俺の肩にそっと手を置いた。
「あかねも、本心からあなたを責めてるんじゃない。魔物でもない偶然で自分たちが傷つくって改めて突きつけられて、動揺してるだけよ」
「そうそう。アカネ、両親の復讐心で、ぱんぱんに膨れてたじゃん、絶望パーティーでの旅の間。それで暴走してパーティーを危険にも晒したし、自分も死にかかって」
「絵里……」
「でも、そうした危険には理由があった。かたきを討ち、世界を救うための代償だもの。だから死んでも良かった。彼女も、あたしたちも」
「……そうだな」
「でもこの時空では、全員ただの一般人じゃん。ちょっと技は使えるけど。……運悪く酔っぱらいの車にはねられただけで死ぬ。なにかを救うなんてご大層な大義もなく、ただの犬死に」
空が、背後から俺の体に腕を回してきた。
「大丈夫です。私たちは、そんな平和な世界を望んだんじゃないですか。ご主人様と一緒なら、空は幸せです」
「……ありがとう」
「それより陽菜よ。医者が言うにはボルトで留めて入院だってことだけど、どのくらいなのかしら」
「そうねえ……。一か所ならすぐだろうけど、二か所だとねえ……」
絵里は、くしゃくしゃと髪をかきむしった。
「ま、二週間くらいじゃないの。そんで松葉杖が二週間。あたしもドーピングするし」
「絵里、頼むな」
「任せて。毎日見舞うから。その代わり、夜は思音のアパートに泊めてよ。寮より近いし。帰るの面倒だしさあ」
「……いいけど」
「えへっ思音は今、あたしに逆らえないもんね」
上機嫌で俺の腕を取った。
「だめでしょ絵里、あなた『陰の寮長』なのに。教師が半月も男子生徒に押しかけ同棲なんて、大スキャンダルじゃない」
「だから、そこんとこはルナがごまかしといてよ、一文字の力で」
「仕方ないわねえ……」
ルナが腰に手を当てた。
「……いくらなんでも私がそんな長期に思音のところに泊まったら、父に殺されるし。私はアパートにたまに行く程度にしておくわ」
「きゃーやった……」
野望に燃えるセクハラ教師は、小声でガッツポーズだ。
「それでは、私がずっと泊まります。ルナさんの代わりに監視役として」
「……空、あんた、ジャマーだよ」
絵里が渋い顔になる。
「だってご主人様だし」
「それ言えば、なんでも許されると思ってるだろ。それ、ガキのとんでもない勘違いだからね」
「決めましたから」
「ちぇーっ。結局こうなるのか。がっくりだわ」
絵里は溜息をついた。
俺も、これですべてが終わったと思ってた。……だがそれは、世界を揺るがすほどとてつもない勘違いだった。なぜなら――。




